2015年1月28日

1月28日 紙の間仕切りとコンテナ仮設が伝えること〜建築家・坂茂3

建築家・坂茂さんの被災地支援についてお伝えしています。
宮城県女川町には、坂さんが手がけた仮設住宅があります。野球場の敷地内に、2階建てが3棟、3階建てが6棟並び、ほかの地域のいわゆる平屋建ての仮設住宅とは、かなり印象が違いました。

このコンテナの仮設住宅には、どんな狙いがあるのでしょうか。

◆仮設住宅のクオリティ
(聞き手:高橋万里恵)
〜私も実際に見に行かせて頂いて一番驚いたのは、どこに仮設住宅があるんだろうということでした。3階建てにもびっくりしたんですがすごく窓が大きいですよね。



坂:実はこれ、ほかの一般的な、政府が作る仮設住宅と同じ予算で広さも同じ。予算と広さを合わせないと県の予算が下りないので、全く基準としては変わりません。だけどこれだけキレイになっているのは、
やはり愛情をこめて設計をしているから。コンテナの中は比較的狭いので、中にはユニットバスを作って、コンテナを市松模様に積んでいるがコンテナの入っていないところに大きな窓をつけて光がたくさん入って風通しが良いようにして。収納家具も作り付けで学生が作ってくれた。
収納家具も最初から入れて引き渡した。全く同じ大きさでもこれだけ違うし、「隣の音も上の音も全然聞こえない」と言ってもらえた。

〜コンテナを積み上げて3階建てにすることで、簡単に考えると同じ床面積でも三倍の人たちが暮らせるということですよね。

坂:それによって土地の有効利用も図れるし、お年寄りは1階、3階の人は「景色が良い」と言ってくださる。

〜実際に伺った時も、今までの仮設と何が一番違うのかというと、住民の方々が外に出て、窓から手を振って下さる。お子さんもいて。やっぱり愛される建築に住むと人の心は全く違うのだなと。格差があるのがすごく悔しいなと思いました。

坂:格差ができてしまった。いくら政府に訴えかけても実証しなければダメ。最低限、同じ予算でもこれができる。また震災はおこる。その時に避難所は最低限でも間仕切りがあり、仮設住宅も最低限これくらいのクオリティがないとダメだと実践して見せたかった。

〜本当に身に染みる。例えば東京で地震があった場合、(一般的な仮設の)平屋の1階建てでは土地が足りない。


※従来の仮設住宅

坂:平地はないからありえない。

〜普段よくいく仮設のお父さんのお家は、収納が少ない。そうなると下にモノを置かなければいけなくて居住スペースがどんどん狭くなっているイメージだが、元々こういうものを作るというのは、やはりある程度長く、心地よく住んでもらうための配慮ということですかね。

坂:政府は最初(仮設住宅の期限は)2年だと言ったが、それが4年になり、復興が遅れている。長く仮設住宅に残念ながらいざるをえない。それなら住み心地が良くないと。長く住むことを想定して作っています。



この仮設住宅、物流に使うコンテナを積み上げたものなんですが、積み方の工夫で、1階、2階、3階のリビングの位置が重ならないようになっている。だからリビングでくつろいでいても、上の階の足音が気にならない仕組みになっているんですね。

また、コンテナを積むという簡単な方法なので、建設に時間がかからず、2階建て・3階建てにすることで、建物同士の間のスペースを広く取れる上、
おかげで、敷地内には駐車場や 多目的スペースも設置することができたと言います。この多目的スペースには臨時的にカフェがオープンするなど住民が触れ合う場としての役割も果たしています。

そして、この仮設住宅で暮らす、自治会長の木村昭道さんはこう話しています。

◆マンションのような住み心地
この棚とこの棚はボランティアさんが作って取り付けてくださった。なかったら大変です。ここに棚があるということは布団を敷いてもばっちり。下にものを置くと部屋を狭めることになる。だから上に棚を取り付けてあることでこれだけの利用ができるということ。他の一般的な仮設住宅と比較して、人の声がしない。ほかの仮設は家の中でしゃべっているように隣の声が聞こえる。一般の仮設住宅は住宅と住宅の間がギリギリ。これだけの空間があることで日あたりも良い。女川にマンションはなかったので、これはマンション(笑)



       
東京都内で行われた坂茂さんのトークセッションの模様と、そして宮城県女川町の仮設住宅の様子、お届けしました。

明日は、この3月に復活するJR石巻線・女川駅の新しい駅舎について、坂茂さんのお話をお届けします。

2015年1月27日

1月27日 女川町のコンテナ仮設住宅〜建築家・坂茂2

紙の建築で被災地支援を続ける、建築家・坂茂さんの活動です。



坂さんは紙管、つまり、紙を何重にも重ねた分厚い筒で建築材を開発。阪神淡路大震災、ニュージーランド・クライストチャーチ大地震など、災害を受けた地域に、紙の建築を提供してきました。

そしてこの紙の建築という技術は東日本大震災による避難生活にも役立てられました。

◆紙と、コンテナで被災者を救う
(聞き手:高橋万里恵)
〜東日本大震災というお話があったが、50か所以上の避難所で、紙管を使った間仕切りを作り長引く避難生活を楽にされたというお話も聞きました。

坂:これは岩手県大槌高校の体育館。神戸の震災直後の避難所と言われても区別がつかない。なぜかというと神戸の時も問題になったが避難所のプライバシーがなく、避難者の方が精神的に苦痛を持たれた。これは神戸でも新潟でも同じことが繰り返されたが政府は全くそれを変えようとしない。それなら我々の手でやるしかないと思った。中越地震の時から同じ活動をしているのだが、
紙管で間仕切りを作って・・・

〜紙管で骨組みを作って、そこに布を垂らすイメージ?

坂:(新潟)中越地震の時からずっとやって分かったが、管理する行政は「(避難所に)あまり固定的なものは困る」と。であれば開けたり閉めたり出来る必要がある。家族の人数もまちまちなので大きさも自由に合わせられないといけない。そして簡単に安く誰でも作れて、使い終わった後はリサイクルできる。ということで試作を4回繰り返して、やっとここまで到達した、中越や色んなところで試してこうなった。避難生活が長引いて夏になっちゃった避難所もあるが、そこでは蚊帳を吊りにいったり。50か所以上の避難所に、1800人と作って回った。断られる避難所もあったがあきらめずずっと東北中を回って作った。




〜被災者の方の声は。

坂:「これでゆっくり眠れる」と。ひどい避難所だと更衣室すらない。プライバシーは人間の基本的な人権だと思うが、それが無視されていた。避難所に行ってびっくりしたのが、間仕切り作って陰で酒でも飲まれたら困る、、、と言う。自分たちは夜になれば家に帰って酒を飲むくせに避難者の方は間仕切りの影でお酒を飲んじゃいけない、という。でもみなさん精神的に苦労されているので最低限それくらいの(間仕切り)は当たり前だと思う。




〜こういった活動をする中、女川町で仮設住宅も作られたんですよね。

坂:予算も少ないが、精神的なダメージも負った人たちだからこそ、綺麗で住み心地の良いところに住むべきだと思う。ニュースにもなっているが結露の問題、断熱性能の無さ、となりの家の音が聞こえる、さらに今は基礎が腐ってきていて、もう何年ももたない。収納も無いから家の中は雑然とするし、もっと改善しなければいけない。住み心地も良くしなければいけない。それともう一つ、四月の時点で分かったことだが東北500キロの海岸線が津波でやられてしまい、平地が少ない。だから政府が作る平屋の1階建て仮設住宅では十分な戸数がとれない。それは予想していた。そこで3階建て、20フィートのコンテナでできた仮説住宅を考えた。模型を作る避難所に間仕切りを作りに行くたびに、町長さん市長さんにお会いして、もし土地が十分になければ
、こういうものもできるということを説いていった。その時たまたま宮城県女川の町長さんが、「うちの町はもう作る場所がない。あと190世帯分欲しいが土地は野球場しかない」という。その場所には政府の仮設住宅だと50世帯分くらいしか作れない。それじゃ足りないということで3階建てと2階建てのコンテナ製の仮設住宅の建設が始まった。




この、宮城県女川町(おながわちょう)の、コンテナを使った仮設住宅は、海上輸送など物流に使うコンテナに、ユニットバスや作り付け家具を設置。それを市松模様に、積み上げたものです。2階建てや3階建てにすることで、仮設住宅のひと棟・ひと棟の距離も広くて、圧迫感が少ないのも印象的でした。

明日も、この女川町の仮設住宅について、建築家・坂茂さんのお話をお伝えします。
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パーソナリティ 鈴村健一

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