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村上RADIO ~RAY CHARLES SONG BOOK~

村上RADIO ~RAY CHARLES SONG BOOK~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今日から月に1回の放送になりました。毎月最終日曜日の夜、こうしてお届けしています。カレンダーの最終日曜日に印をつけておいてくださいね。さて、今日は“RAY CHARLES SONG BOOK”をお送りします。

レイ・チャールズは1930年に生まれ、6歳のときに病気で盲目になりました。幼い頃からピアノを学び、独特のソウルフルなスタイルを持ったシンガーとして人気を得て、白人からも黒人からも等しく支持される、歴史的なスターになりました。
僕はこのあいだ彼の伝記を読んで――マイケル・ライドン(Michael Lydon)の書いた“Ray Charles:Man and Music ”という本なんですが――いろいろと感じるところがあり、特集をしてみようと思い立ちました。彼がヒットさせた曲をいろんな歌手がいろんなふうに歌います。楽しんでください。
HIT THE ROAD JACK
RAY CHARLES
ANTHOLOGY
Rhino Records
HIT THE ROAD, JACK
Shirley Horn
Light Out of Darkness(a tribute to RAY CHARLES)
Verve Records
「ヒット・ザ・ロード、ジャック」を、まずレイ・チャールズご本人の歌で、それからジャズ歌手シャーリー・ホーンが、ピアノの弾き語りで歌います。僕が10代の頃は「旅立てジャック」というタイトルで、日本でヒットしました。素敵なタイトルですよね。「可愛い子には旅をさせよ」みたいな感じで。でも内容的にはちょっと間違っています。

“Hit The Road”というのは辞書を引くと、確かに「旅に出る」という意味が最初に出ていますが、この歌の場合は「さっさと消えちまいな」という意味です。ジャックは固有名詞じゃなくて、「あんた」みたいな感じの呼びかけですね。要するに、女の人が稼ぎのないぐうたら男を家から追い出す歌です。「ヒット・ザ・ロード、ジャック」、みなさんもいけないことをして家から追い出されたりしないように気をつけてくださいね。
WHAT'D I SAY
BOBBY DARIN
Sings Ray Charles
ATCO RECORDS
「What'd I Say」、この曲、日本でもずいぶん流行りましたけど、僕が最初に聴いたのはレイ・チャールズじゃなくて、ボビー・ダーリンが歌うバージョンでした。当時はレイ・チャールズよりボビー・ダーリンのほうが日本では有名だったんです。ボビー・ダーリンの「What'd I Say」を聴いて、かっこいいなあと思っていました。レイ・チャールズの歌を聴いたのは、もっとあとなんです。
僕はまだ中学生だったので、「What'd I Say」というタイトルの意味がよくわからなくて、英語の先生に質問しました。「この『What'd I say』は『What did I Say』ですか? それとも『What would I Say』ですか?」って。「そんなもん知らん」とすげなく言われました。まあ、先生はレイ・チャールズなんて聴きませんよね。正解は「What did I say?」です。「今おれ、なんて言った?」ですね。「ヒット・ザ・ロード・ジャック」もそうだったけど、男女の間の「call and response」、つまり「呼びかけと応答」の歌です。
I Got A Woman
ELVIS PRESLEY
ELVIS PRESLEY
RCA
次は「I Got a Woman」。これも僕はレイ・チャールズより先にエルヴィス・プレスリーの歌で聴いてます。『Elvis Presley』という彼の最初のLPに入ってました。あとになってレイ・チャールズの歌で聴いて、「ああ、これはレイ・チャールズの歌だったんだ」とわかりました。エルヴィスのバージョンもなかなかご機嫌ですけどね。
『Elvis Presley』に入っていたこの曲は、まるで風呂場で歌っているみたいに、ずぶずぶにエコーが入っていたんですが、CD化されたときにエコーがすっかりとられて、すっきりすっぴん状態になっていて、かなりびっくりしました。今日は、そのからっとしたCDのほうで聴いてください。僕は個人的には「風呂場バージョン」、わりに好きなんですけどね。
I Can't Stop Loving You
DIANE SCHUUR & B.B.KING
HEART TO HEART
Universal IMS
I CAN'T STOP LOVING YOU
ONO LISA
COMPLETE BEST
Dois Irmaos
現在、地上最強の男女デュエットと言ってもいい、ダイアン・シューアとB.B.キングの歌う「愛さずにはいられない」、「I Can't Stop Loving You」。これはもう「濃ゆい」の極致というか、ソースどぼどぼの世界ですね。そのあとで、小野リサさんがボサノヴァで歌う「愛さずにはいられない」をかけます。こちらはどちらかといえば、あっさり醤油味の世界です。 同じ曲でもずいぶん違うものだなと、感心しちゃいます。続けて聴いてください。

僕はアメリカにいるときに一度、B.B.キングのライブを聴いたことがあります。僕が所属していたマサチューセッツにあるタフツ大学のキャンパスで、卒業式の午後にガーデン・パーティーみたいな感じで、彼のグループが演奏しまして。みんなでビールを飲みながら、芝生に寝っ転がって聴いてました。そういうのってなかなかいいです。

中学生のとき、この曲の歌詞を暗記しました。そのなかに「They say that time heals the a broken heart(ときが、傷ついた心を癒やしてくれると人は言う)」という一節がありまして、その文句がそれ以来ずっと頭にこびりついて残っていました。確かに時間の力って大きいですよね。それは人生の過程で、しばしば実感しました。でもこの曲では、そのあと「君が去って以来、時間はじっと止まったままなんだ」と続きます。悲しい失恋の歌です。
SONO UN FALLITO(Busted)
ADRIANO CELENTANO
I MIEI AMERICAN
Clan
HALLELUJAA HANTA RAKASTAN
Jussi & Boys & Friends
SUOMI-ROCKIN KORKEAKOULU THE BOYS 40 VUOTTA
WEA
レイ・チャールズはアメリカだけではなく、ヨーロッパでも日本でもずいぶん人気がありました。そんなわけで、今日はイタリア語の「バスティッド」と、フィンランド語の「ハレルヤ・アイ・ラブ・ハー・ソー」を聴いてください。イタリア人歌手、アドリアーノ・チェレンターノが歌う「Sono un Fallito」と、ユッシ・アンド・ボーイズが歌う「Halllelujaa Hanta Rakastan」です。どちらも現地のレコード屋さんで見つけて買ってきました。でもね、こういうレコードとかCDとかって、探すのってけっこう大変なんです。だいたい英語のクレジットがないですから、「このあたりだろう」とおおよそ見当をつけて買ってくるしかないんです。
SWANEE RIVER ROCK
DUANE EDDY
DISC TWO
Rhino Records
スティーブン・フォスター(*19世紀半ばアメリカの作曲家)の名曲「Swanee River」(「スワニー河」)をロックにアレンジしたレイ・チャールズのバージョンを、トゥワング・ギター(Twang Guiter)で有名なデュアン・エディが演奏します。これね、僕はわりに好きです。

ところで、僕の携帯の着メロはデュアン・エディの「ピーター・ガン」。それとデュアン・エディとアート・オブ・ノイズ(The Art of Noise)。ずっとそれを使ってます。その前は「荒野の七人」だったんだけど。
HERE WE GO AGAIN
WILLIE NELSON & WYNTON MARSALIS
Here We go Again
Blue Note
次は、レイ・チャールズが1967年にヒットさせた「Here We Go Again」を、ウィリー・ネルソンとノラ・ジョーンズがデュエットで歌います。これ、もともとはカントリー・ソングだったんですね。レイ・チャールズは子どもの頃からカントリー音楽を聴いて育ってきたので、カントリー音楽は白人の歌ですけど、とっても自然に歌えちゃうんです。
ノラはこの曲をレイ・チャールズともデュエットで歌っていて、それは2004年のグラミー賞(*「Album Of The Year 最優秀アルバム賞」)をとりました。今回は相方を変えてウィリー・ネルソンと歌っています。途中で入るトランペットのソロはウィントン・マルサリス。ウィリー・ネルソンとノラ・ジョーンズとウィントン・マルサリス、ちょっと不思議な感じもしますけど、豪華な顔合わせですよね。
GEORGIA ON MY MIND
BILLIE HOLIDAY
THE LADY Complete Collection
CBS/Sony
GEORGIA ON MY MIND
RAY CHARLES
ANTHOLOGY
Rhino Records
ホーギー・カーマイケルが1930年に作曲した名曲「Georgia On My Mind」、「わが心のジョージア」。ビリー・ホリデーがこの曲を歌ったのは1941年で、レイ・チャールズが録音したのは1960年。ビリー・ホリデーとレイ・チャールズ、どちらもポピュラー音楽の歴史に残る偉大な歌手です。最後にこの2人の歌を続けてかけます。じっくり聴いてください。
Lonely Avenue
Stanley Turrentine
Common Touch
Blue Note Records
今日のクロージングは、スタンリー・タレンタインがレイ・チャールズのヒット曲「ロンリー・アヴェニュー」を演奏します。オルガンは奥さんのシャーリー・スコット。ジミー・ポンダーのギターが素敵です。
今日の最後の言葉は、黒澤明監督の映画「七人の侍」のなかで、俳優の加東大介が、野武士と戦う農民たちに向かって言う台詞です。

「侍は攻めるときにも走る。退(しりぞ)くときにも走る。走れなくなったら、それは侍が死ぬときだ」

久しぶりにこの映画を観ていて、この一言が身にしみました。古い映画で台詞がよく聞き取れなかったので、細かいところが間違っていたら、すみません。でも僕も「作家が走れなくなったら、それは作家が死ぬときだ」なんて言ってみたいです。かっこいいですよね。
でも考えてみたら、昔の侍って、戦場では重い鎧や兜をつけて、刀とか槍とかを抱えて走り回っていたんですよね。ジョギングウェアを着て、軽いシューズを履いて、気楽にひょいひょい走っている僕らとは、かなり事情が違います。まあ、侍じゃなくてよかったな、と思います。

それでは今日はここまで。来月はクラシック音楽を元ネタにしたポピュラー音楽、それも、とりわけ、「ロシア人作曲家編」をお送りします。さて、いったいどんなものがかかるのでしょうね? お暇な方は予想してみてください。それでは。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 音楽と結びついた記憶の風景は、いつも僕たちの人生を温めてくれます。今回の4曲目、Diane Schuur & B.B.King:”I Can't Stop Loving You”で、村上さんは米国タフツ大学での思い出をさりげなく、楽しそうに語っています。卒業式の後、キャンパスの芝生に寝転んでビールを飲みながら、学生たちとB・B・キングのライブを聴いている……「そういうのってなかなかいいです」と。じつは緑豊かなタフツ大学で村上さんの公開講義を端っこで聴いたことがあります。思い出に残る僕のたいせつな「小確幸」です。(エディターS)
  • レイ・チャールズは南部に生まれ、貧困家庭に育ち、盲目というハンディキャップを背負い、厳しい人種差別に苦しみましたが、その歌には直接的な社会的メッセージを込めた歌はほとんどありません。それに対し「時が経つと言葉は残らないけど、芸術は残る」と言っていた春樹さん。今回の選曲は正に「芸術作品」といってもいいもの。想像力もフル稼働して、この名曲たちをご堪能ください。(レオP)
  • ぜひレイ・チャールズの生涯を描いた映画『レイ』をご覧下さい。ジェイミー・フォックスの演技をもう観たという人も、春樹さんの曲紹介を思い出しながら観ると味わいが違います。レイ・チャールズの作品はアメリカの宝なのですね。(延江GP)
  • 映画「RAY/レイ」はまさにレイ・チャールズの生涯を描いた作品です。レイを演じたジェイミー・フォックスがアカデミー主演男優賞を受賞しました。収録の際、当然この映画の話になりました。村上さんは、盲目のレイ・チャールズが美人を見分ける方法について、楽しそうに話していました。どんな方法か?気になる方は映画「RAY/レイ」をご覧ください。(構成ヒロコ)
  • 私がジャズに興味を持ち始めたころ、専門学校の先生に「ジャズを聴きたいんですけど、何か曲を教えてくれませんか?」とお願いをしたら、ジャズの曲が何曲か入っているCDを渡してくれて、その中にRAY CHARLESの曲も入っていました。個人的には、そんな思い出もあるRAY CHARLESの特集で嬉しくなり、当時の事を思い出しました。(AD桜田)
  • 今回の「村上RADIO」は、レイ・チャールズ特集でした。多くの名曲・名唱を残したレイ・チャールズですが、男女の間の「呼びかけと応答」の歌が多いということを初めて知り、それがとても興味深かったです。そうしたことを踏まえて聞いてみると、また違った味わいがあります。それにしても、「ヒット・ザ・ロード」、恐ろしい言葉です。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。