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- 3月9日 <K-mix>
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- 3月10日 <FM 滋賀>
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- 2010年度開催
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- 2月20日 <TOKYO FM>
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- 2月15日 <FM徳島>
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- 3月8日 <FM大分>
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- 野口健 講演会(4分抜粋)を試聴できます。
- ※試聴には「Windows Media Player」でお聞きください。

-
インターネットに繋がる携帯端末でもサンプル音声を試聴可能です。
※機種によって試聴できない場合がございます。 - ※サンプル音声では氷河湖が東京ドーム13個分と話していますが、現在(2007年度発表)は32個分です。
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コラム [ 2009年度以前 ]
2009年1月3日 【野口健】バンコクの夜
バンコクは半袖一枚でちょうど快適な気候です。カメラマンの平賀淳君とタイスキを食べて、タイマッサージで全身をほぐいてもらってから夜の町をちょっと散策しましたが、なんとも開放的で人々も実にカラッとしていて、今の日本の閉塞感とのギャップを心底感じていました。なんせ日本国内のニュースは暗すぎる。マスコミによってあれだけ不景気をあおられてしまっては、逆に不景気に拍車がかかってしまうのではと思いますね。そして派遣切りに関して「弱者の立場」「弱者を守る」といったような言葉が日々テレビのコメンテータから聞かされますが、この「弱者」といった表現こそが上から目線でしょうに、この言葉の乱用こそが彼らが言う弱者を生み出す要因になるような気がしてならない。
インドやネパールなどカーストが低い人たちはどんなに努力しようが、優秀であろうが、天才であろうが、生涯にわたって差別され続けていますが、それに比べ日本社会は生まれもって強制的に強いられる弱者が果たしてどれだけ存在しているのだろうか。日本では職業の選択の自由がしっかりと保障されているではないか。ネパールでは階級によっては一緒に食事することすら許されていないのだから。
先日、建築家の安藤忠雄さんと対談しましたが、今では世界的な建築家として世界に評価されていますが、高校生時代は経済的な問題で大学に進学できなかった。そこで安藤さんはケンカしてお金が稼げるとボクサーになるものの、ボクサーの世界で頂点に立つことに限界を感じ引退。それから独学で建築学を学ばれたそうです。安藤さんの言葉で印象的だったのが
「建築の世界ははっきりいって学歴社会なんですよ。どこどこ大学の建築学部卒業というのが力を持っていて学閥が幅を利かせる世界なんですよ。僕の場合は完全にアウトローですから、ただ、僕の場合は逆に高卒の安藤忠雄というのが注目されて、面白い奴だからあいつにやらせてみようとなった。ただ、そこが勝負で他の人には書けないような斬新な作品にしないとやっぱり高卒だからな、で終わってしまう。だから寝ないで書き続けた。必死にくらいつきましたよ」
高卒というのを逆に戦力に変えた。ただその為にも人の何倍も努力を積み重ねたわけですね。一概に決めつける事はできないかもしれませんが、結果を出せば評価されるのが僕は日本社会だと思います。
考えてみたら登山家だって一般的はもっとも食えない職業の1つです。学生の頃に山岳会の先輩方と飲んでいたら「山登りじゃどうせ食えないよ。社会的にも認められない。俺は京大を出たけれど山に登るために8年間大学にいたら、今じゃ二流の商社勤めだ。所詮、登山は評価されないんだよ」と愚痴っていたので、むきになって「いや、そんな事はないはず。俺は登山家でやっていく。必ず世に出てみせる」と反論したら「君はまだ若いね〜そのうち現実が分かるよ」と相手にされなかったが、僕が最も嫌だったのが彼らの負け犬根性だ。気持で負けていてはそれはどこにいっても通用するわけがないだろうにと、小池百合子さんの口癖には「オンリーワンでありたい」と言った言葉をよく耳にするけれど、どんな世界にいても独自性をしっかりもっていれば、またそこに確かな戦略、ビジョンがあれば、可能性があるんじゃないかと、まあ〜そんな事を感じていました。
話は突然変わりますが、バンコクの夜はちょっと性に対して解放過ぎるなぁ〜。目のやり場に困り、そしてなんといっても歩いていると声をかけられまくるわけで、この誘惑と戦わなければならないのがなんとも酷です。淳君と散策しながら二人して「僕たちは誘惑に対して弱いので早く帰ろう」とさっさとホテルに戻り男二人で一杯やりました。明日は半年ぶりのネパールです。それではおやすみなさい。
2009年1月2日 バンコクにて 野口健
インドやネパールなどカーストが低い人たちはどんなに努力しようが、優秀であろうが、天才であろうが、生涯にわたって差別され続けていますが、それに比べ日本社会は生まれもって強制的に強いられる弱者が果たしてどれだけ存在しているのだろうか。日本では職業の選択の自由がしっかりと保障されているではないか。ネパールでは階級によっては一緒に食事することすら許されていないのだから。
先日、建築家の安藤忠雄さんと対談しましたが、今では世界的な建築家として世界に評価されていますが、高校生時代は経済的な問題で大学に進学できなかった。そこで安藤さんはケンカしてお金が稼げるとボクサーになるものの、ボクサーの世界で頂点に立つことに限界を感じ引退。それから独学で建築学を学ばれたそうです。安藤さんの言葉で印象的だったのが
「建築の世界ははっきりいって学歴社会なんですよ。どこどこ大学の建築学部卒業というのが力を持っていて学閥が幅を利かせる世界なんですよ。僕の場合は完全にアウトローですから、ただ、僕の場合は逆に高卒の安藤忠雄というのが注目されて、面白い奴だからあいつにやらせてみようとなった。ただ、そこが勝負で他の人には書けないような斬新な作品にしないとやっぱり高卒だからな、で終わってしまう。だから寝ないで書き続けた。必死にくらいつきましたよ」
高卒というのを逆に戦力に変えた。ただその為にも人の何倍も努力を積み重ねたわけですね。一概に決めつける事はできないかもしれませんが、結果を出せば評価されるのが僕は日本社会だと思います。
考えてみたら登山家だって一般的はもっとも食えない職業の1つです。学生の頃に山岳会の先輩方と飲んでいたら「山登りじゃどうせ食えないよ。社会的にも認められない。俺は京大を出たけれど山に登るために8年間大学にいたら、今じゃ二流の商社勤めだ。所詮、登山は評価されないんだよ」と愚痴っていたので、むきになって「いや、そんな事はないはず。俺は登山家でやっていく。必ず世に出てみせる」と反論したら「君はまだ若いね〜そのうち現実が分かるよ」と相手にされなかったが、僕が最も嫌だったのが彼らの負け犬根性だ。気持で負けていてはそれはどこにいっても通用するわけがないだろうにと、小池百合子さんの口癖には「オンリーワンでありたい」と言った言葉をよく耳にするけれど、どんな世界にいても独自性をしっかりもっていれば、またそこに確かな戦略、ビジョンがあれば、可能性があるんじゃないかと、まあ〜そんな事を感じていました。
話は突然変わりますが、バンコクの夜はちょっと性に対して解放過ぎるなぁ〜。目のやり場に困り、そしてなんといっても歩いていると声をかけられまくるわけで、この誘惑と戦わなければならないのがなんとも酷です。淳君と散策しながら二人して「僕たちは誘惑に対して弱いので早く帰ろう」とさっさとホテルに戻り男二人で一杯やりました。明日は半年ぶりのネパールです。それではおやすみなさい。
2009年1月2日 バンコクにて 野口健
2009年1月2日 【野口健】2009年 私の進む道
新年明けましておめでとうございます。今年は久しぶりに日本で新年を迎えました。この世に誕生して35年。山に登り始めて20年。清掃活動を始めて10年。本当に色々な事がありました。
さて、今年は青木ガ原樹海ゴミゼロ作戦5カ年計画の最後の年。昨年は富士山クラブに約7000人の参加者が集まり一緒に清掃活動を行った。おかげ様で富士山もだいぶ綺麗になってきました。10年前から始めた富士山清掃活動。もう五合目から上部のゴミはほとんど残っていない。上部に関しては完治宣言を出してもいいんじゃないかな。樹海も以前は不法投棄された粗大ゴミが至る所に溢れていましたが、最近ではゴミ拾いではなくゴミ堀。パッと見まわしてもゴミが見つからない。そこで埋められていそうな場所を捜し出し掘ってみるとやはり出てくる。悪質な不法投棄との闘いです。捨てる人がいるのならば拾い続けるしかない。私たち富士山クラブはゴミに負けない。今年は五ヵ年計画最後の年として、約束を守るためにも樹海のゴミと闘いたい。富士山で一緒にゴミを拾った参加者はみな私たちの仲間です。今年も多くの同志とまた一緒に富士山で汗を流したい。参加者の皆様には心の底から感謝しています。
ヒマラヤの氷河湖決壊問題ですが、第1回アジア太平洋水サミットから環境大臣会合、洞爺湖サミットへと向け訴え続けてまいりましたが、残念ながら大きな進展はありません。特に水サミット後に具体的なアクションが起こらなかった事に落ち込んでいた私に対し父は
「たかだか一回のサミットで全てが解決するわけがないだろう!お前はシェルパの仲間たちを助けたいと思って訴えているんだろう。たかだか一回のサミットで動かなかったからと諦めるのならば最初からやらなければいいんだ。お前の気持はそんなものだったのか。富士山やエベレストでコツコツと積み重ねた結果、動いたじゃないか。氷河湖問題も同じだよ。同じようにコツコツと積み重ねなさい」
と怒鳴られ目が覚めた。父の言葉は正しかった。私に次どのようなカードがきれるのか、またなにが出来るのか、新たな戦略を練りたい。
そして遺骨調査ですが、こちらは大きな進展がありました。厚生省が我々、空援隊に対して御遺骨の事実上の持ち帰りを認めてくださったのだ。前回レイテ島で発見されながら日本に連れて帰れなかった御遺骨を3月中旬、再びレイテ島向かいお迎えにあがりたい。昨年から始めた御遺骨の調査。空援隊の倉田宇山(くらたうさん)氏との出会いは私の人生に大きな影響と衝撃を与えた。倉田さんから諦めなければ道は開けるということを学んだ。そして倉田さんの情熱、使命感、忍耐力、どれをとってもみても頭が下がる。灼熱地獄の洞窟の中、御遺骨を手にしながら、「野口さん、これが現実なんですよ。俺は彼らを日本に帰したい。それだけなんですよ」と涙ながら訴えていた倉田さんの姿は生涯忘れることはない。これからも倉田さんについて行きたい。
マナスル基金ですが、マナスル峰山麓のサマ村の村人に学校を作ろうと約束をしてから約3年間。通信施設のないサマ村とのコンタクトは極めて困難であり、時に意思疎通にすれ違いが生じ、学校建設にたどり着くまでは長い道のりであった。しかし、村人に約束したことは果たさなければならないと、思うように進まないことが時に歯がゆくて、また悔しかったが、ようやくプロジェクトをスタートさせることが出来ました。ご寄付いただきました多くの皆様にも感謝しています。完成予定は2010年。まだまだホッとできる状況にはありませんが、それでもやっぱりホッとした。
何事も口で言うのは簡単。しかし、言ったことを実現させる事はとても大変。自らが発言した課題に取り組む日々。そんなことの繰り返しでここまでやってきました。今年は年男。だから何?とっ言ってしまえば別になんてことはありませんが、ただよくここまで生き延びてこられたものだと幸運に感謝。人生生きていれば得るものもあります。また永く生きていればその分だけ失うものもあります。そのバランスがトントンならいいんですが。
今年もいつも通り目の前の事を1つづつコツコツと確実に積み上げていきたい。そのコツコツの先に大きな変化がある。そう信じて今日のコツ、明日のコツです。それでは、ヒマラヤに行ってまいります。
2009年1月2日 野口健
さて、今年は青木ガ原樹海ゴミゼロ作戦5カ年計画の最後の年。昨年は富士山クラブに約7000人の参加者が集まり一緒に清掃活動を行った。おかげ様で富士山もだいぶ綺麗になってきました。10年前から始めた富士山清掃活動。もう五合目から上部のゴミはほとんど残っていない。上部に関しては完治宣言を出してもいいんじゃないかな。樹海も以前は不法投棄された粗大ゴミが至る所に溢れていましたが、最近ではゴミ拾いではなくゴミ堀。パッと見まわしてもゴミが見つからない。そこで埋められていそうな場所を捜し出し掘ってみるとやはり出てくる。悪質な不法投棄との闘いです。捨てる人がいるのならば拾い続けるしかない。私たち富士山クラブはゴミに負けない。今年は五ヵ年計画最後の年として、約束を守るためにも樹海のゴミと闘いたい。富士山で一緒にゴミを拾った参加者はみな私たちの仲間です。今年も多くの同志とまた一緒に富士山で汗を流したい。参加者の皆様には心の底から感謝しています。
ヒマラヤの氷河湖決壊問題ですが、第1回アジア太平洋水サミットから環境大臣会合、洞爺湖サミットへと向け訴え続けてまいりましたが、残念ながら大きな進展はありません。特に水サミット後に具体的なアクションが起こらなかった事に落ち込んでいた私に対し父は
「たかだか一回のサミットで全てが解決するわけがないだろう!お前はシェルパの仲間たちを助けたいと思って訴えているんだろう。たかだか一回のサミットで動かなかったからと諦めるのならば最初からやらなければいいんだ。お前の気持はそんなものだったのか。富士山やエベレストでコツコツと積み重ねた結果、動いたじゃないか。氷河湖問題も同じだよ。同じようにコツコツと積み重ねなさい」
と怒鳴られ目が覚めた。父の言葉は正しかった。私に次どのようなカードがきれるのか、またなにが出来るのか、新たな戦略を練りたい。
そして遺骨調査ですが、こちらは大きな進展がありました。厚生省が我々、空援隊に対して御遺骨の事実上の持ち帰りを認めてくださったのだ。前回レイテ島で発見されながら日本に連れて帰れなかった御遺骨を3月中旬、再びレイテ島向かいお迎えにあがりたい。昨年から始めた御遺骨の調査。空援隊の倉田宇山(くらたうさん)氏との出会いは私の人生に大きな影響と衝撃を与えた。倉田さんから諦めなければ道は開けるということを学んだ。そして倉田さんの情熱、使命感、忍耐力、どれをとってもみても頭が下がる。灼熱地獄の洞窟の中、御遺骨を手にしながら、「野口さん、これが現実なんですよ。俺は彼らを日本に帰したい。それだけなんですよ」と涙ながら訴えていた倉田さんの姿は生涯忘れることはない。これからも倉田さんについて行きたい。
マナスル基金ですが、マナスル峰山麓のサマ村の村人に学校を作ろうと約束をしてから約3年間。通信施設のないサマ村とのコンタクトは極めて困難であり、時に意思疎通にすれ違いが生じ、学校建設にたどり着くまでは長い道のりであった。しかし、村人に約束したことは果たさなければならないと、思うように進まないことが時に歯がゆくて、また悔しかったが、ようやくプロジェクトをスタートさせることが出来ました。ご寄付いただきました多くの皆様にも感謝しています。完成予定は2010年。まだまだホッとできる状況にはありませんが、それでもやっぱりホッとした。
何事も口で言うのは簡単。しかし、言ったことを実現させる事はとても大変。自らが発言した課題に取り組む日々。そんなことの繰り返しでここまでやってきました。今年は年男。だから何?とっ言ってしまえば別になんてことはありませんが、ただよくここまで生き延びてこられたものだと幸運に感謝。人生生きていれば得るものもあります。また永く生きていればその分だけ失うものもあります。そのバランスがトントンならいいんですが。
今年もいつも通り目の前の事を1つづつコツコツと確実に積み上げていきたい。そのコツコツの先に大きな変化がある。そう信じて今日のコツ、明日のコツです。それでは、ヒマラヤに行ってまいります。
2009年1月2日 野口健
2008年12月31日 【野口健】今年も残りわずか やっぱりヒマラヤに行くことに
とにかく2008年も慌ただしかった。2008年の一年間を振り返ってみてゾッとした。講演会が92回(延べ人数38920人)。地方が多いので一本の講演は移動を含めると一日がかりであり、ざっと92日間を要した。ヒマラヤで過ごしたのは70日間。取材(テレビ・雑誌・新聞・ラジオ)は114本。国内での清掃活動(富士山や海岸など)は15日間、その他海外(ツバル・フィルピン・バングラディシュなど)は18日間、環境学校に18日間。
つまり、365日のうち、講演会や清掃活動などで東京または日本を離れていたのが223日。残りの142日間で114本の取材をこなした。さらに原稿を書く時間や挨拶回り、打ち合わせ、食事会などもその中に含まれてくるのだから、私の処理能力を完全にオーバーしていた。車に例えるのならばオーバヒートしエンジンから火を吹いているようなもの。そして何よりも大変なのが、このような生活を送りながらもシビアな登山活動を続けていることだ。
学生時代に一緒に山に登っていた仲間の大半がすでにヒマラヤから離れている。学生時代と違ってトレーニングする時間が極めて限られている。それだけ「仕事」と「第一線での登山活動」の両立は難しい。
では、好きな山登りだけすればいいのかと言えば、それは違う。30代半ばの人間には、それなりに社会的な役割がある。その社会的な責任をきちんと果たした上で、好きな山登りをすればいい。
事務所の一室を改造し、トレーニングルームにしたのも現役としてヒマラヤに挑戦し続けたいからだ。活動範囲は登山家の枠を大きく超えるほどに広がったが、それでもやっぱりヒマラヤがあらゆる活動においても原点なのだ。人間、ブレないで歩き続ける事など極めて困難。不可能に近い。私とて所詮は登山家如きでありながら、おだてられれば勘違いし、すぐにでも天狗になる。毎年、年末年始の一ヵ月間をヒマラヤで過ごしているのはブレた分だけもとに修正するためだ。真冬のヒマラヤのテントの中で凍えているのは昔も今もなんら変わらない。ヒマラヤのような現場に通い続けられているうちは大丈夫だろうと、原点に戻れる場をしっかりと持っていることに感謝したい。
しかし、この年末は珍しくヒマラヤ行きを躊躇していた。これは理屈では説明つかないのだが、なにかのセンサーがピン!と察知していた。ゆえに12月上旬になってもヒマラヤ行きを決断出来ず、ズルズルと。事務所スタッフの小林さんは「そういう時は止めましょうよ」と言って引き止めてくれたが、その遠征期間用に空けておいた一ヵ月間をどこで過ごせばいいのかと、心底悩んでしまった。日々仕事に追われていれば自身の居場所を求める間もなく次へ次へと移動が続く。それが突然、ポカンと日程表が空白になった時には、ゆっくりと安心して過ごせる居場所を求めてしまうもの。その時間がなによりも辛い。結局、例年よりも2週間遅れの2009年1月2日からヒマラヤ入りすることにしました。
飯島愛さんがクリスマスイブに遺体となって発見され新聞等において「孤独死」と表現されていたが、人が死ぬ時はどうであれ孤独なものではないだろうか。例え多くの仲間に囲まれていようが、意識が遠のいていくなかで、「俺一人逝くのか」とやっぱり孤独だろう。死とはそもそも孤独なものに違いない。私も多くの仲間を山で失ってきた。昨年のエベレストでは山頂直下で彼が息を引き取るのを見届けた。埋葬する余裕もなく顔に一握りの雪をかけるのが精いっぱいだった。それから一人下山を開始するのだが、生き残るほうも、先に逝くほうもきっと同じ種類の孤独感だったのだろう。
仕事がら死について考えることも多いが、自身が逝く時は誰一人いない高原のような場所でスッと消えたいと思う。そしてなんかの時に「ああ、あんな奴いたなぁ〜」と噂されれば、それでいいんじゃないかと思います。
ちょっと話がヘビーになってきましたね。今日、明日でヒマラヤ行の準備を行います。バタバタですが、もう少しで日本脱出。ヒマラヤのテントの中でゆっくりとこの一年間の出来事を振り返ってきたいと思います。来年はもっとブログ更新しますのでよろしくよろしくお願いします。
2008年12月30日 野口健
つまり、365日のうち、講演会や清掃活動などで東京または日本を離れていたのが223日。残りの142日間で114本の取材をこなした。さらに原稿を書く時間や挨拶回り、打ち合わせ、食事会などもその中に含まれてくるのだから、私の処理能力を完全にオーバーしていた。車に例えるのならばオーバヒートしエンジンから火を吹いているようなもの。そして何よりも大変なのが、このような生活を送りながらもシビアな登山活動を続けていることだ。
学生時代に一緒に山に登っていた仲間の大半がすでにヒマラヤから離れている。学生時代と違ってトレーニングする時間が極めて限られている。それだけ「仕事」と「第一線での登山活動」の両立は難しい。
では、好きな山登りだけすればいいのかと言えば、それは違う。30代半ばの人間には、それなりに社会的な役割がある。その社会的な責任をきちんと果たした上で、好きな山登りをすればいい。
事務所の一室を改造し、トレーニングルームにしたのも現役としてヒマラヤに挑戦し続けたいからだ。活動範囲は登山家の枠を大きく超えるほどに広がったが、それでもやっぱりヒマラヤがあらゆる活動においても原点なのだ。人間、ブレないで歩き続ける事など極めて困難。不可能に近い。私とて所詮は登山家如きでありながら、おだてられれば勘違いし、すぐにでも天狗になる。毎年、年末年始の一ヵ月間をヒマラヤで過ごしているのはブレた分だけもとに修正するためだ。真冬のヒマラヤのテントの中で凍えているのは昔も今もなんら変わらない。ヒマラヤのような現場に通い続けられているうちは大丈夫だろうと、原点に戻れる場をしっかりと持っていることに感謝したい。
しかし、この年末は珍しくヒマラヤ行きを躊躇していた。これは理屈では説明つかないのだが、なにかのセンサーがピン!と察知していた。ゆえに12月上旬になってもヒマラヤ行きを決断出来ず、ズルズルと。事務所スタッフの小林さんは「そういう時は止めましょうよ」と言って引き止めてくれたが、その遠征期間用に空けておいた一ヵ月間をどこで過ごせばいいのかと、心底悩んでしまった。日々仕事に追われていれば自身の居場所を求める間もなく次へ次へと移動が続く。それが突然、ポカンと日程表が空白になった時には、ゆっくりと安心して過ごせる居場所を求めてしまうもの。その時間がなによりも辛い。結局、例年よりも2週間遅れの2009年1月2日からヒマラヤ入りすることにしました。
飯島愛さんがクリスマスイブに遺体となって発見され新聞等において「孤独死」と表現されていたが、人が死ぬ時はどうであれ孤独なものではないだろうか。例え多くの仲間に囲まれていようが、意識が遠のいていくなかで、「俺一人逝くのか」とやっぱり孤独だろう。死とはそもそも孤独なものに違いない。私も多くの仲間を山で失ってきた。昨年のエベレストでは山頂直下で彼が息を引き取るのを見届けた。埋葬する余裕もなく顔に一握りの雪をかけるのが精いっぱいだった。それから一人下山を開始するのだが、生き残るほうも、先に逝くほうもきっと同じ種類の孤独感だったのだろう。
仕事がら死について考えることも多いが、自身が逝く時は誰一人いない高原のような場所でスッと消えたいと思う。そしてなんかの時に「ああ、あんな奴いたなぁ〜」と噂されれば、それでいいんじゃないかと思います。
ちょっと話がヘビーになってきましたね。今日、明日でヒマラヤ行の準備を行います。バタバタですが、もう少しで日本脱出。ヒマラヤのテントの中でゆっくりとこの一年間の出来事を振り返ってきたいと思います。来年はもっとブログ更新しますのでよろしくよろしくお願いします。
2008年12月30日 野口健
2008年12月30日 野口健さんは行く!
年末のお忙しい中皆さまいかがお過ごしでしょうか?
事務局のそるとこと塩澤でございます。
今日は12月30日(火)です。明日は大晦日、一年の締めくくりですね。
2008年はどんな年でしたか?
野口健さんはといいますと、年明けすぐにまたネパールに発たれます。やっぱり根っからの冒険家。日本でじっとしていられないようです。(謎)講演会も年に何本ぐらいこなしているんですかね?今度聞いてみたいと思います。たぶん年間で100本はしているんじゃないかな?って・・・
そんななか、このコスモ アースコンシャス アクトの講演会では、たぶん、年明けに行ったネパールの話とか聞けるんじゃないかと思います。楽しみですね。
ネパールの状況もこのブログに寄稿していただく予定ですので楽しみにしていて下さいね。
さあ、今年も終わりです。来年各地の講演会場で皆さまとお会いできるのを楽しみにしています。
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事務局のそるとこと塩澤でございます。
今日は12月30日(火)です。明日は大晦日、一年の締めくくりですね。
2008年はどんな年でしたか?
野口健さんはといいますと、年明けすぐにまたネパールに発たれます。やっぱり根っからの冒険家。日本でじっとしていられないようです。(謎)講演会も年に何本ぐらいこなしているんですかね?今度聞いてみたいと思います。たぶん年間で100本はしているんじゃないかな?って・・・
そんななか、このコスモ アースコンシャス アクトの講演会では、たぶん、年明けに行ったネパールの話とか聞けるんじゃないかと思います。楽しみですね。
ネパールの状況もこのブログに寄稿していただく予定ですので楽しみにしていて下さいね。
さあ、今年も終わりです。来年各地の講演会場で皆さまとお会いできるのを楽しみにしています。
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2008年12月22日 野口健講演会開催します
このブログをご覧のみなさま、初めましてでございます。
コスモ アースコンシャス アクト クリーン・キャンペーンに引き続きまして、事務局担当させていただくことになりました「そると」こと塩澤でございます。
今後このブログを展開していきますので、よろしくお願い申し上げます。
さて私ですが11月23日の滋賀開催のクリーン・キャンペーンを終え、1ヶ月充電期間を頂きました。といっても色々と事後作業はあるんですけどね・・・・。
そして今度は2009年9月より、アルピニスト野口健さんを迎えての講演会が実施されます。
野口健さんのこと、皆さんご存じでしょうか?



この方です。
アルピニスト野口健といえば・・・・世界七大峰世界最年少登頂(当時)・エベレスト・エベレスト清掃・富士山清掃・環境・色々とキーワードが出てくるわけですが、この頃テレビ番組にもよく出ていますね。一度はご覧になられた方、いらっしゃるのではないでしょうか?
野口健さんとこのコスモ アースコンシャス アクトでは、深い関わりがありまして、富士山イベントに参加してくれています。そしてこの講演会も7年目。
クリーン・キャンペーンin Mt.FUJIの内容、詳しくはこちらぜひ見て下さいね。
講演会では、野口さんの数々のエピソードが聞けると思います。非常に楽しいんです。野口さん、講演をしていて気分が良くなると、ついつい早口になり時間も延長しちゃったりします。まあ正味2時間をノンストップで話すあのパワーにはいつも脱帽しちゃうんですよ。
今年度の開催につきましては、鳥取・愛知・徳島・東京・仙台・大分の6箇所で開催。ご覧希望の方、ぜひ、ご応募をお待ちしております。開催概要の詳細は左の開催スケジュールをご覧下さい。
野口さんの手綱を握る敏腕マネージャの小林さんもご紹介。小林さんは、先日ご結婚。主賓挨拶で、野口さんご挨拶されています。
いつも野口さんの暴走を(謎)止めていますからね。そりゃ凄い人です。

そして、このブログでは、講演会の情報はもちろんのこと、野口さんご本人からもブログUPしていただきますので、楽しみにしていて下さいね。
今年度の講演会も野口節は炸裂するのか!こうご期待!!
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コスモ アースコンシャス アクト クリーン・キャンペーンに引き続きまして、事務局担当させていただくことになりました「そると」こと塩澤でございます。
今後このブログを展開していきますので、よろしくお願い申し上げます。
さて私ですが11月23日の滋賀開催のクリーン・キャンペーンを終え、1ヶ月充電期間を頂きました。といっても色々と事後作業はあるんですけどね・・・・。
そして今度は2009年9月より、アルピニスト野口健さんを迎えての講演会が実施されます。
野口健さんのこと、皆さんご存じでしょうか?
この方です。
アルピニスト野口健といえば・・・・世界七大峰世界最年少登頂(当時)・エベレスト・エベレスト清掃・富士山清掃・環境・色々とキーワードが出てくるわけですが、この頃テレビ番組にもよく出ていますね。一度はご覧になられた方、いらっしゃるのではないでしょうか?
野口健さんとこのコスモ アースコンシャス アクトでは、深い関わりがありまして、富士山イベントに参加してくれています。そしてこの講演会も7年目。
クリーン・キャンペーンin Mt.FUJIの内容、詳しくはこちらぜひ見て下さいね。
講演会では、野口さんの数々のエピソードが聞けると思います。非常に楽しいんです。野口さん、講演をしていて気分が良くなると、ついつい早口になり時間も延長しちゃったりします。まあ正味2時間をノンストップで話すあのパワーにはいつも脱帽しちゃうんですよ。
今年度の開催につきましては、鳥取・愛知・徳島・東京・仙台・大分の6箇所で開催。ご覧希望の方、ぜひ、ご応募をお待ちしております。開催概要の詳細は左の開催スケジュールをご覧下さい。
野口さんの手綱を握る敏腕マネージャの小林さんもご紹介。小林さんは、先日ご結婚。主賓挨拶で、野口さんご挨拶されています。
いつも野口さんの暴走を(謎)止めていますからね。そりゃ凄い人です。
そして、このブログでは、講演会の情報はもちろんのこと、野口さんご本人からもブログUPしていただきますので、楽しみにしていて下さいね。
今年度の講演会も野口節は炸裂するのか!こうご期待!!
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