2022年3月20日

須賀敦子
『トリエステの坂道』
(白水Uブックス)

黒い屋根が続く旧市街とその向こうに広がるアドリア海。美しいトリエステの町で、生前サバは古書を扱う書店を営んでいました。店名は「ふたつの世界の書店」。読みすすめていくと、この店名がエッセイ集「トリエステの坂道」の大きなテーマだと気づきます。トリエステは、かつてオーストリア領だったため、ウィーン文化が混在する「ふたつの世界」を持った町。またエッセイ「電車道」に出てくるイヴァーナは、父親がロシア戦線に送られ、捕虜になった時に知り合ったロシア女性との間に生まれた少女です。長い歴史を超える中で、町の文化にも人の心にも様々な世界が混在しています。だからこそ世の中は混沌とし、でもだからこそそれぞれが抱える「ふたつの世界」を認め合うことが大切。今あらためてこのエッセイ集を読むとそんなことも感じます。

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