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22.05.26
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東北が教えてくれた、自然とともに生きる知恵


私たちは、ひとたび災害が起こると、電気・ガス・水が使えず、あたりまえの生活が成り立たなくなる経験をしてきました。食べ物も、生活インフラも全て、なにかに依存している状況は変わりません。その一方で、東日本大震災のあの渦中でも柔軟に、しなやかに対応できる人たちがいました。
それが、『自然と共存する知恵と技を持つ人達』です。

今回は、東日本大震災直後にボランティアで被災地入りし、そんな「自然と共存する知恵を持つ人達」を目の当たりにした、地域社会の課題解決/地域創生をテーマに研究や支援活動をされている日本総研の井上岳一さんをスタジオにお招きし、お話を伺いました。

◆◆

―――井上さんのお仕事ですが、「地域社会」が持続可能なものになるためにはどうしたらいいのか考え続けて、政府や行政、企業にも様々なアドバイスをされている?

「僕はずっと森のことやっていたんですけど、森ってやっぱり、お金にならないからどんどん捨てられていっているんですよね。東北っていうのも、すごく自然は豊かなんだけど、経済的には結構難しくなってたところもあって、結構東北の地域をどういう風にしていけば経済が良くなるかってことを、震災前から考えていました。」

―――東日本大震災直後、井上さんは宮城県石巻市にボランティアに入られて、その後の活動にも大きな影響を与えることを目の当たりにしたということなんですが、この石巻での出来事教えていただけますか?

「当時、4月だったので、まだ寒かったです。被災地に行って僕が一番最初にびっくりしたのは、トイレってすごい問題になるんだって。結局インフラが壊れるからトイレ流せない。だから、もう汚物だらけになっていて。水が使えない、トイレが使えないのがすごく大変な問題になるんだと思ったんですよね。市街地は。その後、あるボランティア団体から、道路が分断されてズタズタになった孤立集落になっているところがあったと。自衛隊が道を通したから、そこ物資を持って行ってと言われ、行きました。牡鹿半島だったかな、の集落に行って。そこも、全部、集落が流され、高台に残ってる集会所みたいなところに皆さんが集まっていたんですけれども、びっくりしたのは、裏山からね、沢が水が湧いているじゃないですか。山だから。そこからパイプみたいのを繋げて手作りの水道作って、簡易水道を漁師のおじさんたちが作って、水を引いてきて。だからまず、水があるんですよね。トイレは、人数も少ないし山も土も海もあるってことで、そこに流せばいいので、清潔だった。で、一番びっくりしたのは、お風呂作ってたんですよ。」

―――震災後一ヶ月とかですよね。

「震災後一ヶ月です。ほんとちょうど震災後一ヶ月です。養殖の生簀みたいなのがあったので、漁師たちなので、そこに裏山から引いてきた水を溜めて、あの地域はプロパンだったりするのでプロパンで炊けるしってことで直結して、お湯が出て、水があってお風呂があって。毎日お風呂入っててすごい、石巻の人たち2週間に1回しか入れないみたいに言ってた中で。だからやっぱり田舎の方が、田舎って言い方はアレですけど、そういう自然の恵みを生かして生きてきた地域の方がやっぱり、いざという時に強いんだってのがすごいあって、ここから新しい日本って始まる気がするよねって言うのをボランティアの人たちと熱く語り合ったのをすごく覚えてて。」

―――今のご時世にすごく響く言葉だなって思いますけど。全部の地域がきっとそうではなかったんだなって思うと自然からの恵みをいただく知恵とかだけじゃなくて、そこで暮らす人たちの繋がりもないと、実現しないものですか?

「そうですね。昔『イントゥ・ザ・ワイルド』っていう映画があって、それはアメリカの実話なんです。
本当に人間嫌いの子で、結構優秀な大学入ったんだけど、人間社会が嫌だと、アラスカの大地に一人で行きましたと。彼はサバイバルの技術がなかったので、最後、餓死してしまうんですよ。アラスカの大地の中で。結局、一生懸命、獣殺してみたけど、肉を捌いても保存する技術がないからすぐ腐らせちゃったりとか、でお腹下しちゃったりして。薬草だと思って食べて、また酷くなっちゃったりとか、そういうこと繰り返して最後に亡くなるんです。」

「最後に、彼が日記に残してた言葉が「Happiness only real when shared.」っていう、要するに幸福というのは人と分かち合って初めてリアルなものになるんだって。確かに生きていくだけだったら彼がサバイバルの技術があれば、アラスカの大地で生きていけたかもしれないけど、彼は餓死したってのもあるけど、寂しくて死んでいったんですよね。
だから「Happiness only real when shared.」は、凄く人の繋がりっていうか。人間って「人」の「間」って書くけども、人と人が繋がって初めてやっぱり幸福でいられるのかなって思うと、自然は大事。でも僕たちは猿じゃないから、自然を生かしながらも人のつながりってのもある。あったらいいのかなぁと。でも逆に一方で都会にいると、「人の繋がりがあればいいよね」っていうけど、人の繋がりだけだと、いざという時、本当に災害が起こった時とか、東京とか大変なことになっちゃうと思う。水もない中で何を分け合うのと。だから自然との繋がりも大事ってことなのかなって。あともう一つ言えば、死んだ方との繋がりというか、ご先祖さまというか。結局、歴史であったり、昔そこに暮らしてきた方達が、いろんなものを築きあげてくれたから今があるわけだし、そういうものも意識して生きていくのが、たぶん人間が安定して生きていく上で大事なのかなってことを震災後、僕はいろんな人たちを見たりする中で凄く感じるようになりましたよね。」

―――この番組では、震災以降に生まれた東北の魅力を発信する様々なビジネス、プロジェクトを取材してきました。特に印象深いのは、震災後に移住してきた人、そして若い世代の活躍が本当に目立つなぁと私感じたんですけど井上さんはこれについてどう考えていますか。

「東北もそうだし、いろんなところ行きますけど、震災をきっかけに移住した人がとても多いんですよね。特に35歳以下くらいの人たちが多くて。なんで35歳以下かっていうと、震災の時に20代前半以下ってことなんですよ。要するに大学いましたとか、学校を出てすぐですとか。そういう時って皆さん、すぐボランティア行けたりするので20代前半の柔らかいうちに震災を経験した人たちは、もう今までのやり方じゃないよねっていうことを気づかれた方達が凄く多いなと思ってて、この方達が本当に面白いことをする。いろんな地域でいろんなことをされている。東北大学で教えてた時期があって。それも被災地の被災三県の経営者か、経営者の二代目だけが入れる学校、プログラムがあって。もう本当にイノベーターがいっぱいいて、みんな面白かったんだけど凄く印象深いビジネスとしては『サムライアロハ』」

―――サムライアロハ?

「昔、ハワイに日本人がいっぱい行ったんですよね。日本人が、着物を持っていくんですよ。だけど着物なんて、当然ハワイ常夏の国なんで着ないから、みんなシャツを着てる。でもシャツを持ってない。だから着物を解いてシャツに仕立てたのがアロハの最初だって言われてて。
『サムライアロハ』をやってる櫻井鉄矢くんって子が、東北、仙台だったんですけど東京に出てずっとビジネスをやってて、東京すごくうまくお金も回ってたんですけど、家が全部流されて実家がね。それで、大変だってことで東京のビジネス畳んで仙台戻ってきましたと。それで皆さんタンスに眠ってる着物があるじゃないですか。これを集めて、解いてシャツに仕立てて、それで売るっていう。で、それを縫ったりするのを被災地の女性の方々とかにやってもらうという。だから被災された方達から着物を集めて、それをまた縫って。これが、ネットビジネスとかで売っているんですけど。海外で凄く売れてて。
その、櫻井くんがいいなぁと思ったのは彼が、東京にいた間は常に不安だったと。常に失敗したらどうしよう。お金がなくなったらどうしようと不安だったと。でも東北に帰ってきて、自分のためにビジネスやるのをやめようって決めたっていうんですね。地域のためにビジネスやるって決めたって。そしたら、怖いものがなくなりましたって言ってて。なんで?って聞いたら、「いやだって自分のためじゃないから別に、しかも被災地で、東北でやるって失敗して当たり前だら、別に失敗が怖くなくなったんですよね」って。彼がやってること、本当にうまくいってるんですよね。色んなことやってるんですけどね。」

「だから、自分のためじゃなくて、人のためって覚悟を決めた瞬間に怖いものがなくなるっていうのは凄く、僕にとっても刺さった言葉ですよね。あと、あんな一生懸命作ったテレビも車も全部、瓦礫になっているのを見たらなんか僕らが作って売ってお金稼ぐってなんだろうって、いうそういう価値観にもなるしね。だから本当に人にとって必要なものってなんだろう、みたいなことを考えさせられた子が多かっただろうし、そういう人たちが始めたビジネスってのが凄く面白くなってるのかなって思いますね。」

―――確かに、東北行くとそういうことも、すごい考えさせられますけど、井上さんはどうですか?

「岡本太郎っているでしょ。あの人ってパリに留学して、1950年くらいに日本に帰ってくるんですけど、それで東北旅行するんですよ。縄文土器と出会ったり、ものすごい縄文的な文化とか、近代以前のものに出会って、凄くそれに衝撃を受けて。彼は沖縄と東北に出会うことで価値観が変わるわけ。だからそういう日本の古代の基礎、日本人のベースにあるようなものって日本列島の本当に基層にあるようなものっていうのが東北にはあって、それが信仰の形に現れ、神様の形に表れ、色んな文化に残っていたり。そういうのが面白いので、東北って入っていけば行くほど奥深さがあってどこも面白いなって思うんです。とはいえ、今でも東北に通ってるのは、そういう文化の面白さもあるし、食べ物が美味しいってのもあるけど、人で、東北に通うようになって凄く学んだことは、観光って結局、人なんだって思って。
東北であの、ボランティア入った人たちが何度も東北に通ってるのは、結局そこで関係が出来たおばちゃんとかおじちゃんとか、いろんなお友達になった人たちが、いつ行っても「おかえり」って言ってくれるから、そこはグルメはなくても、綺麗な風景はなくても、その人だけに会いに四半期ごとに、季節が変わるたびに、あの人どうしてるかなって言って、会いたくなる、みたいなあるじゃないですか。そうやって通ってくる人たちが多かったので、人と人の関係を旅先で作る。それが、観光戦略っていうか、一番大切なことなんだなって思いましたね。」

日本総研 公式サイト


来週は、宮城県仙台市沿岸部にオープンしたばかり、賑わいをみせている温泉、スイーツ・ベーカリー・レストラン、マルシェが入った複合施設「アクアイグニス仙台」のレポートです! ぜひ、お聴きください。

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