2018年4月20日

4月20日 南阿蘇村・立野 ニコニコ饅頭(2)

南阿蘇村・立野地区の老舗饅頭屋さん、「ニコニコ饅頭」の4代目、眄ヂ臺紊気鵑里話しです。

立野は南阿蘇村の北西にあって、JR豊肥本線、南阿蘇鉄道が接続する「立野駅」があり、また熊本市と阿蘇を結ぶ動脈、国道57号線も通るアクセスの要所。地震とそのあとの豪雨で土砂災害が相次ぎ、去年秋まで長期避難認定となって、ほとんどの住民が避難生活を余儀なくされていました。立野駅周辺の鉄道は、JR、南阿蘇鉄道ともに今なお不通となっています。

この立野駅前で、1907年・明治40年から製造販売を続けているのが「ニコニコ饅頭」。震災の約1か月後にお店を再開して、いま熊本市内のスーパーにも卸しています。

国道が通れるようになって、長期避難認定が解除。着実に立野地区の復興は進んでいるように見えますが、現状はどうなのか?眄イ気鵑吠垢ました。聞き手は中西哲生さんです。

◆住民の戻り、今は7%
(いま実際に避難されてる方はこちらに戻ってこられたり出来てるんですか?)いま7%です。やっぱり山に囲まれてますからいつ崩れがあるかどうかわからない危険地区指定になってるんですよね。今年のまた梅雨も怖いんですよね。それが明けてからだと思います。それが明けて、仮設、みなし仮設の方々がもう2年、期限の2年が経ちますから、もうそこ出なくちゃならない方は帰ってこなくちゃならない。家を持ってらっしゃる方ですね。それ以外の方は、たぶん1年延長になってると思います。その方々がこれから先どうするかは、ここに家を建てるのか、復興住宅が来年あたりできるんですよ立野に。そこに住まれるのか、またはもう立野地区外に住まれるのかですね。それはぜんぜんあと2年くらい経たないと分からないんじゃないかと思います。(町としての計画ってのは?)村づくり協議会っていうのがあってですね、それが月一回話し合い。そこで今から先の立野の地区をどうやって行くか。JR も通って南阿蘇鉄道も通って、観光、いろんな人がまた戻ってきて、そういった未来の展望の話でしてますね。
JRは聞くところによると来年の春ぐらいにはここまでは来るっていう話は聞いてましたけど、南阿蘇鉄道はあと4年。そこに向けて逆算して、ちょっとずつちょっとずつですね。


いま現在も、ハザードマップで「危険」を示す赤い区域が多い立野地区。帰還住民は7%に留まるという話でしたが町をぐるりと囲む山々には、土砂崩れの跡がそのまま残っています。「ニコニコ饅頭」がある立野駅前は、「警戒」を示す黄色の区域になっています。

徐々に道路が通り、一時帰宅する人も多くなってきたとか。その時、立野住民の皆さんは「ニコニコ饅頭」に立ち寄られているそうです。

明治40年創業の老舗の味「ニコニコ饅頭」。一口サイズの饅頭で皮がふわっふわで、甘さをおさえたこしあんがしっとり。何個でもいけちゃう美味しいお饅頭でした。

◆ニコニコ饅頭、110年変わらぬ美味しさ!
これサイズ的にはどうでしょうね、両手にちょうど乗っかるぐらいのひとパック8個入っていて「ニコニコ饅頭、阿蘇立野名物、創業明治40年!」いいじゃないですか!じゃあちょっと失礼して、あーまたいいわ、これ。タコ焼きよりもちょっと大きいくらいの。すごいしっとりしてますね、このしっとり感が・・・いただきます〜〜うん、美味しいですこれ、甘さが優しいですね(そうですね甘さをちょっと抑えてはいます)すぐもう一個食べなくなるような、あと軽いですよね、しっとり感はちゃんとあるけれども軽いし。トロッコ列車に乗って食べたかったですね。(それ是非来てください)これはいい!これだけでも食べに来る価値ありますね。このやっぱり立野の空気感っていうか、すごく静かで風が穏やかで山見ながら食べるだけですごい気持ちいいし、今お店のちょっと半分外の上のところで座って食べてますけれども、このあと、ニコニコ饅頭だけは変わらずに、皆に食べて頂けるようになるといいですね。ちょっとこれプレゼントできないのがもったいないな〜これはもう現地に来て頂いて食べて頂くということで・・・(もう是非そうして頂ければ嬉しいです)。


無添加なので消費期限はわずか1日。なので番組プレゼントは出来ませんでした。お許しを・・・。立野の景色を楽しみながら食べていただきたい。

熊本地震から2年が経ちましたが、今なお仮設住宅や借り上げ住宅などに住む避難者の数は約38000人。復興はまだまだ道半ばです。東北と同じく、行って観光するだけでも、支援につながります。GWや夏のお出かけにいかがでしょうか。

2018年4月19日

4月19日 南阿蘇村・立野 ニコニコ饅頭(1)

今週は震災から2年を迎えた、熊本からのレポートをお伝えしています。
今日と明日は、南阿蘇村・立野地区の老舗饅頭屋さん、「ニコニコ饅頭」の4代目、眄ヂ臺紊気鵑里話しです。

立野は南阿蘇村の北西にあって、JR豊肥本線、南阿蘇鉄道が接続する「立野駅」があり、また熊本市と阿蘇を結ぶ動脈、国道57号線も通るアクセスの要所。地震とそのあとの豪雨で土砂災害が相次ぎ、去年秋まで長期避難認定となって、ほとんどの住民が避難生活を余儀なくされていました。立野駅周辺の鉄道は、JR、南阿蘇鉄道ともに今なお不通となっています。

この立野駅前で、1907年・明治40年から製造販売を続けているのが「ニコニコ饅頭」。震災後、立野からはひと足が途絶えてしまいましたが、復興を願っていち早くお店を再開した眄イ気鵑砲話しを伺いました。

◆一か月後にニコニコ饅頭再スタート
(いま立野駅のすぐ横に立ってますけれども本当に気持ちのいい場所ですね)そうですね、まあ自然と水はいいですね。(ここで地震があったときは?)両親は家にいました。私は隣町に住んでますので。店の隣が家なんですね。(どれぐらいの揺れでしたか?)よく“机の下に隠れろ”って言いますけれども、そんな状態じゃないです。もうそういうことはできない状態でしたね。もう立てません。自分の身を守ることだけしか頭になかったです。前前日に地震があったんでまったく寝てなくて、もう来ないだろうな、と思った矢先だったんですね、安心して寝ようかなって時だったんでもうどうにもできなかったですね。(倒壊は?)倒壊はなかったです。私は隣町に住んでいて家も揺れましたけれども、両親はもう連絡が取れなくなって、もう一瞬、諦めました。(いつこちらの方に?)2日後です。通れたのが。国道がもうどこもぐちゃぐちゃで、最初見たときは、私、地元の消防団に入ってるので家の状況をちょっと確認したくらいで、両親が頑張ってどうにかしてる状態で、自分はすぐ学校の方が避難所になってるので消防団で駆けつけて避難してる方々の手配してましたね。(けっこう倒壊した家も多かった?)多かったです。亡くなった方も立野では3人。(ちょうどいま山を見てますけど、山の中腹から下にかけて一気に崩れてる・・・)そうですねこっちの反対側の山もすごいです。これは今まで崩れたこと一回もなかったんですよね。(この場所にはいつも学生とか会社の方とかいっぱい?)そうですね観光客が南阿蘇鉄道のトロッコ列車に乗りに来られたりとか、そういったのも多かったですね。(震災直後はもう当然お店の方は・・・)震災食後は諦めました。饅頭づくりも。それでも地元の方とか、ぜひ頑張ってくれ、ということで、また再開を目指して一ヶ月後ぐらいには無事に再開して、ここで販売はぜんぜんできないので、隣の町の道の駅に問い合わせをして、そこからまた紹介してもらって、いま熊本市内のスーパーに出してる状態です。(じゃ熊本市内のスーパーではいま買える状態?)はい。まあウチでも買えますけれども、はい。


震災後、主要道路も鉄道も不通に、しかも住民も避難した立野地区で、わずか1か月後に饅頭の製造販売を再開した眄イ気鵝1援の声や、水を運んでくれたり支援してくれる人に背中を押されて、再開を決めたということ。

いま長陽大橋が開通して国道57号線が通れるようになり、去年秋には長期避難認定が解除された立野。ただ電車は不通のままで、人通りはほぼありません。

復興への願いも込められた「ニコニコ饅頭」、いまは立野駅前のお店のほか、熊本市内のスーパーでも買うことが出来ます。
«前の記事へ || 1 | 2 | 3 |...| 818 | 819 | 820 || 次の記事へ»

パーソナリティ(月ー水)中西哲生・ケリーアン(木)中西哲生・綿谷エリナ(金)速水健朗・綿谷エリナ

メッセージ、ご意見、プレゼントご応募はこちら

LOVE & HOPE スペシャル 7年目の春便り〜ふたつの故郷(ふるさと)〜

TOKYO FM サンデースペシャル やさしい日本語 Supported by ヒューマンアカデミー

「LOVE&HOPE〜防災ハンドブック2015」PDF版ダウンロード配信中

アーカイブ

  • いのちの森
  • Support Our Kid's
  • TOKYO FM
  • JFN