
「帰宅困難者問題」震度6強〜7のシミュレーションで見えてきた課題

今回は東京・大阪など大都市で働く人の多くが関わるリスク、「帰宅困難」について改めて考えます。帰宅困難というと、「歩いて何時間もかけて帰る」とイメージされる方もいると思いますが、震度6強〜7の地震が起きた場合、大都市ならではの様々な問題が顕在化すると想定されています。
お話を伺ったのは、大都市部の避難について、ソフトハード両面から研究を進める東京大学 先端科学技術研究センター教授 廣井悠さん。
廣井さんは、大都市で震度6強〜7の地震が発生したときのシミュレーションを元に、このように説明します。
東日本大震災の再現を試みたケース(歩道,発災から1時間後)
「一言で言うと「帰宅困難者の発生」は本当に多様性がある、バラエティに富んでいるというのがわかりました。みんなが一斉に帰ったらどこがどれだけ混雑するのかシミュレーションして分かったことは、東日本大震災の時は歩道が混んでいるように見えて、実はあまり混んでいなかったこと。東京は震度5強だったのでメールも微妙に使えたから家族をそこまで心配しなかった。会社も壊れていなかったので、「会社にいる」選択肢が取れたわけです。これだと歩道のネットワークに大きな悪影響はありませんでした。」
首都圏で平日昼間に大規模災害が発生 一斉帰宅ケース(歩道,発災から1時間後)
「ただ、仮に震度6強、7だと、会社が壊れる、家族の安否が分からないとなったら、それはみんなが一斉に帰ってしまい。その場合どうなるかシミュレーションすると、歩道1平方メートルあたり6人、ほぼ電話ボックス1つ分の面積に6人が詰め込まれる“大過密空間”があちこちで発生するという結果になります。つまり歩道の容量を超えて人が集中してしまう。その状態で火の手が上がったり、余震が発生すると、人間心理として「すぐ逃げなきゃ」という気持ちになり、これは非常に危険です。群衆事故のようなことが起きる可能性がある。まさに韓国ソウルのイテウォンとか明石の花火大会のような事故が起きる可能性があるわけです。」
「さらにこのシミュレーションでは、歩道だけでなく車道の状況も計算してみました。東日本大震災の直後、かなりひどい交通渋滞が続いていましたよね。でも、震度6強や7のケースでは、東日本大震災と比べものにならないくらいの大渋滞が長時間起きるんです。」
東日本大震災の再現を試みたケース(車道,発災から1時間後)
一斉帰宅ケース(車道,発災から1時間後)
「その一つの原因が“迎えに行く”という行動なんです。内閣府の調査によると、東日本大震災のとき、だいたい3〜4%の人が帰宅困難者になって迎えに来てもらって帰宅しているんです。もし仮に、一人も迎えに行かなかったらどうなるか計算をしたところ、この大渋滞はかなり緩和されるんです。東日本大震災の時より緩和される。つまり“迎えに行ってはいけない”ということです。」
車で誰も迎えに行かなかったケース(車道,発災から1時間後)
「私はこれを【移動のトリアージ】と呼んでいます。道路空間も“トリアージ”すべき。「帰りたい」「迎えに行きたい」という気持ちは分かるが火を消す方が先。重傷者を災害拠点病院まで運ぶ方が先。そのために、少しの間だけでも道を譲りませんか。そういう意味での「迎えに行かない」「一斉に帰らない」をぜひ理解していただきたいと思います。それを【移動のトリアージ】と呼んでいます。」
トリアージ…災害医療の言葉で、助かる可能性 / 緊急の度合いで、手当をする患者に優先順位をつけること。廣井さんは、トリアージは“移動・交通”にも言えることだとしています。
では、すぐに帰らない為には、どんな備えが必要なんでしょうか。
「まず学校や職場にいる人は、“とどまることのできる空間”をつくることが大事です。食べ物や飲み物、それから家具の転倒防止がされた安全な空間を確保する。そして、ラジオ、携帯トイレ、常備薬みたいなものは自分で準備する必要があります。そういったものを会社内に備えておく必要があります。
もう1つ大事なのが“安否確認”です。たとえば災害用伝言ダイヤル(171)や災害用伝言板など、複数の手段を組み合わせておく。家族や仲間で“事前に”取り決めておくことをおすすめします。
それから、会社が壊れてしまったり、十分な備えができていなかったりする場合、従業員の方はどうすればいいか。ぜひ「一時滞在施設」を知っておいてほしい。一時滞在施設というのは、「行き場のない帰宅困難者」たとえば観光客や買い物客など、企業の従業員と違ってとどまる拠点がない人たちのために行政や企業が善意で開放するスペースのことです。また会社が壊れてしまった人も、行き場を失いますよね。そういう人たちも一時滞在施設を利用できるわけです。ですから“自分が行き場のない帰宅困難者になる”可能性も想定して、一時滞在施設がどこにあるのかを事前に知っておく。そして“いざという時にはそこへ行く”という選択肢があることをぜひ覚えておいていただきたいと思います」
「職場の地域名」(スペース)「一時滞在施設」でいちど確認しておく。また旅先とか出張先でも、いざという時のために調べておくことをおススメします。
例えば東京都は、都内の事業所に対して「一斉帰宅の抑制」を求めています。あくまで努力義務ですが、あなたの職場では備えていますか?
改めて災害で鉄道などがマヒしたときは「一斉に帰らない・迎えに行かない」を心に留めておきましょう。
東京大学大学院 教授の廣井悠さんのお話の続きは、来週お伝えします。
今回ご紹介した「大都市複合災害避難シミュレーション」詳しくはコチラでも見ることができます。
