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- ※試聴には「Windows Media Player」でお聞きください。

-
インターネットに繋がる携帯端末でもサンプル音声を試聴可能です。
※機種によって試聴できない場合がございます。 - ※サンプル音声では氷河湖が東京ドーム13個分と話していますが、現在(2007年度発表)は32個分です。
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コラム [ 2009年度以前 ]
2008年12月31日 【野口健】今年も残りわずか やっぱりヒマラヤに行くことに
とにかく2008年も慌ただしかった。2008年の一年間を振り返ってみてゾッとした。講演会が92回(延べ人数38920人)。地方が多いので一本の講演は移動を含めると一日がかりであり、ざっと92日間を要した。ヒマラヤで過ごしたのは70日間。取材(テレビ・雑誌・新聞・ラジオ)は114本。国内での清掃活動(富士山や海岸など)は15日間、その他海外(ツバル・フィルピン・バングラディシュなど)は18日間、環境学校に18日間。
つまり、365日のうち、講演会や清掃活動などで東京または日本を離れていたのが223日。残りの142日間で114本の取材をこなした。さらに原稿を書く時間や挨拶回り、打ち合わせ、食事会などもその中に含まれてくるのだから、私の処理能力を完全にオーバーしていた。車に例えるのならばオーバヒートしエンジンから火を吹いているようなもの。そして何よりも大変なのが、このような生活を送りながらもシビアな登山活動を続けていることだ。
学生時代に一緒に山に登っていた仲間の大半がすでにヒマラヤから離れている。学生時代と違ってトレーニングする時間が極めて限られている。それだけ「仕事」と「第一線での登山活動」の両立は難しい。
では、好きな山登りだけすればいいのかと言えば、それは違う。30代半ばの人間には、それなりに社会的な役割がある。その社会的な責任をきちんと果たした上で、好きな山登りをすればいい。
事務所の一室を改造し、トレーニングルームにしたのも現役としてヒマラヤに挑戦し続けたいからだ。活動範囲は登山家の枠を大きく超えるほどに広がったが、それでもやっぱりヒマラヤがあらゆる活動においても原点なのだ。人間、ブレないで歩き続ける事など極めて困難。不可能に近い。私とて所詮は登山家如きでありながら、おだてられれば勘違いし、すぐにでも天狗になる。毎年、年末年始の一ヵ月間をヒマラヤで過ごしているのはブレた分だけもとに修正するためだ。真冬のヒマラヤのテントの中で凍えているのは昔も今もなんら変わらない。ヒマラヤのような現場に通い続けられているうちは大丈夫だろうと、原点に戻れる場をしっかりと持っていることに感謝したい。
しかし、この年末は珍しくヒマラヤ行きを躊躇していた。これは理屈では説明つかないのだが、なにかのセンサーがピン!と察知していた。ゆえに12月上旬になってもヒマラヤ行きを決断出来ず、ズルズルと。事務所スタッフの小林さんは「そういう時は止めましょうよ」と言って引き止めてくれたが、その遠征期間用に空けておいた一ヵ月間をどこで過ごせばいいのかと、心底悩んでしまった。日々仕事に追われていれば自身の居場所を求める間もなく次へ次へと移動が続く。それが突然、ポカンと日程表が空白になった時には、ゆっくりと安心して過ごせる居場所を求めてしまうもの。その時間がなによりも辛い。結局、例年よりも2週間遅れの2009年1月2日からヒマラヤ入りすることにしました。
飯島愛さんがクリスマスイブに遺体となって発見され新聞等において「孤独死」と表現されていたが、人が死ぬ時はどうであれ孤独なものではないだろうか。例え多くの仲間に囲まれていようが、意識が遠のいていくなかで、「俺一人逝くのか」とやっぱり孤独だろう。死とはそもそも孤独なものに違いない。私も多くの仲間を山で失ってきた。昨年のエベレストでは山頂直下で彼が息を引き取るのを見届けた。埋葬する余裕もなく顔に一握りの雪をかけるのが精いっぱいだった。それから一人下山を開始するのだが、生き残るほうも、先に逝くほうもきっと同じ種類の孤独感だったのだろう。
仕事がら死について考えることも多いが、自身が逝く時は誰一人いない高原のような場所でスッと消えたいと思う。そしてなんかの時に「ああ、あんな奴いたなぁ〜」と噂されれば、それでいいんじゃないかと思います。
ちょっと話がヘビーになってきましたね。今日、明日でヒマラヤ行の準備を行います。バタバタですが、もう少しで日本脱出。ヒマラヤのテントの中でゆっくりとこの一年間の出来事を振り返ってきたいと思います。来年はもっとブログ更新しますのでよろしくよろしくお願いします。
2008年12月30日 野口健
つまり、365日のうち、講演会や清掃活動などで東京または日本を離れていたのが223日。残りの142日間で114本の取材をこなした。さらに原稿を書く時間や挨拶回り、打ち合わせ、食事会などもその中に含まれてくるのだから、私の処理能力を完全にオーバーしていた。車に例えるのならばオーバヒートしエンジンから火を吹いているようなもの。そして何よりも大変なのが、このような生活を送りながらもシビアな登山活動を続けていることだ。
学生時代に一緒に山に登っていた仲間の大半がすでにヒマラヤから離れている。学生時代と違ってトレーニングする時間が極めて限られている。それだけ「仕事」と「第一線での登山活動」の両立は難しい。
では、好きな山登りだけすればいいのかと言えば、それは違う。30代半ばの人間には、それなりに社会的な役割がある。その社会的な責任をきちんと果たした上で、好きな山登りをすればいい。
事務所の一室を改造し、トレーニングルームにしたのも現役としてヒマラヤに挑戦し続けたいからだ。活動範囲は登山家の枠を大きく超えるほどに広がったが、それでもやっぱりヒマラヤがあらゆる活動においても原点なのだ。人間、ブレないで歩き続ける事など極めて困難。不可能に近い。私とて所詮は登山家如きでありながら、おだてられれば勘違いし、すぐにでも天狗になる。毎年、年末年始の一ヵ月間をヒマラヤで過ごしているのはブレた分だけもとに修正するためだ。真冬のヒマラヤのテントの中で凍えているのは昔も今もなんら変わらない。ヒマラヤのような現場に通い続けられているうちは大丈夫だろうと、原点に戻れる場をしっかりと持っていることに感謝したい。
しかし、この年末は珍しくヒマラヤ行きを躊躇していた。これは理屈では説明つかないのだが、なにかのセンサーがピン!と察知していた。ゆえに12月上旬になってもヒマラヤ行きを決断出来ず、ズルズルと。事務所スタッフの小林さんは「そういう時は止めましょうよ」と言って引き止めてくれたが、その遠征期間用に空けておいた一ヵ月間をどこで過ごせばいいのかと、心底悩んでしまった。日々仕事に追われていれば自身の居場所を求める間もなく次へ次へと移動が続く。それが突然、ポカンと日程表が空白になった時には、ゆっくりと安心して過ごせる居場所を求めてしまうもの。その時間がなによりも辛い。結局、例年よりも2週間遅れの2009年1月2日からヒマラヤ入りすることにしました。
飯島愛さんがクリスマスイブに遺体となって発見され新聞等において「孤独死」と表現されていたが、人が死ぬ時はどうであれ孤独なものではないだろうか。例え多くの仲間に囲まれていようが、意識が遠のいていくなかで、「俺一人逝くのか」とやっぱり孤独だろう。死とはそもそも孤独なものに違いない。私も多くの仲間を山で失ってきた。昨年のエベレストでは山頂直下で彼が息を引き取るのを見届けた。埋葬する余裕もなく顔に一握りの雪をかけるのが精いっぱいだった。それから一人下山を開始するのだが、生き残るほうも、先に逝くほうもきっと同じ種類の孤独感だったのだろう。
仕事がら死について考えることも多いが、自身が逝く時は誰一人いない高原のような場所でスッと消えたいと思う。そしてなんかの時に「ああ、あんな奴いたなぁ〜」と噂されれば、それでいいんじゃないかと思います。
ちょっと話がヘビーになってきましたね。今日、明日でヒマラヤ行の準備を行います。バタバタですが、もう少しで日本脱出。ヒマラヤのテントの中でゆっくりとこの一年間の出来事を振り返ってきたいと思います。来年はもっとブログ更新しますのでよろしくよろしくお願いします。
2008年12月30日 野口健
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