MURAKAMI RADIO
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村上RADIO~秋の夜長は村上ソングズで~

村上RADIO~秋の夜長は村上ソングズで~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今回が2度目の放送になります。一度だけじゃなくてもっと続けてほしいという要望が多くて、こうしてもう一度やることになりました。またお目にかかれてうれしいです。
今回は特にこれというテーマはありません。僕の部屋から聴いてもらいたい曲をひと抱え持ってきました。他の番組ではあまり聴けない曲をかけちゃおうというのがうちの基本方針です。秋の夜長をゆっくり楽しんでもらえればと思います。
この前の放送で一つ間違えたことを言いました。ドナルド・フェイゲンがMadison Timeをライブ録音したのが2003年頃だと言いましたが、実際には1991年でした。ずいぶん違いますよね、すみません。お詫びして訂正します。
ただ僕はよく間違えるんです。思い違いとか言い間違いとかしょっちゅうやっています。だからもし何か気が付いたことがあったら言ってきてください。すぐにお詫びして訂正します。
この番組でかかる音楽もいろいろとご意見があると思います。でも、「村上の部屋に遊びに来ちゃったからな」という感じでお付き合いください。
あ、そうそう。今回は意外な登場人物も出てきます。どうぞお楽しみに。
My Way
Aretha Franklin
Rare & Unreleased Recordings From The Golden Reign Of The Queen Of Soul
Rhino Records, Atlantic 2007
第一回の番組で「自分の葬式にかけたい音楽」という質問があって、話の流れでちらっとだけアレサ・フランクリンを流したけど、その後アレサが亡くなってしまいました。その死を悼んで、彼女の歌う「マイ・ウェイ」をここでしっかりかけてみたいと思います。

アレサ・フランクリンのすごいところはすでにある曲を一旦ばらばらに分解して再構築してほとんど違う歌にして歌ってしまうことです。脱構築……設計図をつくってやるんじゃなくて、ほとんど直感でさらっとやってしまう。そんなことができる人はなかなかいません。ほかに思いつくのは、ジャズでいうとビリー・ホリデー、ソウルでいうとオーティス・レディング、レイ・チャールズ、器楽だとチャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、クラシックだとグレン・グールド。みんなとんでもない天才です。特殊な頭の構造を持っているんだと思う。ばらばらにして、組み立て直して、そこに統一感、一貫性がある。普通の人にできることじゃない。バラバラにして再構築するまではできるけど、そこに統一性や一貫性をつくるのは天才じゃないとできない。

アレサのお父さんはC・L・フランクリン(Clarence LaVaughn Franklin)といって説教のうまいことで全国的に有名な牧師でした。
とにかく聴衆がうっとりしちゃう見事な説教をしました。レコードを出していて、レコードが全国でベストセラーになるくらいすごい人で、公民権運動の指導者キング牧師(Martin Luther King, Jr.)とも友人でフランクリン家には彼がしょっちゅう泊まりに来ていたみたいです。アレサの父親はそれくらい有名でした。
説教の前に会場を盛り上げるために、ゴスペルを歌うのが小さいころからのアレサの役目で、アレサの歌のスタイルがそこから自然にできあがっていった。とにかく人の心を打たなきゃいけない、場を盛り上げなきゃいけない。それがアレサの歌の原動力になってます。でも同時にそれは、彼女にとっての心の重荷となり、彼女を苦しませることにもなったんですね。だからアレサ・フランクリンって歌はすごくうまいんだけど、リラックスして歌えないんです。それが彼女の悲劇かもしれません。
天才シンガー、偉大なアレサ・フランクリンのご冥福を祈ります。
Viva Las Vegas
Shawn Colvin
Twin Peaks (Music From The Limited Event Series)
Rhino Records 2017

収録アルバム:
Till The Night Is Gone: A Tribute To Doc Pomus
Forward 1995
エルヴィス・プレスリーの映画主題曲をショーン・コルヴィンがカバーしています。この「ラスべガス万才」というテーマ曲に関していえば、ドク・ポーマスが作曲しただけあって、さすがに出来がいい。この曲のカバーには他にもブルース・スプリングスティーンとかZZトップとかいろいろあって、どれも聴かせるんだけど、このショーン・コルヴィンのカバーが僕の今回のおすすめです。コンテンポラリーフォークの女性歌手がこうしてしっとり歌うと、曲の意外な側面が浮かび上がってきますよね。
エルヴィスは1960年に兵役を終えたあと次々に映画を撮るんですが、GIブルース、ブルーハワイ、ガールズ!ガールズ!ガールズ!あたりまではお気楽なりに映画的にも音楽的にも充実していたんだけど、「アカプルコの海」とか「ラスベガス万才」あたりになるとちょっとだるいなあ感がでてくる。ぼくも高校生のときに映画館でこの映画を観て、もういいかなぁと思った。ちょうどその頃、ビートルズが出現して、ロック・ミュージックの世界で大きな世代交代が持ち上がるわけです。
実を言うと、僕はカバーソングのマニアなので、カバーでちょっと違うテイストで聴きたいなということが多くて、つい集めちゃうんです。カバーの鬼と呼ばれてます(笑)。小説の世界で言えば、芥川龍之介も昔の説話を小説にしていますよね。僕もある種のトリビュートみたいなのはやることはあります。誰でも知ってる有名な小説の部分を換骨奪胎して変えて書くのです。
Whisky
MAROON 5
Red Pill Blues
222 Records 2017
MAROON 5のいちばん新しいCDの中で僕が気にいった曲です。ウィスキー。歌詞を訳してみたので、ちょっと読んでみましょう。

  • 木の葉が散る九月だ。
  • 夜の寒さが彼女を身震いさせる。
  • 僕の上着を着なよと僕は言う。
  • そして彼女の肩にしっかり着せかけてやる。
  • 彼女がキスしてくれるまで、僕はまだ子どもみたいなものだった。
  • 彼女のキスはまるでウィスキーのようだった。
素敵ですね。通過儀礼という感じなのかな、ウィスキーもキスも……。
サーフ・シティ
ダニー飯田とパラダイス・キング
パラキンのヒット・キット・パレード
EMIミュージック・ジャパン 1996(オリジナル盤は1963年)
九重佑三子さんがバックコーラスで「アウーウーウー」とファルセットをやってるんですね。ジャンとディーンの有名なヒット曲の同時代日本語カバー。歌っているのはダニー飯田とパラダイスキング、フィーチャリング九重佑三子。なにしろ日本語の歌詞がいいんです。この訳詞は「みナみカズみ」、安井かずみさんの初期のペンネームです。言葉の感じが60年代ぽくてかっこいい。60年代風に言うとイカしてます。なかでも「僕らの仲間はハンサム揃いさ」というところが僕の好みです。どうやらサーフシティに行くと女の子は「よりどりみどり」みたいですね。
そうですか、猫山さん?
「みゃー」。
あ、猫山さんを紹介しておきます。僕の友達でスタジオに来て隣にいて、ときどき意見を言ってくれます。そうですね?
「にゃーお、はにゃーお」。
まあまあまあ、という感じだそうです。

* If I had a hummer.
ピーター・ポール&マリー

僕も訳詞が好きで結構やってるんですが、「朝からラーメンの歌」という唄える替え歌も作りました(超短編集『夜のくもざる』所収)。「天使のハンマー」のメロディで、ハンマーとメンマを掛けている。くだらないことしてるんだけど(笑)。

天使のハンマー:
If I Had A Hammer (The Hammer Song)
Peter, Paul & Mary
Warner Bros. Records 1962
Left Hand Suzuki Method
Gorillaz
Parlophone 2001
次はゴリラズをかけます。聴いてもらえると由来はわかると思います。その歌手やグループの新譜が出ればとりあえず必ず買うという人たちがいますが、僕にとってはゴリラズがそうです。ずっと好きですね。漫画的というか独特のユーモア感覚があります。 このバンドのバーチャル・メンバーの一人に“ヌードル”と呼ばれる日本人女性メンバーがいて、この人は大阪出身の「軍事秘密兵器」で機密を守るために記憶を消されて、航空便でロンドンに送られてきたんだそうです。小柄なので荷物で送れちゃうんですね。そういうバックグラウンドにすごく長い話があって、アルバムを出すごとに話が少しずつ進んでいくという不思議なバンドです。話し出すときりがないので、いつかちゃんと話しますね。
Get Back
JAHLISA,大西順子
COME TOGETHER―ジャズを抱きしめたい―
Blue Note Records 2000
ビートルズの「ゲットバック」のジャズ版カバー。歌っているのはJAHLISA+大西順子。青山に「Body & Soul」というジャズ・クラブがあって、そこに何度か順子さんを聴きにいきました。一度ピアノの後ろの低い席になったことがあって、演奏がノッてくるとそのお尻がものすごくスウィングするんです。最初は面識がなくてただ聴いてるだけだったけど、何度か通ううちに紹介されて話すようになりました。昔のジャズが熱かったころの魂を持っている人で、妥協がない。うまい人はたくさんいるけど、魂を変わらず持っている人はそんなにいないですね。彼女は、その意味で貴重なミュージシャン。魂をどういうふうに定義するかは難しいけど、聴いて感じるしかない。とにかく、この曲の真ん中で入る大西さんのソロがノリノリで最高。オリジナルのビリー・プレストンなんてあっちいけ!という感じです。

順子さんは何年か引退してピアノを弾いていない時期があったんです(注:今はまた弾いています)。そのころ、最後のライブがあったんだけど、小澤征爾さんが「聴きたい!」というので、厚木のすごく狭い小屋に一緒に行きました。途中で大西さんがステージで「これで引退します」と言ったら、征爾さんが立ち上がって「引退するな!」と。(『小澤征爾さんと音楽の話をする』文庫版にその時の様子が収録されている)
ライブは好きです。実際に行って聴くのが一番いい。僕もまたジャズ・クラブをやりたいですけどね。ピアノを置いて、実際にミュージシャンが演奏できるところ。
The Last Waltz (live)
Engelbert Humperdink
It's All In The Game
Hip-O Records 2001
エンゲルベルト・フンパーディンク「ラスト・ワルツ」。1967年にヒットした有名な曲ですが、今日かけるのは2000年のライブ盤。場所はロンドンのパラディウム劇場です。この曲は途中でフンパーディンクが歌うのをやめて、バックバンドもピタッと演奏をやめて、あとは聴衆の合唱になります。これがなにしろ素晴らしい。人々の熱いフンパーディンク愛が場内に満ちていて、いつ聞いてもいいなあと感心します。

そう、ここでバンドもやめるんだよね。すごいでしょ。ふふふ。
トム・ジョーンズとエンゲルベルト・フンパーディンク。当時、青年のぼくは、もっと熱いものが好きだったから、ああいう演歌調のものはあんまり好きじゃなかったけど。でも最近は寛容になったかな、笑。エンゲルベルト・フンパーディンクは実在するドイツ人の作曲家の名前だし、トム・ジョーンズも同名の小説家がいます。当時、変なやつらが出てきたなと妙に感心しました。でも変な名前ですよね、猫山さん?
「みゃーア」。
やっぱり変だと猫山さんもおっしゃってます(笑)。
ぼくは一人っ子で兄弟もいなかったから、昔から本と音楽と猫が友達だった。国分寺にいるころ、ほんとにお金がなくて暖房もなくてね。猫が2匹ぐらい家にいた。風通しがよくて、冬は寒い一軒家で、猫も寒いんです。だから猫と一緒に絡み合って暖かくして寝てた。うちの猫が近所の友達を連れてくるから、気が付くと布団の中に4匹くらいいることもあってね。でも暖かいから歓迎してみんなで寝てた。お互い助け合って生きてたから。
La Vie En Rose Louis Armstrong
La Vie En Rose Jack Nicholson
(M8は2曲を編集でひとつにしています)
恋愛適齢期 オリジナル・サウンドトラック
Sony Records 2004
ラ・ビアン・ローゼァ……ジャック・ニコルソンが「バラ色の人生」を唄うんですが、これがうまい。さすがに芸達者で本当に感心しちゃいます。最初にルイ・アームストロングがざっと歌って、続けてニコルソンの歌になります。ずいぶん雰囲気が違う。これは二曲とも映画「Something’s Gotta Give」のサントラ版に入っています。ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンが主演していて、日本題は「恋愛適齢期」っていったかな。いいですね、秋ですねぇ。どうですか、猫山さん?
「みゃーお」。
猫山さんも秋だって言ってます。
Early Autumn
Nicolas Montier And Saxomania
Lullaby
Venus Records 2013
クロージングテーマには「アーリー・オータム」、初秋。ウディ・ハーマン楽団の曲で、スタン・ゲッツが絶妙なソロを吹いて、1950年にヒットしました。ここではフランス人の若いテナーサックス奏者ニコラ・モンティエが、ほとんど同じアレンジメントにかぶせてソロをとっています。ゲッツの向こうを張るというか、なかなかしっかり聴かせます。

今日の最後は、スタン・ゲッツの言葉です。
「僕の中には強いバネのようなものがあって、それが僕を無意識のうちに、パーフェクトな音楽の高みにまで、はね飛ばしてくれるんだ。そしてその高みのために、僕は人生の他のすべてを犠牲にしてきた」
美しい音楽は素晴らしいものだけど、その達成の裏には多くの場合、崖っぷちでの危うい魂のせめぎあいがあります。アレサ・フランクリンの場合もそうだったけど、音楽を音楽として楽しむのと同時に、僕らはその裏にあるもののことをやはり忘れてはいけないんでしょうね。


ということで、今日はここまで。
またそのうちにお会いしましょう。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 春樹さんの選曲が素晴らしく、聴きながら色づきはじめた街を歩けば番組がコートになって体を暖めてくれる、そんな気がしました。 マルーン5の「ウィスキー」、春樹さんの訳詩も素敵でした。(延江エグゼクティブプランナー)
  • 「猫山さんを登場させたいんだけど。」その瞬間、やられたなと思いました。まったくどんな頭の中の構造になっているんでしょう。おでこにある一角獣の角の跡も気になります。「秋」「一角獣」そして「アーリー・オータム」。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』をじっくり読み返したい今日この頃です。(構成ヒロコ)
  • 今回の選曲にはテーマは無いと村上春樹さんはおっしゃいますが、よく知っている曲を新鮮に聞かせてくれるカバーバージョンや、新旧の絶妙な曲並び、そしてとても楽しいトークは、秋の夜長を一瞬で過ぎてしまう楽しい時間にしてくれました!第3弾もいまからとても待ち遠しいです!(CADイトー)
  • 「あ、村上RADIOと同じだ」と思いました。10月6日に開かれたNew Yorkでのイベントでは春樹さんの話(英語のジョーク)に会場は笑いに包まれたそうです。でも、村上DJの選曲を聴けないニューヨーカーは気の毒ですね。2回目の秋の選曲も絶妙のプレイリスト。聴きながら思わず一緒に歌ってしまいました。そう言えば、春樹さんもスタジオで口ずさんでいたような……。どの曲なのかは番組で。追伸:「おでこにある一角獣の角の跡」は初めて明かされた真実!?です。(エディターS)
  • とある秋の日。出張先にN江さんから電話がかかってきた。
    「いま、春樹さんご自身がTFMにCD届けに来てくれたんだけど~!」と、驚きの声!なんと、春樹さんが突然半蔵門にあるTOKYO FMに来て、受付から内線でNさんを呼び出して、【村上RADIO】でかけたい曲のCDを届けてくれたそう。ふう、ちゃんとデスク居るなんて(普段居ないくせに)N江さん、持ってるぅ(笑)「おっしゃっていただければ事務所まで取りに行きますのに…」と思いつつも、これが春樹イズム?!(ちなみに、春樹さんは「いや、クルマだとすぐだからね」と言っていたらしい。) 優しくて、お茶目で、サプライズでスタッフを楽しませてくれるユーモアの持ち主。次回の放送も楽しみすぎる!(レオP)
  • 10月の「村上RADIO」秋の放送回です。
    今回は村上春樹さんへの素朴な質問と、選曲にもテーマの設定はありませんでした。
    もし世界がレコード屋だとしたら、あらゆる世界の意識を集めた村上春樹さんが、その音に私たちと一緒に耳を傾けながら、ご自身の意識も素朴に口にして下さる、ワンダーランドな回だったと感じています。
    今回の番組が、どんな内容だったか忘れてしまう放送になったとしたら嬉しく思います。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。