2017年6月23日

6月23日 福島県川俣町の名産品「川俣シャモ」2

今朝は昨日に続いて福島県川俣町の名産品「川俣シャモ」の生産者のお話しです。

約30年前に生産が始まり、町を代表する名産品として全国に知られるようになった「川俣シャモ」。しかし震災と原発事故による風評被害によって、一時は出荷が半減するなど大きな被害を受けました。そしてその後、どのように立て直していったのか?「川俣シャモファーム」の代表、斎藤正博さんにお話を伺いました。

◆運動場を新たに作ってストレスフリーに
私らも不思議なんですけど、もう半滅というか3分の1くらいに減るんじゃないかと思ったんですけど、その割には減らなかったですね。うちのお客さんでうちは料理屋さんが多いんですよ、レストラン関係が。あとデパート。その中でいちばん気にするデパートは最初に取引ダメになりましたね。あとレストランなんかでも上からの指示で料理長は使いたいと思っても、福島県のものは使うなという指示があったんで使えないからごめんねっていうようなこともありましたけど、きちんと証明書を、1ロットごとにぜんぶ検査してましたから。それで外には出さないという、土を食べる習性っていうか放し飼いしてて草とか自由に食べられる状況から、外には出さないっていうことで、運動場の代わりになる建物を補助事業で作ったんです。それで今までと同じように放し飼いと同じような面積を確保できるようにしてストレスなく育てることができたんですね。で“問題なければ使うよ”っていう方が多かったんで、でも今でも取引再開できないところは有るんですけどね。


国の補助事業で建てた施設で、屋内管理しながらストレスなくシャモを育て、1ロットごとに検査して出荷。こうした努力が実って、約3年で元の出荷量に戻ったということでした。
そして川俣町では毎年8月に、「川俣シャモ」のお祭りが行われるんだそうです。

◆シャモまつり 一番人気は?
毎年8月に「シャモまつり」っていうのをやるんですね。で「世界一長い焼き鳥」っていいまして、最初は10メートルから始まったんですけど、そのあとよそから挑戦者が出てきたんですよ。で最後はもう26メートル、1本の竹ですよ、そういうバトルをやったりですね、丸焼き、ローストチキンですね、去年はリオのサンバにかけて103羽、1本のステンレスの串につなげて、103人で103羽焼き上げましたね。毎年、来場者多くなってますね。で、川俣に来てシャモを食べていく・・・親子丼はいちばん多いですね。あとシャモラーメンと。でもいちばん評判がいいのはやっぱ丸焼きですね。まるごと一羽食らうっていうのはやっぱり醍醐味があって旨いんじゃないですかね。


今年の「川俣シャモまつりin川俣」は、8月26日(土)・27日(日)。
ちなみに去年登場したシャモ料理のメニューは、“いちばん美味しい”という「丸焼き」のほか、焼き鳥、親子丼、焼きシャモスープ丼、つくね丼、シャモラーメン、シャモカレー、シャモメンチバーガー、シャモ肉入り手打ちそば・うどん、シャモ焼きそば(塩・ソース)などなど・・・

そんな川俣町の名産品、「川俣シャモ」の再生、復活について、斎藤さんはこう言います。

◆川俣シャモが町を元気にする
やはり川俣のシャモが全国に売れてるっていうのは、町民にとっても誇りですし、あとレストランに入って“川俣シャモがあったよ”とか、“三越に行ったら川俣シャモ売ってたよ”とか、そういうものはものすごくふるさと自慢というか、ふるさとも頑張ってるんだな!と、そういう励みにもなってると思うんですね。やっぱり川俣シャモは元気で全国に羽ばたいていくっていうことが町に関わる人たちの元気の源にもなってる気がしますね。

プリプリで噛めば噛むほど味わい深い川俣シャモは、町の農業振興公社が運営する「地鶏屋本舗」で、いろんな加工品の通販も行なっています。
川俣町農業振興公社が運営する「地鶏屋本舗」
是非チェックしてみてください!

2017年6月22日

6月22日 福島県川俣町の名産品「川俣シャモ」1

今朝は福島県川俣町の名産品、「川俣シャモ」の生産者のお話しです。

約30年前に生産が始まり、町を代表する名産品として全国に知られるようになった「川俣シャモ」。プリプリした食感と、噛めば噛むほど味わいが広がるということで評判を呼び、シャモ鍋はもちろん、ステーキや燻製、親子丼にカレーなどなどいろんな料理に使われるようになりました。

そんな「川俣シャモ」の生産農家が中心になって設立した、飼育から流通までを一手に担う「川俣シャモファーム」の代表、斎藤正博さんにお話を伺いました。そもそも川俣町にシャモが根付いた経緯とは何だったんでしょうか?

◆川俣町はシルクの町だった
川俣町はもともと絹織物の町なんですね。なぜ川俣でシャモ?ってよく聞かれるんですけど、川俣は絹織物で財を成した人がたくさん居た。で“シャモ遊び”って言って「闘鶏」ですね、それを楽しんでいた方がたくさんいたんです。それに目をつけたのが当時の町長。“よそでシャモを食べたら美味かった!”、“川俣にもシャモはいっぱいいんだから、これで町おこしは出来ないか”と。というのは川俣町で新鮮な刺身を出しても海の近くではないからそんなに喜ばれない、なにか川俣ならではの美味しいもの、ご馳走を提供したいっていう、おもてなしの心から生まれたんですね。で、純系のシャモっていうのはもの凄くかたいんですね。人間で言えばアスリートみたいな、体脂肪率5%くらいの鳥なんですけど、それとレッドコーニッシュをかけ合せて、さらにロード・アイランド・レッドという地鶏をかけ合せて、今のほどよい歯ごたえとジューシーさ、あまり脂っぽくなくて、ちょうどプリプリ感があって、噛むと肉汁が出てきて、その適度なバランスが非常にいいんじゃないかと思いますね。


そんな川俣シャモの生産者の皆さん、東日本大震災による福島第一原発事故で大きな被害を受けることになりました。

◆一度は殺処分されたシャモ
最初は何が何だかわからない状況の中で、モノが送れない、でモノが送れるようになったら、“ちょっと待ってくれ”と。“やっぱり福島県のものは使えない” とか“使うなと言われた”とか、そういうことがあって、これは大変なことになったという状況で、一回殺処分しました。これは苦しいことですよね。いちばん。あとは卵の入卵数を減らして減産、一時4割とか減らしました。私らはとにかく放射能検査をやったり、とにかく安全なものを出していこうということで、放射能を吸わない施設、今まで放し飼いしてたんですけど、それをやめて。そういったことをやってまして徐々に“安全が担保されているのであればまた使うよ”というお客さんも多くなってきて、3年くらいでほぼ元以上になってきまして、でもまだ“福島県のものだめだ”っていう人いますからね。まあこれはしょうがないことかなと思ってますけどね。


福島第一原発の事故当時、計画的避難区域の農家が休業。さらに風評被害による需要減少で平成23年は出荷数が前年比で半分以下と大きく減少しました。

明日も「川俣シャモファーム」の代表、斎藤正博さんのお話しお届けします。
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パーソナリティ:中西哲生・高橋万里恵

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