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村上RADIO ~怒涛のセルフカバー~

村上RADIO ~怒涛のセルフカバー~

こんばんは。村上春樹です。村上RADIO、今年もよろしく……なんて言っている暇もなく、もう二月の末になってしまいました。お元気ですか? 今年もなんとか健康に乗り切りましょうね。いろいろあるとは思いますが、やはり健康がいちばんです。「一に足腰、二に文体」というのが僕の人生のモットーです。 「一に足腰、二に文体」――。

さて、今日は「怒濤のセルフカバー」特集です。じつは「怒濤の」というほどすごくはないんですが、いちおう看板のキャッチフレーズですので、景気よくいってみました。「セルフカバー」って、実は日本の造語なんですね。英語にはそういう言葉は存在しません。辞書を引いても出てきません。でもなかなか使い勝手の良い言葉です。
僕の考える「セルフカバー」の定義は、まずライブ録音ではないこと。スタジオ録音であること。ローリングストーンズがライブで「サティスファクション」を演奏しても、それは「セルフカバー」とは言えません。それから名義が同一であること。たとえばビートルズのヒットソングを、あとになってポール・マッカートニーが歌っても、それは「セルフカバー」とは呼びません。
もうひとつ、オリジナルとは趣向が違っていることです。まったく同じにやっていれば、それは「セルフコピー」であって「セルフカバー」とは呼べません。という風に、ひとくちに「セルフカバー」と言っても、考え出すとけっこうむずかしいんです。今日はそういう定義に当てはまりそうなものを僕のコレクションの中から集めてみました。
My Guy
Mary Wells
The Motown Collection
Universal
My Guy (new)
Mary Wells
20 Best Hits Of The 60s
Madacy Special Products
「怒涛のセルフカバー」特集、手順としては最初にオリジナルを1分くらいかけて、そこに重ねるようにして、カバーバージョンに移ります。
まずはメアリー・ウェルズの1964年のモータウンヒットソング「マイ・ガイ」、オリジナルはイントロに使われた「カナダの夕陽」が有名ですが、カバー版はディスコ調のイントロで、このギターがポール・ジャクソン・ジュニアっぽくて、なかなかかっこいいです。
Mas Que Nada
Sergio Mendes
セルジオ・メンデス & ブラジル'66
A&M
Mas Que Nada
Sergio Mendes
Timeless
Concord Records
それからセルジオ・メンデス、通称セルメンの演奏する「マシュ・ケ・ナダ(Featuring Black Eyed Peas)」。オリジナルの「ブラジル'66」の演奏、それからブラック・アイド・ピーズをフィーチャーしたラップ風のアレンジにがらりと変わります。僕の通っていた神戸の高校は「東灘(ヒガシナダ)」というところにあったんですが、マシュ・ケ・ナダとはとくに関係ないですね。「マシュ・ケ・ナダ」というのはブラジルのスラングで「なんてこった」という意味なんだそうです。
La Plus Belle Pour Aller Dancer
Sylvie Vartan
French Pops Best Selection
BMGビクター
アイドルを探せ
シルヴィ・ヴァルタン
Bon Bon French
Universal
次はシルヴィ・ヴァルタンのヒット曲「アイドルを探せ」です。
これは1964年に公開された同名映画の主題歌で、日本でもずいぶん流行りました。その30年後の1994年に、彼女はアコースティックでこの曲を吹き込み直しています。これがなかなかいいんです。リラックスしていて、パリっぽく小洒落(こじゃれ)ていて。聴いてみてください。
My Sweet Lord
George Harrison
All Things Must Pass - New Century Edition
Universal
My Sweet Lord(2000)
George Harrison
All Things Must Pass - New Century Edition
Universal
次はジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード 」、1970年のヒットソングです。僕はこの頃、新宿のレコード店でアルバイトをしていまして、このレコードをたくさん売ったことを覚えています。懐かしいです。あとで、盗作問題で訴えられて、かなりごたごたはしましたが、それはそれとして素敵な曲です。
ジョージは2000年にLP“All Things Must Pass”のデジタル・リマスターCDを出すにあたって、ボーナス・トラックとして、アレンジを少し変えてこの曲を吹き込み直しています。タイトルは“My Sweet Lord (2000)”です。

このあいだ、何かの拍子にふと思い出したことがあります。“My Sweet Lord”と同じ1970年だったかな、僕は大学生だったんだけど、夏休みで神戸に帰郷していました。映画でも観ようかと思って三宮(さんのみや)の街に出たんです。ちょうどそのときロバート・アルトマン監督の映画「M*A*S*H」と「ウッドストック」が封切られたところで、隣り合った映画館で上映していました。どちらもすごく観たかったんだけど、どっちか一つ選ばなくちゃならない。さんざん迷った末に、どちらか一つを観たんです。
でも、そのときどっちを選んだのかが、いくら考えても思い出せない。もう50年以上前の話だし、どうせ前後して両方観ちゃったんだから、どっちでもいいようなものだけど、そのときどちらを観たのか思い出せなくて、結構切ない気持ちになりました。あんなに一所懸命考えて決めたのにな、と。
でもそういうことってありますよね。大したことじゃないんだけど、ちょっとした記憶が消えて失われてしまったことの悲しみというか……。
というわけで、今日はジョニ・ミッチェルの「ウッドストック」の新旧吹き込みをかけようと思ったんですけど、“LA Express”をフィーチャーした新録のほうがライブになっていて、ライブは勘定に入れないというセルフカバーの原則に引っかかってしまいました。また今度かけますね、すごくいい演奏だから。
Breaking Up Is hard to Do
Neil Sedaka
Neil Sedaka
RCA
Breaking Up Is Hard To Do (Slow Version)
Neil Sedaka
Let The Good Times In
Brill Tone Records
次はニール・セダカの「悲しき慕情」、“Breaking Up Is hard to Do”です。オリジナルはドウワップ風の軽快なバックコーラスをつけて大ヒットしましたが、ニールはあとになってそのバラード版を作っています。今日おかけするのは、彼がレニー・ウェルチのために編曲した「悲しき慕情」のデモ盤です。
レニー・ウェルチは名曲“Since I Fell For You”をヒットさせた黒人歌手ですが、そう言われるとスロー版の「悲しき慕情」は“Since I Fell For You”にかなり雰囲気が似てますよね。でも結局レニー・ウェルチは、そのバージョンを採用しなかったみたいで、しょうがなくっていうか、ニールは自分でスロー版を歌ってレコードを出しています。今日はそのデモ盤の方を聴いてみてください。これ、なかなか聴く機会はないと思いますので。
じゃあ続けてどうぞ。
イパネマの娘 (U.S. Single Version/MONO)
Astrud Gilberto
Getz / Gilberto: 50th Anniversary Deluxe Edition
UNIVERSAL MUSIC
The Girl From Ipanema
Astrud Gilberto
That Girl From Ipanema
Phoenix Records
続けて二つ、これはちょっといかがなものか……という軽い疑問符つきのセルフカバーものをかけます。
まずはアストラッド・ジルベルトがディスコ風にアレンジした「イパネマの娘」を歌います。たぶん1970年代後半の吹き込みだと思うんだけど、この頃はなんでもかんでもディスコ風にアレンジしちゃうというのが流行っていました。でも正直言って「イパネマ」にはこういうアレンジはきついですよね。

イパネマの娘
Astrud Gilberto
Gilberto Golden Japanese Album
Verve Records
アストラッド・ジルベルトは日本語のセルフカバーもやっていて、これがすごく面白い。彼女が1970年ぐらいに日本に来て、日本語で歌いたいと自分から言い出したんです。ずっと日本語の勉強をしていたようです。ポリドールは困ったんだけど、向こうがそう言うから「じゃあ、お願いします」ということになって、ミュージシャンを連れて日本語で吹き込みました。これは面白い。でも日本語でボサノヴァを歌われるとなんか違和感がありますけど(笑)。
Surfin'
The Beach Boys
Good Vibrations - Thirty Years Of The Beach Boys
Capitol Records
Surfin'
The Beach Boys
Summer In Paradise
Brother Entertainment
それからビーチ・ボーイズ。最も初期のヒットソング「Surfin'」が、軽いヒップホップ調にアレンジされています。1992年にリリースされた「Summer in Paradise」というアルバムに入っているんですが、このアルバムにはブライアン・ウィルソンはまったく関与していません。マイク・ラヴとテリー・メルチャーが中心になって勝手にというか、適当にこしらえたみたいです。しかしブライアンはこの「Surfin'」を聴いて、いったいどういう感想を持ったんでしょうね。ちょっと訊いてみたいですが。
話の種にというか、“いかがなものかセルフカバー”、オリジナルと併せて順に聴いてみてください。
これはもう批評家に酷評された、一番評判の悪いビーチ・ボーイズのアルバムかもしれません。

If You Love Somebody Set Them Free
Sting
ブルー・タートルの夢
A&M
If You Love Somebody Set Them Free
Sting
My Songs
A&M
最後にスティングのヒットソング、「セット・ゼム・フリー」、“(If You Love Someone、)Set Them Free”を聴いてください。1985年に発売されたアルバム「ブルー・タートルの夢」に入っていた曲です。

「もし君が誰かを愛しているのなら、相手を自由にしてあげなくちゃね。自分だけのものとしてしがみついていたいのなら、僕のことは忘れてくれ」

自由はいいですよね。でも自由になって何をするのかというも大事です。自由にしてはもらったけど、で、何すればいいんだ? みたいなことになるとけっこう困ります。

スティングがこのバンドで来日したとき、僕は聴きに行ったんです。東京湾の埋め立て地で、オールナイトでやったんだけど、雨がザァーザァー降っていて足元もドロドロ、大変でした。ブランフォード・マルサリスなんかが入っていたころですね。最初はオマール・ハキムとかケニー・カークランドとか入っていたんですけど、彼らもスティングのバックをずっとやっているのに疲れたのか、お金にはなるけど大変ですから、飽きて辞めていったみたいです。オリジナルのほうはジャズ関係者がバックですが、セルフカバーのほうはロック系の人がバックをやっていますね。
Tell Me a Bedtime Story
Michael Bluestein
AMBIENT SOUL
boorcake records
ハービー・ハンコックの名曲“Tell Me a Bedtime Story”をマイケル・ブルースタインのトリオが演奏します。マイケル・ブルースタインってほとんどのみなさんはご存じないと思うんだけど、僕の本の英訳をしているジェイ・ルービン(ハーヴァード大学名誉教授)というアメリカ人の甥っ子でして、僕も何度かボストンで会って話したことがあります。なかなかセンスの良いジャズ・ピアニストだったんだけど、やはりジャズでは飯が食えなかったのか、ちょっと前はボズ・スキャッグスのバックバンドでキーボードを弾いていました。
でもこの“Tell Me a Bedtime Story”、素敵な演奏です。
今日の言葉は、ひと昔前のフランス映画で耳にした言葉です。
「美しすぎて」というタイトルの映画なんだけど、ここである登場人物の女性が言います。

「愛はサッカーの試合に似ている。そこではハーフタイムが必要とされる」

フランス映画らしい、含蓄のある科白ですよね。たしかにそうかもしれない。どんな愛にもちょっとした「中休み」が必要です。そこで仕切り直しがあり、プランの再編成みたいなのがあり、やがて後半戦が始まります。
素敵な後半戦になるといいですね。それでは今日はこれまで。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 2021年2月は、「怒涛の村上RADIO月間」でした。まずは、2月14日のバレンタインデイに行われた、世界配信イベントである「村上JAM~いけないボサノバ」では、音楽監督の大西順子さんのもと、小野リサさん、坂本美雨さん、村治佳織さん、山下洋輔さんなどが集い、最高のボサノバライブを行いました。 村上春樹さんの朗読は、村治佳織さんの生ギターの演奏付き。海外からもたくさ んの感想が寄せられて本当に嬉しいです。そして、「怒涛のセルフカバー」の中で発表しましたが、ユニクロUTと、村上春樹さん、村上RADIOとコラボしたTシャツやグッズのシリーズがこの春発売になります。こちらも世界展開です。 村上春樹さんの小説の世界観を、こういう形でTシャツにするのかと、おそばで 拝見しながら、毎回うーむ、さすが、とうなっておりました。村上RADIO柄は、フジモトマサルさんのイラストを使って、超可愛い!!Tシャツもグッズも、ぜひお手にとって頂きたいです。(レオP)
  • 年明けの瞬間から始まり、2/14のイベント、今回の「怒涛のセルフカバー」と、今年はなんだか怒涛の村上RADIOイヤーとなる予感がします。とても楽しみです!(CAD伊藤)
  • あの頃の自分といまの自分。選択した人生と選択しなかった人生。人生もセルフカバーみたいですね。新しい自分は“いかがなものか”ではない、フレッシュで魅力的なセルフカバーでありたいものです。(構成ヒロコ)
  • 「セルフカバー」という単語に僕は「人生」を感じます。メロディと歌詞は同じなのに、時を経てアレンジとリズムが変わる。アップデートと言ってもいいかもしれません。時代と生き方をうまい具合に調整して、それこそ「怒涛」のようにはつらつと生きて行こう。春樹さんのそんなメッセージを受け取りました。(延江GP)
  • 今回の「村上RADIO」の選曲テーマは、セルフカバーでした。村上さんの厳正なる基準によってセルフカバーと定義づけられた8曲が、オリジナルと共に流れます。セルフカバーは世間から求められて実現することが多いのか、耳馴染みある怒涛のヒット曲の連続。一度ヒットした実績のある曲をアレンジし直すのは難しくも自由度の高い作業だと想像するのですが、ここで村上さんが指摘するように「自由になって何をするのか」、その大事さが、様変わりした音から聴こえてきます。選ばれし名曲たちだからこそ手に入れた、自由な音を堪能してもらえると嬉しいです。(木村)
  • 人生のモットーは「一に足腰、二に文体」——スタジオの村上さんは、今にも走り出しそうな軽快なタッチで語り始めます。この標語は村上さんが三度目のボストンマラソンを走った頃のアメリカ滞在記(『村上朝日堂ジャーナル うずまき猫の見つけ方』)の中にありますが、早春にぴったりのリズミカルな言葉です。本には、たくさんの猫たちや中古レコードの話、楽しい写真がいっぱい載っていますが、今回の「怒涛のセルフカバー」で紹介されたレコードも90年代のボストンで見つけたものかもしれませんね。それにしても、膨大なレコード棚から「セルフカバー特集」にぴったりの曲を選び出すには、「足腰」と「文体(スタイル)」が必要です。まさに、村上DJの真骨頂!(エディターS)

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村上選曲を学ぶテキストはこれだ!

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『意味がなければスイングはない』
文藝春秋(2005年11月)、文春文庫(2008年12月):『ステレオサウンド』2003年春号~2005年夏号に連載された音楽評論集。
『村上ソングズ』
和田誠(絵・エッセイ)と共著 中央公論新社(2007年12月)「村上春樹翻訳ライブラリー」シリーズに収録(2010年11月):歌詞の翻訳と和田誠の挿絵が中心の楽しい一冊。
『走ることについて語るときに僕の語ること』
文藝春秋(2007年10月)文春文庫(2010年6月):音楽本ではないが、ランナーにも愛読者が多い。

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。