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THE ONE 音楽界の偉人を毎週1人ピックアップ。アーティストの持つ世界をみつめます

2010年1月10日(日)
aiko
「三国駅」
aiko
三国駅 / aiko
年末もテレビでのライブ番組で、元気な姿を見てくれたアイコさん。去年の10月からスタートしている全国ツアーも、1月7日から再びスタートしています。彼女が繰り広げるライブ・パフォーマンスには、実は、二つのスタイルがあります。現在行われている「LOVE LIKE POP」という客席の用意された会場でのライブと、スタンディングで大いに盛り上がる「LOVE LIKE ROCK」というライブ。これは、ファンの方ならご存知でしょう。ライブを楽しんでほしい、喜んで欲しいという気持ちから、一緒に大騒ぎして楽しめるスタンディング・スタイルのライブと、座席でじっくり曲の世界に浸れるホール・スタイルのライブが組まれることになったそうです。
大阪生まれの彼女。幼いころは、よく熱を出す体の弱い子だったそうです。そんな彼女がピアノを始めたのは、3歳の時。好きなものはなんでも与えてくれた両親でしたが、しつけも厳しく、一度始めたら、きちんとした理由がない限り、やめられないという家庭でした。そんな彼女は小学校4年生のころ、両親の事情から、親戚の家で暮らすことになります。高校卒業するまでの8年間。多感な時期を複雑な環境で過ごしてきた彼女にとって、居場所を作ってくれたのは、大好きな友達と、ラジオでした。自分の気持ちに素直になれない彼女の話を聞いてくれて、涙する親友。家の外に居場所を探すのではなく、自分の部屋でラジオを聴くことで癒されているさみしさ。そんな彼女が一番楽しかったという学生時代は、高校にありました。当時の親友とは、老後もしも一人だったら、みんなでマンションを買って住もうね。というくらい仲好しなんだそうです。
勉強は好きではなかったけど、音楽は学年トップ。高校時代にバンドを始め、少年ナイフやミスター・チルドレンなどのコピーに励む。そんな彼女が大学進学を目指したのは、高校三年の6月。父親に「音大じゃないと行かせない」と言われてから猛勉強。音楽の先生にも「逆立ちしても入れない」と言われたそうですが無事、大阪音楽短期大学ポピュラーボーカル学科に合格。
この進学をきっかけに、一人暮らしを希望するも、親戚は「危ないから」と猛反対。「これは家族の問題だから」と、ばらばらになっていた家族が、8年ぶりに再会して相談したんだそうです。始終うつむきがちな彼女に、母親がそっと差し出した封筒には、彼女のために母が積み立てていたお金が入っていたそうです。
「アイツを振り向かせる方法」
aiko
アイツを振り向かせる方法 / aiko
離れていても、その人を想う気持ちに支えられている。
これを機にソロ活動を始め、生まれて初めて作った曲でコンテストに優勝。この受賞式で、ある人との出会いがまっていました。
この曲を歌ったコンテストの授賞式で、彼女はたまたま見に来ていたエフエム大阪のプロデューサーに声をかけられます。
「ラジオのオーディションに参加してみないか」と。
言われるがまま、彼女はラジオのオーディションに参加。次の日には、番組が決まっていたそうです。初めてのラジオ番組は、日曜日の深夜3時〜5時までのカウント・ダウン番組。初めてのラジオにして、一人喋りと、最初は、泣きながらの収録だったそうですが、幼いころから親しんできたラジオだけに、徐々に楽しくなり、生放送に。さらに、様々なアーティストに出会えたことで勉強になり、そしてなによりも、歌手になりたいという思いをリスナーとともに共有し、応援してもらえたことが彼女にとって、前に進む原動力となっていきます。
「あした」
aiko
あした / aiko
短大卒業後もラジオの仕事は続け、1996年に受けたコンテストで、優秀賞を受賞します。この受賞でプロとしての契約を交わしますが、当初は短い契約での作品作りでした。そんな毎日を送る中、コンテストを見たというある人物から、連絡をもらいます。それが、本格的な活動を始めるきっかけとなった事務所だったのです。
すでに契約のあるアーティストを勧誘するのは、ミュージシャンにとっても、その事務所にとってもリスクの大きなこと。それを知った上で事務所の社長は、定期的に連絡をしては、「曲を書いてますか」と、励ましの電話をしていたそうです。
そして、契約が切れた次の日。社長から初めて「CDを作りませんか」と勧誘の電話をもらいます。そうです、彼は、彼女の契約が切れるのを待ち続けていたのです。そこから、社長とアイコさんの快進撃が始まります。
デビュー前に、ラジオのDJとして活躍していたアイコさん。
念願のメジャー・デビューを果たした時には、ラジオで報告したそうです。彼女がDJをしていたエフエム大阪でも局をあげてのパワー・プレイが決まり、その後の活躍は皆さんも知っての通りです。
「ラジオ局が無かったら、きっと今の私は無かった」そういうアイコさん。一瞬一瞬を大切に、歌を聞いてくれる人のことを思って唄う。だからこそ、彼女の歌は、聴く人それぞれの思い出とともに、心に残るのではないでしょうか?
今夜は、アイコさんをピックアップしました。

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