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村上RADIO~アカペラで行こう~

村上RADIO~アカペラで行こう~

こんばんは、村上春樹です。
村上RADIO、今夜はアカペラで歌われる音楽を集めてみました。アカペラ(注:a cappella イタリア語)は、伴奏を伴わないコーラスだけの音楽のことです。中世の教会音楽が起源ですが、これが形を変えながら現代に受け継がれ、1950年代にはドゥワップ・ミュージックのひとつのスタイルとなりました。そして21世紀には、また新しい個性を身につけたアカペラ音楽が生まれています。今日はいろんなスタイルのアカペラ音楽を楽しんでください。

アカペラとは全然関係ないのですが、僕は生まれてこの方、二日酔いというものを経験したことがないんです。まあ、そこそこお酒は飲んできたんだけど、なぜか二日酔いになったことはありません。周りの人たちは「二日酔いくらい苦しいものはない」って言います。どんなふうに苦しいのか聞いてみると、みんなすごく具体的に親切に教えてくれます。でも、自分で実際に経験したことのない苦しみって、どれほど詳しく説明されても、今ひとつうまく理解できないんですよね。そういえば、頭痛も一度も経験したことがありません。まあ、ありがたいことなんだけど、「ちょっと世間に申し訳ないかもな」とか、ときどき思います。
THEIR HEARTS WERE FULL OF SPRING
THE FOUR FRESHMEN
THE FRESH-MAN YEAR
Capital
「アカペラで行こう」。まずはジャズ・コーラスの最高峰、Four Freshmen(フォー・フレッシュメン)の「Their Hearts Were Full Of Spring(彼らの心は春でいっぱい)」を聴いてください。この曲はビーチ・ボーイズが「A Young Man Is Gone」というタイトルで、歌詞も変えて、やはりアカペラでカバーしていますので、そちらをご存じの方のほうが多いかもしれませんね。ビーチ・ボーイズはFour Freshmen(フォー・フレッシュメン)のファンで、彼らのハーモニーを綿密に研究しました。Four Freshmen(フォー・フレッシュメン)もお返しにというか、ビーチ・ボーイズの「サーファーガール」を歌っています。
Wouldn't It Be Nice
The Beach Boys
The Pet Sounds Sessions
Capital
次は、そのFour Freshmen(フォー・フレッシュメン)研究の成果を聴いてください。ビーチ・ボーイズの「Wouldn't It Be Nice(素敵じゃないか)」、アルバム『ペット・サウンズ』の1曲目に入っている曲ですね。ビーチ・ボーイズがこれをアカペラで歌います……といってもこれはアカペラで録音したわけではなく、できあがった曲からボーカルのトラックだけを抜き出して編集したものです。だから正確にはアカペラとは呼べないんだけど、でも素晴らしいハーモニーに思わず聴き惚れてしまいます。冒頭にだけ、ちらっと楽器が入ります。

<収録中のつぶやき>
このコーラスは全部ブライアン・ウィルソンが譜面を書いているんですけどね。すごくFour Freshmen(フォー・フレッシュメン)のハーモニーに似ているでしょう。
LOOKING FOR AN ECHO
The Persuasions
spike & so,: do it a cappella
elektra
次はThe Persuasions(ザ・パースエイジョンズ)の「Looking For An Echo(エコーを求めて)」。The Persuasions(ザ・パースエイジョンズ)は、1960年代にニューヨークで結成されたアカペラを専門とするグループです。フランク・ザッパに見いだされて有名になりました。
一昔前のドゥワップのグループはエコーの効いた練習場所を求めて、街のあちこちをさまよいました。コーラスをきれいに響かせるためですね。駅の片隅とか、どこかの家の浴室とか、階段の踊り場とか、そういう響きの良い場所を見つけるのにずいぶん苦労したみたいです。The Persuasions(ザ・パースエイジョンズ)がそんな苦労話を懐かしく語ります。曲の前後にいろんなドゥワップの名曲が引用されます。曲名をあててください。
HERE, THERE AND EVERYWHERE
THE SINGERS UNLIMITED
A CAPELLA
MPS
Singers Unlimited(シンガーズ・アンリミテッド)は「ハイ・ローズ」という小洒落たジャズ・コーラスを率いていたジーン・ピュアリングが、「ハイ・ローズ」解散のあと、1967年に結成したコーラス・グループです。多重録音を巧みに用いた、精密なハーモニーが売り物でした。精密きわまりなくて、聴いていて感心しちゃうんだけど、そのぶんいくらか遊び心に欠けるところがあるかもしれません。とはいえとても美しいハーモニーです。ビートルズの「Here, There And Everywhere」を聴いてください。
Zombie Jamboree
Rockapella
MODERN A CAPPELLA
Warner Special Products
次に出てくるのはRockapella(ロッカペラ)、文字通りアカペラでロックをやっちゃおうというニューヨークのバンドです。声帯やら、身体のいろんな部分を使って楽器の音を出す、いわゆる「ヒューマンビートボックス」を駆使して、ノリのいい新しいアカペラ・サウンドを作り出しています。このへんからアカペラの歌唱スタイルも少しずつ変化を遂げていきます。
曲は「Zombie Jamboree」、お墓で夜中にゾンビたちが踊って楽しんでいるというコミカルな歌です。

<DJ余話>
人にはそれぞれいろんな癖がありますが、僕の癖は——というか、いくつもある癖のひとつは—―いろんなものの数を数えることです。たとえば階段の段数とか、いつも自然に数えちゃいます。で、途中でつい考え事をしたりして、数がわからなくなったりすると、がっかりもします。だから僕が1人で駅の階段を上ったりしているのを見かけても、声をかけたりしないでくださいね。勘定が中断されて、それでけっこう落ち込んだりしますから。まあ、些細なことなんですけど。

猫山:にゃ~。
If I Ever Hear You Knocking On My Door
Robbie Nevil
Mid-Summer Blossoms 3
SONY
次は、サザンオールスターズが1992年に発表したアルバム『世に万葉の花が咲くなり』に収録されていた“IF I EVER HEAR YOU KNOCKING ON MY DOOR”(君のノックがドアにきこえたら)をロビー・ネビルがアカペラでカバーしています。素敵な曲です。作曲は桑田佳祐、作詞はトミー・スナイダー。これは昔ながらのストリート・コーナー・ドゥワップ・スタイルを踏襲しています。
it's not unusual
voiceboys
voiceboys
Dominique Records
次は、Voice Boys(ボイス・ボーイズ)というグループ、CDも1枚しか出していないみたいだし、インターネットで検索しても情報がほとんど出てこないし、詳しいことはよくわからないんですが、どうやらスウェーデン出身のアカペラ・グループのようです。録音は2000年になっています。トム・ジョーンズの歌でヒットした「It's Not Unusual(よくあることさ)」を歌っていますが、なかなかノリがいいです。このディスクは中古屋さんのバーゲンで安く見つけました。
MARIANNE
The Modern Folk Quartet
WOLFGANG
VILLAGE GREEN
この番組ではMFQ(Modern Folk Quartet/モダン・フォーク・カルテット)がなぜかよくかかりますね。とくにひいきにしているというわけでもないんだけどね、なぜか……。
このMFQがモーツァルトの交響曲第29番の第3楽章メヌエットを、アカペラ用にアレンジしました。曲のタイトルは「Marianne」。モーツァルトの音楽ばかりを集めた、とてもユニークなアルバム『Wolfgang』の中の1曲です。ほのぼのとチャーミングなコーラスです。聴いてください。MFQが歌います、「Marianne」
Feel I it Still
PENTATONIX
PTX PRESENTS: TOP POP, VOL. 1
RCA
ペンタトニックスは2011年にアメリカで結成された5人組のアカペラ・グループ。ビートボックスがぴしっと効いています。ラップの影響を受けて、ビートボックスという人間楽器が登場してから、アカペラ音楽の概念が一変したような感がありますね。聴いていて、面白くて感心しちゃうんだけど、「おお、ここまでやるか……」みたいなところもあります。曲は「Feel It Still」。

<収録中のつぶやき>
このバンドはメンバーの中に、ビートボクサーといってビートボックス専門の人がいるんです。最初、楽器が入っているのかと思っていたけど、すごいよね、なかなか。
this boy
The Nylons
Perfect Fit
Windham Hill
レノン=マッカートニーが最も初期につくった曲の1つ、「This Boy」。日本でレコード発売されたときの邦題は「こいつ」になっていました。レコード会社の人もいろいろ考えたんでしょうが、「This Boy」が「こいつ」はちょっとないですよね。たしかシングル盤「抱きしめたい」のB面だったと思うんだけど、うろ覚えなんで、間違えていたらすみません。
1978年にカナダで結成されたアカペラ・グループ、ナイロンズが懐かしいスタイルで歌います、「This Boy」。

<収録中のつぶやき>
今回はレノン=マッカートニーとブラインアン・ウィルソンが2曲入ったんですね。ひいきにしているみたいだね(笑)。
GOD ONLY KNOWS
THE MANHATTAN TRANSFER
tonin'
ATLANTIC
マンハッタン・トランスファーがアカペラで精魂込めて歌い上げます。ブライアン・ウィルソンの名曲「God Only Knows(神のみぞ知る)」。
これもまたビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』からの曲ですね。マンハッタン・トランスファーは何度も来日していて、僕もよく聴きに行きましたが、ステージの中で必ず1曲は素敵なアカペラを聴かせてくれました。リーダーのティム・ハウザーが亡くなってしまって、とても残念です。「God Only Knows」。じっくり聞いてください。
Caravan Of Love
The Housemartins
MODERN A CAPPELLA
Warner Special Products
Isley-Jsper-Isley(アイズレー・ジャスパー・アイズレー)の1985年のヒットソング「Caravan Of Love(愛のキャラヴァン)」を、イギリスのグループ、ハウスマーティンズがアカペラで歌います。このバージョンは1986年に、UKチャートの1位をとりました。オリジナルよりヒットしちゃったんですよね。素敵なコーラスで、聴き飽きしません。
Kicks
mimi fox
Kicks
MONARCH
アカペラ特集のあとには、やはりインストゥルメンタル曲が聴きたくなりますよね。女性ジャズ・ギタリストのミミ・フォックスが、バリー・マン、シンシア・ワイルのつくった「Kicks (キックス)」を演奏します。
僕はこの曲、好きなんです。ジャズのプレイヤーが取り上げるのはとても珍しいんですが。
今日の言葉は、
デンゼル・ワシントンの台詞です。

「ぼくはかつてPIPだった」
これは「イコライザー」という映画の中の、デンゼル・ワシントンが演じる初老の元特殊部隊員の台詞です。彼は血なまぐさい過去を隠して、Do It Yourselfの店で真面目に、物静かに働いているんですが、謎めいた雰囲気があって、周りのみんなから「あんたどういう人なの、何をしてきた人なの?」とよく質問されます。そのたびに彼は“I was a Pip.”と答えます。「僕はピップだった」。でも、誰もその意味がわからない。ピップってなんだ? 要するに「グラディス・ナイト&ザ・ピップス」というソウル・グループのバック・コーラスをやっていたということなんです。だからピップスの1人で「ピップ」。とにかく本人はそう主張します。で、みんな「ほんとかよ?」と古いミュージック・ビデオを見るんだけど、もう昔のことだし、画質もあまりよくないから、よく顔の見分けがつきません。真偽のほどはわからない。この場面、面白かったです。思わず笑っちゃいました。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 5月24日、スペインの古都オビエドから、我らがDJ村上さんがスペイン語圏で最高の文学賞である「アストゥリアス王女賞(文学賞)」を受賞したという嬉しいニュースが届いた。すでに授賞理由が王室財団のサイトに発表されているが、ラストの文章が印象的だ。「……彼の声はさまざまな世代に影響を与えています。村上春樹は現代文学の偉大な長距離ランナーの一人です」。文学だけでなく、これからも村上RADIOのDJとして“偉大な長距離ランナー”であり続けてほしいですね。(エディターS)
  • 人間の声という究極の楽器を使ったアカペラ音楽特集でした。アカペラとは全然関係ありませんが、「僕は二日酔いになったことがない」「頭痛も経験したことがない」というくだりに驚愕しました。村上さんは以前「眠れないという経験がない」とも話していましたね。うらやましいー。不平等に断固抗議します(構成ヒロコ)
  • 50回目の村上RADIOでした。第一回目の放送を覚えていらっしゃいますか?初めて村上春樹さんの「声」が電波に乗った夜のことを。どんなふうに感じましたか?僕はその声を「未完成」で「初々しい」と思いました。そして……今回が、伴奏のない「声」だけのアカペラ特集だったことが、なんだか不思議だと思います。(延江GP)
  • 今月はアカペラ特集です。人の「声」ってどんな楽器より素敵かもしれない。サザンやビートルズ、ビーチボーイズの名曲のアカペラ版。心に沁みます。人と人の声が重なりハーモニーになる、その美しさを充分にお楽しみください。(レオP)
  • 吹奏楽部にいたときによく歌合奏をして、なかなかハモリが上手く出来ずに苦戦していました。先輩からは、「歌えないなら上手に吹けないよ」とも言われ、「本当にそうかな」なんて思っていましたが、息を合わせて演奏することってとても大事ですよね。きっと目を合わせ、呼吸を合わせながら歌っているのかなとイメージしながら聴いていました。あと、頭痛を経験したことがないなんて羨ましすぎます。(AD桜田)
  • 今回の村上RADIOはアカペラ特集。ビーチボーイズや桑田佳祐さんのカバー等ステキなコーラス曲が並ぶ中、個人的に嬉しかったのが、あまりラジオで流れることのない The Housemartinsの曲でした。この曲を聞いた途端、当時広島のユニクロにThe Housemartinsのポスターが飾られていたことを思い出し、孤高の選曲を目指す村上RADIOならではの嬉しい瞬間を感じた回でした。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。