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東京会場 SESSION 1

山中伸弥(京都大学iPS細胞研究所所長)

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川上未映子(芥川賞作家)

SESSION1の動画の配信はございません。

ON AIR REPORT

臨床医から研究医へ、研究者山中伸弥はいかに生まれたか

今年の全体を貫くFMフェスティバル2019の講義のコンセプトは、『令和時代のムーンショット』。

「ムーンショット」とは、非常に困難で独創的だが、実現すれば大きなインパクトをもたらしイノベーションを生む、壮大な計画や挑戦、目標のこと。アポロ計画の時に用いられたキャッチフレーズです。この言葉が近年、シリコンバレーから広まったビジネス用語として注目されています。

「人類が初めて月に降り立つ」ことを目標にしたアポロ計画から、ちょうど今年は50年目にあたる年。令和時代の大いなる挑戦は何か、という裏テーマのもと、対談はスタートしました。

この対談のテーマは、「いのちはいったい誰のものか」

京都大学iPS細胞研究所 山中伸弥さんと、芥川賞作家・川上未映子さんのトークセッションです。山中先生は、2012年にiPS細胞の発見で、ノーベル生理学・医学賞を受賞。まさに、iPS細胞はまさに平成のムーンショット。

対するのは、2019年の毎日出版文化賞を「夏物語」で受賞した、川上未映子さん。

「夏物語」では、第三者間精子提供で妊娠出産する主人公を登場させ、生むことの自己決定とは何か、という壮大なテーマを取り上げました。

最初から研究者として順風満帆だと思われがちの山中伸弥先生。実は、整形外科医としてキャリアをスタートされたとのこと。「最初は外科医になろうと思ったんです。僕はラグビーや柔道をやっていて、しょっちゅう怪我をしていたので、そういうスポーツ選手を専門的に診療するスポーツドクターになりたいなと学生時代からずっと思っていました。外科医って気性が荒いんです。全体的に。特に整形外科医はノコギリで骨を切ったりする力仕事なので、体育会系の人が多くて。部活みたいでした。僕も一応は体育会系だったので、少しは理不尽な先輩に慣れているつもりだったんですが、想像をはるかに越えてた。手術中に「お前! 下手くそ!」って怒鳴られて、メスが飛び交うんです(笑)。」

厳しい先輩の指導に耐え切れず。「自信がなくなっちゃって、人生初の挫折を味わいましたね。それが臨床医を辞めた理由です。ただ、そういう理不尽に耐えきれなくなっただけじゃなくて、医学が直面する現実を思い知ったということもありました。」という山中先生。父の病気もあり、臨床医ではなく研究医としてキャリアをスタートさせました。

山中 そうなんです。臨床医は失敗はできない。けど、研究は失敗は大歓迎。研究というのは人生と一緒で、いかに失敗から学ぶかが大事なんです。

iPS細胞に秘められた可能性とは

「iPS細胞は13年前までどこを探しても無かったんです。この世に存在しなかった細胞なわけです。それを、13年前に、僕たちが人工的に作り出した。 問題はどうやって、というところなんですが、iPS細胞というのはみんなの細胞から作ります。皮膚の細胞、血液のなかのリンパ球という細胞。 こういった細胞を、僕たちの発見した方法で、簡単にiPS細胞に変え、さらに増殖させることができるんです。お金と時間さえあれば、この場にいるみんなのiPS細胞を無限に増やすこともできる。 増やすだけじゃなくて、もともと皮膚の細胞から作り出したiPS細胞から、脳の細胞だったり、心臓の拍動する細胞だったり、骨の細胞だったり、肝臓の細胞を作ることも可能なわけです。 少なくとも理論上は、ありとあらゆる人間の細胞を作ることができる。」という山中先生。

「iPS細胞で臓器を作ることが可能になったということですが、iPS細胞は人間の命の源である精子と卵子も作ることができるのでしょうか?」という問いに対し、「はい。理論的には可能なわけです。」と答えました。

実際に、iPS細胞は精子や卵子を作ることまでできるようになっているそうです。女性のiPS細胞から精子を作ることもできるし、その逆も然り。iPS細胞の研究がこのまま発展すると、皮膚の細胞から生命を作ることができることになるわけです。

科学が〈いのち〉を生み出すことはアリかナシか

参加学生事前に考えておくようにと出していた宿題。「「iPS細胞を使って精子や卵子を作りそれを受精させて子どもを作っても良いでしょうか? 異性間のみならず、同性間、独身者の場合はどうでしょうか?」これに対して、学生の熱い意見が交わされました。

学生A 「 僕はiPS細胞による生殖は行って問題ないと思っています。ただ、僕の場合は条件付きで、育てる意思のある親だったら良い、と考えます。育てたくて、育てられない人もたくさんいるわけで、それが新たな技術によって可能になるんだったらそれは好意的に受けれいれられるべきかなって思います。もちろん、異性間、同性間問わず、良い、と。」

経済状況によるのでは?という会場からの声に、

学生A 「経済状況について聞くのはアンフェアかなって思っていて。だって、セックスで子どもを作れる人は経済状況が最悪でも子を作れるじゃないですか。iPS細胞で子どもを作るときだけ、経済的な条件をクリアしなければ子どもを作れないというのはフェアじゃないと思うんです。」と答えます。

学生B 「僕はiPS細胞を使って子どもを作ってはいけないと思います。だって、そういうことをすると、基本的に男女が交渉して子どもを作るっていう、生殖の役割が否定されてしまいますよね。それはまずいなって思うんです。もう一つ、反対の理由があって、特別な力や才能を持ったクローンが簡単に作れてしまうということです。これも危険です。従来の人間に対して、その人たちが特権を持ってしまう。それは未然に防がなければいけないのではないかと考えます。」

生まれた〈いのち〉の側から考えてみるということ

学生C 「僕はメリットとデメリットをよく考えた方が良いと思うんです。例えば、iPS細胞から子どもを作ることができるようになって、従来の人間の生殖行為が今ほど大きな価値を持たなくなると、レイプといった犯罪が減少するんじゃないかって思います。 しかし一方で、犯罪組織にiPS細胞が渡ってしまうことは、新たな犯罪を増やすことになると思います。例えば、今では助産施設で違法助産が行われています。それに取って代わるような新しい赤ちゃん工場みたいなのができてしまう。 そこでiPS細胞によって生まれた子どもは、自分の人生を肯定できるのだろうかって思うんですよ。これまでの議論では生み出すことに焦点が置かれていましたけど、生まれた子どものことをどう考えるかが大事なんじゃないかなって思います。」

私たちは歴史から学ばなければならない

学生A 「最初に質問させていただいた者です。今までの議論を聞いていて思ったことがいくつかあるんですけど、先ほど、iPS細胞で子どもを作ることができてしまうと、人間における生殖の役割が否定されてしまう、それは気持ちが悪いという意見がありました。僕は、それを肯定的に捉えています。 なぜかというと、生殖の役割が人間にとってさして重要なものでなくなるのであれば、生物学的な親と子の関係性が刷新されると思うんです。確かに、今はセックスで子どもを作ることが主流なので、セックスじゃない方法で生まれてきた子どもはショックを受けるでしょう。 でも、いつか、そういう時代も終わる。自分にはお腹を痛めてくれた母親がいて、それを支えてくれた父親がいるという価値観は無くなるときが来るんじゃないかなって思うんです。そうすると、生まれてくる子どもは自分が生物学的な子どもであるかどうかということに対して拘泥する必要がなくなる。 先生、人間の意思が介在していなくても生命を作り出すことができるということも技術的には可能なんでしょうか。」

このような深い問鋳掛に対し、山中先生はこう返します。「SF小説に書いてあるようなことは大体実現していきますから、このまま科学が進歩すればきっとそういう時代が来るかもしれないですね。現在、普通の妊娠は10ヶ月ですよね。40週くらいです。でも、今、技術がすごい進んだので、23週とかで生まれても、赤ちゃんはちゃんと育っていく。 もしかしたら22週でも大丈夫になるんじゃないか。そこまできています。人工子宮も40週間機能する必要はなくて、最初の前半だけ機能すれば、そこからは子宮外で大きく育てることもできる。そうなってくると、人工子宮に求められる機能がどんどん縮小するようになります。 こうした技術の進歩によって、若くして子宮を摘出せざるを得ない女性の方でも子どもを作ることが可能になるんです。とにかく科学技術は進歩している。僕たちの文明はSociety 1.0から始まり、狩猟民族だったものが農耕を始め、工業化され、情報社会を作り、今はSociety 5.0まで進歩したと言われています。 技術はこれからも革新されていきます。そのときに大事なのは、過去から学ぶことです。技術が発達して、それが間違った方向で使われないためにも、僕たちは歴史を振り返って同じ過ちをしないようにしなければならない。」

生命倫理を巡る議論はまだ始まったばかり。
科学技術はとても進んでいます。今、ちょうど山の分水嶺にたどり着いたと思ってください。この科学技術によって、人類が幸せになる可能性もあるし、その逆もある。どっちにも転ぶ可能性があるわけです。それを決めるのは、若いみなさんです。自分の問題として捉えていってほしいと思います。と、授業は締めくくられました。

東京会場 SESSION 2

舟津圭三(探検家)

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石川直樹(写真家)

ON AIR REPORT

犬ぞりだけで南極を横断した冒険家

とーやま 今日は冒険家の舟津圭三さんと旅する写真家の石川直樹さんにお越しいただいています。早速でアレなんですが……舟津さん、右手めっちゃ包帯ぐるぐるじゃないですか!?

舟津 ははは(笑)。これは家の雑事で怪我したんです。

石川 僕も気になってさっき聞いたら、腱鞘炎になっちゃったらしく。てっきり冒険中に汚されたのかと。

とーやま 冒険家の方と聞いていたので、どんな方だろうと思っていたんです。そうしたら、いきなりそれらしい包帯を巻かれていて登場されて、なるほど……って思っちゃいました(笑)。違うんですね(笑)。さて、授業に入る前にお二人がどんな方なのかを僕の方からご紹介させてください。冒険家の舟津圭三さんは、若い頃から冒険に憧れを抱き、大学卒業後は一度、商社に勤めるものの、数年で退職。計画も立てないまま一人でアメリカに渡ります。自転車でサハラ砂漠を横断するなどの快挙を遂げたのち、1989年、犬のトレーニングをされていたとき、犬ぞりだけで南極大陸を横断する史上初の国際隊に選ばれます。そのときのメンバーは世界6カ国から集まりました。アメリカ、イギリス、フランス、中国、そして日本。横殴りの吹雪にあったり、犬が何度もクレバス ――氷河にできる深い割れ目ですね ――に落ちたり、ゴール目前で遭難したり。とにかくたくさんの困難と戦いました。それらの壁を乗り越え、220日間をかけて6400キロの犬ぞりでの南極横断を達成。世界中で話題となりました。南極点に到達されたとき、6人は世界に向けて一つのメッセージを発信したのですが、次のようなものでした。「Think South ――我々、南極大陸横断国際隊は、今日、南極点に到達しました。今、世界が一つに交わるこの地点から、世界の人々にメッセージを送ります。人は、たとえ、どんなに困難な状況においても、民族、文化、国家を越えて生きているはずです。」地球上で唯一国境を持たない南極で、環境と平和を訴えたわけです。

舟津 そうですね。今から30年前、僕は33歳でした。6400キロほどを7ヶ月かけて、犬ぞりだけで横断したんです。僕たちが目指した南極点というのは全ての子午線が一点で交わる場所。領土権の主張も凍結されている地なんです。そこで、僕たちを見てごらん、これだけ厳しい環境のなかでも、国や文化や宗教の違いを乗り越えて、一緒にやっていけるんだっていうことを伝えました。

とーやま 先ほども言いましたけど、それまでに氷の割れ目に落ちたり、遭難したり、トラブルがあったわけでしょう。そんなとき、なんで今、自分はこんなことをしてるんだろうって気持ちにならないんですか?

舟津 それは常にあります。しんどいことをしているときは、なんでこんなことしてるんだろうって考えちゃいますね。ずっと鋼のハートを持っているわけではない。でも、諦めたらそこで終わっちゃうじゃないですか。ゴールしたときの達成感を味わいたいがために、そこは耐えようって思うんです。極地では忍耐力が非常に要求されるんですね。

とーやま 舟津さんは犬のスペシャリストとしても世界的に有名だと伺っています。

舟津 世界的に有名なのかな(笑)。ただ、25年くらい犬ぞりをやってきたので、そり犬に関してはそれなりにわかっているとは思います。

とーやま 目の前にいる300頭のハスキー犬の名前をわずか三日で覚えられたという特殊能力があるとか。

舟津 昔の話ですよ(笑)。今は、だいぶ記憶力が落ちています。犬ぞりで冒険するにはまず、犬と信頼関係を作らなければならないんです。そのためには一匹ずつ区別してあげなくちゃいけない。犬は自分の名前を覚えますから、こちらも名前を記憶してあげる必要があります。そこからしかコミュニケーションは始まりません。犬ぞりのチームを組むっていうのは、野球のチームを作るのに似ているんです。犬たちにもいろんな個性がありますから。それぞれの性格を見抜いて、こいつはこういった叱り方をしなきゃいけないとか考えるんです。高校野球の監督みたいなもんですね。

辺境から都市まで旅する写真家

とーやま 犬ぞりって奥が深いなぁ! 勉強になりました。続いて石川直樹さんです。石川さんは高校二年生のときにインドとネパールへ一人旅をしたことをきっかけに旅に目覚めます。22歳のときには、POLE TO POLEというプロジェクトに参加されました。これは、世界7カ国の若者とともに9ヶ月かけて、北極点から南極点までをスキー、自転車、カヤック、徒歩などの人力で旅するというものです。翌年には23歳で、7大陸最高峰の登頂に成功。これは当時の世界最年少記録となっています。辺境から都市まで地球上のあらゆる場所を旅しながら、土地が紡いできた歴史とそこに存在するリアルを写真というメディアで記録し続けている写真家です。POLE TO POLEは一体どんな旅だったんですか?

石川 世界8カ国から、男の子が5人、女の子が3人集まって、一つのチームを組んだんです。彼女・彼らはみんな国籍がバラバラ。舟津さんほどの過酷な冒険ではないけど、チームの多様性という点では一緒です。そんなチームで、北極点から出発して、北米、中米、南米を通って、南極点まで約1年かけて旅をするっていうプロジェクトでした。長くて面白い旅でしたよ。英語もあまりできなかったので、言葉が通じなかったんですが、彼女・彼らとずっと一緒に生活するというのは、普段ではなかなか体験できないことでした。舟津さんの後で申しわけないんだけれど、ひたすら楽しい旅でした(笑)。

とーやま どんな瞬間が楽しかったんですか?

石川 僕たちの旅は決して過酷な極地を周るものではありませんでした。観光地に行ったり、メキシコのビーチでちょっと泳いで休憩したり。男女の色恋沙汰があったり、喧嘩をしたりもしました。そういう瞬間が今、思えば楽しかったかな。年齢も19歳から24歳までの若い世代でしたから。ちょうど、今日、ここに集まってくださったみなさんと同じくらいで。そんな8人で苦楽をともにしたわけです。

とーやま 石川さんはただ旅をするわけではなく、写真も撮っていらっしゃいます。何を切り取ろうとか考えてらっしゃるんですか?

石川 見たもの全部ですね。自分の身体が反応したもの全てを撮ろうと思って、カメラを片手に旅をしてきました。ただ、POLE TO POLEのときは23歳だったので、写真家って名乗れるほどではありませんでした。けど、旅が終わってから、本を出したり、展覧会を開いたりして、写真家という肩書きを背負うようになって。

二人の旅人の原点を巡って

とーやま お二人はなんで旅をしようって思ったんですか?

舟津 僕は、小学校のときに見たグランドキャニオンの写真に憧れて、その景色をこの眼で見てみたいという想いに駆られてアメリカに行ったのが最初です。ワシントンD.Cからサンディエゴまでを自分の足で横断しようと決めたんです。アメリカ人がかつて東海岸から西海岸に向かってフロンティアを開拓したのを真似したんですね。そのときは3ヶ月かけて旅しました。いろんな人と出会って、助けられて。最後、大西部の景色のなかでグランドキャニオンを見たときの感動は今でも忘れられません。

石川 僕はさっきご紹介くださったように、高校二年生のときにインドとネパールに一人旅をしたのが始まりでした。僕、授業や勉強が好きじゃなかったんです。学校に行っても、図書室で本ばかり読んでいて。よく手にしていたのが冒険や探検の本でした。いつか、僕もこんなことをしてみたいって。それで高校二年生のときに思い立って、旅をしたんです。お金がないから物価の安いアジアに行こうと決めたんですね。けれど、親には当然、止められるわけです。インドは危ない、どうしても行くならシンガポールにしなさいって言われました。わかった、シンガポールに行くよって嘘をついてインド行きの飛行機に乗りました(笑)。最初で最後の嘘です。

とーやま 初めての海外はどうでしたか?

石川 驚きの連続でした。10メートル歩くごとに新しい光景に出会うんです。喫茶店でコーヒーを飲んでいたら象が歩いてくるとか、ガンジス川を眺めていたら上流から死体が流れてくるとか、そういうのって日本で暮らしていたら普通あり得ないじゃないですか。今日、集まってくれた人たちのなかにも海外にまだ行ったことがない人っていると思いますけど、そういう光景を直接見ることはできれば経験した方がいいかなって思います。世のなかって多様なんだってわかるんです。自分の価値観が唯一の正しいものであると思っていたら、どうやら世界はそうではない、と。そのことに17歳で気づけたのは大きかったですね。

地球は旅人に何を教えてくれるのか

とーやま 僕はこの歳になってまだニューヨークに3日間行ったという経験しかないので、お二人が羨ましい。今日はそんなお二人から、テーマに基づいたお話を伺いたいと思います。最初のテーマは「地球が教えてくれること」。これまで長い時間、自然に身を投じられてきたお二人は自然から何を教わりましたか?

舟津 僕は自分自身が自然の一部なんだということを学びました。南極大陸横断の際も、自然に挑戦するんだっていう気持ちで臨むわけじゃないんです。むしろ、自然の一部になっても良い、そんな感覚になるんですね。自分の命というのはこの地球から生まれてきた。だから、自分が存在しているのは地球があるからなんだ。地球と自分は切っても切り離せないんだ。そういうことを長い間、自然と接しながら学んできました。

とーやま 人間は自然の一部に過ぎない。舟津さんは自然の厳しさを全身で感じるうちにそう考えるようになったわけですね。

舟津 ええ。いろんなところに旅をしましたけど、過酷な条件に身を晒すとそう考えざるをえないんですよ。自然と対峙したときに、その脅威をどう乗り越えるかってあれこれ悩むより、いかにそれを受け入れて対処するかということを考えます。それは僕がこれまでやってきたアクティヴィティのなかで培われてきたものです。

とーやま 自然災害の多い昨今、生き抜くヒントになるお言葉です。石川さんはどうでしょう?

石川 自分の弱さみたいなことに気づかされますね。例えば、8000メートルの山を登るとき、身体を順応させていかなきゃいけないわけです。普段、僕たちは寒かったり暑かったりすると、エアコンを使って、周りの環境を変えますよね。でも、大自然のなかではそうはいかない。まず、自分を変えなきゃいけないわけです。薄い酸素の場所でもいつも通り運動ができるように身体を慣らしていかなきゃいけないし。無理して自分のままでいては絶対にダメなんです。

とーやま 舟津さんは海外に住まれていたこともありますか?

舟津 はい。アラスカに22年ほど住んでいました。フェアーバンクスっていう市街から車で45分の森のなか。あっちは土地だけはいっぱいあるので、48000坪くらいの土地を買って、その一部を開墾して、自分で家を建てて。井戸も自分で掘りました。

とーやま ちょっと待ってください。普通のことのように話されていますけど、驚いていいですよね(笑)?

舟津 そうですね(笑)。アラスカは日本の四倍の面積があるんですが、人口が60万人しかいないので、そういう大きな土地が手に入るんです。ドッグヤードはこれくらいの広さにしようとか計算しながら、家とサウナ小屋の場所を決め、畑も耕していって、いわゆる開墾生活をしていました。

とーやま 想像を絶する(笑)。石川さんはこの夏、挑戦したことがあるとか?

石川 今年の夏、世界に2番目に高いK2という山を登ったんです。標高は8600メートルくらい。かなりヘトヘトになりながら登りました。期間で言えば、3ヶ月くらいかな。落石とか雪崩とか多い山で、4年前に挑戦したときは失敗したんです。今年こそ行けるかなって思ったんですけど、あとちょっとで登頂できなかった。独立峰なので、天候が読めないんですよね。不確定要素が多くて、登頂できるかできないかはほとんど運です。

とーやま なんでお二人はそんなさぞ当たり前のことのようにお話できるんですか? 僕なんて普段生活してて死ぬかと思ったことなんて一回くらいしかありませんよ(笑)。

石川 いや、別に頻繁に生死に関わる目に遭うわけじゃないんです。南極とかヒマラヤとか聞くとそういうイメージを持ちがちだけど、そんなこたないっす。

とーやま 「そんなこたない」って(笑)。長州小力さんみたいに言わないでも(笑)。

舟津 でも、本当にそうで、都会で街を歩いてて、車にぶつかる方が怖いですよ。確かに、苦しい局面もあります。けど、それを乗り越えたら素晴らしい世界が待ってるわけですから。

とーやま 今まで、一番嬉しかった瞬間って何ですか?

石川 僕はすげぇ喉乾きながら登頂して戻ってきたときに飲んだコーラかな。めちゃくちゃ嬉しかった。「うま!」って(笑)。もちろんですけど、山に自販機なんてないわけで。5000メートルの岩と雪に囲まれたところで2ヶ月くらい暮らして、ヘロヘロになって帰ると、あらゆるものが美味しく感じるんです。

舟津 そういう意味では、身体が凍えてテントに入って最初に飲むお茶とかは最高ですね。砂糖を一杯だけ入れるんです。そうすると、自分の血液が暖かくなって、指先がじわっとなる。非常に快感ですね。やっぱり、そういう自然のなかでしか味わえない非日常を通じて新たな自分を見つけるというのは面白いですね。

石川 水のありがたみとかそういう話をすると、どうしても説教臭くなっちゃうからあまりしたくないんです。でも、水道から飲み水が出るとか、コンビニ行ったらなんでも買えるとか、実はありがたいことなんだってわかります。当たり前なんだけど、当たり前だと思っちゃいけないっていうか。

環境問題を前に考えるべきこと

とーやま とても大事なことを教えてもらった気がします。ありがとうございます。続いてのテーマに行きましょうか。「環境問題に対してどんな一歩を踏み出せば良いか」まさに、今、みんなで議論すべきことですね。世界のあちこちに足を運ばれているお二人は、旅をしているうちに環境問題に直面することってありますか?

舟津 あります。僕が最初、南極を横断したとき、南極半島の棚氷という海の上に一部せり出している氷の上を渡っていたんです。けど、30年経った、今、棚氷の一部は切り落ちて、海になってしまっている。西南極は氷の流出の問題が深刻なんです。アラスカに関しても、昔はマイナス45度が1週間くらい続く日なんてざらにあった。今はだいぶ状況が変わってしまった。ちょっとした気候の変動一つとっても、環境問題について考えさせられますね。

石川 温暖化に限らず言えば、文明化による環境問題についても考えなきゃいけないと思います。僕はミクロネシアの島々に通ってたこともあるんですけど、そこでは少し前まで、バッグといった日用品は植物で作られていたんです。捨てても土に還るように。でも、今ではプラスチックに取って代わってしまっていて、自然に還ることなく、そのままゴミとして残るようになってしまった。島全体も昔に比べたら、とても汚くなっている。そういうことを目の当たりにすると、環境問題をどうにか解決しなければいけないなって思います。

とーやま 僕たちは今、環境問題を前にどう対処していけば良いんですかね? そういう変化を見てきたお二人から考えるヒントのようなものをもらえると嬉しいのですけど。

石川 うーん。環境問題ってドラスティックに変わるもんじゃないんですよね。ちょっとずつ悪くなるし、ちょっとずつ良くなるかもしれない。だから、小さな一歩が大事なのかなって思います。自分は確かに地球のなかではちっぽけな存在かもしれない。だからって、一人ひとりが何もしないと何も変わらない。少しでも良いから自分にできることをするっていうか。それこそ、ゴミを捨てるなとかそういう話になってしまって、偽善めいた響きになるのはわかっています。でもね、本当に綺麗な、大きな、自然を目にすると言葉が出なくなるんですよ。自然を汚すことなんてできなくなるんです。だから、何かを直接的に訴えかけるよりは、そういう自然の偉大さを知ってもらうことが大事なのかなって思いますね。

舟津 地球に生まれてくるということが奇跡なんですよ。僕は自分の命が何でここにあるのかって不思議に思うことがよくあるんです。例えばね、大海原に木片が一つ浮いてるとするじゃないですか。その木片には小さな穴が開いてる。そこに、盲目の亀がたまたま海の底から泳いできて、頭をスポッてハメる。この世に生まれてくることっていうのは、その確率よりも低いんです。それくらい奇跡的な命を僕たちは頂いているんだっていうことを忘れてはいけない。確かに、そうは言っても、普段の日常生活じゃあ、そんな認識は持ちづらいかもしれない。けれど、石川さんがさっきおっしゃったように、大自然の素晴らしさを目の当たりにすると、この世に生きてることの奇跡というものを実感できると思います。その瞬間に感謝の念っていうのは生まれてくるのかなって気がしますね。

とーやま そういう認識を持った上で、僕たちはどのようなアクションを起こせば良いんでしょうか。

石川 今、香港で大きなデモが起きていますよね。あれは社会を変えようって運動だと思うんです。日本ではあれほど大きなデモは起きていないかもしれない。でも、局所では確かにそういう動きは昔からありました。僕がデモに参加したのは高校生のときでした。長良川っていう川が岐阜県にあるんですけど、そこはカヌーで上流から下流まで一気に下れる数少ない川の一つなんですよ。でも、ある日、長良川に河口堰の建設計画が浮上した。河口堰ができると川の下流が締め切られてしまう。海水の遡上が遮られちゃうわけです。いろんな生物がなくなっていく可能性があると聞いて、高校生の僕はデモに参加しました。そうやって自分が正しくないと思うこと、間違っているんじゃないかっていう違和感を大事にして、声をあげるということを僕はやってきました。

伝えるということは大切なことではない

とーやま 今日は環境について普段は考えることのできない角度から考える手がかりをもらったような気がします。自分の考えをちゃんと世のなかに伝えるということ。それが一番大事なんじゃないかというお話もお聞きしました。みなさんからお二人に何か質問や感想などありますか?

学生A 素朴な質問なんですが、冒険家の方ってどうやって生計を立てているんですか?

石川 ケースバイケースだと思います。僕の場合は、旅のことを文章にしたり、写真にするというやり方をしているかな。舟津さんは?

舟津 冒険家っていう認識は自分のなかではないんです。結果的に、冒険家のように見えているだけで。だから、冒険をして稼ごうとかは思っていない。犬ぞりをやって、レースに出る。一応、プロとして。そうすると、スポンサーが付くし、優勝すれば賞金が貰える。でも、そのためにやっているわけじゃない。副収入程度に考えていますかね。

石川 冒険家って職業じゃない気がしますね。お金を稼ぐために冒険をするというのは間違っているというか。よく聞かれるんですよ。石川さん、どうやって生活してるんですか?って。でも、生活なんていくらでもできるんです。でも、外から見ると不思議な人たちだと映るのはわかります。

学生B お二人とも体験談とか写真集を本という形で出されていますよね。世のなかに何を伝えようと考えていらっしゃるんですか?

石川 何か、これを伝えたい!っていうメッセージ性を持たせると、必ず、それに反発する人や同意できない人っていうのがいるんです。だから、僕はメッセージを伝えるというのはしたくない。自分は旅をしてこういうのを見た。これはとてもすごいと思った。そんな感動を、ただただ、形にして提示する。それを手に取ってくれた人が追体験してくれたら嬉しいなって、そんなことを思っているだけなんです。でも、別にみんなにわかってもらおうなんて思っていない。わかってもらえなくても仕方ないっていう感覚で本にしています。

舟津 僕も同じです。自分が見たものを、ありのまま、提示する。あとは読者がそれぞれ考えてもらえれば良い。それくらいの感じですね。

日頃の生活を捨てよ、外に出よう

学生C ごめんなさい。大した質問じゃないんですけど、お話を聞いていて気になってしまったので、一つだけ。西南極って言葉があったんですが、南極の西ってどうやってわかるんですか?

舟津 子午線は西側と東側に分かれているわけです。南極でも西経何度、東経何度という言い方は当然します。ですから、西側を西南極、東側を東南極という呼び方が成立するんです。

石川 30年前もGPSってあったんですか?

舟津 ありませんでした。天測だけが頼りです。あとは、太陽の位置ですかね。そこから自分が東西南北のどこにいるのかを考えるっていう感じです。コンパスも使っていましたね。

学生D お二人のお話を伺いながら、エコについて考えさせられました。自然の脅威を目の当たりにしたら環境に優しくならなきゃいけない、と。でも、今日の学びを1ヶ月後、2ヶ月後に活かせるか自信がありません。時間が経つにつれて、今日は電気つけっぱなしだけど、それでも地球は回ってるわけだし、別にいいか、みたいに考えそうで。そうやって短距離では走れるけど、長距離で走れない人に対して何かアドバイスはありますか?

石川 僕の場合は、1年のうち、2、3回くらい自分より大きな自然のなかに入っていくので、忘れかけるとそこでまた思い出します。そんな生活を20年くらいしていると、身に染みついてきて短距離が少しずつ長距離になっていくんです。だから、少しでも、自然のなかに身を置くということを心がけると良いかなって思います。

舟津 そうですね。不便な生活を厭わずしてみるというのも良いかなって思います。キャンプに行くのでも良いし、とにかく、日頃の便利な生活をたまに捨ててみる。そうすると、自然のありがたみというのを感じることができると思います。

冒険家たちが抱く、これからの野望

とーやま 僕の方から質問なんですが、これからお二人が目指している場所、挑戦したいことなどありますか?

石川 現実的な話をすると、来年にカンチェンジュンガというネパールの山を登ろうと考えています。K2に次ぐ、世界第3位の山ですね。もうちょっと夢想的な話をすると、僕ね、火星に行きたいんですよ。火星にも山があるんです。オリンポス山っていう標高30000メートルの山。登るのはいくら何でも難しいと思うので、麓から眺めてみたいなぁ。8000メートルの山を見るだけで、その佇まいに驚くのに、30000メートルってどんな感じなんだろう、と。でも、僕は今、42歳なんだけど、あと40年後くらいにはギリギリそういうところまで行けるんじゃないかなって思いますね。

舟津 僕は、今、アラスカから北海道に生活を移しているんです。NIKI Hillsワイナリーというところでいろんなプロジェクトに挑戦しています。たくさんの人たちに来てもらって、北海道の大自然を楽しんでもらうための場所作りを当面はやっていきたいですね。それが終わったらまた旅に出るかもしれない。

とーやま 僕の実家、北海道なんで、舟津さんの知り合いヅラして遊びに行っちゃいます(笑)。それでは、最後になるんですけど、お二人から若い人たちに何かメッセージがあれば。

石川 今日、集まってくれた多くの人は大学生だと思います。大学生って、就職活動がどうとか、いろんな悩みがあるんです。でも、さっきも言ったけど、どうやってでも生きていけるんです。だから、自分の夢を諦めないでください。それと、僕自身のことを振り返って考えると、20代の前半が一番大切な時期だった気がします。あのとき、本をたくさん読んで、いろんな場所に旅をしたりしたから、今がある。みなさんも、自分の限りあるリソースのなかでなんでもいいからやってみてください。

舟津 好奇心をぜひ、持ってください。こうやって話を聞くというのも良いと思うんですが、いろんな人に出会って、その都度、さまざまな思いを抱くというのも大事だと思います。確かに困難も待ち受けているかもしれません。でも、困難があるからやらないっていうのは勿体無いと思う。チャレンジ精神ですよね。若いんだから、やり直しだっていくらでもききます。自分の可能性を信じて、情熱を持って、挑戦してもらいたいです。

とーやま 実際にチャレンジ精神を離さずにやってこられたお二人だから重みのあるお言葉ですね。みなさん、お二人のメッセージを胸に、冒険に出かけましょう。

大阪会場 SESSION 3

加藤一二三(プロ棋士)

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水上颯(『東大王』東大王チーム大将)

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須貝駿貴(YouTubeチャンネル「QuizKnock」)

ON AIR REPORT

三人の探求者たち

須貝 知性はどこに向かうのか、ということを今日は考えていきたいと思います。授業の講師役を務める須貝駿貴です。普段は知識集団「Quizknock」のメンバーでYouTuberとして活動しています。「Quizknock」のYouTubeチャンネルは、2017年に開設したんですが、現在、登録人数が91万人。クイズだけじゃなくて、見ていて楽しい実験の動画も作っているので、未見の方は是非、登録してみてください。もう一人、講師を務めるのが2014年、2015年に日本テレビの『頭脳王』に出演し、史上二人目の二連覇を達成した水上颯です。水上はあの孫正義さんにも「異能」として認められた人間です。

水上 ありがたい限りです。いや、光栄だな。僕らの共通点はクイズが得意ってことだけじゃなく、現役東大生という点でも一緒なんですよね。

須貝 そうですね。水上とは昔からよく知った間柄です。今日は水上の冴え渡る知能を見せてもらいたいですね。そして、僕らに加えて、本日はスペシャルな講師をお招きしています。プロ棋士の加藤一二三さんです。加藤さんは、当時14歳でプロ4段となり、史上初の中学生棋士として世間の注目の的となりました。以来、60年以上、将棋界の最前線で戦ってこられた方です。

加藤 今日はお若いお二人とお話できるということで、張り切ってきました。

須貝 どうもありがとうございます。親しみを込めて、ひふみんさんと呼ばせていただきますね。それでは今日はこの三人で話をしていきたいと思います。ここでちょっとクイズを出して良いですか? 加藤一二三先生が将棋の勉強を意識的に始めたのはいつからだったでしょうか? 次の三つの選択肢から選んでください。A、文字を書き始めるより早い2歳の頃。B、初めて将棋クラブを訪れた小学5年生。C、「神武以来の天才」と呼ばれ始めて、8段を獲得した18歳。さあ、A・B・Cのどれだと思いますか?

水上 こういうときは消去法が良いんです。Bは普通ですよね。これが答えだとインパクトに欠けると思う。Aは非現実的です。二歳の記憶はないでしょう。そうすると、Cかなって。

須貝 なるほど。ひふみんさん、答えはどれでしょう?

加藤 水上さん、お見事。正解はCです。わたくし、18歳でA級8段になり、当時のプロの世界ではトップ10に入りました。その頃から、将棋というのは一番良い手を指せば勝ち続けることができるということに気づいたんですね。とはいえ、この世界で生き残っていくには、最強の棋士だった大山康晴名人や升田幸三名人に対抗しなければならない。そんなわけで、将棋の研究をし始めたのが18歳のときでした。

須貝 まず、18歳のときに既に将棋の世界で上から10位に入っているというのが驚きです。

水上 8段になるまでは勉強しなくても勝てたんですか?

加藤 ある程度ってぐらいです。勉強しているっていう意識はありませんでした。勉強していなくても、4段、5段、6段、7段、8段とノンストップで駆け上がることができましたので。おそらく、今後、こんな大記録を達成した人は出てこないと思います。

須貝 ビッグマウスなんですね(笑)。18歳の頃に何に気づいたんでしょう?

加藤 将棋というものはですね、指し手の変化が10の220乗あるんです。膨大な変化があるわけです。我々、プロ棋士は局面をパッと見た瞬間に、その膨大な指し手のなかからこれが一番良い手だっていうのを直感的に選び取る。そのことに気づいたのが18歳の頃でした。

好きな自分をもっと強くするために

須貝 指し手の変化を研究していけば、勝ちへの近道が見つかるわけですね。そのためには「学ぶ」必要があったということだと思います。ひふみんさんが「学ぶ」ということを意識し始めた瞬間について、今、お話を伺いました。そういうわけで、今日の一つ目のトークセッションは「学ぶ」です。ひふみんさんは18歳で「学ぶ」ことの重要性に気づいた後、今に至るまで勉強、あるいは、研究はやめなかったんですか?

加藤 将棋の世界というのは、才能がまず絶対条件なんです。最近話題の藤井聡太7段も才能の塊ですよね。でも、彼のような才能がある人間でも、研究は欠かさずしているわけです。わたくしが見ていても、高校生なのによく研究しているなぁって感心しますよ。ただね、1ヶ月前に気がついたんです。将棋の世界のなかで、わたくしほど将棋を研究した人はいない、と。ちゃんと理由はあります。わたくしの生涯の対局数は2505局です。試合の前には必ず研究をします。それをもとに将棋の本を40冊書きました。数だけ見ても、歴代の将棋の棋士のなかでわたくしが一番研究しているということに1ヶ月前に気がついたんですよ。

水上 引退して初めて気がついたんですね(笑)。でも、そういうものなのかもしれない。

加藤 そうなんです。だから、何が言いたいかというと、わたくし、「学ぶ」ということが大好きなんです。例えば、40歳の頃に質問されてわからなかったことで、次のようなものがあります。これはある女の子に訊かれたことです。「加藤さん、うちの猫が死んだんですけど、亡くなった猫はどうなりますか?」とても難しい質問です。訊かれたときは、わからなくて、うまく答えることができませんでした。ですが、『旧約聖書』に答えがあったんです。だから、わたくしは今ならあの女の子の質問に答えることができる。何が言いたいかっていうと、知らないということは、勉強で埋める余白みたいなものだってことです。勉強すれば何にでも答えることができるわけです。

須貝 ひふみんさんは40歳からでも「学ぶ」ことができるということに気がつかれた。それはこれから前途有望な若いみなさんにとっては大きな励みになりますね。水上は開成高校に通って、東大に入ったわけで、学歴的には順風満帆な人生を歩んでいるわけだけど、意識的に勉強するぞ!って気持ちになったのっていくつくらいのとき?

水上 僕は勉強が嫌いなんです。そもそも努力というのが好きじゃない。だって、自分を辛くする行為じゃないですか。なんでわざわざ自分を苦しめなきゃいけないのかなって。でも、「学ぶ」ってことはそんなに嫌いじゃないんです。これは矛盾に聞こえちゃうかもしれないけど、僕のなかでは矛盾してなくて。勉強っていうのは何かのためにやる行為ですよね。受験に受かるためとか。「学ぶ」というのはそうではない。日常生活全てが「学び」なわけで。街中を歩いていても、本を読んでいても、全てが、そう。生きていることが僕にとっては「学び」なんです。須貝さんは「学ぶ」ってどんな風に捉えていますか?

須貝 僕は勉強自体もそんなに嫌いじゃないかな。レベル上げみたいなものでしょ。できなかったことができるようになるっていうのは嬉しいですよ。僕は野球をやっていたんだけど、勉強して賢くなるのと、練習して筋肉がつくのって一緒だと思うんです。そういう意味では僕は勉強をレベル上げとして楽しんでいたかな。好きな自分というのがさらに強くなるって嬉しくないですか? 自分のことが少しでも好きで、その自分がもっと強くなるために勉強するっていうのはプラスな感情に結びつくと思いますね。

加藤 わたくしはこれまで対局した棋譜を見れば、自分の考えも相手の考えも思い出すことができます。14歳で4段になってから、2年前に現役を引退するまでの2505局。どんな対局だったか、棋譜を見れば思い出すことができるわけです。ただ、日常生活はほとんど覚えていません(笑)。お二人は東大生なわけだけど、東大生ってノートを取りませんか? 僕は早稲田大学中退なんだけど、基本的に頭のなかで覚えるタイプ。ノートを取ったらかえって忘れちゃいます。

須貝 僕は忘れても良いかなって。ノートに書いておいて、必要なときにそれを見て思い出すくらいで良いんじゃないかなって思います。

水上 ひふみんさんは天才肌だと思うんですけど、努力と天才というよく語られる二項対立ではどちらが大事だと思いますか?

加藤 努力と天才の間に秀才というのがあるんです。才能もあって、研究もする人。僕はその人が一番可能性があるんじゃないかって思います。ただですね、勉強や研究ばかりしていても、人生勿体ないと思うんです。さっきも言いましたが、わたくしは将棋の世界で一番研究をした人間です。そんなわたくしも、趣味は大事にしてきました。人生にゆとりを持って、趣味を大事にすることで、研究生活がより飛躍できるんだと思います。

水上 東大生を見ていても、趣味人って意外と多いんですよ。勉強だけやってますっていう人はいない。めちゃくちゃ頭が良い人で、この人は勉強ばかりしてきたんだろうなって人でも、ギターが弾けたりするんです。そうやって趣味を大事にすることで、より勉強に身が入るんでしょうね。

加藤 そうですね。趣味と勉強を突き詰めて、若いうちに自分のやりたいことを見つけられたら良いですね。今日、授業に参加されているみなさんは、人生これからだと思います。大学を出るまでにやりたいことを見つけて、社会に出る。もし、最初の会社で、自分のやりたいことができなかったら、次の会社を探そう。それくらいの気持ちでいてください。

須貝 やりたいことを見つけて、それを追求するために勉強する。「学ぶ」っていうのは必要に駆られて初めてできることなのかなって思います。僕は大学院生なんだけれども、研究生活でも一緒。研究対象を決めないと、研究なんてできませんから。まず、「学ぶ」ために、 まず自分が何に身を捧げるか、その対象を見つけることが大事だと、僕は思います。

努力賞をもらうために戦っても意味がない

須貝 もう一つクイズを出せてください。『高校生クイズ』の優勝経験があり、TBS『東大王』で東大王チーム大将も務める水上颯。彼がクイズに勝つためにやっていることは次の三つの選択肢のうちどれでしょう。A、毎日クイズの問題集を読んでいる。B、毎日美術館や博物館に通っている。C、毎日漫画を読んでいる。ひふみんさんはどれだと思いますか?

加藤 これは間違いなくAに決まっていますよ。A以外ではそんなに知識は増えません。将棋もクイズも一緒で、日頃の研究が人を成功に導くんです。

水上 答えはA……ではなくて、Cなんです。

加藤 ええ!? 漫画ですか!?

水上 先ほど、僕、勉強が好きじゃないと言いました。それは、努力という行為が苦手だということを意味します。クイズも一緒で、クイズのために努力するっていうのは違うなって気づいたときがあったんです。僕は、『高校生クイズ』の優勝経験もあるし、大学生のクイズ大会でも何度か優勝しています。そこに至るまで、めちゃくちゃ努力したんです。勝つためには何でもしたし、早押しの研究もしました。でも、ふと、優勝を重ねて、ある程度、上り詰めたなって思った頃、自分にとってクイズで勝つとか負けるというのは、そんなに大事なことではないと気がついたんです。変な言い方をしますが、僕の人生がクイズそのもののような気がしたんです。だから、不自然な努力をする必要はないんじゃないかって思うようになりました。漫画を読んだり、友達と話したりする。そういう僕の日頃の営み、言ってしまえば、人生そのものが、クイズのためにある。そんな風にマインドが変わりました。自分らしくどのように生きるかということが僕のクイズへの向かい方に現れていると思うんです。

須貝 今、水上から勝ち負けの話がありました。今日の二つ目のテーマは「勝つ」です。水上は勝つとか負けるとかいうところじゃない場所で、クイズをやっていると言いました。つまり、人生そのものが鍛錬であり、自然にやっていれば結果がついてくるってことですね。ひふみんさんは、勝負の世界でずっと生きてきました。勝ちへのこだわりってあるんですか?

加藤 30歳を過ぎた頃、妻がこんな言葉をかけてくれたんです。「あなたは棋士だから、どんな状況でも、良い将棋を指したらいいんだよ」って。この言葉が奮起のきっかけになりました。具体的には、目標を持つ、ということをするようになったんですね。どんな世界にいても、目標を持つということは大事です。わたくしも、妻からその言葉をもらったときに、よし、名人になろうと思いました。そのためには、どんな相手と戦うときも、勇気を持って戦う、相手の面前で弱気を出さない、それが大事です。弱気を出すと、相手が自信たっぷりに見えてしまう。逆に勇気を持っていると、どんな相手を前にしても「あなたは確かに頑張ってるね。でも、あなたよりも、わたくしの方がもっと上の戦い方ができるよ」って余裕を持つことができるんです。それが勝ちにつながる。わたくしの勝ちへのこだわりの裏にはこういう想いがあります。

須貝 目標として常に勝つということがあり、その達成のためには勇気が必要なんですね。私の方が相手よりもできるという言葉がありましたけど、それくらいの気持ちを持たないと、勝つことなんてできないんですよね。

加藤 そうです。不遜な表現のように聞こえますけど、人生において、大言壮語するくらいの気持ちは必要なんだと思います。

須貝 僕もひふみんさんと同じことを思っています。僕も勝ちには非常にこだわっている。勝たないと意味がないとさえ思っている。小・中学生に野球を教えるときに、勝ちにこだわらせないといつまでたっても弱いままでしょ。やるからには勝つことを覚えさせなきゃ。

加藤 それって、将棋の世界では羽生善治さんと関西の天才棋士、谷川浩司さんが言ってることと同じです。谷川さんも羽生さんも、子どもたちに向かって、まず勝つことを覚えましょうって指導します。勝ったら、楽しくなって、刺激になって、またやろうって気になる。ただ、わたくし自身としては、そこに良い手を覚えさせるっていうことを付け加えたい。良い手を指せるようになると感動するんです。

須貝 受験やテストもそうですよね。勝ち負けっていうのはあります。100点を取れば勝ち、のように。そこにこだわれないと、諦めちゃうんです。最初から努力賞を貰うためにやっても意味がないわけで。やるなら勝てよって僕は思っちゃいます。

AIは人間の世界を乗っ取ってしまうのか

須貝 次のテーマに移りましょうか。今日のセッションの主題は「ボクたちはAIなんかにとって代わられない」ですね。せっかくだから会場のみなさんとこのテーマについて、一緒に考えていきましょうか。みなさんは人間の仕事はAIにとって代わられると思いますか?  みなさんのお手元にはYESとNOの札があると思います。今後、人間の仕事がAIに取って代わられると思う方はYESを、そうじゃないと思う方はNOの札をあげてください。それではどうぞ。……どうやら、ちょうど半分半分のようですね。それではみなさんに意見を聞いてみましょうか。まずはYESの方の意見を聞かせてください。

学生A 僕は全てが全てAIで代替可能だとは思っていません。ただ、AIの開発が進めば進むほど、人間の代わりになる可能性は高くなるとは思っています。

須貝 ある仕事はAIがこなすようになるし、かといって人間にしかできない仕事も存在するというわけですね。もう一人くらい聞いてみましょうか。

学生B 私は機械工学を研究しているので、人間が今やっていることをロボットが代わりに行うようになる未来を望んでいます。その分、AIにはできない仕事というのを人間が探して、そこに新しい可能性を見出せるようになれば、AIと人間の共存ができるんじゃないかなって思います。

須貝 お二人とも、似たような意見ですね。全てがAIに取って代わられるわけではない、と。それじゃあNOの方の意見も聞いてみましょうか。

学生C 僕はAIが人間の仕事を行うと問題が必ず発生すると思います。単純な作業ならAIでもできるかもしれませんが、複雑な仕事になるにつれてミスが発生しやすくなると思います。そうなったときに誰が責任をとるのかっていうのは、工学系の人だけが考えれば良い問題ではないわけで。人文系のなかでもAIについての研究が進んでいかないといけないと考えます。そういう意味では、まだAIが人間の仕事をする社会になるには早いのかなって思いますね。

須貝 AI時代の倫理や責任論をもっと、考えなきゃいけないっていうことですね。とても興味深いです。もう一人、NOの人の意見を聞いてみましょうか。

学生D 私は臨床検査技師の専攻です。検査技術もAIに代替される可能性は今後出てきます。ですが、そのときに、果たして、医療ミスは起きないのか。珍しい病気の患者さんに対して、正しい検査結果を出せるのか。つまり、AIに蓄積されているデータでは想定できない症例があったらどうするのか。そういう意味では、人間が判断しなきゃいけない部分っていうのは必ず残されると思っています。

須貝 今、医学部の方のお話を伺えたので、医学部生の水上にちょっと意見を聞いてみたいと思います。医学のなかでAIはどれだけ人間の代わりになりうるのかな?

水上 確かに、今の技術だと、まだ人間の目で見た方が判断の妥当性はあるとは思います。でも、10年後、20年後、画像解析の分野は大きく発展すると考えられていて。AIの正答率が人間を上回る時代も来ると思います。そういう意味では、多くの部分で自動化が進むということは考えられる。ただ、僕自身の考えを述べると、AIは人間の代わりになりうるかという甚だ疑問で。AIを作り出したのは人間なわけで、その限りにおいて、人間の知能を超えるということはないんです。精度とか処理速度は人間より圧倒的に上だけど、使っているのは人間。人間を離れることはできないし、ましてや手塚治虫の世界のようにAIだけの社会が生まれるなんてこともないと思う。イギリスで産業革命が起きたときに、機械が誕生して、仕事がなくなるって危機感を覚えた人間がラッタイト運動とかを起こしました。けどね、歴史が物語っているように、人間の仕事は決してなくならなかったわけです。現状、僕たちの周りには無駄な仕事の方が多いわけですよね。僕は、そういう仕事こそAIがやって、僕たちは歌でも歌いながら生活するような日常を、つまりゆとりのある日常を、送れるようになるのが理想だと思っています。だから、AIに乗っ取られるんじゃなくて、AIを利用し続けるというのが人類の社会のあるべき姿だと思います。

須貝 将棋の世界でもAIが出てきていますよね。ひふみんさんの目には将棋AIというのはどう映っていますか?

加藤 わたくしはAIに人間が取って代わられるなんてことはないと思います。実は、将棋AIと一緒に仕事をしたことがあるんです。ある局面を見ながら、同時に解説をするというものでしたが、AIのスピードは遅く、わたくしが解説した1分後に全く同じ内容の解説をするという結果になりました。確かに、解説の内容は正確でした。でも、遅いんです。スピード勝負でしたら、わたくしはAIに勝てます。それと、わたくし、AIの研究者と対談をしたことがあるんですが、研究者の方が言うにはですね、これから将棋AIがレベルアップすることは困難なようなんです。というのも、以前、AIが名人に勝ったというニュースがありました。それで社会的には将棋AIは認められました。そのことで、研究者は満足して、それ以上発展させる意欲を失ってしまっているらしいです(笑)。

須貝 一方で、若手の棋士でAIを使って研究している人もいると聞きました。

加藤 おっしゃる通りです。ただ、わたくしはその現状をとても不安視しています。AIに頼っている若手棋士は50歳くらいまでもたないと思います。だって、実戦で身につけたわけじゃないですから、本当の実力じゃないわけです。AIの将棋の指し方って特徴があって、序盤で非常に荒っぽい指し方をして混乱させてくるわけです。しかし、後半になると失速する。だから、序盤を抑えれば勝てます。

須貝 僕の考えは水上に似ているかな。AIは人間に代わってどうでもいい雑事をするようになると思います。僕は物理の研究をしているんですが、実験データの解析をAIがやってくれる可能性はあります。でも、それによって物理学者の仕事が減るかと言うとそうではないと思います。物事の巨視的な捉え方というのは人間にしかできない。だから、AIが人間に取って代わられるということは今後もないだろうって思いますね。

来るべきムーンショットに向けて

須貝 さて、今回のFM FESTIVAL未来授業2019のテーマは「令和時代のムーンショット」です。ムーンショットとは、困難であるけれど、実現すれば世界が変わるような挑戦のこと。最後に僕たちが考えるムーンショットとは何かという話をしたいと思います。僕にとってのムーンショットは超電導磁気浮上式リニアです。いわゆるリニア新幹線。リニアというのは、磁気浮上なわけで、車輪を超えたテクノロジーなんですね。これって、歴史的に見ればすごいことなんです。車輪って、エジプト時代に石を運ぶのに発明されたもので。以来、数千年、いまだに使われ続けている技術なわけです。リニアというのはそれを超越する。これは劇的な転換点になりうるんです。我々は、今、その時代に向かいつつある。非常にワクワクします。水上にとってのムーンショットは?

水上 僕は医学を学んでいるので、その見地から話したいと思います。人間は病気になることから逃れられない存在なんです。これはどうしようもなく。確かに医学が進歩して病気との向き合い方というのは変わってきています。以前は治療が難しかった病気も対処可能になってきた。でも、一方で、新しい病気の数が増えてきているのも事実です。これまで一人の人間の個性だと思われていたものが病気だと認定されてしまうようになった。例えば、ゲーム障害というのが最近、認められてしまった。その人の特徴だったものが病気とされてしまっている。僕はそこに一石を投じたい。病気が人の個性として、尊重され、その病いとされるものを抱える人が闊歩して歩けるような社会を作りたいんです。病気自体が人の障害とならない社会を創出する。それが僕にとってのムーンショットです。ひふみんさんのムーンショットも聞いてみたいですね。

加藤 わたくしのムーンショットは、音楽の名曲のように、自分の指した将棋が100年後まで色褪せないで後世に遺すことです。そのためにやることはいっぱいあります。本を書いたり、後輩の棋士に伝えたり。わたくしの棋譜は日本一だという自負があるんです。それが将棋の世界で語り継がれるような、いわゆる将棋のクラシックとなるような、そんな時代を作りたいと思います。

須貝 新しい時代を作り出す。それがムーンショットの持つ意味です。今日は学ぶこと、勝負に勝つこと、そしてAIの話をしてきました。みなさんは時代の転換点にいると思います。そんな瞬間を前に、それぞれの夢を捨てずに、大いに学び続け、勝ち続け、新しい社会を、歴史を作り出してください。僕らも楽しみにしています。

東京会場 SESSION 4

藤島皓介(東京工業大学地球生命研究所
(ELSI)特任准教授)

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茂木健一郎(脳科学者)

ON AIR REPORT

宇宙研究の現在地はどこにある?

とーやま このセッションではとても大きなテーマについてみなさんと議論したいと思います。人はどうして宇宙を目指すのでしょうか。どうして地球外生命体の存在を空想するのでしょうか。こうした問題を一緒に紐解いてくださる先生をご紹介します。脳科学者の茂木健一郎さんです。

茂木 よろしくお願いします。脳科学的にもとても興味深い問いです。人類が他の動物と異なる点はまさにここにあると思っています。地球は人間にとって安全な場所なはずです。少なくとも危険に満ちた他の惑星よりは住み心地が良いはずです。なのに、どうしてわざわざ宇宙に行くのか。憧れてしまうのか。人類という存在の謎を解く鍵が隠されていると思います。

とーやま 未来授業のSession1では、iPS細胞研究者の山中伸弥先生と小説家の川上未映子さんと一緒に「〈いのち〉は誰のもの?」ということを考えました。今度は地球の外に果たして〈いのち〉は存在するのかということを議論するわけですね。

茂木 こうしたことを議論するという状況一つをとってみても、今、僕たちは時代の変わり目にいるんだなって思います。人間がiPS細胞で一つの生命を作るようになった。民間の人も宇宙を目指すようになった。こうして、人類が強力になったからこそ、〈いのち〉について考えなくちゃいけない時代になってきたんです。次の一歩をどこに置いたら良いかわからない、そんな時代になりつつあるから、僕たちがこの問題について考える意義があると思うんです。

とーやま 未来授業の全体テーマは「令和時代のムーンショット」です。困難ながら実現すれば世界が変わるような壮大な挑戦を私たちはムーンショットと呼んでいます。そして、まさに世界を変えるプロジェクトに挑み続けているのが宇宙研究の分野です。今日は、宇宙をめぐる研究の現在地についてお聞きしたく、東京工業大学地球生命研究所、特任准教授、藤島皓介先生にお越しいただいています。

藤島 宇宙と生命に関する問題はロマンが詰まっています。そんなお話をこれからの時代を作る若い人たちと一緒にお話できることを楽しみにしていました。よろしくお願いします。

茂木 僕は若くはないけれど、宇宙にはロマンを感じるし、興味が尽きません。研究自体が日進月歩で進んでいるので、現在、宇宙学がどこまで来ていて、どこに向かっていくのか知りたいです。

とーやま 2019年のノーベル物理学賞は物理的宇宙論を研究している三名の海外の研究者の方が受賞しました。こうやって、一年前と現在を比べてみても、その状況はかなり違うわけです。素人ながらワクワクしちゃいますね。藤島先生の所属されている地球生命研究所というのはどういう研究所なのかというところからお聞かせください。

藤島 地球生命研究所というのは英語ではEarth-Life Science Instituteというんです。つまり、地球と生命の起源を明らかにする研究所なわけです。ここにはいろんな分野の研究者がいます。天文学者もいれば、地球物理、地球科学を研究している人もいる。彼らは太陽系の誕生から、地球の初期状態について考察しています。そこでの研究を手掛かりに、今度は生命がどうやって生まれたかを考える。つまり、地球の起源から生命の誕生まで一括りに考える国内でも珍しい研究所なわけです。

茂木 先生にまずお聞きしたいのが生命ってどこで生息できるのかという問題です。僕たちの身の回りの生命をパッて思い浮かべると、ひ弱なイメージを抱くじゃないですか。昆虫とかすぐに死んでしまうし。でも、宇宙生物学のスケールで考えると、案外、生命はどんな環境でも存在できるわけですよね?

藤島 そうですね。生命が生活できる環境って実はめちゃくちゃ広いんです。宇宙規模で考えなくても、地球上の生物を考えてみてもわかります。例えば、100度の温泉から、南極の氷の下まで、地球上のありとあらゆる環境に生命って存在してるんです。それくらい生命っていうのは多様なものなんです。

とーやま 地球の極地にも生命が存在するわけだから、宇宙にいないはずがないって考えなわけですか?

藤島 ええ。ただ、メカニズムが一緒かというとそこは難しくて。仮説として、地球の生命がこれだけ幅広い環境に適応できていることを考えると、宇宙にだって生命が存在するんじゃないか、となるわけですね。宇宙にも地球の環境に似た空間がたくさんあるので。

茂木 宇宙学とかを見ていると、あぁ、ここまで人類の知はたどり着いたのかって思いますね。ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を覗いて木星を観測したのが17世紀。そこからどんどん計測装置が進化してきて、今では宇宙が手に取るようにわかる。

藤島 どんどん目が良くなっている感じですよね。点で見えていた惑星が、クローズアップされてきて、大気が見えたり、大気そのものの成分がわかってきたりしています。さらに表面までも解析できるようになって、海があることまで発見できた。いつの日か、必ず、地球外生命の兆候まで見えるようになってくると僕は信じています。

好奇心が科学を進歩させていく

茂木 人間って本質的に、ネオフィリア、つまり新しいもの好きなんだと思います。僕は人間の脳を研究しているんだけれども、他の動物と比べても明らかにそれは言える。好奇心が強いんですよね。藤島先生はNASAで研究されていた経験もお持ちなわけですけど、NASAも好奇心の強い研究者が多かったでしょう?

藤島 好奇心の権化みたいな人間ばかりでした(笑)。コーヒータイムになると話が止まらないわけですよ。火星オタクから、氷惑星大好きおばちゃんまでいて(笑)。

とーやま 氷惑星ラブなおばちゃんなんているんですか(笑)? どうして氷惑星にご執心なんでしょう?

藤島 そこに生命がいるかもしれないって最近わかってきたからだと思います。これまで火星が宇宙学の中心でした。それは火星が表面に水をたたえることができる珍しい惑星だと考えられていたからです。でも今では火星だけじゃないってことがわかったんです。太陽から遠い場所にも水があることが発見された。そうすると、そこに生命がいる可能性も出てきた。茂木さんが最初におっしゃったように人類は凄まじい速さで進歩しています。それによって生命の可能性をいろんな角度で考えられるようなってるわけです。

茂木 僕はこういう話が大好きなんです。アポロが月に行ったとき「どうして月になんて行くんだ? 地球上にもっと解決すべき問題がたくさんあるじゃないか!」っていう声が上がりました。月探査なんかやってる場合じゃないだろって。でもね、実際、宇宙開発のために発明された技術が私たちの日常生活の役に立ってるわけで。

藤島 おっしゃる通りです。宇宙って究極の極地なんですよね。月面や火星で人間を含めた生命が生きるために炭素循環や窒素循環を可能にするかを研究することは、ひいて言えば、地球上の抱えている二酸化炭素の問題を解決することにも繋がる。宇宙でエコシステムを維持する技術が開発されれば、それを地球に持って帰ることができるわけなんです。

茂木 火星に人間がその足で立つことができればいろんな発見ができますよね。でも、一方で、それは火星という無垢な紙切れを汚してしまうことにもなる。藤島先生は火星の有人飛行についてはどういうお考えですか?

藤島 とても難しいことなんですが、僕は生命探査を無人でやることが先だと思っています。人間が火星に降り立つというのは、コンタミネーションに繋がってしまうんですよね。

とーやま コンタミネーション……ってなんですか?

藤島 科学の実験場における汚染のことです。つまり、火星というまっさらな実験室が、地球上の物質、雑菌によって汚されてしまうことを意味します。人類が別の惑星に行くだけで、どんなに細心の注意を払っていても、ものすごい量の有機物を運んでしまうんですね。そうすると、火星の生物調査に大きな支障が出てきてしまう。そういう見地から、最近では惑星保護という概念も生まれ始めています。

とーやま 将来、火星でもし生物が見つかったとして、それが地球が運んできた有機物によって誕生した生命の可能性も、純粋に火星に昔から存在していた生命の可能性もあるってことですね。それはどうやって判別するんですか?

藤島 DNAを見るしかないと思います。地球上のコンタミネーションの結果生まれたものなのか、それとも火星に昔からいた生命なのかは、DNAの配列である程度はわかると思うんです。ですが、もし、DNAを持っていない、完全未知な生命が発見されたとき、どう考えればよいのか、そもそも認識することができるのか、そういう問題もはらんでいます。

宇宙研究が人類を平和にする日がやってくる

茂木 藤島先生は合成生物学も研究されていますよね。これまでは生物を分解して調べることで新たな科学的発見をするのが主流だったわけですけど、合成生物学によって、生命を構成する要素を人工的に組み上げていって生命を理解しようとする試みがなされてきた。そのとき、生命っていうものを、改めて根底から考えなきゃいけない、そういうことになるんでしょうか?

藤島 そうなんです。最終的に行き着くところはそこなんです。地球の生命科学って、地球生命という色眼鏡を通してみているので、ある意味では偏見を持って見ているわけなんです。僕らは生命について理解した気になっているけど、結局、わかっているのは地球生命、ただ一種類だけなんですよ。もっと普遍的な、宇宙における生命というスケールで理解しようとしたら、地球外生命を見つけて、地球生命と比較する必要があると思います。それができない限り、生命とは何か、という深淵な問いの答えにはたどり着けないと思うんです。

とーやま 面白いですね。宇宙っていう、一見すると、とても遠くの僕らとは関係ない問題が、気がつくと、僕ら自身の話になっている。

藤島 そうですね。生命の本質なんて完全に理解しようとしても不可能に近いんです。でも、わからないから調べる。調べて発見したことを手掛かりに、答えに近づいていく。それが研究の面白さだと思います。最近の議論だと、例えば、試験官内で自己増殖する単細胞のようなものが生まれたとき、それを生命と呼べるのかという問題があります。人工的に作った生命は果たして生命なのか、ということです。 あるいは、アンドロイドもそう。アンドロイドが自分で進化を遂げるようになったら、これは生命という枠に入ることになるんじゃないか、という議論もあります。僕らの持っている生命観って、多分、次の世紀で全部書き換わるんじゃないかなって思いますね。

茂木 フェルミのパラドックスってありますよね。地球外生命が存在する可能性は否定し得ないのに、いつまで経っても私たちは宇宙人と接触できないという矛盾のことです。その一つの説明として、地球の文明自体が、地球温暖化とか様々な戦争とかで、意外と寿命が短いということが挙げられると思うんですが、藤島先生はどう思いますか?

藤島 僕ら人類の歴史ってエネルギーの歴史なんですよね。火を発明したところから始まって、核を作ったり、ロケットを遠くまで飛ばせるようになったりもした。しかし、そのエネルギー増加の歴史の末路として、人類が滅んでしまう可能性もある。エネルギーの研究というのはもろ刃のつるぎなわけです。だから、僕らはまず、エネルギーをどう使うかということに意識を向けた方が良い。僕ね、思うんですけど、人類の全意識が地球外生命の発見に向いて、エネルギーをそのためだけに使うようになったら、人類が一つにまとまる瞬間が訪れるんじゃないんでしょうか。

茂木 ちょっと待ってください。ということは、地球外生命を見つけたら、ノーベル物理学賞じゃなくて、ノーベル平和賞もありえるってことですか!?

藤島 その可能性もありますね(笑)。人類全体が受賞者となったら良いですね。

自由に、宇宙を航行してみよう

とーやま とても素敵なお話になってきました。ちょっとここで、今日、集まってくれた学生の意見を紹介したいと思います。実は、学生のみんなには「もしあなたが自由に宇宙を航行できる船を手に入れたらどこへ行って何をしたいですか?」という宿題にあらかじめ答えてもらっています。最初の意見です。「見たこともない生物のいる星に行って、ひたすら観察をしてみたい。地球外生命というものの固定観念を打ち破りたい」ということなんですが、地球外生命を見るっていうのは僕らの究極の願いですよね。

藤島 やっぱり、僕らが地球外生命って言われて、イメージするのって、映画で見たキャラクターが元になっちゃってるんですよね。でも、大抵、そういうSFの作品に出てくる地球外生命って、映画の尺のなかで描かなければならないので、ものすごいアクティヴなやつが多いんですよ。実際は、50年かけてやっと一回分裂するようなやつとかもいると思うんです。だから、僕らの生きているスケールでは生命としてわからない存在もあるかもしれません。

とーやま 50年経って、動いたときはめちゃくちゃ感動するかもしれないですね(笑)。もう一つ、「私は薬学部に通っているので、宇宙船を手にしたならば、宇宙に創薬の実験場を作りたいです」という意見を頂きました。薬学と宇宙学はどう関わりあうんでしょう?

藤島 実は、この発想は、結構、理にかなっていて。宇宙ステーションでもタンパク質の結晶を作ったりっていうのはよくやられているんですね。宇宙空間っていうのは結晶化しやすい条件が整っているんですよ。彼女の意見をもうちょっと引き継いで考えてみると、なぜわざわざ地球上で作れる薬を宇宙で作るのか、という問いにたどり着きます。おそらく、宇宙空間という極限状態で人間が体調を崩したときに、どのような薬が有効なのかを考えたいのでしょう。確かに、それは考えなきゃいけない。僕らがNASAで研究していたときは、微生物そのものを使って、うまく体調管理ができるような方法がないかを考えていました。

茂木 かつてペニシリンがカビから発見されたみたいに、宇宙生物から有用な物質が見つかるって可能性もあるんですか?

藤島 面白いですね。あり得ると思います。地球外生命の体内でもしかしたら複雑な化合物が作られているかもしれない。僕ら人間が体内で作っているように。だとすると、思いもよらない物質が発見される可能性はあります。というか、逆に見ると、地球外生命が僕らを見つけて、こいつら体内でタンパク質を作ってやがる、よし利用してやるかって思うかもしれません。案外、僕らは地球外生命によって地球で飼われている存在だったり(笑)。

とーやま 藤子・F・不二雄先生のSF漫画でありそうですね(笑)。ちなみに、藤島先生はこの宿題に対して、なんて答えますか?

藤島 僕は太陽外の惑星の生命探査をやりたいですね。というのも、僕らはただあちらから発せられる情報を受け取って考えるしか、今は術がないんです。実際に、太陽外の惑星に行くことはできない。光の速度を超えて、もし、ワープみたいなのができるとしたらどんどん行きたいです。やっぱり、光が遅すぎて。

茂木 光が遅すぎる!? 名言が出ました(笑)。光って僕たちからするととんでもなく速いものの代名詞だと思うんですが、宇宙のスケールで考えると遅いんですか?

藤島 めちゃくちゃ遅いですよ。だって、天の川銀河の端から端までが、光の速さで10万年くらいかかるんですよ? 宇宙が広すぎるって言っても良いかもしれません。僕ら自身が物質でできていますよね。物質って、光の速度に近づければ近づかせるほど、エネルギーが無限に必要になるので、僕らが物質じゃなくて情報だけになって宇宙を漂えばいいんじゃないかなって思っています。肉体なんて必要なのかな?

とーやま ……藤島先生はご家族とはどういう会話をされてるんですか(笑)?

藤島 はい。妻には完全に呆れられています(笑)。

宇宙学が人類の価値観を揺さぶる日が、きっと、来る

とーやま 宇宙生物学者も家庭では肩身が狭いんですね(笑)。さて、そろそろ、本日の本題に入りましょうか。授業のテーマは「人類はなぜ宇宙を目指すのか?」ということでした。茂木さんから、先ほど、我々は人類の平和を実現するために宇宙を目指すんじゃないかというお話がありましたが、藤島先生はこのテーマについてどのようにお考えですか?

藤島 これは難しいですね。人類の歴史を考えると、新しい場所を常に求めていった物語として読めるんですね。大陸をどんどん開拓していったわけだし、日常になんら関係の無い深海を探索したりもしました。果ては月まで行ってしまったわけで。僕らのゲノムにそういう未知のものに触れたいという何かがあるんじゃないかなって思っています。ここは茂木先生にむしろお聞きしたいです。人間の脳は新しい情報や刺激を求めるように進化してきたんじゃないかなっていうのが僕の仮説なんですけど。

茂木 リスクをとってでも、新しい世界をこの目で見たいという意識が働くのが、人間なんです。それは他の動物に比べて異常に強い。だからこそ、宇宙を目指してしまう。

藤島 そうですよね。僕にとっての宇宙探査の目的は知的好奇心を満たすような発見をすることにあるんです。そういう発見を少しずつ積み重ねていくのが、宇宙進出の鍵になると思っています。それと、人類って今、あちらこちらに国境を引いてしまって、それによって争いが起きている。元来はそんな国境ってなかったと思います。宇宙に出ることで、もう一度、国境も何も無い世界を見てほしい。広大な暗い空間に浮かんでいる青い水の球を見たとき、どんな感情が芽生えるのか。僕はそのとき、人間の価値観が揺さぶられるんじゃないかなって思います。

とーやま 僕らの日常生活とはかけ離れた壮大なスケールの学問が、僕らにとって身近な部分に変化をもたらすわけですね。宇宙研究が平和に繋がるなんて今日のお話を聞くまで思ってもいませんでした。学生のみなさんは藤島先生のお話を聞いて、何を感じたでしょう。ちょっと聞いてみましょうか。

学生A さきほど先生は、そもそも宇宙の生物は認知し得るのか?っていうお話をされました。僕のなかでは、地球上の生物でもまだまだ人間が認知し得ない存在がたくさんあるんじゃないかなって思います。認知生物学のような分野があったら、新たな研究領域が広がるような気がするんですが。

藤島 鋭い質問だと思います。僕ら生物学者は生物を「見る」ときに、観察するか、DNAをとってきてメタゲノムを調べています。でも、シャドーバイオスフィアといって、私たちとは全く異なる起源を持った生命体もいるかもしれません。DNAを遺伝情報としてもたない影の生命体がいるとしたら、地球もまだまだ面白いと思いますね。

茂木 今、学生の口から、認知生物学という言葉が出てきたことがとても嬉しかったですね。そういうところから新しい学問が始まるんですよね。

藤島 そうですね。新しい学問を作るというのはとても大事なことです。従来の枠組みを逸脱した視野を持ちつつ、そこに既存の知識を組み合わせて学問を作っていく時代が、今、きていると思うので、是非、挑戦してください。

とーやま まさにムーンショット。時代を変える学問が今日、集まってくれた学生のなかから生み出されたらとても嬉しいですね。やっぱり、若い人の頭は柔らかいなって思います。もう少しお話を聞いてみましょうか。

学生B 先生は生命の定義は難しいとおっしゃいました。現段階で、生物学の領域では生命をどのように捉えているんでしょうか? 私たちが学校で教わる知識だと、動く、とか、有機物が含まれている、とか言われるんですが、どうもしっくりこなくて。

藤島 これも良い質問です。ちょっと難しいことを言うと、NASAの宇宙生物学の分野が採用している定義は、外界からエネルギーを取り込むことが可能な進化脳を持つ、自律システム、要するにターウィン的進化をするシステムだと言われています。……って言ってもなんのこっちゃって感じですよね(笑)。

学生B 現段階では進化をすることが生命の大前提なんですか?

藤島 そうですね。外からエネルギーを取り込んで、自分自身の構造を維持しながら、増殖して子孫を残していくようなものを生命と呼んでいて。でも、考えてみると、子孫を残さないような生命というのも、僕らは人工的に作ってますよね。例えば、種子を作らない農作物とか。それだって、れっきとした生命なわけです。つまり、生命の定義って非常に曖昧なんですよ。だから僕らもずっと考えているわけだし、次の世代の人にも考えていってもらいたいなって思います。

茂木 ウイルスが生命なのかという問題もありますね。増殖はできるけど、自己増殖はできないわけで。

藤島 はい。細胞という環境に入ってしまえば、ウイルスも生命と同じ振る舞いをします。だから、生命と非生命の間にいるような存在で。それをどう捉えるかという問題でもあります。

宇宙か、地球か、ではない。宇宙も地球も考える

とーやま オタクトークの時間になってきました(笑)。気がついたんですけど、藤島先生って、答えがない質問であればあるほど、恍惚の表情を浮かべてお話しされますよね(笑)。

藤島 楽しいんですよ(笑)。わからないことを調べていくのがサイエンスの醍醐味なので。いや、サイエンスだけじゃなくて、日常レベルでも、みなさん、なんだろうこれ?って思うことを調べるのって楽しくないですか?

とーやま 考えるっていうことの本質ですね。例えば、好きな人がいて、なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろうとか、なんで俺は彼女を好きなんだろうって考えることって、実は幸せなことなんじゃないかなと今日、教えてもらった気がします。みなさん、是非、藤島先生を困らせる質問をしてください(笑)。

学生C 映画でよく地球が滅亡するから惑星に移住するっていう話があります。宇宙船に乗って逃げていくような。実際に、将来、私たちがそうなる可能性ってどれだけあるんですか?

藤島 これは確率の話じゃないんです。僕らが地球をどうしたいかということなんです。僕ら一人ひとりは毎日2500キロカロリーを燃やしていますよね。このエネルギーをどこに向けるかで全部決まります。地球なんてどうでも良い、とにかく人間のことだけ考える、そんな人が増えたら人類は滅亡しますよね。だから、地球を支えながら人間が生きていくということを考えなければいけない。その思考を停止したときにディストピアが訪れて、地球には住めなくなるんだと思います。確かに、宇宙進出はする。だけど、一周して、そこから地球のことをしっかり考えようという時代に僕たちは直面してるんじゃないでしょうか。

茂木 宇宙関連の事業を営むイーロン・マスクという実業家が、こんなことを言ったんです。地球はどうなるかわからない。だから人類は火星に移住しようって。すると大批判をくらいました。地球こそ大事すべきじゃないか、と。でも、藤島先生のお話を聞いて、僕は宇宙に出ていくことも、地球を守ることも両方大事なんじゃないかな、むしろ、その二つは密接に結びついてるんじゃないかなって思いました。

藤島 僕は今日、宇宙研究を通じて、地球のことをもっと考えるということを強調しました。宇宙か、地球か、ではない。宇宙も地球も考える、それが僕たちの今後の課題なんだと思います。

とーやま 僕は今日、藤島先生のお話を聞けて、新しい知識が増えるだけじゃなく、考えるって一体どういうことなのかを学べた気がします。宇宙学がこれほどまでに僕たち人類のことを考えようとしているのかっていうこと知りませんでした。おそらく、みなさんも、そう、感じたと思います。藤島先生、最後に学生のみなさんにメッセージをください。

藤島 今世紀中に人類は火星に到達します。太陽系内での地球外生命探査も本格化していきます。間違いなく、宇宙開発、宇宙生命研究にとって歴史に残る世紀となるはずです。この時代にみなさんが何をやりたいか、何を探求したいかということをじっくり考えてください。大きなスケールで物事を考えるということをこれからも続けてください。

東京会場 SESSION 5

上野千鶴子(社会学者)

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ゆうこす(菅本裕子)(モテクリエイター)

SESSION5の動画の配信はございません。

ON AIR REPORT

女性と社会とフェミニズム

とーやま 2019年の東京大学で行われた入学式の祝辞が大変話題になりました。スピーチを行ったのは、女性学、ジェンダー研究の分野のパイオニアである上野千鶴子さん。上野さんは言いました。「あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。 ですが、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」 上野さんは、世のなかにはどうしても拭い去れない不公平がある、頑張っても報われない人がいる、そこで虐げられている人々を支えるために、一人ひとりが手を差し伸べることを訴えています。そんな上野千鶴子さんを今日は講師としてお招きしています。
もう一人、20代の女性から絶大な人気を誇るタレントの菅本裕子さんが授業に参加してくださいます。ゆうこすの愛称で知られる菅本裕子さんは、2011年アイドルグループHKT48の一期生としてデビュー。2016年に自己プロデュース業をスタート。モテるために生きると言い切り、モテクリエイターという肩書きで個人事務所KOSを起業。現在は、インフルエンサー、そしてYouTuberとして大活躍。まさに、新時代を切り開く力を持った女性として、注目を浴びています。

とーやま 女性が、今、社会で生きることについて、お二人がどんなことを考えているのか、僕も楽しみです。議論のきっかけとして、今日、集まってくださった学生の方から、何か一つ質問を投げかけてもらいましょうか。

学生A 私の悩みを聞いていただいても良いですか?私は女子大に通っていることもあり、ジェンダー学やフェミニズムに触れる機会が多く、自分の権利や多様性、平等についてこれまで学んできました。できれば、それをこのままずっと研究したいのですが、母親からこんなことを言われました。ジェンダー学やフェミニズムなんて勉強していたら、就職活動に響くんだよ。そんなことを勉強している女の子を採用してくれる会社はほとんどないと思いなさい、と。正直、どうしたら良いかわかりません。上野さんはお母さんのこういう意見について、どのように思われますか?

上野 はっきり言います。あなたのお母さんの言うことは正しいです。きっと、あなたのお母さんは女性であることで、社会から、企業から、何か不当な扱いを受けたことがあるのでしょう。だから、きっと、そのように言うのだと思います。事実、私のゼミ生も、上野千鶴子のもとでフェミニズムを勉強していると採用面接で言うと、マイナスに働いているようです。 そういうことを知っているので、お母さんの言うことは、何も間違っていないと、私は思います。だから多くの女性が何をするかっていうと、ぶりっ子をするんですね。仮面を被る。そして、私、そんなことに関心ありませんって顔をして入社する。でもね、仮面を被り続けて働く、社会で生きていくっていうのはやるせないわよ。そんな人生を送っていたら、お腹のなかにいろんなものが溜まって、美容と健康に良くない。 だったら、仮面を被らずに生きる選択をした方が長い目で見た方があなたの人生にとってはプラスだと思います。そういうあなたをウェルカムしてくれる会社を探し続けるのがいいんじゃないかな。きっと、あるはずです。

ゆうこす ごめんなさい、ちょっと大前提を聞いても良いですか?なんでジェンダー学やフェミニズムを勉強していると会社に採用されづらくなるんですか?私が無知すぎるのか、人事担当の方が何にバツをつけるのかよくわからなくて。 

上野 アドバイスをしたお母さんは、自分が苦労してきたから、娘に同じ苦労をさせたくないって考えているのよね。そういう世代で生きてきた人なんだと思います。逆に、ゆうこすさんがそういう疑問を持たれているということは、きっと、女性であることで良いことばかりの人生だった証拠なんじゃないかな。

ゆうこす 確かに、私は会社を自分でおこしたので、採用面接を受けたり、誰かの下で働いたりっていうことはありません。なるほど、会社っていうのは、そういう目で女性の権利を主張する人を見るのか……。

上野 男が強いなんて考えはもう捨ててほしい。そう言い続けているのですが、それでも、いまだに、女性が社会で占める地位というのは高くないわけです。まだまだ見えないところで女性は不当に貶められている。だから、ゆうこすさんのように、その実情に気がつかない人も多いわけなの。特にゆうこすさんは会社のトップでしょう。 セクハラの構造とは、ある意味では無縁な場所にいるのよね。ハラスメントというのは、権力が上の人が、下の人につけ込むときに起きるわけだから。私たち社会学者はデータを見るんです。それが客観的な指標となりうるから。例えば、DV夫がどれだけいるかというと、四人に一人はいるんです。 女性の賃金も男性より明らかに低いということが統計で出ている。これだけ女性が、家庭内外で虐げられているのよ。それを訴えようとすると、面倒臭い女だ、なんて思われちゃう。ゆうこすさんが、そういう被害に遭わずに済んでいるのは、あなたが自分でそういう地位を築けたからだし、それはラッキーなことでもあるの。

モテクリエイターってなんだ!?

とーやま ゆうこすさんはモテクリエイターという肩書きでお仕事されているわけですが、モテクリエイターって果たしてどんな事業をするんですか?

ゆうこす 私は、生きている間、ずっとモテていたい、そういう信念を強く持っているんです。だから、メイク一つとっても、どうやれば自分に自信がつくのかとかそういうことを研究して、SNSで発信していました。クリエイターというよりは、いかにモテるかをずっと考えていたんですね。そうすると、ファンの方が、モテに関する動画まで作っているんだったら、クリエイターなんじゃない?って言ってくれて、なるほど、モテクリエイターという肩書きも悪くないなって思うようになったんです。

上野 ちょっと教えてもらいたいんだけど、モテるってどういう状態のことを言うの?例えば、異性にモテたいのか、同性にモテることを意識するのか、どっち?もし、単にちやほやされたかったとしても、絶対に好きでもない男が寄ってくるわけよね。それってすごい不愉快だと思わない?

ゆうこす モテるっていうことを定義するのはとても難しいと思うんです。私は、シンプルに、男女問わず、かわいいって言ってくれればいいなって思ってる感じかな。私は恋愛対象が男性なので、自分が好きな人にモテたいというのはありますが、だからといって、誰にでもちやほやされたいというわけでもありません。

上野 特定の誰かに愛されたいのか、それとも不特定多数に承認されたいのか。そこが鍵だと思います。なので、ちょっと聞きたいんだけど、ゆうこすさんはアイドル出身じゃない?アイドルっていうのは不特定多数の人に愛される人のこと?

ゆうこす アイドルはそうですね。ちょっと言いづらいですけど、嫌いな人にも好かれなきゃいけないんじゃないかなって思います(笑)。少なくとも私はそう考えてたかな。昔のことですよ(笑)。全部のアイドルさんが決してそうだとは思いませんけれど。

上野 不特定多数の人にアピールするためのスキルがどこかで身についていったっていうことね。それをゆうこすさんは、自分がインフルエンサーになって、伝達してあげている。それがビジネスに繋がっていった。そういうわけなのかな。

ゆうこす アイドルのときは不特定多数の人に好かれたいと思っていましたが、果たして今もそうなのかと言われると……うーん、答えはすぐには出ませんね。ただ、第一印象を良くする技術みたいなのは自分なりにわかっているつもりですし、それを伝えたいとは思っています。

女子マーケットのこれから

上野 不特定多数のウケを狙うっていうのは、スキルさえ身につけちゃえば簡単なんですよ。私は女子学生を見ていて、そのことに気がつきました。普段、パンツスタイルが好きな人が、スカートを履いている日がある。あれ?っと思って、今日、合コンなの?って聞くんです。そうすると、ええ、って(笑)。わかりやすいなって(笑)。でもね、ゆうこすさんが男の目線だけを意識しているかっていうと、そうじゃないと思うのよね。だって、あなたの主たる仕事は、女子の世界でインフルエンサーであり続けることじゃない。むしろ、女子にモテることが重要なんじゃないかしら?

ゆうこす はい。今のフォロワー数の97パーセントが女性です。

上野 私ね、ゆうこすさんみたいな仕事をする人が出てきて、ちょっと時代が変わったなって思うの。ゆうこすさんは、さっきのアイドルの定義でいうと、女子の世界のアイドルなわけよね。最初は趣味でやってたのかもしれないけれど、それがビジネスと直結するようになった。その背景にはね、女子に経済力がついて、自分の懐から遠慮なくお金を出せるようになったっていう変化があるのよね、きっと。女子マーケットというのがいつ頃からか、経済的な意味で大きなものとして存在するようになった。そこにゆうこすさんがいる。そうか、こういう若い女性も出てきたんだなって、感慨深いものがあります。

ゆうこす 私は、女子向けにアイテムを考えたりしていますけど、仕事相手は男性だったりするので、男性社会と必ずしも無縁っていうわけではないんです。でも、嫌なことを言われた経験っていうのは、いくつかの例を除いて、ほとんどありません。だから、性に対して考えることもなかったんだと思います。上野さんのお話を聞いて、女性が自分で好きなようにお財布を開いて、なんでも買える時代が最近になって始まったものだと聞いてびっくりしました。

上野 ゆうこすさんに聞きたいのだけど、女の子が自分のお財布から自由にお金を出せる上限って一体どれくらいなんだろうね? ゆうこすさんは今、お仕事で、いろんな商品を提供されているんですよね。そのプライスゾーンってどれくらいなのかしら。

ゆうこす 私のファン層は20代前半、つまり、大学生だったり、社会人に成り立ての子ばかりなんです。そうすると、やっぱり、そんなに大きな金額のものには手が出せません。10000円以内のものが反響あるかな。コスメで言っても、3000円程度、服でいったら7000円から〜10000円くらいのもの。私が普段身につけているものをSNSでチェックして、買ってくれる人が多いんですね。

上野 なるほどね。女子がバイトをして手に入る範囲よね。若い人を相手にしてるから、値段を少額に設定してるっておっしゃったけど、主婦は主婦で使えるお金に制限はあるんですよ。だから、女子、あるいは、女性をマーケットの対象としていると、どうしてもビッグビジネスっていうのは難しい。もっと大きなスケールのビジネスは男たちが、男たちに向けて展開しているわけで。 彼らはなんでも好きに買える。確かに、昔に比べて、女子に経済力ができて、女子マーケットっていうのが誕生したのは事実だと思います。じゃないと、ゆうこすさんがここまで成功するはずないですから。ただ、とはいえ、女子マーケットの規模はまだまだそれくらいのレベルなんだっていうもどかしさのような思いも抱きました。

新しい時代の私たちの働き方

学生D ジェンダー学とは関係ないんですが、社会でどうやって生きていけば良いのか質問させてください。今、働き方改革が叫ばれ、終身雇用も崩れてきている時代です。一つの会社にずっといる必要もない。だけれど、就職活動をしていると、その会社に人生を捧げられますか?って聞かれている気がして。会社にコミットする生き方と、そうではなく自分を大切にする生き方の、ちょうど過渡期に僕らはいると思うんです。そのとき、僕らはどういう心構えで社会に出れば良いのかわからなくて。

上野 今の時代の男のたちはそういう悩みを持つだろうね。でもさ、考えてごらん?あなたたちは、これから40年以上働かなきゃいけないわけ。その40年間、あなたたちが入社した会社は生き残ることができるかしら。株式会社の平均存続期間は30年っていうデータがあるんです。30年前を考えてみても、あれだけ栄華を誇っていたメーカーが、今、完全に凋落してるじゃん。そういうときに、考えて欲しいのは、組織より、個人。集団よりも、自分。会社よりも、あなた自身を大事にしてほしいと思います。

とーやま ちょっとお聞きしたいんですけど、女性も一生働くことができる社会であるべきだと思いますか?

上野 私は働くことがどうとかっていうよりも、経済力を持つことが大事だと思います。だって、経済力って自由の担保だもん。自分がやりたいこと、したいことを支えてくれるの。別に大金持ちにならなくても良いけど、自分の懐から誰の遠慮もなく使えるお金を持っているっていうのはすごく大事なことだよね。

ゆうこす 今のお話を聞いてて、男性に言われてムッとしちゃったことを思い出しました。私、生活の利便性のために、車を持っているし、家事代行サービスも頼んでいるし、セキュリティの良いマンションに住んでいるんです。それに対して、ある人から、そんな生活してたらモテないよって言われて。殴りそうな右手をぐっとおさえました(笑)。

上野 それがおっさんって言うんだよ(笑)。彼らは女性は男よりも経済力が低く、謙虚でなきゃいけないって思ってるの。

ゆうこすブランドが死んでも、私は生き延びる

ゆうこす そうですよね。上野さんは、私みたいに女性の特性を活かして仕事をすることって悪いことだと思っていますか?

上野 全然悪くない。だけれど、なんとなく悲しくなるのは、同じセリフを半世紀前に聞いたからなの。私たちが若かった頃、男性が、女性は女性の感性を活かして仕事をしてくれたまえって言っていて。それって、男にできることは男が全部独占する、残りを女性がやれってことじゃない? そこから時代は変わったと思うんだけど、それでも今みたいな言葉を耳にすると、女性は男性の隅で仕事をしている感覚がまだあるのかって思ってしまう。ゆうこすさんは、次のステップって自分で考えてる?

ゆうこす 私はゆうこすという存在がいつ消えてもいいように、スキンケアブランドを立ち上げたり、次のインフルエンサーの育成に動こうと思っています。

上野 素晴らしい。ゆうこすさんのようなインディペンデントの人にはちゃんと生き延びてほしいと思う。ゆうこすブランドが死んでも、私は生き延びる。そのビジョンもしっかり持っている。あなたの年齢で、既に次の人材育成を考えているっていうのは本当にすごいと思う。

上野 ゆうこすさんはモテクリエイターって名乗ってるじゃない? モテ道のなかに男よりも劣っていなければいけないんだって考えはある? 「かわいい」ってキーワードがあるんだけど、私、東大の祝辞で、かわいいっていうのは男性に対して、あなたを脅かしません、凌駕しませんっていう保障のことだって言ったの。モテ道にそういう、男性よりも自分を低く見せるっていう考えはあるのかしら。

ゆうこす 私は自分のことを守ってほしいとは思いません。そういう風に思う人はいると思うし、そういうやり方を否定する気は無いけど、私はあくまでも男性と対等な立場に立った上で、モテたい。別に強がってるとかじゃなくて、男性より低い位置にいるっていうことができないんです。だって私、稼いじゃうし(笑)。

上野 そのセリフかっこいいねえ(笑)。だとすると、この授業で最初に、議論の鍵だって言ったことの答えが見えてきたわね。別に不特定多数の人にモテたいわけじゃない。自分が好かれたいと思う人にだけ好かれれば良いわけだからね。

とーやま 今日は女性の経済力の向上、自由という言葉がキーワードになりました。女性と社会の関係性が変わる、そんな瞬間にみなさんはいます。未来を作るのはみなさんです。考えることをやめずに、一人ひとりの力で世界を変えていきましょう。

未来授業 特別ゼミ
『情報銀行でミライはどう変わる?』

講師:高口鉄平(静岡大学准教授)

ON AIR REPORT

未来が変わる。情報銀行で変える。

とーやま 情報銀行って知っていますか? 僕たちの社会を、そして、未来を変える大きな産業となるかもしれないシステムとして最近、話題になっています。だけど、その仕組みや可能性はまだまだ知られていません。今日は「情報銀行で未来はどう変わる?」をテーマにみなさんと、個人の情報をどう扱えば新たなサービスが生まれるのか考えたいと思います。講師には情報銀行に詳しい、静岡大学准教授の高口鉄平さんにお越しいただいています。

高口 情報銀行はまだまだ世間に認知されていない事業です。だけど、私たちの未来をきっと変えるであろうと確信しています。今日は、その可能性についてみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

とーやま 今日、授業に参加してくれている学生のみなさんには事前に宿題を出しました。宿題の内容は「情報銀行を使って未来の面白いサービスを考えよう」というもの。僕が聞く限りではなかなか難しいものですが、未来のためには今、考えなきゃいけない問題だと思います。高口先生、まずはそもそも情報銀行とは何かについて、レクチャーしていただけますか?

高口 みなさん、普段、どんな風にネットを利用しているか考えてください。例えば、Google Mapで道を調べたり、Amazonで買い物をしたりしますよね。 そのとき、みなさんは知らず知らずのうちに情報を渡しているわけです。ですが、その情報がどうやって使われているかはわからない。 そういう意識のままではこれからの時代、情報を使うためには必ずしも良くないんじゃないかと考えられています。 もっと、僕らが主体的に自分の情報をコントロールしなければならない。その上で、もっとより良いサービスのために僕らの情報を使っていけるようになれば社会はグンっと明るくなるんじゃないか。そういう風に言われているわけです。 報銀行はその機運のなかで誕生しました。例えば、サイトの会員登録のときに、利用規約を全く読まずに同意してることってありませんか?

とーやま 利用規約なんて一行も読みません。

高口 はは(笑)。正直、みんなそうだと思います。煩わしいんですよね。でも、情報銀行をうまく使えば、そういう煩雑さも解消できます。例えば、同意項目を一括管理できるアプリがあるとします。それを利用すると、一々、各サイトの利用規約を全部読まなくても、あらかじめ統一された情報銀行の利用規約を読んでおけば、どのサイトにも適用することができる。 同意それ自体が管理できるわけです。ユーザーが自分で何を同意しているか可視化できるし、逆に何に同意していないか知ることもできる。複雑さが縮減されます。あるいは、全ての情報を提供しなくても、自分で任意のものだけ情報銀行に預けておくこともできます。位置情報は使っていいけど、買い物履歴は使っちゃダメ、とか。 すると、情報銀行が、ユーザーのオーダーに応じて、役立つサービスを探してくれる。それによって、僕らがより意識的に、主体的に、自分の情報をコントロールして、メリットを享受することが可能になるんです。つまり、情報銀行っていうのは、個人の売り買いの履歴や個人に属する様々な情報が信託される機関であり、その管理や適切なサービス元への販売を請け負う事業なわけです。 ただ、そうすると、懸念されるのが情報の悪用です。セキュリティは大丈夫なのか、とても不安ですよね。その指針を国はしっかり作って、現段階では日本IT団体連盟が基準をクリアした事業者にだけ認定を与えている状況です。

とーやま 情報銀行というのは世界レベルで考えられている事業なんですか?

高口 面白いのはそこなんです。実は、情報銀行という、情報を主体的にコントロールするような事業は、日本オリジナルなんですね。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの略)も、個人の情報を管理するという仕組みを持っていますが、個人レベルではその情報がどのように使われているかわからない。 それに対抗するために、日本で発案されたのが情報銀行です。これによって、僕らの情報はこんな風に使われているということが一目瞭然になるし、もしそこでの使われ方が気に食わなかったら、情報を預けないという選択をすることもできる。GAFAが個人にはわからないところでやっていた情報のコントロールを、ある意味では、奪い返すことができる可能性もある。 少なくとも、僕はそういう仕組みになると良いなと思っています。

とーやま ちょっと気になるんですが、情報銀行というからには、お金を預ける従来の銀行がモデルとなっているんだと思います。ということは、利子や配当が来るような、ユーザー側に預けておくことそれ自体のメリットは何かあるんですか?

高口 そこもポイントです。おっしゃる通り、銀行は、お金を預けたら一応、利子が付きますよね。それと一緒で、情報銀行に情報を預けておけば、銀行は僕らの情報をいろんなサービスのために活用できる、その代わりに、僕らに何らかのベネフィットを与えてくれる。そういう仕組みになっています。これからの時代、情報は石油や天然ガスに相当するような資源になると言われているんです。それをどう活用するかは、これからの社会を担う若い人々の発明次第だと思います。ほんの小さな情報が大きなイノベーションを起こすかもしれません。

行きたいときにどこへでも行ける夢のサービス

とーやま お話を聞いただけで、情報銀行は可能性がマジで無限大だということがわかったと思います。誰のどんな情報に価値が生まれるかわからない今だからこそ、夢が膨らみますね。というわけで、情報銀行を使った新たなサービスを、今日は三名の学生の方々にプレゼンテーションしていただきます。早速、一人目の発表に入りましょう。テーマは「旅行」だそうです。

学生A よろしくお願いします。私が考える情報銀行を使った新しいサービスは「行きたいを叶える夢の旅行」です。きっと、みなさんのなかにも海外旅行に行きたいけど、いまいち踏み切れない。そんな思いを抱いたことがある方もいると思います。準備が面倒だったり、金銭的な事情だったり。そんな問題を解決してくれるのが私の提案するサービスです。情報銀行を使ってどうやって旅費を稼ぐことができるのか。 まず、家計簿の情報を提供することによって、無理のない範囲で食費や生活費の節約を考えてくれます。また、旅費を稼ぐアルバイトも紹介してくれたりします。情報銀行に生活、特技、その他の条件を登録しておくだけで、旅行に行けるだけのお金を稼げるアルバイトを探してくれるのです。これが金銭的な問題を解決するサービス内容ですが、次に準備に付きまとう面倒くささを取り除いてくれるサービスも紹介します。 旅行にはパスポートとビザが必要ですよね。その手続きは意外と時間がかかります。そんなとき、情報銀行に自分の個人情報を登録することで、必要な申請を代行してくれます。これで海外に渡航する最低限の準備は整いました。あとは荷物です。初めて行く土地だし、どんなバッグを持っていけばいいかわからない。そんなことってあると思います。 そこで情報銀行に、自分の性格と目的地、それから宿泊数などを登録しておけば、バッグの大きさや商品自体をレコメンドしてくれ、そのまま購入することも可能となるわけです。商品をお店に取りに行く場合でも、あらかじめ個人情報が渡っていれば、ただ受け取るだけで済みます。情報銀行はこうして、旅行のためのお金を稼ぐ手助けをし、準備にかかる手間を軽減してくれ、旅行に行きたいという気持ちを後押ししてくれるサービスになるんじゃないかなって私は思います。

高口 いわゆるワンストップサービスというやつですね。情報銀行を活用することで、合理的に全てが手に入ってしまう。情報銀行というシステムの狙いが完全にわかって提案しているように感じました。これまで、家計簿アプリやバイトマッチングアプリっていうのはありました。でも、今、提案してくださったのは、一つのサービスのなかで、旅費稼ぎのためのバイトからパスポートの申請まで、できてしまうというものです。情報銀行に情報を預けることによって、旅行のプランニングがまるっとできるサービスなわけです。情報銀行の仕組みならではのサービス提案かなって感じました。

風邪は引いてからでは既に遅い。これからは予防の時代だ。

とーやま 高口先生、絶賛じゃないですか。次のハードルが上がりますね。それでは二番目の発表にも期待しましょう。発表内容は「病気予防」だそうです。

学生B はい! みなさんは風邪ひいたり、身体を壊したりして後悔するってことありませんか? なんでよりによってこのタイミングで……。みたいなことあると思います。僕が提案するのは、そんな後悔とおさらばできる、病気予防サービスです。このサービスでは、利用者の日々の行動や、生活環境を測ります。例えば、お天気だったり、体温、血圧、食生活、睡眠、服装、体型、……といったものを情報銀行にデータとして預けるんです。 そうすることで、自分では気付くことのできない体調の変化を知らせてもらうことができるわけです。例えば、その人が風邪を引くパターンが情報銀行に登録してあるデータから判別することができれば、病気になる前に、栄養ドリンクや、予防に効果のありそうな食事を提案する。もっと具体的に言うと、この兆候だと喉の風邪を引くぞってときには、大根にハチミツをつけた食事をレコメンドしたり、鼻からの風邪を引きがちな人にはレンコンや生姜とかの身体が温まりそうなものを提案できるんじゃないかなっていう風に思います。 ただ、レシピを提案されても、いざ作るとなると面倒だっていう人も多いかもしれません。そこで、このサービスでは、最終的に、お家まで、レコメンドされた料理や栄養ドリンクを届けるということまで行います。これまでの時代では、風邪を引いた後に薬を対処するということをしていました。けれど、これからの時代においては、風邪を引く前に対処する、そんな新しい処方箋があるべきなのではないかって思います。ひとことで風邪を引くと言っても、いろんな原因があります。 学校や職場に通っている人は、ストレスが原因で体調を崩すかもしれません。そういうことに関しても、情報銀行を使って、ストレスを常に測り、その結果に基づいて休みをもっと取りましょうという提案だったり、休息の質を高めましょうっていうアドバイスをすることで、メンタルヘルスの対策をすることができるわけです。これからの時代、体調を崩してからではもう遅いんです。日々の行動から小さな予防を重ねていって、利用者が元気でい続けることができるようなサポートを行っていく。 それが情報銀行を使って可能になるんじゃないかと考え、発表させていただきました。

高口 ヘルスケアはとても重要なサービスだと思います。僕らは確かに、健康に関する情報を持っています。でも、血圧を見ても、じゃあそれをどうヘルスケアに活かせば良いか、素人じゃわからないわけです。この数値だと調子が悪くなるなっていうのは予想ができない。そういう分析ができるプロが、情報銀行を通じて、僕らの情報を分析することで、そろそろあなたの健康、危ないですよって教えてあげる。これは情報銀行の時代にあってしかるべきサービスだと思います。また、個人だけではなくて、こういったデータの蓄積が、国全体のヘルスケアの改善にも繋がると思います。

美容情報を預けて何倍にもなって返ってくる。

とーやま 個人にとってもメリットがあるし、社会とか国にもプラスになる。情報銀行の可能性を十分に考えたとても幅の広いサービスの提案でした。さぁ、最後の発表になります。内容は「美容」だそうです。

学生C 緊張しますけど、よろしくお願いします。私は「かわいいは本当に作れるサービス」として、美容レコメンドサービスを考えました。私自身、先日まで肌荒れに悩んでいたんですね。そのとき、私は、化粧水がいけないのか、保湿が足りていないのか、それとも薬を塗らなければいけないのか、はたまた使っているコスメがあっていないのかわからなかったんです。肌荒れを治したくても、なかなか治せない。そんな悩みを抱えていました。そのときに思いついたのがこのサービスです。 お化粧にはかわいくなるためのお化粧と、美しくなるための基礎化粧というのがあります。このサービスはどちらにも対応しているのがポイントです。具体的な内容を紹介します。かわいくなるためのお化粧サービスとして、まず、ユーザーにはパーソナルカラーと自分の肌質を情報銀行に登録してもらいます。そこから、自分に一番適した色味と添加物を判断して、オススメのブランドの化粧品を知ることができるわけです。一方で、美しくなるための基礎化粧としてのサービスの内容は次のようなもの。 きっと、学生さんのなかにも、綺麗なモデルさんを参考にして、理想のお化粧を実際にやってみたものの、全然似合わなかったという経験がある方もいらっしゃるかと思います。そんな問題を解決するために、まず、自分のクローゼットの中身を登録します。そこから自分のパーソナルカラーに沿った、自分に一番似合うファッションや化粧品を知ることができるわけです。もちろん、レコメンドされた商品をワンタッチで買うこともできます。 さらに、肌質を登録しておけば、肌質改善のために必要な栄養が摂取できる料理、そしてそれが食べられるレストランを紹介することも可能です。加えて、必要に応じて、薬剤を処方することができ、そのデータは医療情報として情報銀行に預けることもできるわけです。こうして、情報銀行を使って、自分の美容情報をどんどん預けることで、自分自身にカスタマイズされた美容情報が何倍にもなって返ってくるというサービスです。

とーやま 美容情報を預けて何倍にもなって返ってくる。キャッチコピーとしては抜群ですね。高口先生どうですか?

高口 非常に鋭い指摘の入っているアイディアで驚いています。一つは、情報銀行と化粧を組み合わせたところですね。今、化粧メーカーから、外の環境に合わせて、毎日の基礎化粧品の配合を変えて提供できるシステムが出ているんですね。実際にあるそういったサービスに、パーソナルカラーなどの個人情報を付加価値として付け足していったサービスになっていると思います。 もう一つ、お話のなかに医療情報とありました。医療情報というのは個人情報のなかでも特にやっぱり大事に扱わなきゃいけない情報です。なので、国をあげて議論しなければいけないという課題となっているものなんです。学生のアイディアのなかからそのことが出てきたのは嬉しいですね。

とーやま 三人とも素晴らしい発表だったと思います。「旅行」、「病気予防」、それから「美容」と、三者三様のアイディアだったと思います。どれも自分の身近な問題として出てきたものでした。

高口 自分の問題として考えようとしていた姿勢が見られて良かったです。みなさんの発表を聞いて改めて思ったのですが、僕ら一人ひとりの情報にはすごい価値があるんです。なので、情報銀行をきっかけに、僕ら自身が情報の価値というものを改めて自覚して、それを積極的に活用していく、そんな社会になれば良いなと思います。そうすればきっと、今日のプレゼンのようなサービスも誕生すると思います。

とーやま 一人ひとりの情報に価値があるということは、一人ひとりがかけがえのない存在だってことですね。情報銀行というたくさんの可能性が詰まったシステム。みなさんの人生が豊かになるように、これからもそれぞれの頭で有効な使い方を考えてください。