
令和7年8月豪雨で被災した熊本県玉名市の老舗呉服店「阿波屋」を訪ねて

激甚災害にも指定された8月の記録的な大雨。とくに九州では複数の場所で観測史上1位を更新する降雨量となり、熊本・鹿児島では大雨特別警報が発令。広い範囲で浸水被害、土砂災害が発生しました。
8月10日、12時間でおよそ400ミリの雨が降ったという熊本県、この400ミリという数字は、8月1ヶ月間に降る量の2倍、それが“たった一晩で降った”ということです。この大雨で浸水被害を受けた地域の住民は、“あっというまに水かさが増した”と口を揃えます。
今回取材したのは、この大雨の被害を受けた地域の一つ、熊本県玉名市の老舗呉服店、元禄4年創業「阿波屋」の18代目店主、福冨雅仁さんです。
8月10日の夜から深夜にかけて店内にいたという福冨さんは、眼の前で起きたことを詳しく語ってくれました。
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「たまたま8月11日は家族で“万博に行こうか”という話をしていて、2階で打ち合わせを兼ねてバーベキューをしていたんです。その日は雨がだんだん強くなってきていて、母たちが玉名温泉から帰ってくるなり“今回ちょっと水の量がすごいよ”と。それが夜の9時半ぐらいでした。
外に出てみると、家の目の前にあるアンダーパスに1台、車が突っ込んでいました。それから20分、30分経つにつれ、どんどん水位が増して“これはいつもと違うな”と。それで店の商品は1階にいろいろあるので机の上に上げたんです。道路から店舗までは大体40cmくらいかさ上げしているんですが、その40cmが20分ほどで水に埋まったので“これでも危ないな”と思い、机の上に上げた荷物を2階に上げました。最終的には水位は90cmくらいまで行きました。それが11日の夜中の2時ぐらい。
以前、人吉の水害ボランティアに入っていたことがあって、その時の経験があったので、ある程度冷静に対処はできたのかなと思います。

12日から復旧作業を始めまして、たまたまその時に大工をしている友達が来てくれて、“申し訳ないけど君のところお願いするから”と、段取りをつけてもらいました。そこから大体1か月半で、なんとか店が再オープンする段取りができました。商品被害は、概算で300〜500万円ほど。とくに自然染料で染めた着物が2日間水に浸かり、色が真っ白になってしまいました。手をかけて染めてもらった着物が真っ白になっているのを見ると何とも言えない。振り袖などレンタル商品も、お客様にとっては一生の記念に残る写真に使われるもの。それが失われてしまったのは本当にショックでした。うちの姉が着た振袖もレンタルで置いていたが、それも今回被災して使い物にならなくなってしまい、胸が痛かったです。
ただ今回、地域のクリーニング屋さんからいち早く連絡をいただいて、“被災した品物は全部無償で洗います”と申し出ていただきました。通常なら50万円以上かかる量の洗浄をすべて無償で対応してくださいました。その中には復活できたものもありますし全く商品にならないものもあります。復活したものは「リボーン品」として価格を下げて半額などで提供しています。復活できなかった商品は、小物を作る業者さんなどに提供して二次活用・三次活用をしていきたいと思っています。

ここは松木という土地で、今の場所に移って大体34年ほどになりますが、ここまでひどいのは初めてでした。今までの常識が非常識になった、そんな世の中になったのだと改めて感じました。短時間で降りすぎたことで排水が追いつかなかったのが今回の被害の大きな要因です。これからはどこの場所でも、こうした短期集中の急激な雨は増えていくと思います。だからこそ皆さんも“災害の時どこに逃げるのか”、“どのタイミングで避難するのか”を真剣に考えておかなければいけないと今回つくづく思いました。
(ぞっとする写真ですが、流されたお店の木製郵便受けを回収しに行った時の福冨さんです)
“この場所で34年やっているが、ここまでひどい雨は初めて。今までの常識が非常識になった”という言葉を重く受け止めたいと思います。ほとんどの市街地は1時間当たりの降水量50ミリに対応する街づくりがなされていますが、今はそれを超える雨が各地で毎年のように降り、こうして被害をもたらしています。
福冨さんは、「お店の前は、道路の反対側より低い(水が集まりやすい)ことが後で分かった」とも。ハザードマップなどで自分の住んでいる地域のリスクを確認しておくことも重要です。そして今後も水害があることを前提として、浸水を防ぐ「止水板」の導入も検討中とのこと。
また福冨さんは、安全を確認したうえで、浸水していく様子をスマホで録画していました。これは事後に被害を申請するために必要と考えてのことでした。
様々な支援もあって「阿波屋」は仮設店舗で営業を再開し、10月には復旧を終えリニューアルオープン、すでに営業を再開しています。かき入れ時となる1月の成人の日になんとか間にあいました。
「阿波屋」
