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21.05.13
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宮城県七ヶ浜、3代目海苔漁師の10年


全国各地の災害被災地の「今」と、その土地に暮らす人たちの取り組みや、地域の魅力をお伝えしていくプログラム、「Hand in Hand」。今回のテーマは、

『宮城県七ヶ浜、3代目海苔漁師の10年』

松島湾と太平洋、3方向を海に囲まれた七ヶ浜町は、東北でも有数の海苔産地。町の沖合2キロくらいの場所に養殖場があって、そこで採れた海苔が「七ヶ浜海苔」と呼ばれています。香り高い上質な海苔が採れることで知られていて、国内はもちろん、東日本大震災の前は海外でも高い評価をうけていました。2011年の震災による津波、そして2019年には、塩釜港で発生した貨物船の重油流出事故で海苔が全滅するという、2度にわたる壊滅的な被害を受けましたが、今は美味しい海苔の出荷を再開しています。

今回取材をしたのは、「星のり店」の3代目、星博さん。海苔の養殖、そして自社で加工したものを生産直売しています。じつは星さん、ほかの海苔産地にはない養殖方法を用いて、「七ヶ浜海苔」の評価を上げる取り組みを、震災前から続けてこられた方でもあります。

そんな「七ヶ浜海苔」のこと、そして海苔づくりの“こだわり”について、お話を伺いました。

◆◆

―――磯のいい香りがしますが、この「七ヶ浜海苔」、特徴は?

海苔産地で有名なのは、九州の有明海、東京湾の千葉県・神奈川県、あと東北は宮城県。この産地と言われる場所は、海そのものに特徴があるんです。たとえば有明海ですと大きな湾ですが、山から水が降りてきて、下がヘドロ状の底なんです。東京湾もいっぱい川が入っているんですが、砂の漁場で、そして宮城も砂の漁場なんです。ですが宮城が千葉県と違うのは、「潮流型」と言われていて、潮の流れのある漁場なんです。その味の違いは、私が同じ海苔屋として褒めるのは、東京湾の千葉。やっぱりあそこは美味しい!千葉を抜きたいなと思うんですが、食べて喉を通過する時に感じる、野菜で言うなら“えぐみ”が無いんです。有明海には、その“えぐみ”があって、そういう感じのする甘さというか美味しさというか、それを向こうは売りにしているんです。七ヶ浜の海苔もその“えぐみ”がない。ただここは千葉や九州と比べると寒さが早く来る。あと三陸沖なので、低気圧がよく発達して被害がでやすい。ですがその分、荒海で育つ海苔なので、少し硬めで、もちろん、味はいいです。甘みがあって磯の香りが強いですね。

―――星さんのところでは海苔の養殖方法にすごくこだわりがあると伺ったんですが?

もう15〜6年になりますか。海苔の値段が下がり始めて、ちょっと生活していくのに苦しいと思い、自己販売しようと転換したんですが、その時にこれからは「量」よりも「味」を追求しよう”と決めました。じゃあ、海に浮かんでいる網にどうやって味付けするのよと。当時私は米も作っていたのですが、有機栽培という方法で米を作っていました。それを海に適用しようと。田んぼで米を作る時にEM栽培と呼ばれるバクテリア、菌ですね。乳酸菌とか、酵母菌とか、そういった菌を発酵させたものを海で使うことにしたんです。この方法にプラスして「ブラッシング」という事を思いついたんです。歯ブラシの大きなお化けみたいなもので、網をこするわけです。そうすると少し海苔が伸びた網をこするので、海苔芽がみんな落ちてしまうわけです。切れてね。ところが切れるからいい結果が出るという事が分かったんです。ただ、ぬくぬくと育ててしまうと早く収穫できるんですが、良い種も、良くない種もみんな伸びてきてしまうので、ブラッシングして悪いのを落としてしまった方がいいという考え方で、ブラシをかけて一度短くはなりますが、すぐに追いついてくるので、それで今現在もやっています。宮城県で震災前には4〜5人の方がやっていましたが、津波で酷い被害を受けて今は私だけですね。




海苔養殖の時、網につく余計な珪藻類を落とすため、網を洗う作業を行うのが一般的。通常は“酸処理”といって、海苔は酸に強く珪藻類は弱いという性質を利用して、りんご酸などの有機弱酸を利用して行いますが、星さんはブラシを使って洗い、汚れをとります。ブラシの刺激で海苔の芽も強く元気になり、さらに善玉環境をつくる微生物たち=「EM菌」を混ぜた海水で洗うことで、海苔はさらに強く元気に育つといいます。この方法には、酸処理だと落ちてしまう風味や香りが落ちないという利点もあるといいます。

震災前は4〜5軒の海苔漁師がこの手法で養殖をしていたそうですが、今は星さんだけということ。2011年の東日本大震災、そして2019年に重油流出事故が起きた時の状況についても、伺いました。

◆◆

船は5艘あったんですが4艘失いました。あと海の施設は全部無くなりましたよね。もう辞める時期かなとそん時は思いました。10年前だから58歳ですか。もう定年退職だなと。でも当時、海外にも出していて、また多くの日本のお客さんもいたから、励ましのメールや手紙がいっぱい来るんですね。まあ待っててくれるのかな、ありがたいなと思ってまたやり始めたんですが、福島の原発事故の影響で海外では全部ストップになりました。そして立ち上がるのにも、お金が相当かかるなあ〜と思いまして。その時、東京のミュージックセキュリティーズという会社がファンドを立ち上げて、私に声をかけてくれたんです。それで資金の目処が立ったので、切り替えてまた始めたという。3年以上かかりましたね。元に戻るまで。

―――周りの海苔の養殖をやっていらっしゃった方々はどうなりましたか?

震災前は県内に200名、海苔屋さんいたんですが、いま現在は140人になりました。亡くなった方もおれば、辞めた方もいるというふうで、数は減っています。

―――3年かけて震災前くらいにまで戻した中で、2019年には重油流出事故がありました。

あれ、海苔がいちばん美味しい、良い海苔が獲れるという1月の事故だったんですが、連絡をもらって、漁場に行ってみたらもう海苔は油だらけで、全滅でしたね。でもああいう物は、わざと船がやるわけじゃないし、致し方ないかなと。早く諦めた方がいい、泣いててもダメだと思いました。本当は悔しいですよ。甚大な被害でしたし泣きたくなったもん。どうやって暮らすの?と。まぁ大変でしたね。

―――どのくらいの時間がかかってまた養殖は再開できたんですか?

次の年の秋には始めることができました。まぁ、でも震災10年経って振り返ると、本当に皆さんに助けて頂いたから、やれたかなぁって。そんな思いは非常に強い!また、たった一言の言葉で人間を勇気づけることが出来るんだなって言うのも、その時は勉強になりました。「待ってるよー!」とかね。声をかけてくれた色んな方々、その人の言葉が無かったらたぶん辞めてたかもね。そんな感じがします。




加工場の隣にある販売所には、全国から寄せられた励ましの手紙がびっしり。星さんは地元の子供たち向けに海苔の手すき体験も行っているそうで、子供たちの間でも星さんの海苔は大人気なのだそうです。

そんな子供たちから教えてもらった星さんお気に入りの美味しい海苔の食べ方というのが、熱々のゴハンにバターを乗せ、海苔をのせて、好みで醤油やワサビで食べるというもの。その場で出来立ての海苔を我々も頂きましたが、厚みがしっかりしていて香りが強く、噛むと磯の香りと旨味と甘みが広がる海苔でした。これはたしかにご飯とバター、醤油が合いそうです。肉厚なのでラーメンや天ぷらにも合うということでした。

星さんの海苔はオフィシャルページでも購入できます。ぜひ一度味わってみてください。味付け海苔もオススメです。

海外との取引はまだ元には戻っていませんが、じつはファンドの支援の影響もあって、国内の取引数は震災前より倍以上に増えているという星さんの海苔。今後は以前のように「七ヶ浜海苔」を海外に出荷して、その質の高さを発信していくのが目標とのことでした。

「Hand in Hand」、今回は、『宮城県七ヶ浜、3代目海苔漁師の10年』、星のり店代表、星博さんのお話しでした。


「Hand in Hand」、次回は福島県浪江町からのレポート。町に帰ってきた伝統工芸品「大堀相馬焼」について、お伝えします。

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