今年で63歳を迎えたスティーヴ・ウィンウッド。ボーカリスト、オルガンプレーヤー、そしてギタリスト、様々な顔をもったアーティストですが、彼の音楽歴はとても長く、10代初めには既に、父のジャズバンドの一員としてステージに立っていました。13歳で兄のバンドでリード・シンガーとなり、B.B.キングやチャック・ベリー、ボ・ディドリーなど、大御所のバックで、ハモンドオルガンやギターを演奏するほどの腕前を披露。そして、15歳という若さで、スペンサー・デイヴィス・グループに参加し、ソウルフルなルガンの演奏、そして彼の歌声は人々の心をつかみブリティッシュ・ロックの黄金期ともいわれる時代を築いてきます。
スペンサー・デイヴィス・グループの「KEEP ON RUNNING」。この曲がイギリスでNO.1を獲得すると、世界中から、極上のリズム&ブルースがイギリスから誕生したと注目されます。イギリスでは、出す曲出す曲がヒットチャートに上がり多くのコピーバンドが生まれたほどでした。そしてスティーヴ・ウィンウッドの歌声が、世界中のラジオから流れたのが、「GIMME SOME LOVIN’」だったのです。しかし、レコード会社とのがんじがらめのレコーディングにツアー、キャンペーンと厳しいスケジュールを過ごすうち、自分はもっと大きな舞台を目指そうと19歳でザ・スペンサー・デイヴィス・グループを脱退。そして、1967年、同じような志を持つメンバーと共に、トラフィックを結成します。彼らは田舎にこもって共同生活をしながら曲作りに励みました。シタールやハープコードを使ったサイケデリックな要素も加わり、意欲的な音楽制作を続けて行きます。中でも、彼の代表曲とも言われる「DEAR MR.FANTASY」は歴史的な代表作として、彼の代名詞ともいえる曲となっていきます。