2014年3月24日
3月24日 cafeはまぐり堂@石巻・牡鹿半島1
今朝は、宮城県石巻市・牡鹿半島の小さな集落にある、一軒のカフェを取り上げます。
カフェの名前は「はまぐり堂」。場所は、石巻市・牡鹿半島の付け根あたり。リアス式海岸の急勾配にある、築100年の古民家を改装したお店です。
経営しているのは、震災前、この古民家で暮らしていた32歳の若い男性。亀山貴一さんです。
◆浜の魅力を伝えるカフェ
おススメは、カレーも牡鹿半島の鹿を使っている。浜の魅力を伝えられるカフェにしたい。牡鹿半島で生まれ育ち、ここが好きで暮らしてきた。豊富な食材と、海と山、その魅力をもっと出せるようなものを作りたいと思っていた。季節の海産物を使ったハマグリセットや地元の海苔を使った海苔のパンのセット、牡蠣のシチュー。牡蠣のシチューはとなりの(蛤浜の)区長さんが牡蠣養殖をやっているのでそこから買ったり。うちの親父が魚屋をやっているので、今日の包み焼きは家から持ってきたり(笑)
ちなみに、このカレーは牡鹿半島のブランド鹿「絹紅葉」の鹿肉を使っています。
牡鹿半島には「浜」という小さな集落が点在していて、cafeはまぐり堂があるのはその一つ「蛤浜(はまぐりはま)」。
震災後、亀山さんが蛤浜にお店を開こうと考えた理由。それは、このままでは失われてしまう「浜の暮らし」を、なんとか取り戻したいという想いでした。
◆生まれ育った浜を残したい
(蛤浜で)生まれ育って高校生までここで育ったが、父が魚屋を新しく建てる時に移転、その後、私は水産高校の教員に。この浜に住みたかったので、教員になったあとは女房と2人で震災前まで丸3年一緒に暮らしていたが、津波で女房が亡くなり、学校も被災して、浜は壊滅。生徒も8割が被災。生徒ととにかく日々生きるという感じで1年を過ごした。
元々牡鹿半島でも一番小さい浜で9世帯しかなかったが、震災から1年後に戻ってきたら民家は3軒しか残っていなかった。コミュニティとして成り立たない。残られていた方もこの先どうなるのかと不安な様子だった。でも、うちの民家は残った。教員をやりながらなんとかこの浜を残す方法はないかと、人は少なくなってしまったが、人が集まる場所を作ろうということでカフェや宿を作ったり、漁業も1軒だけになってしまったので、海を活かしたマリンレジャーや自然学校もできればいいなと思って一人で企画書を作り、当時入っていたNPO団体や大学、役所にもっていって実現へ向けて動き回っていた。でも、こういう小さな辺ぴなところなので厳しかった。
亀山さんは、祖父が漁師、父親が魚屋さん。その影響を受けて、魚の研究者になろうと大学の研究職に就き、その後、地元の水産高校で学校の先生に。震災後は、学校の先生を続けながら蛤浜の再生を企画書にまとめ、お休みの日に、支援者を募るため走り回ったそうです。しかし、支援者はなかなか見つからなかったと言います
明日は、cafeはまぐり堂オープンの経緯、亀山さんが考える蛤浜の「未来の姿」についてお伝えします。
『cafeはまぐり堂』サイト