『川島明 そもそもの話』4月18日放送のゲストは、くりぃむしちゅー 有田哲平さん!
実は、前々から出演オファーをしていた有田さん。ただ、この番組の収録日の前日に『しゃべくり007』の収録があることが多く、朝の5時まで打ち上げをしているためになかなか難しかったのですが…この度、ついにゲスト出演が実現!会うのは2~3年ぶりだと言う川島さんとじっくり1対1でお話を繰り広げました。
◆お笑い芸人になるまで◆
幼少期は音楽が大好きな少年だったと言う有田さん。暇さえあればレコードを聴き漁っていたそうですが…小5の時に”革命戦士”長州力に出会ってしまい、一気にプロレスに傾倒。同じくプロレス好きの相方・上田晋也さんとは高1の時に同級生として出会い、ともに『お笑いスター誕生!』が好きだったことから意気投合します。
上田さんは割と早い段階でお笑い芸人を志していたようですが、有田さんはそこまでお笑い芸人になることは考えていなかったそう。そんな中、ある日、有田さんは下北沢で開催された合コンに参加するも上手くいかず…当時、江古田に住んでいた有田さんは、当時久我山に住んでいた上田さんの家に泊まりに行きます。”昔、お笑い好きだったよなあ…”と思い出話のつもりで話していたところ、実は上田さんはその日にお笑い事務所に提出するための履歴書を書いていたところだったそうで…その流れで有田さんも一緒にコンビとして活動することに。しばらくすると大学も辞めて、コント山口君と竹田君の付き人をしながら下積み時代を過ごします。
◆改名◆
こうして「海砂利水魚」としてコンビ活動を始めた2人は、社会現象を起こしたフジテレビのバラエティ番組『ボキャブラ天国』に出演。ただ、ともに出演していたネプチューンや爆笑問題の活躍がめざましく、いつしか差をつけられてしまいます。気づけば『ボキャブラ』の放送も終了し、先が見えていなかった中、コンビに転機が訪れます。それがTBS『ウンナンの気分は上々。』での”改名対決”。1回目の対決ではバカルディが「さまぁ~ず」に改名。実はこの時、海砂利水魚が負けていたら、2人ともラグビー部だったことから「ザ・トライ」に改名することになっていたそうですが…結局、海砂利水魚は2回目の対決でコンビ名を改名することに。有田さんの好きな食べ物がクリームシチューだったという理由で「くりぃむしちゅー」に改名することになりました。さまぁ~ずは改名後、すぐに大ブレイクしますが、くりぃむしちゅーは1年くらい"何もない時期"があったとか。そんな中で上田さんの”うんちく”がきっかけとなり、仕事が増えていきました。

◆しゃべくり007◆
2008年には日本テレビで『しゃべくり007』の放送がスタート。初めは週末夕方の放送で、レギュラー放送が始まることを告知する番宣番組には、実は麒麟も出演していたのだとか。すぐに人気に火がつき、半年後にはプライムタイムでの放送に昇格。現在も続く大人気番組となります。ゲストは登場するまで出演者には秘密にされているため、有田さんをはじめとするパネラーにとっては、とにかくふざけるしかない状況に追い込まれるのと言います。ただ、『しゃべくり』では、他の番組ではカットされることが多いボケ合戦やミニコントのシーンを中心にオンエアされており、放送を見た有田さんは”ちゃんとふざけなきゃ…”と思ったともおっしゃっていました。ちなみに、進行役を務める上田さんはあまりテレビを見ないらしく、時の人がゲストで登場したときは、そのゲストのことをよく分かってない状況で仕切っていること多々あるそう…!
◆脱力タイムズ◆
フジテレビ『全力!脱力タイムズ』は芸人ゲストにだけ台本が渡されないシステムで収録が行われる、芸人にとっては試練の番組。川島さんは一度、ダミーの台本を渡されたことがあるそうですが…本番では全然違う流れで収録が進んでいき…川島さんは「やり方が汚いですよね」とも。このダミーの台本も一生懸命考えており、これをそのまま収録しても番組が成立するほどのクオリティだと言います。
有田さんいわく、『脱力タイムズ』の作り方はプロレスの考え方にもつながる部分があるそう。「"脱力タイムズはコントだから…"っていう撮り方でも成立するが、ちょっと恥ずかしい」「(今のやり方だと)その場で生まれたみたいになるから…嬉しいじゃん」と、制作の舞台裏を明かしてくださいました。

◆川島さんの転機◆
ここで、「川島の転機は2回ある」と切り出した有田さん。1つはテレビ朝日『くりぃむナントカ』に川島さんがゲストで出た際に、番組内で有田さんが体制批判をし始めたところ、川島さんが乗っかってきた時。川島さんいわく、『ホームレス中学生』の後の時期で、全てにかみつくしかなかったタイミングだったとか。有田さんは川島さんに対して”毒みたいなのも入ってきたんだ”と驚いたと言います。
もう1つがTBS『有田ジェネレーション』の”川島VSバリネコ”のくだり。マツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさんが世に出てきたタイミングで、番組が見つけたドリュー・バリネコさんという女装家が全くのポンコツキャラで、いつしか番組内で「いい加減にしろバリネコ!」と川島さんがイチからエンタメを教えるくだりが定番になりました。ちなみに、一時は有田さんと川島さんとバリネコさんのグループLINEが存在したこともあったそう。
また、川島さんが忘れられない出来事として話していたのが、『くりぃむナントカ』の収録後、タクシーを待っていたところ、有田さんと一緒になった時にポツリと言われた「川島、いま業界でもう1回来るって言われてるから」という言葉。この言葉を糧に仕事を頑張ることができたと明かしていました。
♪オンエア・リスト♪
M1. Tomorrow Never Knows / ザ・ビートルズ
M2. 未来への鍵 (feat.AKEEM DA MANAGOO) / ZEEBRA
M3. 夢で逢えたら / 銀杏BOYZ
BGM. パワー・ホール / Z・Z・Z
番組公式Xはこちら!フォロー、リポスト、いいね、よろしくお願いします!
番組宛のメッセージはこちらでお待ちしています。
実は、前々から出演オファーをしていた有田さん。ただ、この番組の収録日の前日に『しゃべくり007』の収録があることが多く、朝の5時まで打ち上げをしているためになかなか難しかったのですが…この度、ついにゲスト出演が実現!会うのは2~3年ぶりだと言う川島さんとじっくり1対1でお話を繰り広げました。
◆お笑い芸人になるまで◆
幼少期は音楽が大好きな少年だったと言う有田さん。暇さえあればレコードを聴き漁っていたそうですが…小5の時に”革命戦士”長州力に出会ってしまい、一気にプロレスに傾倒。同じくプロレス好きの相方・上田晋也さんとは高1の時に同級生として出会い、ともに『お笑いスター誕生!』が好きだったことから意気投合します。
上田さんは割と早い段階でお笑い芸人を志していたようですが、有田さんはそこまでお笑い芸人になることは考えていなかったそう。そんな中、ある日、有田さんは下北沢で開催された合コンに参加するも上手くいかず…当時、江古田に住んでいた有田さんは、当時久我山に住んでいた上田さんの家に泊まりに行きます。”昔、お笑い好きだったよなあ…”と思い出話のつもりで話していたところ、実は上田さんはその日にお笑い事務所に提出するための履歴書を書いていたところだったそうで…その流れで有田さんも一緒にコンビとして活動することに。しばらくすると大学も辞めて、コント山口君と竹田君の付き人をしながら下積み時代を過ごします。
◆改名◆
こうして「海砂利水魚」としてコンビ活動を始めた2人は、社会現象を起こしたフジテレビのバラエティ番組『ボキャブラ天国』に出演。ただ、ともに出演していたネプチューンや爆笑問題の活躍がめざましく、いつしか差をつけられてしまいます。気づけば『ボキャブラ』の放送も終了し、先が見えていなかった中、コンビに転機が訪れます。それがTBS『ウンナンの気分は上々。』での”改名対決”。1回目の対決ではバカルディが「さまぁ~ず」に改名。実はこの時、海砂利水魚が負けていたら、2人ともラグビー部だったことから「ザ・トライ」に改名することになっていたそうですが…結局、海砂利水魚は2回目の対決でコンビ名を改名することに。有田さんの好きな食べ物がクリームシチューだったという理由で「くりぃむしちゅー」に改名することになりました。さまぁ~ずは改名後、すぐに大ブレイクしますが、くりぃむしちゅーは1年くらい"何もない時期"があったとか。そんな中で上田さんの”うんちく”がきっかけとなり、仕事が増えていきました。

◆しゃべくり007◆
2008年には日本テレビで『しゃべくり007』の放送がスタート。初めは週末夕方の放送で、レギュラー放送が始まることを告知する番宣番組には、実は麒麟も出演していたのだとか。すぐに人気に火がつき、半年後にはプライムタイムでの放送に昇格。現在も続く大人気番組となります。ゲストは登場するまで出演者には秘密にされているため、有田さんをはじめとするパネラーにとっては、とにかくふざけるしかない状況に追い込まれるのと言います。ただ、『しゃべくり』では、他の番組ではカットされることが多いボケ合戦やミニコントのシーンを中心にオンエアされており、放送を見た有田さんは”ちゃんとふざけなきゃ…”と思ったともおっしゃっていました。ちなみに、進行役を務める上田さんはあまりテレビを見ないらしく、時の人がゲストで登場したときは、そのゲストのことをよく分かってない状況で仕切っていること多々あるそう…!
◆脱力タイムズ◆
フジテレビ『全力!脱力タイムズ』は芸人ゲストにだけ台本が渡されないシステムで収録が行われる、芸人にとっては試練の番組。川島さんは一度、ダミーの台本を渡されたことがあるそうですが…本番では全然違う流れで収録が進んでいき…川島さんは「やり方が汚いですよね」とも。このダミーの台本も一生懸命考えており、これをそのまま収録しても番組が成立するほどのクオリティだと言います。
有田さんいわく、『脱力タイムズ』の作り方はプロレスの考え方にもつながる部分があるそう。「"脱力タイムズはコントだから…"っていう撮り方でも成立するが、ちょっと恥ずかしい」「(今のやり方だと)その場で生まれたみたいになるから…嬉しいじゃん」と、制作の舞台裏を明かしてくださいました。

ここで、「川島の転機は2回ある」と切り出した有田さん。1つはテレビ朝日『くりぃむナントカ』に川島さんがゲストで出た際に、番組内で有田さんが体制批判をし始めたところ、川島さんが乗っかってきた時。川島さんいわく、『ホームレス中学生』の後の時期で、全てにかみつくしかなかったタイミングだったとか。有田さんは川島さんに対して”毒みたいなのも入ってきたんだ”と驚いたと言います。
もう1つがTBS『有田ジェネレーション』の”川島VSバリネコ”のくだり。マツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさんが世に出てきたタイミングで、番組が見つけたドリュー・バリネコさんという女装家が全くのポンコツキャラで、いつしか番組内で「いい加減にしろバリネコ!」と川島さんがイチからエンタメを教えるくだりが定番になりました。ちなみに、一時は有田さんと川島さんとバリネコさんのグループLINEが存在したこともあったそう。
また、川島さんが忘れられない出来事として話していたのが、『くりぃむナントカ』の収録後、タクシーを待っていたところ、有田さんと一緒になった時にポツリと言われた「川島、いま業界でもう1回来るって言われてるから」という言葉。この言葉を糧に仕事を頑張ることができたと明かしていました。
♪オンエア・リスト♪
M1. Tomorrow Never Knows / ザ・ビートルズ
M2. 未来への鍵 (feat.AKEEM DA MANAGOO) / ZEEBRA
M3. 夢で逢えたら / 銀杏BOYZ
BGM. パワー・ホール / Z・Z・Z
番組公式Xはこちら!フォロー、リポスト、いいね、よろしくお願いします!
番組宛のメッセージはこちらでお待ちしています。