50歳になってわかったこと

青木さやか(タレント、俳優、エッセイスト)×高野秀行(ノンフィクション作家)

2024

02.09

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青木さんの最新刊は、「50歳。はじまりの音しか聞こえない」。50歳の等身大の自分を率直に綴った書き下ろしエッセイ集で、一人の女性として、悩みや葛藤が赤裸々に描かれています。

50歳前の大失恋



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青木
昨年、50歳になりまして、私自身も大きな節目で、もう口が裂けても若手だと言えない感じがしますし、わかんないんですが、言いづらいというかですね。もう大人だなという50歳になる前からなった後のエッセイですけれども、主に女性としてとか、恋愛のこと、50歳手前に大きな失恋をしたんですけれども、

高野
冒頭、拝読しましたけどちょっと衝撃でしたね。すごく変わったお付き合いをされていましたよね。その彼氏のような、でもすごく仲の良いボーイフレンドを車で送り迎えもしていたけど、その人とは男女の関係にはならなかった。断られた。

青木
びっくりしません?

高野
びっくりですよね。

青木
そうですよね。なんで私がいつまでも、聞かなかったというと、大人は、「私たち付き合っているの?」とか言わないものだって、本に書いてあったような気がしたので、そう思いませんか?

高野
本に書いてあったかどうかわからないけど、

青木
でもそういうことだろうなと何となく思いませんか?

高野
そうですね。

青木
私もそう思って2年ぐらい経ったんですよ。

高野
その状況が2年ぐらい続いているのが既に不思議ですけど、

青木
本にまで書いて、こっちは怒り心頭ですよ。でもよく考えたら、私こういうこと、1度や2度ではないんですよね。過去にもあったので、同じような恋愛を繰り返してきたっていうことなんですけどね。

高野
でも50歳になって、恋愛が破れて、変わりました?

青木
だいぶ変わりました。人に尽くすのが好きなんですよ。自己犠牲を彼のために払っているみたいな自分がすごく好きなんですね。50歳になって客観的に捉えられるようになった。例えば、最初、男の人に奢ったりすると「ありがとう」という感じで、どんどん当たり前になってきたりしますけど、やってあげるのが好きなくせに、それが当たり前になってくると、もう信じられないぐらい怒るんですよ。許せなくなる。でも、50歳ぐらいになって、最初からやらなきゃいいことが何となくわかるようになってきて、もっと前にわかんなかったのと言われることもありますけど、わかんなかったんですね。

高野
まさに大人になったという感じですね。

青木
自分との付き合い方が、何となく見えてきたのが、私にとって大人になったということですね。

高野
それがわかれば、それで大したもんですよ。

青木
ありがとうございます。だから、例えば、この先、娘が、失恋したときにこの本を読んで、何かのヒントになるといいなと思って。

高野
そういう具体的なイメージがあったわけですね。

青木
そうなんです。ただ、その娘から「この本には何が書いてあるの?」と聞かれたので、「ママの恋愛の話が書いてある」と言ったら、「やばいね、そんなの誰が読むの」って。確かにそれもそうだなという気もしていますけどね。


言語学習のすすめ



コンゴ、ソマリア、ブルキナファソ、イラクやミャンマーなど世界中の“辺境”への取材経験を持つ高野さんは、語学の面白さに目覚め、以後、現地を訪れる際に必ずその言語を学んでいるほどの言語オタク。高野さんの最新刊「語学の天才まで1億光年」の中でもユニークな言語の学習法が綴られています。


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青木
高野さんは海外にたくさん行ってらっしゃるじゃないですか。学んだ言語は25以上。行く前に学ぶのですか?

高野
そういうのもありますけど、行ってから現地の言葉を多少、習ったり、そういうのも含めているからそんなに、きちんと学習して、マスターなんか全くしてないですよ。

青木
今は、どこに行っても変換してくれる機械があったりすると思うんですけど、そういうのをお使いになるんですか?

高野
使い方によっては便利だと思いますよ。ただ機械を前にすると、みんな公式な発言するようになるんですよ。

青木
正確に伝えようとするんですか?

高野
建前のことを始めるんですよね。例えば、この前、イラクに行ったとき、アラビア語のイラク方言を学んでいったんですけども、時々通じなかったり、わかんなかったりするんですよね。アプリで「もう1回、言って」と言うと、さっきと口調が変わって、イラク方言だったのが、アラビア語の標準語に変わっていて、言っていることも建前になってきて、「私はそう思います」みたいな感じになるんですよ。

青木
わかります。だって機械があると、「このリンゴはいくらですか?」とか言いますもんね。

高野
機械に「これくらい?」とか言わないですよね。

青木
言わないです。

高野
だから本当の情報が入ってこないと思ったんですよね。機械的な情報のやり取りはいいんですよ。「ここからここまでバスと飛行機、どちらがいいですか?」みたいなことはいいんだけれども、意見みたいなことを聞くと、急に建前じみてきて、これが、人間がやっていると、あんまり通じなくても全然しらけなくて、むしろ通じないことがおかしくなって、笑ったりして、悪くないんですよね。語学の役割は、2つあって、1つは情報を伝える、語学のもう1つの役割は仲良くなることです。親しくなっていく。コミュニケーションはそうじゃないですか。やっぱり仲良くなってこそわかることとか、仲良くならないとわからないこともあるし、そもそも仲良くなることが目的だったりする。となると、やっぱり地元の人たちの言葉を使うのはすごく大事で、急に表情が変わるんですよ。

青木
それは、俺たちの言葉を覚えてくれたんだ!みたいなところですよね。

高野
それは嬉しいわけですよ。日本人もそう、外国人が来て、ちょっとでも「ありがとう」とか「美味しい」とか言ってくると、この人いい人じゃないかと思ったりするじゃないですか?いい人かどうか全然わかんなくても。

青木
コミュニケーションが取れる感じがしますね。

高野
あと、やっぱり、ほっとする感じがありますね。

青木
最初に覚える言葉は「ありがとう」ですか?

高野
僕の場合は「美味しい」から入ることが多いですね。人間にとって、アイデンティティになるものは、言葉と食です。それを認めてもらうと自分が認められたような嬉しさを感じるんですよ。「美味しい」の場合、それがダブルでできる。だから一番琴線に触れるんですよ。いたるところでやっているんで、もう間違いない。例外がないですよね。

青木
私も家に来て、ご飯を食べてもらうのも好きだし、美味しいと言われるとすごい嬉しいですね。なんなら美味しいって言い続けてくれれば、一生その人と暮らせるかもしれない。それぐらいのパワーがあるかもしれませんよね。美味しいって言わなくなるから、いけないんでしょうね。

高野
本当にそうですね。

青木
「どう、美味しい、美味しい?」って聞きますもんね。

高野
「美味しい」って答えが返ってくるまで聞き続ける。

青木
それが聞きたい言葉だってことですね。どこの国も同じなんですね。

高野
そうなんですよ。


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*青木さんによる「50歳。はじまりの音しか聞こえない」は、世界文化社より発売中です。

*高野さんのご本「語学の天才まで1億光年」は、集英社インターナショナルより発売中です。


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