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21.07.08
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次の災害に備える 南三陸町『海の見える命の森』


今週は東日本大震災の教訓や、防災減災の知識やスキルを体験しながら学べる場、宮城県南三陸町の『海の見える命の森』リポートをお送りします。

この『海の見える命の森』は、南三陸ホテル観洋の裏山を町民有志やボランティアの方々が整備した森。津波の犠牲になった方々を慰霊する場所であると同時に、震災の経験やそこから得た教訓を後世に伝える役割も担っています。


『海の見える命の森』実行委員会・副実行委員長の阿部寛行さん、通称・隊長に案内していただきました。


―――下の国道から山をあがってきたら、目の前に志津川湾が広がっています!

「この眺望を見るのに、勾配のきつい険しい森をボランティアの手を借りてけもの道を作り、階段と手すりを作るのに1年以上かかったんです。そのきっかけはあの震災で沖から来た津波によってたくさんの人の命が失われ未だに200名以上の方がここに眠っていらっしゃる。町のどこかで手を合わせても、もはや見つからないだろうという想いがあって、80歳すぎのおばあさんがここまで上がってきて全てが見渡せる場所で手を合わせ、1日でも1秒でも早く何かしらのものが見つかってほしいと願う場所。だから最初は慰霊の場所としてこれは開拓されました。そしてこの森がなぜ命の森か。次の災害に備えてほしいという想いが私たちには強くあります。例えば災害に備えるための熱源や水源をどうやったら確保できるか。避難した時に自然の中でどうやってそういうものを使って共助できるか。つまり避難所訓練できる場所として、水源は井戸を作る、熱源はピザ窯や釜土を作り、体験学習として身をもって知ってもらうことが命の森という名前を付けた由来となっています。」


―――桜の植樹もしていると?

「次の十年に入る中でこの森に桜を植えています。町にあるソメイヨシノではなく、エドヒガンという日本の小桜、1000年以上生きている桜と同じ品種。だからここで1000年咲き誇ってもらうために植えることを始めました。そしてこの桜にできればここで亡くなっている830名以上の方の無念の思いがここに宿って、亡くなった人たちと生き残った私たち町民、そして全国から集まったこの森の住人の人たちで毎年花見をしていこうと言う想いで桜を植えてきました。」

見晴らしの良い展望デッキ デッキの前には避難小屋を建設中

煮炊きなどの共同作業ができる小屋

手作りの竈(かまど)とピザ窯

「これが熱源となるピザ窯とかまどです。かまどは別名「おくどさん」といって、昔の人はコメを炊く時、小枝が大事な資源でした。バンバン燃やすのではなく少ない小枝でご飯を炊くのが昔は大事だったんで、手の指くらいの細さ、これ以上太いのは絶対に入れなかったんです。昔から「はじめチョロチョロ、中パッパ 赤子泣いてもふたとるな」がお米を炊く時の火加減でしたが、私たちの地元では「はじめチョロチョロ にチョロチョロ」、ずっと細い木をつかってちょろちょろやれってことなんです。それだけの熱で焚けるんだということをみんなに覚えてもらう。そうするとボーイスカウトやキャンプ好きな人は「こんな火だけでコメが焚けるんだ」と、「目から鱗」と帰っていく。みんな飯盒炊飯に慣れているから、ばんばん火力を出してものすごい木を使って。だから昔の人にとっては芝も大事な資源だったわけで、それをいっぱい使わずどうやれば効率よく少ない木でコメが炊けるかとやっていたんです。」


「手彫りで掘った井戸。4m地下から出ている地下水を、100m上の炊事場までひいています。ここには山から流れる小さな沢があって、オニヤンマやゲンゴロウが生息している。今度はここをキャンプ場に、防災教育の学校にします。」


―――すごいですね、これを人の手でやっちゃうのが。

「人の手で形にできるんだという達成感を味わえる場所なんです。やればできる。特に都会の子はやる前に考えちゃうが、災害時は四の五の考えてられない、やればできると考えるしかないんで。

そして未来に残せることを次の時代を担う若人と一緒に作ること。そして防災でも減災でもなく、「備災」=備える災害という言葉を伝えたい。それは、日常の中でやることが大事だってこと。防災教育ではなく備災教育にもっていきたい。そういう学校づくりを目指しています。まずあと5年で設備をボランティアとともに作っていく。ここに気づきをもって動き出す人も出てきているので。南三陸の力になりたいとボランティアに入ってきた入口はあるが、出口は“自分の命、地域や家族を守ることにつながるんだ”と気づく。森の住人となってここでたくさん吸収して持ち帰るという考え方に変わってきている。この入り口と出口の差はものすごい大事かなと思っています」

災害時の避難所にもなるこの森には、沢の付近で掘った井戸もあり、ピザ窯やかまども、かまどのあるキッチンスペース的な小屋もすべてボランティアの方々が「体験」として作ったものです。その体験を通して水を確保し、燃料を確保する知識を学ぶことができます。また現在は避難小屋も作っている最中ということで、阿部さんは、若い人たちがこうした体験で学んだことを生かしてそれぞれが避難所で「共助」を実践できるようになってほしいと考えています。

いつどこで災害が起きてもおかしくないこの日本で、「備災」=日常から災害に備える、使えるようにしておくことが大切です。

薪を集めてピザ窯に火を入れます。薪を燃やして6000度まで釜土の温度を上げます

ピザ作りに挑戦!


手作りピザの完成!

南三陸『海の見える命の森』、体験プログラムが7月〜9月にかけて開催、現在参加者を募集をしています。

「この夏に学生委員会と連携してやるのが自助共助プログラム。自助の部分は大川小学校の遺族、大川伝承の会にやってもらい、うちは共助の部分をやります。1泊2日と2泊3日のコースを7月から9月まで10回くらい開催。これには100名くらいの申し込みが来ています。コロナ禍でも来やすいことを追求して、仙台駅からホテル観洋のシャトルで来れる。大川小学校もアクセスは難しいところを、プログラムの中でチャーターバスで行けるので。ぜひ参加いただけたらと思います。」


海の見える命の森 公式サイト
https://umimori2011.wixsite.com/mysite

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