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21.03.25
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福島の復興・再生のために− 学生たちのチャレンジ


全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。今回のテーマは、

『福島の復興・再生のために− 学生たちのチャレンジ』

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以前この番組では、福島県の郡山女子大学短期大学部地域創成学科の学生たちの取組をご紹介しました。この地域創成学科では、環境省と連携、福島の「環境再生」を想い起こさせるデザインを開発、イベントなどで活用するエコバックや紙袋に、このデザインを施しました。



東日本大震災、そして福島第一原発の事故から10年が経過。福島の復興・再生へ、様々な動きがあるなか、県内外の若者たちと、環境省が連携して取り組む活動も、活発に続いています。今回お伝えするのは、福島県・大熊町をめぐる学生たちの活動です。

これに取り組んだのは慶応大学と神戸大学の学生たち。学生たちは大熊町の人たちの声に耳を傾け、その想いに触れ、震災と原発事故が起こる前の街並みやその大事な記憶を、記録として残し、広く伝えようと取り組んできました。

大熊町は東京電力・福島第一原発の立地する土地。現在、町では環境省による中間貯蔵施設の整備が進められています。一方、2019年4月には町の一部の地域で避難指示が解除され、帰還困難区域の一部でも除染家屋の解体が進んでいるところです。

そんな大熊町で、町の復興再生へ向けた取り組みを後押しする若者たちの活動。そのひとつが、慶応大学の学生による「聞き書き」活動です。

慶應義塾大学公認学生団体「S.A.L.あじさいプロジェクト」が2019年秋より大熊で行ったもので、環境省が企画し、復興庁などの支援を受けて、NPO法人「元気になろう福島」とともに実施してきました。震災前にあった人々の営み、町の歴史や文化、そして想いに耳を傾け、記録し、後世に広く伝えていくという活動です。

先月末、その報告会が、大熊町とオンラインを使って開催されました。

「聞き書き」は多くの大熊町民を対象に行なわれましたが、その一つが、木村紀夫さんへの取材。木村さんのご自宅は原発から3キロ。津波でお父様と奥様、そして次女の汐凪ちゃんを失った方。いまも避難先のいわき市から大熊町に通い、汐凪ちゃんの捜索を続けながら、その生きた証である土地を守り、ご自身の経験を伝える「語り部」活動もしています。そんな木村さんの言葉を、慶応大・塚原さんはこう記録しています。

“震災前の営みをちょっとでも残しておかないと、そこで生活していた我々にとっては非常に寂しい感じで、神社とかお寺とかお地蔵さんとか各所に残っているし、公民館だったらそこで祭りをしたとか震災前の営みが残っているんです。それが当時を思い出す材料になる。自分ができることは伝える活動としてそういうものがあると伝えていきたい”

この活動に取り組んだ慶大生、塚原千智さんと岩田千怜さんにお話を聞きました。

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―――塚原さんは、どうしてこの活動に参加しようと思ったのですか?

「私がこの活動に参加したいと思ったのは、東日本大震災の前にどんな暮らしが街であったのか、震災後どんな風にその暮らしが変わってしまったのか、お話を伺うことで、皆様の想いとか記憶とかを未来へ伝えていけるんじゃないかなと思ったのでこの活動に参加させて頂きました。」

―――岩田さんはどうして参加されたんですか?

「私の場合は10月のスタディツアーに参加したことが最初で、そこでご縁があって参加しました。」

―――印象的だった言葉とか風景とかありますか?

「私たちが聞き書きをさせて頂く方って農業をやられている方が多かったんですけど、どの方もすごく自分が育てた農作物に対してこだわりを持っていらっしゃって、すごく目をキラキラさせているというか、愛を持って育てていらっしゃるなというのが、聞き書きしてて一番伝わるんですね。そういう時は毎回自分も嬉しくなって、楽しい生活だったんだろうな、ということが印象に残りました。」

―――実際に活動を通じて改めて感じる意義だったり、果たしていく役割だったり期待することというのは塚原さんはどんなことを感じていますか?

「私たちが聞かせて頂いて、新たなまちの魅力の一面を知るというのも良いことだと思うんですが、その人自身が語ることによって自分の中の思い出の温かみに気づくことができるというところが大きいかなという風に思います。ただ聞かせて頂くだけじゃなくて、その方にとっても良い経験になればいいなという風に思っています。」

(塚原さんと岩田さん)

(大熊町とオンラインで行われた報告会の様子)

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そしてもうひとつの取り組み、それが神戸大学の学生たちによる、震災前の町の様子を、ジオラマ模型で復元するという活動です。これは、神戸大学・槻橋修准教授の研究室が企画したもので、震災と津波で失われた町を、町の人たちの証言や記録に基づいて再現するもの。人々の暮らしの中で紡がれてきた記憶を保存・継承していくことを目指しています。




この活動に現在携わっている、神戸大学、吉川文乃さんの感想です。

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「この復元プロジェクト、地震というものは私が中学生の頃に起こったものなんですが、その後、建築学科に入ったんですけど、建築をやる立場から関わることができるプロジェクトを行っているということですごく関心を持ちました。この模型は現地に行って皆さんの話を聞いて製作していくんですけれども、実際にここで皆さんのお話を聞くと、本当にその場所の思い出だとかそこで暮らしていた時のこんなことをしたというのがすごく鮮明になってきて、その瞬間が楽しいですし、その思い出を皆さんと共有できている時間というのはとても充実したものになっています。」

―――実際にこのイベントでも現地の方がジオラマを見て「ああ、こういうところあったんだよね」とか本当に懐かしそうにしていらっしゃる姿がすごく印象的だったんですが、交流した方へどんなメッセージを送りたいですか?

「大熊の様々な皆さんのお話を聞かせて頂いた中で、梨のお話もそうですしキウイが美味しいとかお米が美味しいとか鮭の話とかもありました。そのような自然豊かな大熊というのが、この模型をきっかけに伝えられるよう、もっと私も関わっていきたいですし、大熊が皆さんがまた戻ってこれる場所になればいいなと思います。」


そしてこのジオラマをご覧になった大熊町の方にもお話を伺いました・

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「ジオラマの方なんですけれども、自分の地区が津波で流されたところなんですよね。記憶もだんだん薄れてきた時に見せてもらって、自分の家があったというのがすごく感動的でこのジオラマ欲しいなと思って(笑)。」

―――やっぱり過去の記憶というのは記憶だけじゃなくて目で見て確かめるということもすごく大切ですよね。

「そうですね。風景もそうなんですけれども、ここで今までやってきた催し、秋祭りとか夏祭りとかお正月の餅つき、熊川には鮭がものすごくいっぱい上がってきて、鮭まつりというのがあって、鮭の手づかみとかご馳走を振舞ったりもありました。そういった行事がたくさんありましたので、そういうのもだんだん思い出して。ずっとこの活動がなかったらやっぱり自分の中でもだんだん薄れていったのかなという感じがします。」

―――こうした取り組みについては松永さん自身はどう捉えていらっしゃいますか?

「自分の中でだんだん薄れてくる記憶というのが、若い人たちによって長く伝え続けていって欲しいなと。とても良かった大熊町を孫とかその後の代になってから、おじいちゃんの過ごした所はこういう街だったんだよというのをずっと末永く伝えてほしいなと、そういう思いがあります。」


お話を伺ったのは、大熊町の松永秀篤さん。一昨年の避難指示解除を受け、大熊町に戻ってきた方です。今回の学生による「聞き書き」、そして「模型による町の復元」にも協力したという松永さん。この活動がなければ記憶が薄れていった…という言葉が印象的でした。

環境省では、こうしたジオラマ模型の製作や「聞き書き」活動などを通じ、記憶や記録の保存・継承をお手伝いするための新しい活動を推進しようとしています。一方、こうした記憶の継承と同じく若い世代に期待されるのが、「未来の福島を考える」ことです。

先日3月13日、環境省主催の論文コンテスト、「いっしょに考える『福島、その先の環境へ。』チャレンジアワード」の表彰式が開催されました。福島の未来について学生たちのアイデアや想いを募集する企画で、表彰式には小泉環境大臣も出席。双葉郡の「Jヴィレッジ」を会場に、オンラインも活用して行われました。

このチャレンジアワード、中学生から大学生まで応募総数361作品。その中から最高賞・環境大臣賞のひとつに選ばれたのは、福島県立ふたば未来学園中学校2年生 林佳瑞さんの作品、「里山モデル福島への道」でした。

日本の里山は、人の営みと自然が共存することで豊かさを守ってきた場所です。その証拠に、避難指示が解除され、人が農業を再開した土地では、いなくなってしまった生物が戻ってきたケースがあるそう。つまり“里山”の力。原発事故で注目を集めた福島、双葉郡。その注目を逆手にとって、日本独自の「里山」の素晴らしい環境を発信することはできないか、という思いを綴った作文です。

そのアイデアはどうして生まれたのか。林さん本人に伺いました。

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「福島県の環境について考え始めたきっかけがあって、小学5年生くらいの時に相馬市内の松川浦で昆虫の調査をしている方がいて、その人に会ってその活動に一緒に参加し始めたくらいから環境に興味を持ちました。先生に出会う前から昆虫はもちろん大好きで、小学校に入ったくらいから、家の前に田んぼがあって、そこで網を持って毎日毎日学校が終わった時とかゲンゴロウとか採ったりして、そういうのは自分も楽しいし、やっぱり大きいものや珍しいもの採った時がいちばん・・・まだ採ったことないんですが、タガメとか採ったらテンション爆上がりすると思います。

自分が見たことがない昆虫がたくさんいて、震災前は見ていたけど震災後は消えちゃったという昆虫が結構多くてかなりショックだったのと、やっぱり見てみたかったと思います。もともと学校の総合学習で双葉郡を昆虫で盛り上げようみたいな企画を立てていて、その一環として発信もできたらいいなみたいな感じで文章を書きました。

自分の考えが環境大臣賞という形で全国的に知られるというのが一番嬉しいです。だいぶ学校で浮いている人なんで僕は。環境大臣賞で日本一になったという話をした時には「マジか!?」みたいな驚いている人が多くて。

大学教授になろうと思っていて、5年生の時に会った昆虫の調査をやっている人のようにはなりたいんですけど、要は昆虫の研究者ですね。子どもとか昆虫に触れない子が増えているので、自分の仲間を増やすという意味でも昆虫好きの子どもが増えるような世界を作るような人になりたいです。環境が豊かで生物がいてやっぱり大事なのは人間との共存ができている福島県というものを
作りたいです。



“タガメでテンション爆上がり”は番組の男性スタッフも一同共感。万里恵さんはドン引きしていましたが。。

環境省では、平成30年8月に「福島再生・未来志向プロジェクト」をスタートしており、その中では、「自然資源活用」を掲げた支援も始まっています。若い世代のこうしたアイデアを、ぜひしっかり受け止めて欲しいと思います。

最後にこの「チャレンジアワード」を主宰した、環境省、則久雅司参事官のお話です。

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「今回チャレンジアワードという作文コンクールをやってみまして、若い世代の方々がそれぞれの視点で地域を見つめ直していく取り組みが進んできているというのが非常に心強く思いました。中学生・高校生・大学生が対象だったんですが、中学生の方があまり、怖い思いをした記憶はあっても、震災以降のことはそんなに記憶が無い方がやっぱり多いんだなということがよくわかりました。記憶の風化ということがよく言われています。若い世代にだんだん伝わらなくなっているということをお聞きするんですが、やっぱり学校の先生とか、そこに実際居なかった方から教わっている方ということもあるので、伝え方をどうして行くのか、工夫のポイントがあるのかなと思います。我々2011年の8月に放射性物質汚染対処特措法という法律ができて、環境省がこの環境再生に関わると決まってからこの福島の地にずっと関わり続けさせて頂いています。この関係は多分今後30年先まで続くと思います。その中でやっぱり地域の方々も世代を超えていくわけなんですけれども、我々としてはやっぱり忘れてはいけない原点というのは引き継いでいかなきゃいけないという部分と、それから地域のいろんな思いも伝えていきたいというところで記録に残していく、そういった両方の取り組みができればいいなと思います。今回『福島環境再生100人の記憶』という書籍を出させて頂きましたけれども、これは地域の方々いろんなことを受け継いでいきたいという想いをお持ちだという部分に答えたいという部分もありますが、もうひとつ環境省の今後、福島に関わる職員たちに10年経った今の時点での過去10年間の振り返った地域の方々の想いというのをしっかり記録に残して、忘れないひとつの基盤に置いていただこうというところもあって、こういう書籍を出させて頂きました。これはできるだけ多くの人たちに読んで頂ければありがたいなと思います。


この、震災10年目の節目に、福島の復興・環境再生に尽力された方々を取材し、刊行された『福島環境再生100人の記憶』。今回はこの書籍を、10名様にプレゼントします。


ご希望の方は、「Hand in Hand」ホームページのメールフォームからご応募ください。メールに「『福島環境再生100人の記憶』希望」と書いて、ぜひメッセージとともに送ってください。

環境省のウェブサイトでも無料公開しておりますので、ぜひご覧頂けたらと思います。

『福島環境再生100人の記憶』

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「Hand in Hand」、来週は宮城県東松島市からのレポート。震災からの10年を町の復興に捧げて、ついに東松島市を“卒業”することを決めた人物にフォーカスします。来週もぜひ聴いてください。

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