ナゼ、なぜ、何故橙愛

第2話

次の日も変わらずだった。

「もぉ、ムリ―……」
翔愛(とあ)は机に突っ伏した。
勉強を始めてから丁度2時間。
「なんかもう……。どーでもよくなってきちゃった」
部屋を見回す。
数え切れないほどの『クエスチョンズ』のポスターが壁に貼ってある。
「あのポスターは確かにお気に入りだったけど……。でもあれ1枚ぐらい落書きだらけでも……」
〝どうってことはない〟
そう考えてはやる気がなくなってくる。
「もう眠いんだよな……。寝ちゃおうかな?」
翔愛は無造作にノートを閉じると、冷えた足を撫でながら布団に潜り、目を閉じた。

今日はぴったり2時間しか勉強をすることができなかった。
なのでポスターには2つ、落書きが付け足された。

「学校めんど……」
翌朝、翔愛は朝支度を済ませ、鞄を背負いながら呟いていた。
いつも思う。
学校ってあまり楽しいことがない。強いて言うなら……、休み時間くらい? と。
でも今日は。
夜、テレビで『クエスチョンズ』の番組をやる。
それを〝学校行ってくれば観られる!〟と考えると、学校もまぁいいかな、と思えてくる。
そして学校へ行く寸前、いつもの日課。
『クエスチョンズ』のポスターに挨拶。
「今日も行ってきます! テレビ、絶対観るからねー。バイバイ」
翔愛は挨拶を済ませ、足を踏み出した。
その時、何かちょっとした違和感を感じた。
何か変? でも……。気のせいかな?
少し急いでいたこともあり、翔愛はポスターをあまりちゃんとは見なかった。

「翔愛っ! 勉強は順調?」
教室の机でウトウト状態だった翔愛は、和羽(かずは)の声で起こされた。
「んあ、えー……。まぁまぁかな」
「そっか。翔愛、昨夜、2時間サボったでしょ? だから今、ポスターには三個、落書きしてあるよ」
「そう……」
授業が始まるまでまだあと5分残っている。
短いけど、少しはウトウトできるかな?
そう考えた翔愛は、和羽に後頭部を向けて頭を机につけた。
でもなんか気になる。
和羽がポスターにどんな落書きをしたのか。
それを聞こうと翔愛が顔を上けると、まだ和羽はそこにいた。
「うん? 何?」
 和羽は翔愛と目が合うと、ニコッと笑って尋ねてきた。
翔愛も少し笑って尋ねてみた。
「いや、あのさ、落書きってどんな落書きしたの?」
すると和羽は、少しおかしそうに笑って答えた。
「梅井くんには鼻毛、大原くんには長いまつげ。あと、柳葉くんの眉毛は極太になってるよ! まだ3人だけだけど、案外似合っていたりして、面白かった!」
「そうなんだ……」
翔愛は、思い出し笑いを必死で堪えている和羽に苦笑しながら、考えた。
まだ無事なのは2人。
もしこのままサボったら、和羽は何を落書きするかな?
無精ヒゲとか?
鼻血とか?
鼻水とか?
実際落書きされているメンバーを想像すると、翔愛も笑いそうになる。
ていうか、笑ってしまう。

この時、翔愛は落書きのことをまだあまり重く考えてはいなかった。
「でも翔愛、どーするの? このままじゃ、この落書きの意味ないよ。私がどんなに落書きしても、翔愛が嫌がらなければ何も」
「大丈夫、大丈夫。今はちょっと疲れてるだけ。ほら、明後日は土日で休日だし、そこで挽回すればいいんだよっ!」
「……翔愛がそれでいいなら、別にいいけど」
 翔愛は心なしか、下を向いた和羽が少しニヤリとしたような気がした。
「和……羽……?」
 不思議に思った翔愛が確かめようとすると、
「あ、そうそう」
 その言葉を遮って和羽が話し始めた。
「私、引っ越すから」
「え?」
「東京の方に引っ越すんだ。受験に合格できたらね」
「……どーゆうこと?」
「私、将来、弁護士になりたいって言ってたでしょ? 多分翔愛も解ってると思うけど、その夢叶えるためにはもっと難しい高校に行かなきゃいけないの。だから今、必死に勉強してるんだけど、私は受験でそっちの難しい高校を受けて、受かったら通学のためにも引っ越さなくちゃいけないの」
「うん……」
「まぁ、まだ結構先のことだし、お別れを悲しむ必要もまだあんまないんだけどね」
その時、授業が始まる合図のチャイムが鳴る。
和羽も他の生徒も、みんな一斉に自分の席に着く。
そして先生が教室に入ってくると、ざわついていた教室が静かになる。
「あ、因みに……」
チョークを手に取り、黒板に文字を書こうとした先生の手が止まった。
「今日休んだ山崎と戸田はインフルエンザだそうだ。みんなしっかり予防して、これ以上インフルエンザが増えないようにしろよ」
 再びざわめく教室。
「ヤバ、あたし席近いじゃん!」
「つか、2人ともなの?」
「もっと増えたら学級閉鎖になるかなー?」
みんな、嫌な顔をしたり、少し嬉しそうだったり、バラバラだ。
でも翔愛には、そんなことどうでもいい。
そんなことより、和羽が引っ越しちゃうこと。
そっちの方が頭にある。
お別れまであと8ヶ月くらいあるが、今からでもやっぱり寂しくなってくる。
「うー……っ」
先生は授業を始めたけど、頭に全く入ってこないや……。
つか何、今気付いたけど、和羽ってもう受験に向けてそんなに勉強したりいろいろ決めたりしてるの!?
ていうか……和羽だけじゃなくて、他のみんなもそうなのかな?
もしそうなら……あたしは遅れてる?
てかそうこう考えてるうちに授業どんどん進んじゃってるし……。
もうどうしたらいいか分かんないよ……。
自分が遅れていることにやっと気付いた翔愛は、結局どうしたらいいのか分からないまま、授業を終えた。

「ただいまー」
翔愛は自分の部屋にダルそうに歩いていき、ドサッと鞄を下ろした。
「はぁぁぁ……」
 ベッドに横になる。
「『クエスチョンズ』……」
ふとポスターが目に入り、今朝の違和感を思い出した翔愛は、重い体を起こしてポスターに近寄った。
そしてポスターをよく見てみる。
「……あぁっ!」
大原くん……まつげ、長っ!
しかも梅井くん……鼻毛出ちゃってない?
それだけじゃない……。
柳葉くん……眉毛太くない!?
「昨日までこんなのあったっけ? ていうか、アイドルにこんなのあっていいのー?」
少し冗談気味にポスターに問いかける。
その時、あることに気付いた。
「あれ……ちょっと待って……」
デジャブ?
この光景……どっかで見たことあるような……。
「あっ!」
今日の授業と授業の間の光景。
確か和羽は、梅井くんに鼻毛、大原くんに長いまつげ、柳葉くんには太い眉毛を落書きしたって……。
 でも、まさかぁ……。
翔愛はふと浮かんだ考えを「ありえない」と自分で否定してしまった。
「……まぁいいや、テレビ見てこよーっ」
 翔愛はリビングに向かい、テレビをつけた。
テレビ画面の中で『クエスチョンズ』のメンバーがキラキラ輝いている。
「やっぱりカッコイイなぁ……。やっぱ『クエスチョンズ』はあたしの王子様だよ」
 そのとき、メンバーの一人、柳葉の顔がアップになった。
 キラキラアイドルスマイル。
「キャーッ! かっこよすぎー! だけど、あれ?」
眉毛、太くない?
せっかくのカッコイイアイドルスマイルも台無しだぁ……。
いつもの柳葉くんの笑顔は、明るくって元気で弾けてて。
でもなんか、眉毛が太いと……違和感ありすぎ!
あんまりかっこよくないなぁ……。
っていうか。
そんなことより、ポスターとテレビの柳葉くんが同じように眉毛が太いってどういうこと!?
よく見ると、桃井くんも大原くんもポスターと同じ顔。
鼻毛とまつげ!
なんで同じなの?
ポスター撮影した日と番組を収録した日が近かったの?
でも普通、まつげはなくとも、鼻毛とか出てたら編集で消すでしょ?
それなのに、どうなってるの?
なんかわっけわからない!
番組を見る気がすっかり失せてしまった翔愛は、番組の途中でテレビを消し、部屋に戻った。
そして例のポスターを見る。
ふと隣のポスターが気になり、目をやってみると、
「……はぁ!?」
なんとそのポスター内の桃井、大原、柳葉も、鼻毛、ロングまつげ、太い眉毛になっている。
それだけではない。
他のポスターを見てみると、どのポスターもみんなそうなっているではないか。
「なんでっ!? この前まではなかったのに!」
翔愛は1枚1枚確認してみた。
やはり、どのポスターもみんなそうになっていた。
「なんでなの!? 和羽……」
 翔愛は携帯を持っていないため、家の電話の子機を手に取りボタンを押した。
和羽の携帯電話番号は暗記している。
プルルルル――。
『はい』
「あ、もしもし和羽!?」
『うん、そうだけど。どうしたの?』
「どうしたもこーもない! 和羽、何やってんの!?」
『何やってるって……勉強だけど?』
「そうじゃない! あたしが預けたポスターにだよ!」
『え……普通に落書きを』
「そんなわけない! 普通に、じゃないでしょ!」
『なんで?』
「だって、今朝、桃井くんには鼻毛で、大原くんには長いまつげで、柳葉くんには太い眉毛を落書きしたって言ってたでしょ!」
『うん。』
「それが、他のポスターにもそうなってるの! しかもそれだけじゃなくて、テレビに出てる、本人たちにもそうなってるの!」
『……で?』
「『で?』じゃないよ! 和羽、普通に落書きしたって言ってるけど、それは絶対おかしい! 本当は〝普通の落書き〟ではないでしょ! なんかしてるでしょ! ねぇ、何やってるの?教えてよっ」
翔愛は真実を知りたい一心で、喋り方に熱が入る。
でも、電話越しに和羽は笑っていた。
『クスッ、何やってるの? って何もやってないよ。落書きしただけ。だって考えてみてよ。じゃあ逆に翔愛は、私が何をしたと思っているの? 何をどんな風にしたら、そんなことが可能になるわけ?』
「え、それは……」
『わからないんでしょ? 私が落書きして、それが実際にそうなるなんてありえないでしょ。どうしたらそうなるわけ? 逆に私も知りたいよ。』
「じゃあ、アレは……」
『んふ。それはわからないけど。ねぇ翔愛、元の『クエスチョンズ』に戻す方法、教えてあげようか』
「え……?」
『だって、それが本当に落書きと関係あるのならさ……。翔愛、私、あなたになんて言った? 落書きを消す方法』
「え……んーと……。目標時間以上勉強すれば消してくれるって……」
『でしょ。じゃあ、勉強すればいいじゃん。この落書きと関係あるなら、私が落書きを消せばいいんでしょ。でもそれじゃあ、約束とは違うから、約束通り、目標時間以上勉強すれば、落書き消してあげるよ。そうしたら、本人たちの鼻毛とか消える、かも!』
「あ……そっか! そうだよね、ありがとう和羽!」
『いえいえ……、頑張ってね』
「うん!」
 プツ――。
電話を切った翔愛はニコニコしていた。
結局なんでそうなったかはわからないけど、解決方法は教えてもらった。
頑張らなくちゃ。
一方そのころ、電話を切った和羽は、「……単純」と呟いていた。

夕飯を食べ、風呂にも入った翔愛は、勉強をするため、机の椅子を引いて腰をかける。
「よし、やるぞ……!」
筆箱からお気に入りのシャーペンを取り出し、握りしめた翔愛は、教科書などを見ながら問題集を解き始めた。
2時間40分経過。
「これをこうやれば答えに近づくから……。ふわぁぁぁぁ……」
翔愛は大きなアクビをした。
実は最近、寝不足なのだ。
もちろんそれは、勉強してたからではないが。
それから10分後。
「あれ、答えが違った……。うノヤバイ……寝そ……う……」
ボソボソ呟きながら、翔愛は寝てしまった。

2時間50分。
目標時間まで、1時間10分。
落書き1つ追加。
残念ながら翔愛は、今日は『クエスチョンズ』を救うことが出来なかった。

「とーあっ! 残念だったね! 『クエスチョンズ』をあなたは救うことができなかった。残念でした! ……残念だけどね、あなたは『クエスチョンズ』を救うことは一生できないの。なんでか知ってる? だって『クエスチョンズ』は……私が操ってるから。『クエスチョンズ』は私が動かしてるの。だから翔愛は何もできない。なのにあなたは頑張るから、無駄に、頑張るから。私の手のひらの上でただ転がって転がって。コロコロコロコロ。そーんなの頑張らなくてもいいのに。結局、ダメなんだから」
 ニヤリと笑い、淡々と喋る和羽。
翔愛はただ呆然とするしかなかった。

ガバッ――。
翔愛は目を覚ました。
「……夢、だったの?」
 時間は6:10。
 ここは……机だぁ。
 寝てしまったのか。
 周りにはノートや問題集、参考書が広げられたまま、少しクシャクシャになっていた。
 夢だったけど……。
 和羽が言っていた事って……。
 まだはっきり覚えている。
 和羽が夢の中で言っていたこと。
 あの意味は?
 ただの夢だった、ってことだけでいいの?

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第2話ナゼ、なぜ、何故

蒼き賞
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