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村上RADIO ~村上の世間話3~

村上RADIO ~村上の世間話3~

こんばんは。村上春樹です。村上RADIO、今日はテーマなしの選曲で行きます。成り行き次第というか、行き当たりばったりというか、何がどうかかるのか、自分でもよくわかりませんけど、とにかく家から一揃い音源を持ってきました。さて、どんなものをかけようかなあ。
曲の間に村上の世間話が入ります。例によってあまり世の中の役に立ちそうにない「村上の世間話」ですが、初秋の日曜日の夜、細かいことは抜きにして、のんびりお付き合い下さい。

<オープニングテーマ曲>
Donald Fagen「Madison Time」


世間話①
最近よく思うんですけど、スマホとかインターネットとかのおかげで僕らの生活はずいぶん便利になりましたよね。でもそのぶん、充電とか、パスワードを覚えることとかに時間と労力を少なからず奪われているような気がします。いろんなツールをせっせと充電して、パスワードを記憶して……と、そういうあれこれに追われているうちに、人生がただするする過ぎ去っていくような気がします。おまけに僕は記憶力があまりよくないもので、しょっちゅうパスワードを忘れちゃうんです。メモしてもすぐになくしちゃうしね。ちょっと変な顔したら、顔認証してくれないし。昔は気楽でよかったなとか、ふと思ったりもします。
Loser
Charlie Puth
チャーリー
WARNER MUSIC JAPAN
1曲目はチャーリー・プースさんの歌う“Loser”です。
彼女に去られて、あれこれ後悔している男の唄です。



世間話②
僕は作家として活動を始めてからもう40数年になるんですが、最初は400字詰め原稿用紙に万年筆を使って、こつこつと小説を書いていました。それが『ノルウェイの森』まで続きました。まあ『ノルウェイの森』は外国を移動しながら執筆していたので、だいたいがボールペンでノートブックに書いていたんですが。それから『ダンス・ダンス・ダンス』で富士通のワープロを使い始めまして、『ねじまき鳥クロニクル』からはMacに変わりました。以来、一貫してMacユーザーです。

しかし、一人の作家人生の間で、そんなふうにどんどん技術革新が進んでいって、いちいち適応していくのはけっこう大変でした。フロッピーディスクに入れたものなんて、今では再生できませんものね。正直なところ、もうこの辺で進歩をとめてくれていいよ、とか思っちゃいます。谷崎(潤一郎)にせよ、川端(康成)にせよ、最初から最後まで心静かに万年筆で原稿を書いていますよね。充電だとか、USBに保存だとか、そんなことに気を遣う必要もなかった。うらやましいっていえば、うらやましいかもね。
しかし、じゃあ、今からもう一回、万年筆と原稿用紙の世界に戻れるか? いや、もう戻れません。
Come Una Pietra Scalciata (Like A Rolling Stone)
Articolo 31
Masked And Anonymous
Columbia (USA)
イタリアのバンドを聴いてください。 Articolo 31が歌います。
Like a Rolling Stone、イタリア語だと“Come una Pietra Scalciata”と言います。



【収録中のつぶやき】
……(イタリア語の題名)言えた(笑)。イタリア語のラップというのもなんかよくわからないよね。
それから、この女性コーラスいいんだよね。
Wednesday's Child
Patty McGovern
ウェンズデイズ・チャイルド +5
SSJ
しばらく前にマット・モンローの歌う「ウェンズデーズ・チャイルド」(さらばベルリンの灯)を聴いてもらいましたが、この他にも同じ「ウェンズデーズ・チャイルド」というタイトルを持った別の曲があります。パティ・マクガヴァンという女性ジャズ歌手が1956年に吹き込んでいます。
「自分が水曜日生まれだということを忘れて、木曜日生まれの相手と一緒に幸福になれるかなと思ったけど、やはり水曜日生まれの子どもは一人で悲しみの中に置き去りにされてしまった……」
そういう内容の哀しい唄です。ほとんど知られていませんが、なかなか素敵な曲です。聴いてみてください。

世間話③
僕はお昼ご飯時とか、ときどき一人でふらっと回転寿司に入ります。わりに気楽で好きなんです。それで、いつも思うんだけど、あれ、ベルトコンベアでお鮨の皿を回転させるんじゃなくて、鮨職人そのものを回転させたらどうなんでしょうね。「回る鮨シェフ」です。ベルトコンベアに乗って鮨シェフが回ってきて、そのとき「中トロとイカ」とか頼むと、「へい、中トロとイカ」って受けてくれて、次にぐるっと回ってきたときに「おまちどう! 中トロとイカ」って、お皿を出してくれるんです。そのほうが、お皿だけぐるぐる回っているより人間味があって好ましいですよね。今問題になっているような変ないたずらもされなくて済むし。
でも鮨シェフがそのうちに目を回しちゃうかなぁ。ふらふらして「中トロとイカ」を頼んだのに、「かんぴょう巻きとウニ」が出てきたりしてね。それはちょっと困るかもしれませんね。(にゃー)
Tweeter And The Monkey Man
Traveling Wilburys
ヴォリューム・ワン
Wilbury Records
Traveling Wilburys(トラヴェリング・ウィルベリーズ)が、「Tweeter And The Monkey Man」を歌います。覆面バンドですが、歌っているのはボブ・ディランです。


【収録中のつぶやき】
このあいだ渋谷で回転寿司店に入ったら、「30分以内に8皿食べてくださいね」って言われてさ。「食べられるかな」と思ったけど、食べちゃいましたね(笑)。
Aoi Sanmiyaku (Blue Ridge Mountains)
Percy Faith
Koga Melodies/Ryoichi Hatori Melodies
Taragon Records
パーシー・フェイス楽団が服部良一の名曲「青い山脈」を演奏します。どうしてそんなものがここでかかるかというと、演奏がかっこいいからです。まずフリューゲル・ホーンがテーマを吹いて、それからサックスがテーマを吹いて、そのあとフリューゲル・ホーンとサックスのフォーバーズ(四小節交換)になります。この辺のジャズっぽさがけっこう様になって、いけます。


世間話④
40年くらい前に千駄ヶ谷商店街の理髪店で髪を切っているときに、この演奏をラジオで聴いて「おお、これしっかりジャズじゃん」と感心した記憶があります。
それ以来このレコードを探していたんだけど、なかなか見つからず、この間やっと中古屋さんでCD化されたものを見かけて、350円で買ってきました。
パーシー・フェイス楽団って有名ですけど、そういう固定された楽団が常設されているわけじゃなくて、レコーディングのたびにスタジオ・ミュージシャンを集めて作っている流動ユニットです。だから名のあるウエストコーストのジャズ・ミュージシャンとかけっこう入っていたりします。そういう人たちがきっと遊びみたいにして演奏したんでしょうね。ソロイストの名前はクレジットされていませんけど。
いずれにせよ、40年ぶりの邂逅(かいこう)というか、懐かしかったです。

【収録中のつぶやき】
ここからフォーバーズ(四小節交換)になるんです。この辺が結構ジャズっぽくて、いいんだよね。
Tarantula
Gorillaz
Cracker Island
WARNER MUSIC JAPAN
次は雰囲気がからりと変わって、ゴリラズの「タランチュラ」です。
ゴリラズ、相変わらずかっこいいですよね。



世間話⑤
千駄ヶ谷っていうと、僕は小説家になるかならないかの頃、しばらく千駄ヶ谷に住んでいたんですけど、千駄ヶ谷商店街の近くに小さな書店がありまして、そこであるときぶらぶら本を見ていたら、小学3年生くらいの男の子が店に入ってきまして、店の人に『鹿の角』っていう本をください」って言いました。でも店の人もそんな題の本は知りません。で、その男の子に「それはどんな本なの?」って尋ねるんだけど、男の子も「お母さんにそれを買ってこいと言われただけだから」みたいな感じで、要領を得ません。でも長い時間をかけて我慢強い話し合いがあり、ようやくそれが灰谷健次郎さんの『兎の眼』であることが判明し、男の子は無事に本を買って帰ることができました。『兎の眼』はその当時とても評判になっていた本だったんです。
僕はとなりでその会話をずっと聞いていたんですが、最後にすべてが無事に解明されて、人ごとながらほっとしました。『鹿の角』から『兎の眼』まで、道のりはけっこう長かったですが。でも、町の小さな本屋さんっていいものですよね。最近はほとんど見かけなくなってしまいましたが。
Take Five
Trudy Pitts
Cocktail Mix Vol. 2 - Martini Madness
Rhino Records
女性オルガン奏者、トゥルーディ・ピッツの演奏する『テイク・ファイブ』を聴いてください。「え、『テイク・ファイブ』?」とか言わないでください。この演奏とてもファンキーでかっこいいんです。



世間話⑥
僕は関西生まれの関西育ちで、18歳のときに初めて東京に出てきたんですけど、食べ物に関する驚きというのは、それはもう大きかったですね。「これはいったいなんだ?」というものがけっこうありました。中でもいちばん強烈だったのは「ちくわぶ」でした。おでんを食べていたときに出てきたのが最初だったんだけど、見かけも不気味だし、味もおなじくらい不気味でした。
「ちくわぶ」は関東地方のローカル食品で、たぶんご存じない方も多いと思いますので、いちおう説明しますと、小麦粉をこねたものを茹であげた食品で、歯車型のちくわみたいな、どてっとした格好をしています。ちくわでもなく、麩でもなく、なんかわけのわからないものです。僕はまずいと思うんだけど、東京出身の人に聞くとみんな「おいしいじゃない、あれ」って言います。どこがいいんでしょうね、あれ? なんか深海の生き物みたいなかっこうしていますしね。
東京に出てきて50年以上たって、大抵のものには馴れましたが、ちくわぶだけは駄目です。ときどき、ちくわぶの群れに襲われる悪夢を見ます……というのは嘘ですけど。(羊谷「めえぇ~」)

Sweet Gingerbread Man
Jack Jones
Jack Jones Sings Michel Legrand
RCA Victor
ミシェル・ルグランの作った、あまりよく知られていない名曲「スイート・ジンジャーブレッド・マン」を聴いてください。ジャック・ジョーンズが歌います。



世間話⑦
僕は子どもの頃、ニュースで「記者会見」って言葉が出てくると、政治家なんかが汽車の中で会見することだと思い込んでいたんです。なぜか。それでいつも不思議に思っていました。どうしてみんな、わざわざ汽車に乗って会見したりするんだろうって。もちろんもう少し大きくなって、普通の建物の中でやるものなんだとわかって、「なーんだ」ということになったんですが、でも今でも「記者会見」って言葉が耳に入ると、偉い人が夜汽車に乗っていて、それを新聞記者が囲んでいるという風景がふと目に浮かんできます。これ、なかなか良い風景なんです。個人的風景っていうかね……まあ、どうでもいいようなことですけど。

Oracabessa Moonshine
UB40
Guns In The Ghetto
Virgin
UB40「Oracabessa Moonshine」の「オラサベッカ・ムーンシャイン」を聴いてください。オラサベッカはジャマイカの有名なリゾート地です。僕は昔ジャマイカに行ったことがありますが、町を歩いていて、カフェの前を通り過ぎると、マリファナのいけない煙が戸口からぷーんと漂ってきて、なんてこともよくありました。


世間話⑧
この前、京都に行って電車に乗っていたら、「ほんまに四年もいりますか?」という広告を見かけました。えっ、いったい何の広告だろうと思ってよく見ると、短期大学の広告でした。なるほどね、と納得したんですが、そのものずばり直接的というか、そうくるかというか、東京だとこういうえぐい広告ってまずあり得ないですね。関西の底力みたいなものを感じました。
ほかには、これもやはり京都で「婚約してからでは遅すぎる」という広告を見かけたことがあります。これは結婚式場の広告でした。しかし京都では、婚約前に結婚式場を予約するんですかね? 謎です。

Ti Guarderò Nel Cuore(more)
Bobby Solo
決定盤カンツォーネ全曲集
Seven Seas
カンツォーネです。ボビー・ソロの歌う「Ti Guardero' Nel Cuore」を聴いてください。英語名は「モア」です。
My Foolish Heart
Eddie Daniels
Real Time
Chesky
今日のクロージングの音楽は、エディー・ダニエルズ・カルテットの演奏する「マイ・フーリッシュ・ハート」です。
クラリネットの音が美しいですよね。



世間話⑨
僕は今年の夏、ストックホルムにしばらくいまして、中古レコード屋を回ったんですけど、そこでアル・ヘイグ・トリオの『The Al Haig Trio Esoteric』のオリジナル10インチ盤を見つけました。これ、ずっと探していたのでとても嬉しくて買おうかなと思ったんだけど、値札がついてなくて。店主に「これいくら?」と聞いたら、「うーん、150クローネ」と。150クローネはUSドルで15ドルぐらいなんです。これ、むちゃくちゃ安いんです。手が震えてね、喜んで買ってきました。この夏のいい思い出です。

今日の言葉はエリック・ドルフィーさんの言葉です。1964年に亡くなったジャズ・サキソフォン(サクソフォン)奏者です。彼は遺作となったアルバムの最後で、このように呟いています。

「音楽を聴いていて、それが終わったとき、その音楽は宙に消えてしまう。もう二度とそれを捕まえることはできない」
When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again.
そうですね。一度消えてしまった音楽はもう二度と戻ってきません。僕らはレコードとか、CDとか、そういう再生技術になれてしまって、そのことをつい忘れがちです。一期一会の音楽の力というものを、もう一度あらためて実感する必要があるかもしれません。優れた生の音楽を聴いて、もう二度と戻ってこないものを身体に染みこませましょう。生の音楽っていいですよ。
それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 今回の「村上RADIO」は、フリー選曲の「世間話」でした。ラジオで聴くエッセイのような春樹さんの世間話と自由に選曲された音楽が、初秋の夜を素敵な時間に変えてくれます。ラジオで出会う一期一会の音楽と言葉が身体に染みますように。(キム兄)
  • こぼれ話の醍醐味は、きっとひとりでふらっとその世界に入り込むところから始まるのでしょう。今回の放送を聴いてそう思いました。ようやく訪れた秋。散歩しましょう。日常という世間の中に、何か発見があるはずですもの。(延江GP)
  • 「あの村上春樹が回転寿司に...!??」これが最初の感想です(笑)今回はタイトル通り何でもないような、でも続きが聞きたくなる話を、春樹さんは楽しく気兼ねなく話されて、なんだか盗み聞きしている気分でした。収録中もしばしば笑いが起きていて。ちなみに自分は、"アレ"、好きでも嫌いでもないですね。なんていうか、どっちでもいい存在です。(ADルッカ)
  • 「村上の世間話」も第3弾。いつのまにか村上ワールド全開のシリーズになってきた⁉京都で電車に乗り、車窓の看板に思わず目をとめる村上DJの姿が目に浮かびますね。また今や「アレ」と言えば阪神タイガースの優勝ですが、村上さんの「アレ」はちくわぶ。「どこがいいんでしょうね、あれ?」と積年の思いを語る村上さんに、「ぼく、一番好きですけど」と呟くCADイトー君。パーシー・フェイス楽団の「青い山脈」など、今月も絶妙な選曲に唸りつつ、夜汽車とおでんのちくわぶの風景が目に浮かんで……。村上さんの世間話、面白すぎです。(エディターS)
  • 収録中、「アレってこんな感じですよね?」とボールペンでスケッチして見せたら(思いのほかうまく描けました)、春樹さんがひどく眉をひそめました。そんな顔しなくたって!アレを作っている皆様、メーカーの方々、春樹さんにかわってお詫び申し上げます。(構成ヒロコ)
  • 9月ももう終わろうというのにまだまだ暑いですが、そのうち涼しくなってくると食べたくなるのがおでんですよね。僕はちくわぶがいちばん好きです。東京出身です。関西の方は召し上がらないんですね。あんなにおいしいのに!!(CADイトー)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。