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コラム [ 2009年度以前 ]

2009年12月9日 【コラム】大菩薩嶺(2056.9m)に登る。

野口健氏と共に11月中旬に、高尾山と雲取山に都レンジャーのみなさんと一緒に行ったんです。雲取山に登ったときに、都レンジャーの方からあそこに見えるのが大菩薩(嶺)ですね・・・と説明を受けました。

この大菩薩嶺、山梨県にあります。どちらかというと大菩薩峠(映画や小説に取り上げられています。)が世間的には有名なんですが、この大菩薩嶺〜大菩薩峠付近は、都レンジャーのみなさん共に回った雲取山も含んで、この一帯が秩父多摩甲斐国立公園になるんです。この秩父多摩甲斐国立公園を守っている都レンジャーと見た大菩薩嶺、日本百名山にもなっていまして、行ってみようと考えていたところでした。

私、実家が山梨でして、11月の三連休に富士山クラブの定例清掃に参加し、その翌日実家に帰省。そして11月23日(勤労感謝の日)に大菩薩嶺に登ろうと決意、都レンジャーと回った雲取山を大菩薩嶺から見てやるぞ!なんて考えながら登ろうかなと。

11月23日(勤労感謝の日)快晴

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大菩薩から見えた富士山




前日の22日は荒天で雪が降っていた模様。ところどころ積雪がある中、着実に登る。



大菩薩嶺山頂。木々に囲まれて見晴らしは良くないのです。




でも途中で見ることのできる景色は最高!手前の湖はダム湖で名称は大菩薩湖



南アルプスの山々も綺麗に見ることができました。



この稜線をひたすら進み・・・




大菩薩峠に到着。青空が本当に映えています。




山梨県なのに東京都水道局の看板が・・・


実は私、この大菩薩峠には中学時代に登ったことがあるんです。数十年前(苦笑)になりますが中学時代合唱が盛んでした。その合唱で(確か3年の時だったと思うけれど)大菩薩峠という混声組曲?があってそれを学年全員(約40人×6クラス=240人以上)で歌おうということになりました。確か教育研究のための発表会だったかと思います。この大菩薩峠という合唱曲の魂を知るために登ったんですよ。いや〜本当に懐かしい。

その合唱曲 大菩薩峠ですがこんなフレーズがあるんです。あとでこの合唱曲どこかにないか探してみますが・・。(※卒業と同時にもらった合唱のカセットテープ・・・時代を感じますが、それを後ほどお聞かせできるようにしてみようか検討中)

東へ落ちる水は清かれ 西へおちる水は清かれ
水は清かれ 水は清かれ
この山の頂きに菩薩の像を埋めて祈ったその時から
東へ落ちた水は多摩川となり、西へ落ちた水は笛吹川となったという。
ああ、大菩薩峠

(略)(※すみませんうる覚えでして・・・・)


この水源がもちろん東京都や、さらには山梨の水源となっているんですね。大事にしなければいけない。

そこで、思ったことは、どの山も自分たちの生活のためには欠かせない存在であると言うことではないか?山を守ることとその場に集う人々の意識って非常に大事ですね。都レンジャーという人たちの存在も本当に大事だなと実感しました。

そういえば都レンジャーから連絡が。
野口さんと一緒に回った雲取山の様子が都レンジャーニュースに掲載されました。

※クリックすると都レンジャーニュースに移動します。
是非2ページ目もご覧下さい。気になったのは一番下にある“レンジャー田畑のつぶやき  〜自然の問題をより身近に〜”・・・私が大菩薩で感じたことと同じメッセージが!是非お目通しを!

次はいつ都レンジャーと共に山を歩くことができるのか?楽しみだ!

【そると】
コメント
都R ぶ wrote: 2009年12月15日 00時26分
そると様

“あの大菩薩嶺”にさっそく登られたのですね。嬉しく思います。
好天に恵まれたようで、良かったですね!
(私も8月に歩きましたが、ずっと雨でした…)

この山はおっしゃる通り、秩父多摩甲斐国立公園内にあり、雲取山と並ぶ奥多摩を代表する山の一つですね。同時に、昔も今も、東京とは切っても切れない大切な存在でもあります。
☆「大菩薩峠」
江戸時代以前、武州(東京)と甲州(山梨)を結ぶ要所(甲州裏街道/府中-五日市-浅間尾根-風張峠-小菅-大菩薩峠-甲府)
☆「東京都水道局の看板」
大菩薩嶺東側一帯は多摩川上流域にあたり、明治以降東京都の水道水源林

さらに、そると様も歩かれた大菩薩嶺-峠にかけての草斜面は10年ほど前までは亜高山性のお花畑だったとのこと。今は、雲取山同様急速に姿を消し、場所によっては表土が露出し始めています。ここでも、「ニホンジカの食害」が叫ばれています。

東京の外に出ていつも思うことですが、地続きの自然に境界はないんですよね。歴史や人の交流も…つながっている。いま、「集う」ことが求められているのかもしれませんね。
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