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コラム [ 2009年度以前 ]
2009年1月26日 次に繋がったアイランドピーク
1月14日、午前4時、アイランドピーク最終キャンプを出発!ダワタシ・シェルパ、ニマ・タシ・シェルパ、平賀淳カメラマン、そして私と合計4人。アイランドピークは私にとっても思いで深いピークで、私が初めてヒマラヤの頂に登ったのはこのアイランドピーク。1993年の4月で、同年6月にマッキンリーに挑戦し登ったのだが、その直前にアイランドピークで高所順応をかねてトレーニングを行っていたのだ。あの時は若干19歳。若かったなぁ〜 いつの間にか35歳になってしまいました。
アイランドピーク・ベースキャンプを目指して

アイランドピークに向かって一歩一歩進む
あの時はアイランドピークの最終キャンプで高山病に苦しめられ一睡も出来ず、頭痛と吐き気で、バファリンとパンシロンを同時に飲んでいた記憶がある。そして山頂直下の両サイドがスパッと切れ落ちているナイフブリッジにビビり、歯がカタカタと音を立てて震えていた。経験と共に高度感には慣れてくるものだが、あの頃はまだ高所恐怖症だったのかもしれない。
極寒のアイランドピーク
そして極めて印象的であったのが、極度に緊張すると、男性のあの部分、つまり「息子殿」でありますが、稜線上でおしっこをしたくなり、引っ張り出そうと探してみるものの、いつもの定位置にいない。寒さでポトリと落ちてしまった?と思いきや、後ろの方に回り込んでいてチョコンと、まるでドングリのように縮こまっていた。よく犬が怯えると、腰が引けシッポを丸める、いかにも貧弱で気弱なポーズをとりますが、吾輩の息子殿もまさしく「それ」であった。「なんだ!その情けない姿は!それでもお前は俺の息子か!」と怒鳴っていたものの、こちらもこちらで緊張のため歯をカタカタといわせていたので、まったくもって説得力がなかった。結局、カエルの子はカエルってことなのでしょうねぇ〜。
とにかく最初のアイランドピーク登頂は大変でした。登頂後、フラフラになりながら最終キャンプにたどり着いたら、テントが撤収されていてない。ゴロンと横になりたかったのに・・・。ベースキャンプまで下ればポーターがお茶を沸かして待っていてくれているのだろうと、それだけを楽しみにベースキャンプまで下ったら、なんとベースキャンプまで撤収されていた。「なんたるポーター連中だ!」と一人ブチ切れているのだが、どんなにブチ切れたところでタクシーが迎に来るわけでもない。歩いて登った分、自身で歩いて降りるしかないのだ。これが山登り。喉もカラカラに、フラフラになりながらチュクン村のロッジに到着。我々を置き去りにして、とっとと下っていたポーター達の姿を探してもいない。おかしいなぁ〜とキッチンを覗いたら、なんとチャン(ドブログ)を飲んでベロベロに。そして僕の顔を見つめるなり、「ボラサーブ(だんな様)、サミット(登頂)おめでとう!ボラサーブのサミット、とてもハッピーさ。こうしてチャンで祝っているところ」とよくもまあ〜シャーシャーと・・・。だいいち、登ったかどうか確認する前に下って行ったのに、登頂祝いなど出来るはずもないじゃないか!とムッとしたが、しまいにはシェルパダンスまで披露し全身でハッピーさを表現してくれるのには参った。嬉しそうな彼らの表情を眺めていたら「まっ いいかぁ〜」と気がついたら一緒にチャン飲んで踊っていた。いやはや、そんなものです。

アタック前夜、テント内にて読書

午前4時山頂アタック開始
あれから16年、あの時の出来事を1つ1つ思いだしながら、こうして再びアイランドピークの頂を目指している。シェルパのダワタシは98年のエベレスト挑戦時からずっと一緒。エベレストに6度登頂しているベテランシェルパだ。ニマ・タシは勢いある若手シェルパ。それにしても、厳冬期のヒマラヤは寒い。またこの日は風が強く頬っぺたがチクチクと痛い。指先も感覚がなくなり、手を擦り温めた。「早く太陽よ!出てくれ!」と祈る気持ちで日の出を待ち望んでいた。午前6時30分、ようやく待ちに待った太陽が。氷壁を一手一手確実に登り、最後の稜線に出たが、今度はローツェ南壁方面からの冷たい風が容赦なかった。強風でロープが中に浮いてしまうほどで、顔面が寒さで引きつってしまい言葉が発しづらい。アイランドピークの最後の稜線は両サイド、スパンと切れ落ちているので平賀カメラマンに「転ぶなよ。アイゼンひっかけるなよ。落ちたら落ちるぞ!」とアドバイスにならないアドバイスをしていた。なにしろ登るだけで大変なのに撮影が加わればなおのこと。しかも平賀カメラマンが凄いのは写真撮影にビデオ撮影のダブル。これを両方確実にこなすカメラマンはめったにいない。
山頂直下の稜線をつめる

平賀カメラマンとダワタシ・シェルパが氷壁を登り終え稜線に到着した
アタック中に眼下にイムジャ氷河湖が見えた。この2年間、急激に拡大してきたイムジャ氷河湖の存在を世界に訴えてきた。時に一昨年の「第1回・アジア・太平洋水サミット」に向けてネパール・ブータン・バングラディシュに出かけ直接、首相や担当大臣にサミットへの参加を呼びかけた日々を思い出していた。考えてみれば清掃活動も温暖化による氷河融解問題、それからシェルパ基金にマナスルでの学校建設と、僕の活動はヒマラヤから始まっている。ヒマラヤを中心に事が回っている。

アイランドピーク上部から見えるイムジャ氷河湖
午前9時過ぎ、アイランドピークに登頂!登頂を知らせようと衛星電話から事務所に連絡を入れたが、寒さで口の動きが鈍く声を出すので精一杯でした。アイランドピーク自体はけっして難しいピークではないけれど、こうした小さな挑戦でも1つ1つを大切にすることが大切。大きな山であろうが小さな山であろうが、同じようにしっかりと山と向き合うこと。それがなによりも大切な事です。
アイランドピーク山頂でダワタシシェルパとニマタシシェルパ
山頂から魚眼レンズで撮影・後ろはロンツェ峰

こちらも山頂から魚眼レンズ撮影。バッグにアマダブラム峰がみえる
アイランドピークの頂で私は次の目標をしっかりととらえていた。この春、再びヒマラヤで大きな挑戦が控えている。今度こそ、「頂きに」という気持ちがある。30代半ばにもなれば、「やりたいこと」と「やらなければならないこと」とのバランスを求められるもの。前回は「やらなければならない」であったので、今回は「やりたいこと」に専念したい。

疲労した体にこの塩分補給が実に効く。私もいつからか虜に・・・
アイランドピーク・ベースキャンプを目指して
アイランドピークに向かって一歩一歩進む
あの時はアイランドピークの最終キャンプで高山病に苦しめられ一睡も出来ず、頭痛と吐き気で、バファリンとパンシロンを同時に飲んでいた記憶がある。そして山頂直下の両サイドがスパッと切れ落ちているナイフブリッジにビビり、歯がカタカタと音を立てて震えていた。経験と共に高度感には慣れてくるものだが、あの頃はまだ高所恐怖症だったのかもしれない。
極寒のアイランドピーク
そして極めて印象的であったのが、極度に緊張すると、男性のあの部分、つまり「息子殿」でありますが、稜線上でおしっこをしたくなり、引っ張り出そうと探してみるものの、いつもの定位置にいない。寒さでポトリと落ちてしまった?と思いきや、後ろの方に回り込んでいてチョコンと、まるでドングリのように縮こまっていた。よく犬が怯えると、腰が引けシッポを丸める、いかにも貧弱で気弱なポーズをとりますが、吾輩の息子殿もまさしく「それ」であった。「なんだ!その情けない姿は!それでもお前は俺の息子か!」と怒鳴っていたものの、こちらもこちらで緊張のため歯をカタカタといわせていたので、まったくもって説得力がなかった。結局、カエルの子はカエルってことなのでしょうねぇ〜。
とにかく最初のアイランドピーク登頂は大変でした。登頂後、フラフラになりながら最終キャンプにたどり着いたら、テントが撤収されていてない。ゴロンと横になりたかったのに・・・。ベースキャンプまで下ればポーターがお茶を沸かして待っていてくれているのだろうと、それだけを楽しみにベースキャンプまで下ったら、なんとベースキャンプまで撤収されていた。「なんたるポーター連中だ!」と一人ブチ切れているのだが、どんなにブチ切れたところでタクシーが迎に来るわけでもない。歩いて登った分、自身で歩いて降りるしかないのだ。これが山登り。喉もカラカラに、フラフラになりながらチュクン村のロッジに到着。我々を置き去りにして、とっとと下っていたポーター達の姿を探してもいない。おかしいなぁ〜とキッチンを覗いたら、なんとチャン(ドブログ)を飲んでベロベロに。そして僕の顔を見つめるなり、「ボラサーブ(だんな様)、サミット(登頂)おめでとう!ボラサーブのサミット、とてもハッピーさ。こうしてチャンで祝っているところ」とよくもまあ〜シャーシャーと・・・。だいいち、登ったかどうか確認する前に下って行ったのに、登頂祝いなど出来るはずもないじゃないか!とムッとしたが、しまいにはシェルパダンスまで披露し全身でハッピーさを表現してくれるのには参った。嬉しそうな彼らの表情を眺めていたら「まっ いいかぁ〜」と気がついたら一緒にチャン飲んで踊っていた。いやはや、そんなものです。
アタック前夜、テント内にて読書
午前4時山頂アタック開始
あれから16年、あの時の出来事を1つ1つ思いだしながら、こうして再びアイランドピークの頂を目指している。シェルパのダワタシは98年のエベレスト挑戦時からずっと一緒。エベレストに6度登頂しているベテランシェルパだ。ニマ・タシは勢いある若手シェルパ。それにしても、厳冬期のヒマラヤは寒い。またこの日は風が強く頬っぺたがチクチクと痛い。指先も感覚がなくなり、手を擦り温めた。「早く太陽よ!出てくれ!」と祈る気持ちで日の出を待ち望んでいた。午前6時30分、ようやく待ちに待った太陽が。氷壁を一手一手確実に登り、最後の稜線に出たが、今度はローツェ南壁方面からの冷たい風が容赦なかった。強風でロープが中に浮いてしまうほどで、顔面が寒さで引きつってしまい言葉が発しづらい。アイランドピークの最後の稜線は両サイド、スパンと切れ落ちているので平賀カメラマンに「転ぶなよ。アイゼンひっかけるなよ。落ちたら落ちるぞ!」とアドバイスにならないアドバイスをしていた。なにしろ登るだけで大変なのに撮影が加わればなおのこと。しかも平賀カメラマンが凄いのは写真撮影にビデオ撮影のダブル。これを両方確実にこなすカメラマンはめったにいない。
山頂直下の稜線をつめる
平賀カメラマンとダワタシ・シェルパが氷壁を登り終え稜線に到着した
アタック中に眼下にイムジャ氷河湖が見えた。この2年間、急激に拡大してきたイムジャ氷河湖の存在を世界に訴えてきた。時に一昨年の「第1回・アジア・太平洋水サミット」に向けてネパール・ブータン・バングラディシュに出かけ直接、首相や担当大臣にサミットへの参加を呼びかけた日々を思い出していた。考えてみれば清掃活動も温暖化による氷河融解問題、それからシェルパ基金にマナスルでの学校建設と、僕の活動はヒマラヤから始まっている。ヒマラヤを中心に事が回っている。
アイランドピーク上部から見えるイムジャ氷河湖
午前9時過ぎ、アイランドピークに登頂!登頂を知らせようと衛星電話から事務所に連絡を入れたが、寒さで口の動きが鈍く声を出すので精一杯でした。アイランドピーク自体はけっして難しいピークではないけれど、こうした小さな挑戦でも1つ1つを大切にすることが大切。大きな山であろうが小さな山であろうが、同じようにしっかりと山と向き合うこと。それがなによりも大切な事です。
アイランドピーク山頂でダワタシシェルパとニマタシシェルパ
山頂から魚眼レンズで撮影・後ろはロンツェ峰
こちらも山頂から魚眼レンズ撮影。バッグにアマダブラム峰がみえる
アイランドピークの頂で私は次の目標をしっかりととらえていた。この春、再びヒマラヤで大きな挑戦が控えている。今度こそ、「頂きに」という気持ちがある。30代半ばにもなれば、「やりたいこと」と「やらなければならないこと」とのバランスを求められるもの。前回は「やらなければならない」であったので、今回は「やりたいこと」に専念したい。
疲労した体にこの塩分補給が実に効く。私もいつからか虜に・・・
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