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20.11.12
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“フルーツの香り漂うロマンの里”再生へ歩む大熊町を行く


全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。今回のテーマは、

「“フルーツの香り漂うロマンの里”再生へ歩む大熊町を行く」。

ダイジェスト動画はこちら

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東京電力福島第一原発が立地する地域でもある福島県大熊町は、梨やキウイなどのフルーツ栽培が盛んで、かつては「フルーツの香り漂うロマンの里」というキャッチフレーズで親しまれていました。去年春に町の一部が避難指示解除となりましたが、全町避難は8年に及び、そうした町の農業も寸断されたままになっていました。避難指示の一部解除から1年半が経って、少しずつ町の機能や住民も戻り始めている今、大熊町では、フルーツ栽培を通じて、町に再びにぎわいを!という動きが始まっています。

東日本大震災から10年目。福島県の東部の復興の歩みと「今」を伝えるシリーズ、「あれから10年、復興が進む福島を行く」、今回はそんな大熊町を訪ね、「フルーツの香り漂うロマンの里」の再生に取り組む人たちの声をお届けします。

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2011年の東日本大震災による原発事故で住民全員が避難した大熊町。今も町民約1万人の約98%が町外に暮らしていますが、2017年11月には、避難指示を解除し、居住を可能とする「特定復興再生拠点区域」が定められ、住民帰還への歩みがスタート。また去年春には大川原地区と中屋敷地区の避難指示が解除され、大川原復興拠点に整備した町役場新庁舎での業務もスタートしました。そして町営の災害公営住宅への入居も始まるなど、徐々に町での生活が再開しています。役場前には仮設のコンビニや「居酒屋」などもオープン。JR常磐線が全線再開して町内にある大野駅も利用が再開しています。






そんな大熊町で、「フルーツの香り漂うロマンの里」再生によって、復興に取り組む人たちがいます。イチゴ植物工場「ネクサスファームおおくま」と、町の職員や住民らでつくる、「おおくまキウイ再生クラブ」です。

まずは昨年春に稼働を開始した、「ネクサスファームおおくま」を訪ね、工場長の徳田辰吾さんにお話を伺いました。

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「去年は5品種、冬のイチゴですね。作らせて頂いて、今年はその中から2品種「かおり野」という品種と「やよいひめ」という品種を選定させていただきました。「かおり野」という品種は早生の品種で、「やよいひめ」という品種は逆に奥手の品種で出るのが遅いですので、やっぱり年中いちごを生産するというところで作業を平準化していきたいんですね。作業を平準化していくことで安定した雇用を生むというところも一つの目標ですので、早い品種と遅い品種を組み合わせるとか、夏のいちごと冬のいちごを組み合わせるという形で、1年間そんなにたくさん取れなくてもいいから安定して取れるという作り方が理想的だねということで、そこを目標にして生産しているという感じですね。高設養液栽培という方法で高い所のベンチにですね1株1ポットで栽培をしています。溶液をドリップする形で作っていまして、ハウス内の環境は基本的には全てコンピューターで制御していると。コンピューターでできること、機械でできること、人じゃなきゃできないこと、そういったものを分業してやっているようなスタイルです。ハウスの建設自体は町が計画して、施設も町が所有している設備ですので、私たちはそれをお借りして運営しているという形です。ですのでいちごを栽培して町の産業にするというのも当然町が計画した内容であって、町民の帰ってくる方々、新しく町民になってくれる方々の雇用ですとか、町の失った農業を町の産業として作っていくという目的とか、あとは農業自体がですね、やはり人口が減ってきていますので、今後農業ができる人材ですとか、それをコンピューターや機械を組み合わせて作れる、そういった新しい農業の仕方の人材を育成していくというのが、産業を町に20年先、30年先残していくことに繋がっていくのかなとそういうことで頑張っていますね。夏の時期はやっぱり作っている生産量も多いので45人くらいまで働いてくださる方はいらっしゃったんですけども、今はちょっと落ち着いてきたので大体27人くらい。そのうちの大体15人くらいは町民の方ですね。そのうちの半分くらいはこの事業をするために他県とか近隣から住民票を移して大熊の町民になっていただいて、働いてくださっている方々というところで、やはりこの町の雇用にも貢献できているかなというところと、あと町民の誘致にも少しずつ貢献できているんじゃないかなという感じはしますね。僕も出身は北海道なので、この事業のためにここに来てやっていますけれども、まあ特段どこと違うということはないんですけれども、まあ田舎ですよね。自然豊かな田舎で、すごく町民の方を含めいい方が多いですよね。すごく頑張っている人に対して優しく接してくれるんだというところとか、お会いしてもいつもお声かけていただいて、頑張ってる?どう大変じゃない?と言ってくださるので、まだまだ不便ではあるんですけど、まぁ今現在の生活が便利すぎますから、こういう生活もありなのかなとは思います。でやっぱり一度何もなくなってしまったという環境があるので、良くしかなっていかないんですよね。少しずつかもしれないんですけど、まあ1店舗店ができたらわーってなりますし、じゃあ行こうかってなりますし、そういう町を作っていくという大きな目標に対して参加できているというのは、今町に住んでいるうちの従業員さんたちも楽しみながら、たまには不便だなと文句言いながら、だけどどんどん良くなっていくよねというのを感じながら生活してくれているんじゃないかなと思いますね。」





「ネクサスファームおおくま」では、建物内や敷地内の空間線量を年に4回計測しているほか、苗や培地などの仕入れる材料、使っている水、原材料すべてを検査し、もちろん収穫したイチゴもすべて全量検査をしています。これまで検査に引っかかるイチゴは一度も出たことはありません。

夏のイチゴはケーキなどの加工用出荷が中心ですが、甘い冬のイチゴは12月ぐらいから収穫、出荷がスタート。ネクサスファームでも購入できるようにしていくほか、大熊町唯一のコンビニ、ヤマザキショップでも購入できます。そして今後は、近隣の道の駅でも販売を進めていくほか、ネット通販も今期から始めるということです。生のイチゴのほか、加工品も作っています。夏いちごのジャム、夏いちごのセミドライフルーツ等。ぜひオフィシャルサイトをチェックしてください。

ネクサスファームおおくま

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「“フルーツの香り漂うロマンの里”再生へ歩む大熊町を行く」、続いては、町の職員や住民らでつくる、「おおくまキウイ再生クラブ」について。

梨と共に、かつて町の特産品だったキウイ。農作物としてだけでなく、自宅の庭で栽培する人も多く、町ではなじみ深いフルーツだったといいます。そんな特産品のキウイを復活させ、町の人たちと協同で復興に取り組む環境をつくろうと、町の職員や有志が集い、設立されたのが、「おおくまキウイ再生クラブ」です。今年春に18本の苗木を植えました。

すくすくと苗木が育つキウイ畑で、クラブ代表の栗城英雄さんにお話を伺いました。

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「もともと大熊では20年か30年くらい前にキウイ栽培が始まったと聞いているんですが、私も大熊でキウイ栽培が盛んだった頃、要は震災前ですね、に大熊のキウイを食べたことがあって、私の妻が双葉郡の出身だったということもあって、それで結婚式のお祝いで送ってもらったんですけど、そのキウイがとても美味しくて、うまいキウイを日本の中で作れるところもあるんだなと思っていたら震災になってしまって、色々あって震災で熊に関わるとなった時にそのキウイを頂いて食べたことを思い出して、復興の仕事に関わる中で大熊に何かできることはないかなと思った時に、そのキウイを作っていた人、千葉に避難されている方なんですけど、その人にどういう風にキウイを作っていたんですかという話をしたら、簡単だからお前も作ってみたらみたいなことを言われまして、そこで簡単ならやってみようかなと思っちゃって、それで私の地元つくばなんですけど、つくばでキウイ栽培を始めたと。で1年後くらいに苗も育ってきて、大熊の方で仕事で大熊の人と関わることもあって、つくばでやってることを大熊でもできたらと思って、こういうことをやりませんかということを言ったところ、何名か賛同してくれる方がいて、それで大熊のほうでも実際にやってみるという風に至ったというところで。こちらの畑自体は1700平方メートルくらい1.5反とかそのくらいの広さになりまして、私も別に農家ではないのでキウイを作るのは今回初めてなんですけど、聞いている話だと500平方メートルだとだいたい500kgくらいが標準なんですけど、私が習っている人はだいたい3倍くらいは取れていたと。まあそこはテクニックだからお前も頑張れみたいな、そんなのでその間の1t、1000kgぐらいを目指せればいいかなという風に思っているところです。まあ私どもは本当に農家でもなければ農業の素人で、たくさんキウイを農業として作れるとは思ってはいなくて、ただ大熊って元々全町避難で町にいる方がゼロになってしまった中で、何か大熊で昔あったものを復活させようとか、大熊に関わりたいんだけどどう関わったらいいかわからないとか、そういう人って結構いるのかなという風に思っているのと、町がやっている避難者へのアンケートなんかを見ると、大熊に関わり続けたいんだけど帰ってくるのはちょっと難しいかなと思っている人が6割くらいいたりとか、そういう状況の中で関わりたい人がいろんな形で関われる、例えば来れる人は2ヶ月に一回とか来て、こういうキウイ栽培に関わってもらう。全く来れない人も広報にこの活動を、町と一緒にやっている取り組みなので、入れさせてもらう中で、その広報を見てこういう取り組みも始まったんだなと思って懐かしんでもらうとか、応援してくれたりすればありがたいなと思っているところもあったりして、そういう活動になれば、大熊って放射能でいろいろあったけれども実際はちゃんと食べられるものが作れるんだねとか、そういう風に思ってくれる人が増えていけばいいかなと思って活動を始めました。だいたい町の方が半分ぐらいで、こちらの方に働きに来ている方とか、私自身もそうなんですけども、関係人口と言うか町の方に来ているんだけど仕事以外で町に関わりたいなと思っている人それが半分くらい、今15人ぐらいで活動をしているところです。成功した時の姿を皆で共有しながら関わっていく中で、試行錯誤できるというのもなかなか他にはない楽しみなのかなと思っていて、とりあえず失敗するかもしれないけど、やってみようよというところからスタートしたプロジェクトでもあるので、そこは過程を楽しみながらですね、やれる人にやれる範囲で関わってもらうということでやっていければと思っています。ただできたものをやっぱり面白いものにしていきたいとは思っているので、集まった人の力を借りれば、そのまま生のまま食べるだけじゃなくてお菓子にしよう、スムージーにしよう、キウイのふりかけなんか面白いんじゃないのとか、最近桃の漬物とかもピクルスとかもあるので、キウイのピクルス作ってみようよとか、そういう新しい発想も描きながらやっていきたいなと思っています。」



「おおくまキウイ再生クラブ」、代表の栗城英雄さんのお話しでした。春に植えられた18本の苗。一般的なグリーンのキウイと、黄色い果肉のゴールド、そして赤い果肉のキウイの3種が育てられています。実をつけるのは3年後。まだまだ復興が始まったばかりで、帰還者も少なく、帰ってくるのはちょっと難しいと考えている人も多い大熊。ただ、何かしら町には関わりたいと考えている人も多いという話もありました。そういった人々の生きがい、あるいは“つなぎとめる場”として、町に帰還している人はもちろん、帰れないけど町に思いを寄せる人たちの交流が、このキウイ畑で続いていくのだと思います。


復興への歩みが始まったばかりの大熊町。2011年3月の震災と原発事故の直後、町民の多くは、会津若松市へ避難しました。その当時、会津若松市の市長を務めていたのが、前復興副大臣の菅家一郎さんです。

当時のこと、そしていま、復興、再生の途上にある大熊町の現状について思うことなど、お話を伺いました。

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「当時はもう着の身着のままで彼ら避難されたわけですね。その中で大熊の町長さんから是非お会いしたいという連絡が入りました。私は当然大熊町の町民を受け入れしてほしいという要請があるだろうと思ってお待ちしていたところがですね、町長さんから子供達がもう3月ですから進級しなくちゃならない卒業しなくちゃならないですね。こういった状況の中でみんな分散していると。なんとか子供たちを守りたいと。だから会津若松市に幼稚園と小学校中学校をなんとか用意して欲しいという、そういう要請があったんです。私は感動しましたですね。子供を守るという最初にそういう話を聞いて、感動して、で幼稚園、小学校、中学校が会津若松市に作られることになったわけですね。で会津若松市の文化センターで合同の入学進学のセレモニーが行われた。目の前に幼稚園から小学校、中学生が一同に揃って式典が行われた時はみんな感動してですね、胸が熱くなったのを未だに忘れられません。

(でもそういった、その場所でしか分からなかった感情ですとか空気というのは、本当に菅家さんは感じられていたと思うんですが、そういった菅家さんから見て今の大熊の復興の様子についてはどのような感想をお持ちですか?)

まさに特定復興再生拠点区域というのが大熊町に設けられて、復興を進めていこうと流れができている。そして2019年3月31日には大熊インターチェンジが開通することになった。そして2019年4月14日には大熊町役場の新庁舎が開庁をするわけですね。だから本当にその当時の大熊の方々の不安な思いを感じていれば感じているほど、この10年間で復興が進んできたことが、復興庁の歴代の大臣もそうですし、と地元の町長さん、皆さん方がやっぱりなんとか復興したいという思いがこういう形で繋がったのかなと思っております。いろんな住宅も、この間視察に伺ったら何人かもうお住まいになっていたり、こうやって戻れることになったというね、ああよかったなと。しかしまだ約800人ほどの方々が会津にお住まいになっているという現状もあるし、まだまだ帰還困難区域もあって、まだ避難されているのが現状でありますし、こういった課題がありますから、一つ一つ取り組んで行かなくちゃならないと、こんなふうに感じております。私はそういった意味では、勝手に思ってるんですけど、大熊復興の応援団長だと、当時市長で受け入れしていましたから、応援団長は永遠に変わりませんから(笑)しっかりと、頑張って応援してまいりたいと、こんなふうに考えています。」


「Hand in Hand」、福島県の東部の町の復興の歩みと「今」を伝える、シリーズ、「あれから10年、福島の被災地を行く」。今回のテーマは、「“フルーツの香り漂うロマンの里”再生へ歩む大熊町を行く」でした。

取材の様子は、動画でもご覧頂けます。復興庁ホームページ「タブレット先生の『福島の今』」からアクセスしてください。

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さてここでプレゼントのお知らせです。今日は、お話しの中にも出てきました、「ネクサスファームおおくま」のとびきり美味しい夏イチゴのジャムを3名様にプレゼントします。



ご希望の方は、「Hand in Hand」ホームページのメールフォームからご応募ください。応募の際、下記のクイズにお答え頂きます。

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Q:大熊町の動画の26秒ごろのシーンで映っている建物は何でしょうか。

ヽ式会社ネクサスファーム
△おくまキウイ再生クラブ
B膩町役場
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ヒントは復興庁「Hand in Handレポート」大熊町の回の動画をご覧ください。
https://www.fukko-pr.reconstruction.go.jp/2018/fukushimanoima/reports/report-17/

メールに答えの番号を書き添えたうえ、「大熊のイチゴジャム希望」と書いて、ご応募ください。また番組の感想や、本日ご紹介した大熊町の皆さんへの応援メッセージもお待ちしています。頂いた応援メッセージの一部は、復興庁の〔Hand in Hand レポート〕でも、個人情報を伏せてご紹介させて頂きます。是非たくさんのエールをお待ちしています。

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「Hand in Hand」、来週は、米どころ福島から、つい先日、数量限定で先行デビューした新ブランド米、「福、笑い」について、お届けします。来週もどうぞお楽しみに。

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