MURAKAMI RADIO
POST

村上RADIO ~今夜はお気楽、バブルガムミュージック~

村上RADIO ~今夜はお気楽、バブルガムミュージック~

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今日は「バブルガムミュージック」で気楽に盛り上がりたいと思います。バブルガムミュージック、ご存じですか? 1970年前後に流行ったハッピーでイージーな甘口ポップスです。今夜はひとつ、ややこしいことは抜きにして、そんな音楽のひととき楽しんでいただければと思います。

1970年前後って、かなりとんがった音楽がロック・ミュージック・シーンを席巻していました。ジミ・ヘンドリックス、ドアーズ、レッド・ツェッペリン、クリームとか。他にもアート・ロック、サイケデリック・ロックなんていうのが猛威を振るっていました。

でもね、「そんな難しいものいらない。もっと簡単に口ずさめるような音楽が聴きたいんだ」という人たちもたくさんいまして、そういう当時の「一般ピープル」のために作られたのが、このバブルガムミュージックです。別名「ハッピー・シュガー・ロック」。シリアスに音楽を追究している人たちからは無視され、あるいはヘビ・トカゲのように嫌われていましたが、いま、偏見を抜きにして聴くと、なかなか悪くないんです。
というわけで、この「バブルガムミュージック」、再評価するっていうほどのことでもないんですけど、まあ、ごくお気楽に。
BUBBLE GUM MUSIC
THE ROCK & ROLL DUBBLE BUBBLE TRADING CARD CO. OF PHILADELPHIA
25 ALL-TIME GREATEST BUBBLEGUM HITS
Varèse Sarabande
MELANIE MAKE ME SMILE
EDISON LIGHTHOUSE
THE BEST OF EDISON LIGHTHOUSE LOVE GROWS
Repertoire Records
「バブルガムミュージック」というのは商業主義的で、薄っぺらな内容の、大量生産ポップスだ、みたいに言われていて、確かに「一丁上がり」的なひどいものもたくさんありました。ギター・コードを三つか四つ知っていればすぐに弾けちゃう、みたいなものが多かったですね。
でも中には、今でもなんかの拍子にふと口ずさんでしまうような楽しく好ましい曲もあります。世の中そういうフレンドリーな音楽もなくちゃならないだろうと、僕は思うんですが。
まずは、「Rock'n Roll Dubble Bubble Trading Card Co. of Philadelphia」というやたら長い名前のバンドが歌います。その名もずばり「Bubble Gum Music」。こう言っちゃ何だけど、これ、かなりチャラいです。
それから「Love Grows」が大ヒットした英国のバンド、エジソン・ライトハウス。ヒットしたのは「Love Grows」一曲だけという、いわゆる「一発屋」バンドなんだけど、この「Love Grows」の続編みたいな「Melanie Make Me Smile」もかなり良くできた曲だと思います。でもなぜかこの曲はオクラ(お蔵入り)になって、発売されなかったんです。どちらも作曲者はトニー・マコーリー。二曲続けて聴いてください。

<収録中のつぶやき>
当時、ラジオでもいっぱいかかってたよね。
Mercy
OHIO EXPRESS
the best of the OHIO EXPRESS: Yummy, Yummy, Yummy
BUDDAH RECORDS
1,2,3, RED LIGHT
1910 FRUITGUM COMPANY
1910 FRUITGUM COMPANY
VICTOR
次は「バブルガムミュージック」の火付け役、代表選手ともいうべき二組のバンドを聴いてください。
まずはOhio Express(オハイオ・エクスプレス)の「Mercy」。オハイオ・エクスプレスは文字通りオハイオ出身のバンドですが、これは常設のワーキング・バンドではなく、スタジオ・ミュージシャンを集めて適当にでっち上げた架空のバンドです。何曲かヒットソングを出していますが、そのたびにメンバーは違っているはずです。バブルガムミュージック関係って、そういう適当な「名前だけバンド」が多いんです。まあだから、商業主義的だって批判されちゃうわけですけど。
「1910 Fruitgum Company」(ナインティーン・テン・フルーツガム・カンパニー)は、珍しくっていうか、バンドとして実在していました。最初はやはり「名前だけバンド」だったんだけど、いくつかヒットソングを出して、それならということで実際にバンドを組んで、ツアーとかもやりました。1971年には日本にやってきて、「箱根アフロディーテ」というイベントで演奏していますが、このときの共演バンドがなんとピンク・フロイドだったんです。しかし、すごい組み合わせですよね。それに比べたら、モンタレーのビーチボーイズなんて、まだ可愛いものです。その当時の音楽シーンの混乱ぶりというか、混雑ぶりがうかがえます。
その「1910 Fruitgum Company」(ナインティーン・テン・フルーツガム・カンパニー)が「1,2,3 Red Light」を歌います。彼女に迫るたびに「それ、駄目よ」とストップをかけられる、気の毒な男の子の歌です。この曲、僕が大学に入った頃に流行ってまして、なんだかしっかり耳に残っています。個人的にはわりに好きなんだけど、それは僕自身しばしば(女の子から)ストップをかけられていたせいかもしれないですね。人生、いろんな体験があります。体験が人を作ります。
「Everytime I make a move to love you 1,2,3 Red Light」……気楽な曲だったですねえ。

スペインからメールをいただいております。Elurさん、女性の方です。

スペイン、マドリード在住です。放送は海外では聴くことができないので、サイトを毎回楽しく読ませていただき、曲は探して聴いています。質問があります。この前「ジャック・ロンドン・クラブ」のお話がありましたが、どうやって申し込めば良いのでしょうか?実は、私の友人が1月12日生まれです。彼は以前「第4回今夜はアナログナイト」で村上さんが「なぜビートルズの『64歳になったら』がスペイン語だと『63歳』になるのか?」とおっしゃった時、理由を教えてくれた人です。是非この『ジャック・ロンドン・クラブ会員番号』をプレゼントしたいと思います。これで申し込めるのであれば、Iñaki Goitia (イニャキ・ゴイティア) 1960年1月12日生まれです。よろしくお願いいたします。
はい、よく覚えています。なぜスペイン語訳では64歳が63歳になるのか、説明していただき、納得いたしました。やはり韻を踏む関係だったんですね。イニャキ・ゴイティアさん、あなたは「ジャック・ロンドン・クラブ」に入会なさいました。会員番号は1001番です。1001ってスペイン語でなんていうんだっけね。忘れてしまいました。とにかく、おめでとうございます。にゃーお(猫山さんの声)
HEAVEN KNOWS
The Grass Roots
Their 16 Greatest Hits
ABC Records
Grass Roots(グラス・ルーツ)はP.F.スローンとスティーヴ・バリが立ち上げた、ちゃんとしたっていうか、かなりまっとうなバンドで、本来は「ブルーアイド・ソウル」(註:R&Bやソウルミュージックを白人が取り入れた音楽)を目指していて、「バブルガムミュージック」でくくっちゃうのはちょっと気の毒なんだけど、でもこの「Heaven Knows」に関してはかなりそれっぽい、ハッピー・シュガー・ポップ風のキャッチーな曲作りになっていますよね。1969年にリリースされて、ビルボードでは24位と、まずまずヒットしました。
僕は1970年くらいに、新宿駅の近くにあった小さなレコード店でアルバイトしていまして、グラス・ルーツのシングル・レコードをけっこう売ったことを覚えています。いちばん人気があったのは「今日を生きよう(Let's Live For Today)」でしたけど。
それではGrass Rootsの「Heaven Knows」です。
SUGAR, SUGAR
THE ARCHIES
25 ALL-TIME GREATEST BUBBLEGUM HITS
Varèse Sarabande
SUGAR SUGAR
WILSON PICKETT'S
WILSON PICKETT’S GREATEST HITS
Atlantic
バブルガムミュージックの特色っていうと、まずリズムが単純なこと、使用するコードが少なくてややこしくないこと、そして歌詞が脳天気なこと……そんなところかな。失恋の歌とか、メッセージ・ソングとか、そういうのはまずありません。この「Sugar, Sugar」なんか、その脳天気さの見本みたいな曲です。
「Sugar, Sugar」、この曲を歌ったArchies(アーチーズ)は、テレビのアニメ番組で活躍したアニメ・バンドで、実在したバンドじゃありません。スタジオ・ミュージシャンを集めてでっちあげた架空バンドです。でもこの曲、大ヒットしました。なにしろ4週間、ビルボートのトップに立ったんだからすごいですよね。1969年のことです。作曲したのはジェフ・バリーとアンディ・キム。最初はモンキーズが歌うはずだったんだけど、モンキーズ側が「こんなちゃらちゃらした曲歌えるか」と蹴ったんだそうです。まあ、気持ちはわかりますけど。
でもこの曲、1970年に黒人ソウル・シンガー、ウィルソン・ピケットが取り上げてカバーしていて、これが相当かっこいいんです。たとえチャラい曲でも、うまい人がちゃんと歌えば、ちゃんと聴き応えある音楽になるんだという好例です。聴き比べてみてください。最初にアーチーズのオリジナルを半分ほどかけて、それからウィルソン・ピケットの歌に切り替わります。なんかまるで違う曲みたいに聞こえます。

<収録中のつぶやき>
ふふっ、ほんとにチャラいんだよね……(笑)。
でも(ウィルソン・ピケットのほうは)違うよね。ずいぶん違う曲になってます。素晴らしいです。
にゃーお(猫山)
GIRL WATCHER
THE O'KAYSIONS
HARD TO FIND 45s ON CD, VOL. 11: SUGAR POP CLASSICS
ERIC RECORDS
YELLOW RIVER
CHRISTIE
ROCK ARTIFACTS VOL.1
Sony
さて、ノース・カロライナのローカル・バンド、ヒット曲はこれひとつという典型的な「一発屋」、O'Kaysions(オケイジョンズ)が歌う「Girl Watcher」。「通りかかる女の子を道ばたでぼおっと眺めていれば、それだけでおいらはハッピー」という、もう絵に描いたようなハッピー・シュガー・ポップスです。1968年にABCレコードからリリースされて、ビルボードの5位にまで上がりました。1968年といえば政治的にも文化的にも激動の時代だったんだけど、忙中閑ありというか、巷ではこんな気楽な曲がヒットしていたんですね。

それから英国のバンド、Christie(クリスティ)が歌う「Yellow River」(イエロー・リヴァー)、もともとはザ・トレメローズ(The Tremeloes)のために作られた曲で、実際に録音までしたんですが、トレメローズが「やっぱりこれ、やめるわ」と言い出して、仕方なく彼らのヴォイス・トラックを取り去って、ジェフ・クリスティの歌を穴埋めに入れて出したら、大ヒットしました。1970年に全英1位、アメリカでは23位をマークしています。
兵役期間を終えて、血なまぐさい戦場を離れ、これから故郷のYellow Riverに戻るんだという兵隊の歌です。これは珍しく、少しばかりメッセージ性がありますね。1970年、べトナム戦争がいちばん熾烈(しれつ)だった頃だったんです。あとになってエルトン・ジョンとR.E.M.がカバーしています。
それでは二曲続けて聴いてください。オケイジョンズが歌う「Girl Watcher」、そしてクリスティが歌う「Yellow River」。
これを機会にバブルガムミュージックが再評価されればいいんだけど、難しいだろうなあ。

<収録中のつぶやき>
この曲(Yellow River)は日本でもずいぶん流行ったんだよね。当時、いっぱいかかってた。
SUGAR BABY LOVE
THE RUBETTES
HARD TO FIND 45s ON CD, VOL. 11: SUGAR POP CLASSICS
ERIC RECORDS
シュガー・ベイビー・ラブ
キャンディーズ
なみだの季節
CBS/SONY
クリスティに続いて、バブルガム一直線の英国製ヒットソングを聴いてください。こうしてみると、バブルガムミュージック関係って、意外に英国製のものが多いですね。
まずはThe Rubettes(ザ・ルベッツ)というバンドの「シュガー・ベイビー・ラブ」、1974年にリリースされ、全世界で900万枚を売るという大ヒットになりました。もうどこまでも無反省に「ハッピー・シュガー」なサウンドが潔いというか、なんというか。
この曲、日本人ではキャンディーズが日本語の歌詞でカバーしています。聴きたいですか? そうですか。じゃあ、聴いてください。「シュガー・ベイビー・ラブ」。
ルベッツとキャンディーズが続けて歌います。

キャンディーズだってかかります、村上RADIO。みゃー(猫山さん)。
DANCIN’ (ON A SATURDAY NIGHT)
BARRY BLUE
25 ALL-TIME GREATEST BUBBLEGUM HITS
Varèse Sarabande
シンガーソングライター、Barry Blue(バリー・ブルー)が歌う「Dancin' on a Saturday Night」、1973年に全英2位を記録しました。リンジー・ディ・ポールとバリー・ブルーの共作です。リンジー・ディ・ポール、一時期リンゴ・スターの恋人だった人ですね。これも相当に無反省な「イケイケ・ソング」ですが、間に入るブズーキ(註:Bouzoukeeはギリシアの民族楽器)のサウンドが、なかなか心地よい味付けになっています。といってもまあこれ、映画「その男ゾルバ」のサントラからの「いただき」みたいなものなんですけど。
Blame It On The Pony Express
JOHNNY JOHNSON AND THE BANDWAGON
Bubblegum Classics Soulful Pop
Varèse Sarabande
ジョニー・ジョンソン&ザ・バンドワゴンが演奏する「Blame It On The Pony Express」(ポニー・エクスプレスが悪いんだよ)。
ジョニー・ジョンソンはアメリカ生まれの黒人シンガーですが、英国に渡って、そこを本拠地に活躍しました。ソウル・ポップ路線の人ですが、作曲家のトニー・マコーリーと組んで、キャッチーな曲をいくつかリリースし、英国チャートの上位に送り込みました。トニー・マコーリーはエジソン・ライトハウスの「Love Grows」の作曲者ですね。この曲、UKチャートでは1970年に7位まで上がっています。
ポニー・エクスプレスというのは、1860年にアメリカで始まった、馬の乗り継ぎによる速達便のことです。ミズーリ州とカリフォルニア州サクラメントを結んでいましたが、ロッキー山脈を越え、砂漠を横切るという超ハードなコースで、インディアンの襲撃なんかもあり、事故は絶えなかったんです。
「僕の手紙がもし君に届かなかったとしたら、それは僕のせいじゃなく、ポニー・エクスプレスのせいだからね」という、なんか適当な責任回避みたいな歌詞なんですけど、こんな歌がポニー・エクスプレスとは無縁の英国で流行るというのは、なんか不思議ですよね。
HERE’S THAT RAINY DAY
JOE PASS
VIRTUOSO
Pablo Records
CATCH A FALLING STAR
PERRY COMO
YESTERDAY & TODAY ~ A CELEBRATION IN SONG
RCA
今日のクロージング音楽は、お口直しにというか、がらりと趣向を変えて、ジャズ・ギタリスト、ジョー・パスの演奏する「Here's That Rainy Day」、しっとりとした美しいバラードです。1953年にジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲し、フランク・シナトラの歌で有名になりました。Rainy Dayというのは、英語的な表現で「つらいとき」「困ったとき」のことですね。
「こんなつらい日が巡ってくるなんて、思いもしなかった。わかっていれば、夢の残りを少しでもとっておいたのに」という内容の歌です。楽しい夢の残り、しっかり保管しておきましょう。いつか雨降りの日に、きっと役に立ちます。僕も個人的に、経験的にそう実感します。
Save it for a rainy day
雨降りの日のためにそれをとっておこう
というのが今日の言葉です。

ペリー・コモの古い歌に「Catch a falling star」というのがあります。「流れ星をつかんだら、それをポケットに入れて、雨降りの日のためにとっておこう」という歌詞でした。素敵な歌詞ですね。「流れ星をつかんだら、それをポケットに入れて、雨降りの日のためにとっておこう」。そんなことができるといいんですけど。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • バブルガムと言えばバブルガム・ブラザーズを思い出す方が一定程度おられると想像します。わたしがラジオ業界に入って、最初に放り込まれた現場がブラザー・トムさんのラジオ番組でした。スタジオの熱気にあてられて、翌日熱を出し、果たしてこの業界でやっていけるのだろうかと途方にくれたことを思い出します。トムさん、おかげさまでなんとかやっております(構成ヒロコ)
  • 楽しい音楽満載であっという間でした。ガムといえば、小学校のときにむし歯予防にガムを噛みながら寝なさいと歯医者に言われ、その通りにしたら翌朝、髪の毛にガムがひっ付き、学校に行く前に大変なことになったトホホな思い出があります。お菓子会社の御曹司がクラスメイトにいて、それを言ったら、ウチではそんなこと決してしないと叱られました。(延江GP)
  • バブルガムミュージックは、アルバムにカラフルなガムが沢山描かれているポップな曲、というイメージで、村上さんがご持参いただいたアルバム(1曲目のもの)を拝見し、「まさにこんな感じ!」となりました。4曲目の「体験が人を作ります」という言葉と、曲を聴きながら村上さんが「チャラいな~」とつぶやいていたのが印象的です。1月のジャズ奥渋ストリートとは打って変わって、ポップでちょっとチャラい1時間です!(AD桜田)
  • 「バブルガムミュージック」とは1968年~1971年頃にかけて作られた、明るくキャッチーなメロディとシンプルな和音の、別名「ハッピー・ゴー・ラッキーサウンド」とも呼ばれる音楽のジャンルです。そんな、1970年前後の時代と言えば、日本で言うと「東大紛争(1968~69)」とか、「三島由紀夫割腹自殺(1970)」とか、「浅間山荘事件(1972)」とか、団塊の世代の学生運動が真っ盛りの頃。1970年前後って、社会運動が蔓延しているシリアスな時代だったのかと思いきや、若者的には<学生運動シリアス組>と<お気楽バブルガム組>とが分かれていたんだな~など、当時の社会状況を想像しながら聞くと、尚更楽しいと思います。(レオP)
  • ピンク・フロイドが初来日し、箱根の野外コンサート(日本初の野外ロックフェスらしい)で「原子心母(Atom Heart Mother)」を演奏したのは1971年8月。同じステージに、1910フルーツガム・カンパニーが登場し、今回4曲目にかかる“1,2,3 Red Light”を演奏しました。70年代初頭のユースカルチャーと騒然とした世情、伝説のプログレッシブ・ロックとバブルガムミュージック……。「しかし、すごい組み合わせですよね」と村上DJが語っていますが、ピンク・フロイドはもちろん、1910フルーツガム・カンパニーの芦ノ湖畔でのライブ演奏は聴いてみたかったですね。今回は、どこまでもハッピー・シュガーな曲のあとに村上DJが紹介した、“Save it for a rainy day” 「雨降りの日(つらかった日)のためにそれをとっておこう」という言葉が心に響きました。リスナーのみなさん、晴れの日にも雨降りの日にも、「村上RADIO」をポケットに入れておいてください。(エディターS)
  • 今回の「村上RADIO」は、バブルガムミュージック特集でした。奥渋なジャズの次がバブルガムミュージックという振れ幅。無反省に音楽を楽しみましょう(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。