yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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ストーリー

第431話 スペシャリストにならない
-【音楽家のレジェンド篇】クロード・ドビュッシー-

[2023.12.02]

Podcast 

©GAUTIER Stephane/SAGAPHOTO/Alamy/amanaimages


印象派、象徴派と言われ、独自の世界観を切り開いた、フランスの作曲家がいます。
クロード・ドビュッシー。
今年3月に亡くなった坂本龍一は、ドビュッシーを敬愛していたことで知られています。
新潮文庫の自伝『音楽は自由にする』では、中学2年生のときに、初めて弦楽四重奏曲を聴いたときの衝撃が綴られています。
自分自身をドビュッシーの生まれ変わりではないかと考えたことがあったと語り、その傾倒ぶりがうかがえます。
毎年行われるクラシックコンサートで、必ずといっていいほど、全国のどこかで演奏される、ドビュッシー。
彼の音楽の何が、ひとびとを魅了するのでしょうか。
ドビュッシーは、こんな言葉を残しています。
「私は、スペシャリストになりたくない。
自分を専門化するなんてバカげている。
自分を専門化してしまったら、それだけ、自分の宇宙を狭くしてしまうんだ。
みんなどうしてそのことに気がつかないんだろうか」
ドビュッシーは、自分を枠にあてはめられることを嫌がりました。
伝統的な奏法を無視したことで、彼が発表する曲の評価は、安定しませんでした。
高評価があるかと思えば、演奏中に観客が帰ってしまうほどの不評もあり、社会的な成功は、なかなか得られません。
内向的で頑固な気質と、女性にのめりこむ性格。
音楽院の教師や音楽出版の編集者など、周囲のひとたちは、扱いづらい芸術家に、手を焼いていました。
それでも、ドビュッシーは、前に進むことをやめません。
ガムランの響きに感動し、絵画や文学にインスパイアされ、唯一無二の音楽世界を求めたのです。
その結果、昨年生誕160年を迎えた彼の音楽は、後世に多大な影響を与え、ガーシュウィン、デューク・エリントン、マイルス・デイビスなど、ジャズ界においても、彼の格闘の歴史は引き継がれていったのです。
創っては壊し、壊しては創ることをやめなかった賢人、クロード・ドビュッシーが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

©Eric James/Alamy/amanaimages

フランスの作曲家、クロード・ドビュッシーは、1862年8月22日、フランス帝国、サン=ジェルマン=アン=レーに生まれた。
父は陶器を扱う店をやっていたが、経営はおもわしくなく、貧しかった。
気の弱い父は、勝気な母にいつも叱られていた。
一家は、あまりの困窮ぶりにサン=ジェルマンを離れ、母の実家があるパリに移り住んだ。
モンマルトルの丘のふもと。
歓楽街で、およそ子育てには不向きな場所だった。
ドビュッシーは、無口で、表情を顔に出さない子どもになった。
唯一 彼が心を許していたのは、叔母のクレメンティーヌだけだった。
クレメンティーヌは、美しく奔放で、大金持ちの男を渡り歩いていた。
なぜか彼女はドビュッシーを可愛がった。
「あんたはきっと、有名になるわ。
あたしね、そういう勘だけは当たるのよ」
彼女がカンヌの富豪と暮らしていた時、そこに、8歳のドビュッシーが呼ばれた。
短い期間だったが、この幼い日のカンヌ体験が、彼の人生を変えることになる。
カンヌの青い海、薔薇の香り、降り注ぐ清潔な太陽。
そこで、ドビュッシーは、ピアノのレッスンを受けた。
彼はのちに、こう語った。
「言葉で表現できなくなったその瞬間、音楽が始まるのです」

©StevanZZ/Alamy/amanaimages

クロード・ドビュッシーの音楽人生は、簡単には始まらない。
1870年に勃発した普仏戦争。
この戦争により、ドビュッシーの父は職を失う。
さらに父は、当時、勢いのあった反政府軍に入隊。
しかし、情勢は反転。
政府軍が粛清をおこない、反政府軍の人たちは、捕虜となり罰せられた。
ドビュッシーは9歳にして、『反逆者の子ども』というレッテルを貼られる。
アパルトマンに石が投げられ、周囲の冷たい視線の中、生きる。
牢獄の劣悪な環境の中、父は、我が息子のことを思った。
まわりの囚人に聞いてまわる。
「ウチの息子は、ピアノがうまいんです、大好きなんです、どなたか、レッスンをしてくれるひとを知りませんか?
犯罪者の息子でも、レッスンをしてくれるピアニストをご存知ないですか?
オレのせいで…オレのせいで息子はしなくていい苦労ばかりしているんです。
お願いです、誰か、誰か、息子を助けてやってください!」
返事は、ない。
絶望の果て、うつろな目をしていた父に、ある老人が近づいてきた。
「ひとり…いいピアノ教師を知っているよ」

それが、詩人ヴェルレーヌの義理の母、フルールヴィル夫人だった。
ドビュッシーは、このはからいが父のおかげだと、生涯、知らなかった。

フルールヴィル夫人は、一瞬で、クロード・ドビュッシーの才能に気がついた。
音楽の基礎知識がまるでないのに、音を感性でとらえる能力がある。
レッスン料をとらず、熱心に教える。
ただ、彼の弱点もわかっていた。
誰も信じない暗い瞳。
創ることより、壊すことに情熱を注ぐ性質。
でも、五感を音に変換する能力は、ずば抜けていた。

ドビュッシーは、10歳で、パリ音楽院に入学。
この奇跡の背後にも、父の尽力があったことを、彼は知らない。

パリ音楽院でも、ドビュッシーの閉ざされた心は、開かれることはなかった。
それどころか、裕福な同級生に恵まれた音楽環境を見せつけられ、激しいコンプレックスに、口をきくことができなくなった。
ただ、音楽院のピアノ教師、アントワーヌ・マルモンテルは、ドビュッシーに、他の生徒にはない「魅力的な素質」を見た。
ショパンの生演奏を自らの耳で聴いたことのあるマルモンテルは、ビゼーなど、多くの音楽家を育てたレジェンド。
ドビュッシーのピアノ演奏に感動を覚える一方、彼の破壊的な衝動に危機感を覚えた。
「いいかい、ドビュッシー君、音楽は、ひとを驚かすものじゃない。
ひとに幸せを与えるものなんだ。
だから、何度、壊してもいい、そのたびに、創りなさい。
100回壊したら、101回創りなさい。
誰かの真似をして、自分の世界を閉じることはない。
ただ、創りなさい。自分の世界を、自分の夢を」

「今日の不協和音が、明日の協和音である」
クロード・ドビュッシー

【ON AIR LIST】
◆『版画』より「1.塔」 / ドビュッシー(作曲)、ジャン・イヴ・ティヴォーテ(ピアノ)
※ドビュッシーがガムラン音楽に魅了され生まれた曲です

◆交響詩『海』第一楽章 地上の夜明けから正午まで / ドビュッシー(作曲)、ジャン・マルティノン(指揮)、フランス国立放送管弦楽団
◆夢 / ドビュッシー(作曲)、辻井伸行(ピアノ)
◆弦楽四重奏曲ト短調 作品10 第1楽章 アニメ・エ・トレ・デシデ / ドビュッシー(作曲)、アルバン・ベルク四重奏団
※坂本龍一さんが中学2年のとき聞いて衝撃を受けた曲です

CDブック『坂本龍一選 耳の記憶』収録

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