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19.12.26
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ワールドカップを支えた釜石の人々

2019年は各地で繰り広げられた戦いに日本中が熱狂しました。
特に岩手県釜石市は、W杯を目指して完成した釜石鵜住居復興スタジアムで様々なドラマが生まれたことはご存じの方も多いはず。
ということで今回は、釜石でのW杯を成功に導いたキーパーソンの方々にお話を伺っていきます。


最初にお話を伺ったのは、「宝来館」という釜石市・鵜住居にあるお宿の女将、岩昭子さん。

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宝来館は、東日本大震災による津波で、2階部分まで浸水。
岩さん自身も津波にのまれながら、一命をとりとめました。
そんな状況で、岩さんがラグビーW杯の釜石への会場誘致に力を注ぐことになったきっかけを伺いました。

岩さん「2011年5月、日本代表だった岩手県出身の笹田さんとうちのラグビー推進室の増田さんが声をかけてくれて、寂しそうにしていた私に「2019年ラグビーワールドカップがある。その時は世界中の人が来るから」と、はげましてくださったんです。「ここの風景はオーストラリアのラグビースタジアムがある所と似ているよ」とお話ししてくれて。そしたら灰色だらけの風景の中に昔の自分たちの故郷がわーっと広がって見えたんですね。緑があってハマナスが咲いている懐かしい場所。その風景とオーストラリアの風景が重なって見えて、“だったら釜石でやってけれ”ってぽろっと言ったんです。」

岩手県釜石市は古くから「ラグビーの町」。
伝説の新日鉄釜石ラグビー部が7年連続日本一になった当時を知る岩さんは、「ラグビーで盛り上がる釜石がイメージできた」のだといいます。

こうして始まったワールドカップ誘致は町の人達の想いをつなぎ、2015年、釜石市は12の開催都市の一つに決定。
2018年には、津波で学校が流された跡地に釜石鵜住居復興スタジアムが完成し、2019年、釜石はその日を迎えました。

岩さん「(9月23日のラグビーW杯フィジー対ウルグアイ戦の日を振り返って)子どもたちの合唱があって、自衛隊さんのブルーインパルスも飛び、秋篠宮さまも来てくださって、見たことのない人の群れで。想像の何十倍ものW杯だったんですよ。試合も素晴らしかったんですけれども、W杯ってすごいなと思ったのは10月13日の2試合目(カナダ対ナミビア)」が中止になったとき、カナダの皆さんは釜石の町でボランティアをしてくださって、イギリスの方もニュージーランドの方もオーストラリアの皆さんも香港の皆さんもいらして、釜石の街のお買い物をして、買い物したお酒やお菓子を市民に配って歩いていたんですよ。」

台風19号の被害で試合中止となった釜石のために、世界各国のラグビー関係者が力を尽くしたというエピソードは日本中を感動させました。
彼らは釜石市民たちの家を訪れ、お酒を酌み交わし、一緒にテレビ中継で日本代表の試合を楽しんだのだそうです。
また試合が行われるはずだった12時15分には、たくさんの人たちが釜石のシンボル・大漁旗を掲げてスタジアムを囲み、世界に釜石をアピールする姿もあったといいます。
こうした行動によって釜石は大会後、復興を通じてラグビーの価値を高めたとして、ワールドラグビーの年間表彰式で「キャラクター賞」も受賞しています。

岩さん「終わりではなくここからが始まりだと思っています。ラグビーに限らずこのスタジアムをいろんな風に使っていただきたいです。可愛がって愛してもらって、育ててもらいたい。ラグビーもそうですが、コンサートでも地元の運動会でもいいんです。出発点がスタジアムであって欲しいなって思っています。」

※クラウドファンディングのお知らせ
岩さんは宿泊客向けに震災体験を伝える語り部や、宝来館の裏に車椅子の方でも津波から高台へ逃げられる避難路を作るなどの活動を続けていますが、その避難路の一部が先日の台風で使えなくなってしまっています。現在、修繕などの資金をクラウドファウンディングで募っていますので、詳細はこちらをご覧ください。↓
https://camp-fire.jp/projects/view/216452

続いては、いまのお話にもあった鵜住居復興スタジアムに行ってみました!
スタジアムは宝来館のすぐそば。海と山に囲まれた素晴らしいロケーションにありました。

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お話を伺ったのは釜石市ラグビーワールドカップ2019推進本部事務局の長田剛さんです。

高橋「すごく綺麗ですね!森の中にあるスタジアムのような感じで」

長田「こんなにひらかれた公園のようなスタジアムは他にはないですね。完成したときは感動しました。この場所に一番マッチする形じゃないかなと思います。」

高橋「ワールドカップがここであったんですもんね。」

長田「凄かったですよ。あの時の光景がずっと頭に残っている感じですかね。すごく素敵な日でした。」

高橋「ワールドカップを長田さんは心待ちにされていたんですよね。ラグビートップリーグのワールドというチームから釜石シーウェイブスに移籍。東日本大震災があった時は?」

長田「バイスキャプテンですね。2009年に釜石に移籍して2年後の11年に東日本大震災があって、みんなでクラブハウスで寝泊まりをして助け合う生活をしていました。実家は奈良ですが帰ることは考えてませんでした。誰一人そういう判断は無かったんじゃないかな。僕たちはずっと釜石市の人たちに支えてもらってラグビーができていた。地震と津波で町が被害を受けたときに、これまでサポートしてくれた人が大変な思いをしているなら、できる事は何か恩返しをすることじゃないかとボランティアをしていましたね。」


こうして長田さんは震災後も釜石に残り、現役引退後はコーチを経て釜石市のラグビーワールドカップ推進本部事務局へ入局。
スタジアムを完成させ、W杯を成功に導きました。そして現在も、釜石のために力を尽くしています。

長田「W杯で私たちは世界中の人たちにお礼を言う機会を作ってもらったと思っていました。おもてなしをして、ありがとうと感謝の気持ちを伝えようしたんですが、台風で被害が大きく中止になったんですね。それで、カナダの選手がボランティアをしてくれていたり、実際試合を見に来る予定だったお客さんまでボランティアをしてくれて、本当だったらこちらがお礼を伝えるべき人たちが、またそうやって僕たちのために働いてくれている。それを見て、釜石はもっともっと大きくなって、この先感謝を伝える機会を作らないといけないと思いましたね。W杯はゴールでも通過点でもなくて、新たなスタートになったんじゃないかと思いました」


ラグビーの町・釜石のシンボル、そして復興の象徴、釜石鵜住居復興スタジアム。
長田さんはこれからも、このスタジアムが釜石を元気にしてくれると信じて、様々なプロジェクトも展開していくことを考えています。

長田「ラグビーもそうですし、いろんなイベントをして人の集まる場所にして行けたら。世界中から人が来て釜石を知ってもらって足を運んでもらえるスタジアムの使い方をしていきたいと思っています。

高橋「選手と距離が近くて、芝生で、同じ目線で寝転んで見られるスタジアム。ほかにないですよね」

長田「グラウンド外の野芝を使ってバーベキューをしながら試合を見たりというのも、取り組み始めている最中です。このスタジアム以外にも、公園や体育館、オートキャンプ場などもあります。グラウンドを使った合宿をやったり、一体となってスポーツの発信拠点になるような使い方をしていきたいと思っています」


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今回も番組からの“お土産プレゼント”があります。「金の釜石ラーメン / 銀の三陸磯ラーメン / 銅の大吟醸ラーメン」のインスタントタイプのラーメン3つをセットにして3名様にプレゼントします!それぞれ地元の醤油や、魚介の出汁、麹味噌や酒粕が使われたこだわりのラーメンです!

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