木村拓哉 Flow supported by Spotify - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

木村拓哉 Flow supported by Spotify - TOKYO FM 80.0MHz - 木村拓哉

2026年01月11日Flow 第三百八十九回目

今月は、みなさんから頂いたメッセージを元にトークしていきます!
最後までお付き合いよろしくお願いします!


まずは、年末年始に出演したテレビ番組への感想のメールを沢山頂きました!

【山口県 まこ 49歳 女性】
キャプテン、明けましておめでとうございます。
「さんタク」を見て、どうしてもこの想いを伝えたくてメッセージさせて頂きました。
能登の子供食堂での野球少年がだるまに書いたメッセージ「能登最高!!」の文字を見て、涙が溢れました。
地震や災害で怖い思いをした事でしょう、悲しい思いや不便な事も多いだろうに。
しっかりした大きな時で書いた文字を見て能登が好きなのが伝わりました。
子供の力って凄い!大人が子供を守ってるだけじゃなくて、子供達に支えてもらってるんだって思いました。
とてもあたたかい気持ちになりました。


木村:これね、実は僕も、彼がだるまに文字を記入している間、何て書くんだろうなと思って、だるまをこうやって押さえてたんですよ。そしたら彼が「能登」って書き始めて、何だろうと思ったら、その能登の言葉の下に、そのままの勢いで「最高!」っていう文字をしたためた瞬間、僕自身も、山口のまこと同じような感覚になってしまって、「うわ、これヤバい!」っていうふうになったんですけど。いや本当に、同じように感じましたね。
だってさ、きっとあれぐらいの年代の子っていうのは、想像するに、国内海外問わず、もう既に色んなところに行ってみたよ、とかいう経験ってそんなにないと思うんですよ。多分、自分が暮らしているその地域から、そこまで足を伸ばしたことはないと思うんだけど。ああいう地震があったり、災害に見舞われた後でも、自分が生活している、自分の家族がいる、友達がいる、っていう、自分が育ってきたその場所を「何があっても最高」っていうふうに、本当に無垢な気持ちで表現できる、あの彼の強さと豊かさが、ものすごい僕自身にも響いたっていう感じは、あの時ありましたね。

本当に素敵な瞬間だったし、「他にも何か困ってることある?」って言ったら、「〇〇が欲しい」とかさ、個人的な欲が皆からポロポロって出てくるのかな、と思ったら、「皆が体を悪くした時に通う病院の入口に不具合があるから、それを直してほしい」とか、自分の私利私欲ではなくて、周りの皆がこうだったら絶対助かるだろうな、喜ぶだろうな、嬉しいだろうな、っていう、優先順位がそっちが上だったのが…。
だって皆、小3とか小4ですよ。その感覚が「あ、これだよな」っていう。こういうことが議員バッジを着けてる皆さんとかに直に伝わらないかな、っていう気持ちにはなったんですけどね(笑)。

でも本当に皆素敵な目をしていて。だから、素敵な目をしてる子たちって、きっとその目から入る情報だったり、景色だったり、っていうものがもっともっと素敵になっていくんだろうな、と。きっと関係してるんだろうな、っていうのは改めて感じましたね。

続いてはコチラ!

【東京都 くろねこ可愛い 56歳 女性】
キャプテン、さんタク観ました!
デニム作りからの、能登への再訪…楽しく見させて頂きました。
能登に到着後は、高市さんと遭遇とか…スゴ過ぎです(笑)
能登の方達の笑顔は、本物ですね!観ていて、涙がでちゃいました。
きっと、嬉しかったでしょうね…ビスケットさんのノリの良さも、笑ってしまいました!!
私は、たまにですが…石川県の、アンテナショップへ行ってお買い物をしています。
少しでも、復興に役立てればと思います…。
楽しい時間でした。ありがとう。


木村:さんまさんと「何か作りませんか?」っていう話になって、オリジナルのデニムのセットアップを作らせて頂きまして。
あれ大変だったと思うんですよ。デニムが立った状態で能登の空港に存在するって、冷静に考えると、ただデニムを作ったものを「はい、お持ちしました」みたいなことだと成立しないんですよ。作って頂いた、仕立てて頂いたデニムのセットアップを水通しして、それに糊付けをし、乾燥させ、乾燥させた状態をキープしたまま、東京から能登まで車で運ぶしかないんですよね。だから東京−能登間を運転してハンドルを握ってくれたスタッフが絶対にいたはずだし。だから、あれは色んなことにびっくりしましたね。

このメールにも書いてありましたが、朝の羽田空港で、能登行きの便に乗ろうと思ってゲートに行ったんですよ。「あれ? もう完全に空気違いますよね?」っていう「SPの方たちだな」っていう(人がいた)。「え、誰か来るのかな?」と思って、自分とさんまさんはちょっと早めに飛行機に搭乗して待ってたら、先ほどカウンターのところにいらっしゃったSPの方たちがドォーって入ってきて、そうしたら高市総理がいらっしゃって「あ、高市総理だ」と思って、見送ったんですよ。
そしたら、ビタッて歩みが止まりまして、「すいません。総理がご挨拶をしたいって仰ってるんですけども、今よろしいでしょうか?」ってなって。
僕は通路側でマスクしてたんですけど、さんまさんが窓際の席だったから、「あ、俺じゃねーな。きっと高市総理はさんまさんにご挨拶っていう感じなんだろうな」と思って、僕は普通に座ってたら、高市総理が戻ってこられて。そしたら、「お疲れ様です」って言ってさんまさんに挨拶してくださって。さんまさんは一言「ああ、あいよ!」っていう(笑)。「いや、総理ですよ?」っていう感じなんですけど。
高市さんは、「明石家さんまさんと私が挨拶をするっていうのは、同郷…奈良出身だから。奈良の先輩なんですよ」っていう感じのことを、通路側に座ってた僕に説明したんですよ。僕はそれを聞いて、「あー、なるほど。じゃあ、おふたりとも奈良のどローカルってことですね」って言ってマスクをぷっと下げて「お疲れ様です」って言ったら、そしたら高市さんが「はっ」て、その時に「キムタクや…!」っていう感じになってくださって。それで「夢のようでございます…」って言いながら座席の方にお座りになられて、飛行機は飛び。

後から分かったんですけど、その便には高市総理だけではなく、佐々木朗希くんも乗ってたらしくて。石川県の方で野球教室を開かれるっていうのに参加する佐々木朗希選手だったり、高市総理だったり、明石家さんまさんだったりっていうね。ちょっと中身の濃い便だったらしいんですけど。

その後、能登空港に無事着陸しまして、そしたらまたスタッフの方たちが迅速に高市さんが飛行機を降りるためにバーッと通路を通ってきて、また僕らの横で一瞬ビタッて止まって、「お先に失礼致します」みたいな感じで言ってくれて「お疲れ様でーす」って見送ろうっていう感じだったんですけど。
そしたらパッてこちらを見てくださって、「最初の写真集、宝物でございますぅ」って言いながら飛行機を降りて行かれて。「え、マジか…」って思ってたら、そしたら横の席からさんまさんが「お前、去年のライブDVDとかやれや。絶対喜ぶで」っていうふうに言ってきたんですけど。
いや、あげるってなっても、「ピンポーン。これ届けに来たんですけど」って、それはヤバいですよね、って言ったら、「それはアカンな」っていう。

で、そのまま飛行機を降りて、立っている状態のデニムにご面会っていう形で、そのままロケがスタートしていったんですけど。なかなか濃い飛行機でしたよね。

続いても、年末年始に出演したテレビ番組への感想です。

【愛知県 ひろみん 52歳 女性】
拓哉キャプテン、こんにちワン!!!
年末年始の映画マスカレード・ホテル、マスカレード・ナイトの地上波放送、堂本兄弟、お正月恒例のさんタク、BABA抜き最弱王、拓哉キャプテンの出てるテレビ番組全部観ました!
木村拓哉祭りで嬉しい悲鳴でした。
堂本兄弟の「愛のかたまり」、さんタクの「名前を呼ぶよ」、拓哉キャプテンの歌声心に響いて素敵すぎました。
今年のライブ楽しみにしています。
まさか最弱王になるとは…。でもまた次回も観られるのでファンは大喜びです。
映画教場も楽しみです。
拓哉キャプテンいつもありがとう!
体調には気をつけて今年も宜しくお願いします。


木村:私が最弱王です。
すごいですよね。名だたる…だって、前日に試合をして勝利を収めた日本代表のバスケットボール選手が、帰国してそのままババ抜きの現場に来るって。
最弱王になるととんでもない枷を食らうことになるんですよね(笑)。だからこれ、すげーなと思ったんですよ。「最弱王になった人は、次回には無条件で参加しないといけない」っていうことらしいので。いつなんですかね? 「BABA抜き最弱王」の収録があるってなったら、どこにいようが駆け付けないといけない、ってことですもんね。
次回も参加させて頂こうかなと思います。

そして、1月1日にNetflixで独占配信された 「教場 Reunion」を観てくださった方からもメッセージ頂きました!

【埼玉県 けんた 35歳 男性】
拓哉キャプテン、こんにちは!
Netflixで配信スタートした『教場 Reunion』をさっそく観ました!
やっぱり風間公親教官のあの眼光、ヤバいです。
冷たくて怖いのに、どこか生徒たちを信じているような深さがあって、毎回心を掴まれます。
第205期の生徒のトラウマや秘密を暴くところも相変わらず容赦なくて震え上がりました。
そして、過去の卒業生たちが再び集まるシーンも胸熱でした。
観終わった後の余韻がすごくて、しばらく放心状態でしたが、勢いでシリーズを一気に観直しました…
後編の『Requiem』も劇場へ絶対観に行きます!
キャプテン、撮影お疲れさまでした。
撮影の裏話とか番組で聞けたらうれしいです!


木村:しばらく放心状態っていう、それぐらいになって頂けると、作った甲斐があるなっていうのは本当に思うんですけども。
再集結するシーン。あちらは確かに過去の卒業生が一堂に会して、おお〜、っていうメンツはいるんだが、しかし…っていう。「久しぶり!」っていうことをあまり口にできない自分。なにせ自分が風間の状態で現場にいると、全員が全員「あ、お疲れ様です…!」っていう(笑)。全員、気をつけをするんですよ。本当は熱くなりたかったんですけど。

前編となる映画「教場 Reunion」、こちらは1月1日からNetflixで配信スタートしています。
後編となる映画「教場 Requiem」は2月20日から劇場で公開なので、是非また皆さんに受け取って頂けたらな、と思います。よろしくお願いします!

最後にメールを1通紹介します!

【愛知県 海賊団A 70歳 女性】
拓哉キャプテン 明けましておめでとうございます! 
去年は「グランメゾンパリ」「TOKYOタクシー」と立て続けに見に行きました。 
「グランメゾンパリ」は7回 今の所「TOKYOタクシー」も7回見ました!
そして今年は新年早々Netflixにて 「教場」を早速見ました!
風間教官の迫力満点で面白かったです。
2月公開の教場も見にいきますね!


木村:でもこんなに行ってくれてるのって、これ、いい加減次のセリフが出てきますよね。7回ですよ。「TOKYOタクシー」に関しては、「今のところ」って書いてあるんですけど。
でも、こんなにたくさん何度も受け取ってくれるなんて、本当にマジでやったかいがありましたね。ありがとうございます。良かったら、もうちょっと受け取って頂けると非常に嬉しいです。

「グランメゾンパリ」の方も、地上波でやるみたいですね。今夜9時から、よかったら是非、こちらも召し上がれ。

[OA曲]
なし

[BGM]
M.心得/Uru
M.Sante/山下達郎

2026年01月04日Flow 第三百八十八回目

みなさん、新年あけましておめでとうございます!
2026年1月4日! 今年1発目の放送です!

今年の抱負を込めて! 毎年恒例の書初め「おめ言葉」いきましょう!


木村:2023年に書かせていただいた文字は「夢」。2024年は「逢(う)」という文字にさせていただきまして。で、ライブとかをやらせてもらったんですけども。
2025年、去年は、「誠」という言葉。なぜその文字を選んだのかと言いますと、AIだったりとか、様々なものがデジタル化されて、圧縮されて、仮想のものではなく、「誠」の存在だったり、「誠」の気持ちだったり、実際に本当に実在する価値、意味、そういったものを自分でも作っていけたらいいかな、と思って、そういう作品に携われたらいいなという思いで、「誠」という言葉にさせていただいたんですが。

2026年はどうしましょうね? これにしましょうかね。
今年は、こちらにさせていただきます。…はい。「響(く)」という漢字があると思うんですけども、そちらにさせていただきました。

「響く」のはいろんなものがあると思うんですけども、例えば、それが言葉だったりとか、気持ちだったりとか。皆さんの中で「響く」という文字で見慣れているとは思うんですけども、「音が響く」っていう部分でもこの言葉はよく使いますよね。
一文字で表現すると、どうしてもウイスキーみたいになっちゃうんですけども、そういうアルコール的な意味合いではなく、気持ちだったり、声だったり、作品だったり、音が、皆さんに響けばいいな、響きが届けばいいな、っていうことで、この言葉にさせていただきます。
木村拓哉「Flow」、今年もよろしくお願いします!

いつもたくさんのメッセージ、本当にありがとうございます。
今月1月はゲストなし! 皆さんから届いたメッセージを出来るだけ紹介していきます。

まずは、現在公開中の映画「TOKYOタクシー」を観てくださった方々から、本当にたくさんの感想メッセージを頂きました!


【北海道 さくら 36歳 女性】
キャプテン、映画「TOKYOタクシー」公開初日、朝一番の回で受け取ってきました。
タクシーという小さな空間から、無限に広がっていく過去への旅。
車窓から見える今の景色と、あの頃見ていた景色。
それらを行き来しながら、苦しくなったり温かくなったりの2時間でした。
特に、蒼井優さんの無邪気な笑顔と決意に満ちた表情が印象的で、Flowでのトークを思い出しながら、スクリーンに見入ってしまいました。
すみれさんを見ながら、晩年の自分はどんなふうに人生を振り返るのだろう、そこに浩二さんのような人が寄り添ってくれたらどんなに嬉しいだろうか、と思いました。
日常に寄り添う素敵な作品をありがとうございました!


木村:いや〜、この音(BGM:月の美しい夜に「TOKYOタクシー」サウンドトラックから)をバックにみんなからのメールを紹介するってなると、どうしても読む自分もいつものテンポじゃなくなりますね。単純にメールを読むっていう感じじゃなくなりますね。音楽の力ってすごいな〜。

こちらのメッセージも「TOKYOタクシー」です。

【群馬県 イクサン 70歳 女性】
キャプテンこんにちは!! TOKYOタクシー観てきました。
お二人の表情やしぐさに魅せられ、すごく優しい気持ちになりました。
その後、病院に行くためにタクシーのお世話になったのですが、その運転手さんが「お客さんの話を聞いて車を速く走らせたいと思うこともあるし、ゆっくり走ってあげようと思うことがある」とおっしゃったので、「TOKYOタクシーみたいですね」と言ったら、「今一番見たい映画です」って…。
そこからTOKYOタクシーとキャプテンの話で盛り上がってしまいました。
絶対見に行くとおっしゃっていました。
浩二さんのような優しい運転手さんでしたよ。
もう一度、浩二さん、すみれさんに会いに行ってきます。


木村:いや、嬉しいっすね。その車内のイクサンと運転手さんの会話が、もう僕の勝手な頭の中の映像になってきて、なんか嬉しいな。
実際に倍賞さんと共に山田監督の指揮のもと、「TOKYOタクシー」という映画を撮影させていただいたんですが、僕らは台本というものがあって、セリフというものがあって、それぞれの担うキャラクターっていうものがあって、それを表現はさせてもらってるんですけども。
イクサンのように、実際にこうやって病院に行くためにタクシーにお世話になっていこうかしら、って乗ったら、その車内でこういうリアルで具体的なやり取りが実在してくれてるっていうこと、またそれを「TOKYOタクシー」を作った僕たちに届けてくださるこの感じが、すごくありがたいですね。
本当にあの作品に参加できてよかったな、って、こういうメッセージを読ませていただくと改めて感じます。ありがとうございます。

そして、こちらも「TOKYOタクシー」のメッセージ!

【香川県 もにゅもにゅ 50歳 女性】
映画『TOKYOタクシー』を83歳の母を誘って見てきました。
ひざを悪くし、視力も落ちてきて、あまり外出をしなくなった母に「倍賞千恵子さんと木村拓哉さんの映画を見に行かない?山田洋次監督の・・・」と誘うと、「ああ、タクシーの?見たい!」と目をキラキラ輝かせてとても嬉しそうに応えてくれました。
映画館は暗くて足元が見えにくいので、しっかり手を繋いで席まで歩きました。
母と手を繋ぐのは何十年ぶりだったでしょう(^^)
TOKYOタクシーは、大切な人を大切にしたくなる、とても素晴らしい映画でした。
隣の母は笑っていることもありましたが、ずっと泣いていたように思います。
後で感想を聞いたら、すみれさんと同世代の自分の半生と重ね合わせて、共感と感動で涙が止まらなかったようです。
そして、「こんな素敵な映画に連れてきてくれてありがとう。若い頃は映画が大好きでしょっちゅう映画館に通ったな、あの頃の気持ちに戻れたみたいで嬉しかった、すごく楽しかった。もう一回見たい」と言ってもらえました。
山田洋次監督、倍賞千恵子さん、キャプテン、そしてこの映画に携わられたすべての皆様、本当に素晴らしい映画をありがとうございました。
もう一回、母と映画を見に行きます!


木村:わーお。なんだかなぁ。こういう皆さんの「何十年かぶりに手を繋いだ」とか、「あの頃の気持ちに戻れたみたいで嬉しかった」とか、「こんな素敵な映画に連れてきてくれてありがとう」っていう、監督とか倍賞さんだけでなく、「映画に携わられたすべての皆様、本当に素晴らしい映画をありがとうございました」っていう、これはもう、現場冥利につきますね。本当に嬉しいです。ありがとうございます。

さらに「TOKYOタクシー」のメッセージ、もう1通紹介させて頂きます!

【熊本県 いつよ 58歳 女性】
昨年父を亡くした88歳の母は、一人暮らしです。
父が亡くなって10日ほどした頃に心配で様子を見に行くと、室内から拍手と歓声が!
そこには、木村さんのラジオを聴いて「やった〜!映画がある!」と1人手をたたいて喜んでいる母の姿がありました。
そして、その母と2人でTOKYOタクシーを観てきました。
向かう途中に足が遅くなった母に気づき、ゆっくり歩いていきましたが、映画を見終わった後は自然に腕を組んでいました。
私も恥ずかしかったので「TOKYOタクシー観たから今日から腕組むね」といいました。
高齢の母だけでなく、これからの自分の生き方について学べた素晴らしい映画でした。
次は「教場」を絶対に観に行く約束をしました。


木村:ちょっと照れ臭さと言うか、「「TOKYOタクシー」を観たから、今日から腕組むね」みたいな。遠まわしなんだけど。
いやでも、そういうきっかけになっていただけたのも嬉しいし、いつよさんの88歳のお母さんが、部屋で「やった〜!映画がある!」っていう(笑)。そんなに喜んでもらえるんですね。やりがいあるなぁ。

でも、「TOKYOタクシー」をいつよさんとお母さんで観に行っていただいて、すごい温かい気持ちになっていただいたのはすごい嬉しいし、「次は「教場」を絶対に観に行く」っていう約束をしてくれて本当嬉しいんですけど。
「TOKYOタクシー」をやるその本編の上映前の予告に、なんか風間がいるらしいんですよ。で、「うわ、風間(笑)」っていう、すごい重々しい、なんか冷た〜い空気が劇場内を漂った後に、「TOKYOタクシー」が始まるらしいんですけど。
皆さんにものすごい温度差を味わわせてしまって、ちょっと僕的には、申し訳ないけども、それぞれの楽しみ方をしていただけないでしょうか、っていう。温度がここまで違うものに携わっている者が、劇場でたまたまタイミングが近くなったりとかすると、若干申し訳ない気持ちになるんですよね。

熊本県のいつよさん。もうちょっとお母様との温かい空気を構築していただくためにも、ぜひぜひあと一度ぐらいは乗車していただいて。で、その時にもう1回考えてもらおうかな(笑)。
それで、もしよかったら、ぜひぜひ感想を送ってください。待ってます。

山田洋次監督91作目の最新作映画「TOKYOタクシー」、現在公開中です。ぜひ、皆さん、受け取ってください。
2026年、今年も一緒に楽しい1年にしていきましょう!

[OA曲]
M.NEW START/木村拓哉

2025年12月28日Flow 第三百八十七回目「拓哉キャプテン × 小日向文世」Part3

今週は2025年最後の放送です。
そして、今月のマンスリーゲスト、小日向文世さんとのトークも今週が最後!
こひさんにとっての「人生の1曲」も伺います! お楽しみに!


木村:本当に毎年のようにいろんな作品でご一緒させていただいてますね。撮影中は、一緒に食事行ったりとか、あんまりないですもんね。終わった後ですもんね。

小日向:あー、俺はあんまり…。

木村:あんまり出ないですもんね、こひさん。

小日向:俺ね、あんまり芸能界の人と交友関係がないのかな。っていうか、俺は終わるとすぐ家に帰って、家の時間をすごい大事にするから。

木村:本当に、終わった後、誰よりも早いんですよ。スタジオから前室に行くまでに、役ではめてる腕時計とか、入構証とか、あれを全部外してるもんね。「じゃあね、じゃあね、お疲れ様、お疲れ様!」って言って、本当にビュンって…。

小日向:いや、木村くんも早いよ。

木村:いや、俺は、ある程度、その日の出演者の皆とか前室のスタッフと、ちらっ、ほらっ、ぐらいの話をして、帰りますけど。こひさんは早いっすよ。

小日向:まあそうだね。よく終わった後に飲みに行ったり食事行ったりする人もいるけど、俺はとにかく家に帰りたいね。俺地方行っても、できるだけ日帰りで帰ってくるから。

木村:え? 泊まらずに?

小日向:うん。帰れるなら、もう最終でも帰ってくる。

木村:お家ってやっぱり一番心地いいですか?

小日向:そうだね。やっぱり着替えてゆるゆるの寝巻状態にして、それでゆっくりウイスキーかなんか飲みながらYouTubeを見る時間が、もうそこが一番幸せだね。

木村:(笑)。やっぱそこなんですね。

小日向:そうだね。そこはやっぱり自分が一番リラックスできる時間。だからもう、俺は外国なんかも行きたくないんだよね。仕事とかでも、本当に嫌なんだよね。

木村:いや、多分今マネージャーさんは「何てこと言ってくれてんだ」って思ってると思いますけど。

小日向:だから、家が一番いい。これはもう嘘でもない。
昔ね、「HERO」の時、皆で飲んだ後に俺が先に帰ったの。そしたらね、矢島か誰かから電話かかってきて、「今木村くんちいるんだ。来い!」と言われたけどね、「ううん、俺行かない」って言ったんだよね。それで、うちの女房が「何?」って言ったから、「いや、今皆が2次会で木村くんちに行ってるんだって。俺は面倒くさいから行かない」って言ったら、うちの女房が「何で行かないの? 木村拓哉さんの家でしょ?」って言うから、「え〜、面倒くさいもん」って言ったら、「信じられない!」って言われたけどね(笑)。
そんなチャンス滅多にないでしょ?

木村:(笑)。いや〜、チャンスとかそういうことじゃなく。でも本当にお家が好きと言うか、もうあっという間に帰るし。

小日向:ほら、コロナでさ、自粛期間が2ヶ月間あったじゃない。あの時、俺、外に2回しか出てないから。

木村:外気に?

小日向:そう。定期的に「ぶらり途中下車」はあったけど、家から車で送ってもらって帰ってくるだけで、その時は「ぶらり」のスタッフもロケできないから、昔の映像を再編集してそれをちょっと喋るだけ。
だから本当に表を歩いたのは、うちの女房の買い物に付き合った2回だけ。だから2ヶ月間、外に2回しか出てない。

木村:へぇ〜。でも、それでも全然苦じゃない?

小日向:全然! 家の中がもう楽しくて! もう大っぴらに家にいられるってことが。

木村:(笑)。

小日向:で、仕事も止まってるから、セリフも入れなくていいじゃん。

木村:「セリフを入れる」って、やっぱりストレスですか?

小日向:ストレスだよ〜。

木村:(笑)。こんなはっきり言ってくれる人がいるんですね。

小日向:もうストレス、ストレス。だから、セリフのない役だったら楽しいだろうな、と思うよね。

木村:でも舞台の時とかどうするんですか?

小日向:稽古があるからね。そこでセリフを一生懸命やるしかない。でもやだよ。

木村:あの「入れる」っていう作業って…。

小日向:だから、映像は大変。木村くんだって昔、首相の役でさ、めちゃくちゃ長いやつ評判だったけど、でも木村くんはセリフ入れるのは早いもん。

木村:いや、早くないですよ。

小日向:木村くん、どうやって入れてるんだろうと思うよ。だってあの頃ってバラエティーもいっぱいやってたしさ、ライブもあったり、その中で、セリフを(入れていた)。「HERO」の時も裁判のシーンでめっちゃ長いセリフを、いつ入れてんだ?って。だけど、現場で台本を見てないんだよ。だから本当にすごいと思う。

木村:皆はどうしてんのかな、と思って。

小日向:ギリギリ。

木村:でも、こひさんぐらい真っ直ぐどストレートに「もーストレスだよ!」って言ってくれる人がいると、すごい安心します。やっぱり自分もそうだし。

小日向:だけど、これが仕事だからね。これでお金もらってるんだから頑張らなきゃと思うよね。現場で「すいません!」って、セリフで止まるのはやっぱり申し訳ないと思うから、現場では最低限セリフだけは入ってないとね。一言一句間違えずに。
だから、僕のポケットにはカンペだらけなんですよ。

木村:それを取るのが楽しいんですよ(笑)。

小日向:(笑)。

ここからは、この番組「Flow」に届いているリスナーからのメッセージに小日向さんにもお付き合いをしてもらいます!
まずは、こちらのメッセージから!


【東京都 たこすけ 61歳 女性】
唐突ですが、もしも6週間、お時間ができたらどう過ごされますか?


小日向:6週間。1ヶ月半ぐらいあるね。うちは今ワンちゃんを介護してるけど、もしワンちゃんがいないとするとね。そしたらまず、女房と旅行に行きますね。

木村:国内?

小日向:国内。外国は行かない。

木村:何で外国に行かないんですか?

小日向:(日本を)出る時が面倒くさいじゃん。俺はあれが嫌なんだよ。もうものすごいストレスだから。

木村:「面倒くさい」(笑)。でも行かないと見れないじゃないですか。

小日向:いや、外国なんか特別に見たいものないもん。

木村:行きたくないんですか。

小日向:行きたくない。

木村:国内だったらOKだけど?

小日向:うん。言葉が通じないっていうのが、俺の中ではものすごいストレス。

木村:へえ〜。じゃあ、(6週間の時間があったら)奥様と国内旅行に行く。

小日向:あとは、ゆっくり家で過ごす。

木村:来月、次の年72歳になられるこひさんが、「よし、ちょっとこれやってみようかな」とか、「ちょっと目標を掲げてみようかな」とか、そういうものってあったりしますか?

小日向:目標はね、本当はちょっとゆっくりしたいな、ってずっと思ってたんだけど…。

木村:だって、ずっとゆっくりしてるじゃないですか(笑)。

小日向:(笑)。でも、最近年配の俳優さんと共演する機会があって、やっぱり頑張らなきゃ駄目だな、って。役者として、頑張って仕事をしようかな、と思ってる。チャレンジ。やっぱりギリギリまで現役でいたいの。

木村:いつぐらいまで現役でいたいですか?

小日向:一応、90歳ぐらいまでは現役でいたいね。

木村:90歳でおしまいですか?

小日向:一応、96歳ぐらいまで生きたいな、と思ってるんだよね。96って意外とね、そんな先の話じゃないんだよね。96って言うと、今俺、まもなく72だからね。

木村:96だとあと24年か。

小日向:結構あるかな?

木村:あるでしょう。

小日向:そっか。でもなんかあれだね。やっぱりちょっと、もう1つぐらい、がっつり共演したいね。

木村:じゃあ、お互いに考えましょうよ。

小日向:…うん。

木村:「うん」って、多分考える気ない「うん」だったね、今。

小日向:いやいや、面倒くさいじゃん、そういうの(笑)。

木村:(笑)。

小日向:共演したい気持ちはあるけど。

木村:でも、面倒くさいのは僕もあんまり好きじゃないから、本(脚本)を考えたりとかそういうのはないですよ。でもなんか「こういうのをご一緒できたら」とか。

小日向:何でもいいや。

木村:「何でもいい」(笑)。

小日向:いやいや(笑)。現代劇でもいいんだよ。でもちょっと考えるのはさ、「ああ、いい作品に出会えたな」っていうものを常に追い求めてるのはあるわけさ。「もしかしたらこれが小日向の代表作になるかもしれないな」って思えるようなものに。だから、そういう意味じゃ欲張りだよね。そういうものに出会いたいな、ってずっと思ってんの。
そういう中で、木村くんと共演した作品が代表作になる作品だったらいいな、という思いもあるしさ。

木村:ありがとうございます。

小日向:そういうふうに思って、だから現役を続けないとそれは実現できないからね。それには健康をキープしなきゃいけない。食生活もすごい気をつけようと思ってんだ。健康にいいものは。

木村:まぁ、多分変わらないんでしょうね、きっとね。こひさんはこひさんのまま、いつづけてくださると思うんですけど。

小日向:(笑)。

木村:そして、2026年の元旦1月1日より、Netflixの方で、前編となります映画「教場 Reunion」が配信開始と。
そして、その後編となります映画「教場 Requiem」の方は、2月20日より劇場で公開、ということになってますので、皆さんよろしくお願いいたします。
この番組、毎回ゲストの方に「人生の1曲」っていうのを伺ってるんですけど、聞いていいですか?

小日向:そうそう、俺も迷ったよ。いっぱいあって、「人生の1曲」なんて言えないよ?

木村:いや、言ってくださいよ(笑)。

小日向:いやいや、選びきれないのよ。だけど、絞りに絞って、ビートルズの「The Long And Winding Road」とか…。

木村:「とか」?

小日向:10ccの「I'm Not in Love」が好きなのよ。

木村:どっちですか?

小日向:で、10ccの「I'm Not in Love」にしました。これはね、悲しい曲なんですよ。

木村:何でこれなんですか?

小日向:これはね、僕がちょうど写真学校にいる頃、プロのカメラマンの助手をやってて、カメラマンがモデルさんを撮ってる時に流してた音楽が「I'm Not in Love」だったの。「いい曲だな〜」と思って。それから聴くようになって。「I'm Not in Love」が出始めの頃で、僕が21歳ぐらいかな。それで歌詞を見たら、失恋してるような曲なわけ。心情的にすごく自分によくぴったり合うなって。
それで、写真学校の時に、課題で付き合ってる女の子をモデルにしてスライドを撮って、それを「I'm Not in Love」を流しながら発表した経験があるの。その女の子には捨てられましたけどね。

木村:その曲を流したからじゃないですか(笑)?

小日向:ん? そうかな? とにかく、いい曲なんですよ。僕はこれ未だに飽きないんで。知ってる? 知ってるでしょ? 「I'm Not in Love」。

木村:10ccって、聴けば多分間違いなくわかる。

小日向:僕が21歳ぐらいの時で、19歳違いだから、もう生まれてる。2〜3歳の頃。

木村:この曲が出たのが1975年なんで、俺3歳です。3歳の時は、多分10ccは聴いてないです。「およげ!たいやきくん」は聴いてたと思います。

小日向:(笑)。

木村:ということで、今月のマンスリーゲストは小日向文世さんでした。ありがとうございました!

小日向:どうも! 楽しかったです。ありがとうございました!

[OA曲]
M.I'm not in Love/10cc

M.心得/Uru

2025年12月21日Flow 第三百八十六回目「拓哉キャプテン × 小日向文世」Part2

今月のマンスリーゲストは、映画「教場」でも共演させていただいている、俳優の小日向文世さん!
今週はどんなトークになるのか? お楽しみに!


木村:本当に25年近く、色々な作品をやらせてもらってるんですけど、その中で「これは絶対共通の話題として挙がるだろうな」と思ってたのが、シンガーソングライターのUruさん。このFlowにもゲストで来てくださったりとか、あと「風間公親−教場0−」っていう作品の主題歌の「心得」という楽曲を作ってくださって。

小日向:すごいよね。

木村:あのUruさんを、一番最初に僕に(教えてくれたのは小日向さん)。撮影現場の前室でしたよね? あれは「HERO」でしたっけ? 「マスカレード」じゃないですよね?

小日向:どっちかだ。俺、その頃やたらYouTubeで(Uruさんの歌を)聴いてて、めっちゃ良くて。それで、Uruさんが色んな人の曲を歌ってる中で「夜空ノムコウ」を歌ってて、「お、いいな」と思って。俺が「木村くん、これいいよ。聴いたことある?」って。

木村:そう。それで、聴かせてくれたんですよ。聴かせてくれたと言うか、それはYouTubeだったんで動画を再生してくださって。
そしたらそこに映し出されたのが、当時、色んなアーティストの曲を、Uruさんがピアノを弾かれて、歌も歌って、レコーディングしてるっていうので。確か、マイクで顔半分が見えないような感じにされてて、ろうそくの明かりか何かを焚いて、ちょっと白黒で、すごい雰囲気があって。歌詞と歌詞の行間で、Uruさんが目を横に持っていく瞬間がすごくいいんですよね。

小日向:そうそう、いいんだよね。

木村:それを、撮影現場で、こひさんから「木村くん。この『夜空ノムコウ』聴いたことある?」って言われて、「え? 誰ですか?」って言ったら、「Uruちゃんって言ってね。いいから観て、これ最高だから」って観させてもらって、「おー確かに」、「他にどんな曲歌ってんだろう?」、と。

小日向:たくさん歌ってるんだよね。

木村:尾崎豊さんの「OH MY LITTLE GIRL」だったりとか、本当に素敵な歌のカバーをされていて。もう1曲、「ライオンハート」とかもやってくれてたんですよ。で、「うわ、すごい素敵な人だな」っていうのがずっと残ってて、今に至るから、なんかすごい不思議なんですよ。
で、実際にお会いして…。

小日向:ここに座ったわけでしょ?

木村:座りました。

小日向:おお…! だけどUruさんもさ、まさか木村拓哉と2人でTOKYO FMのラジオでこうやって会話するなんて、夢にも思ってなかっただろうね。

木村:いやいや。それよりも、ドラマの主題歌もやってくれましたし、僕もその作品がすごい好きになって。
それこそ「風間公親」っていう作品をやらせてもらった時に、あのUruさんの「心得」っていう歌がすごい支えてくれたんです。マジで。
自分的にもすごい助かったし、Uruさんは色んなアーティストの方をカバーしてらっしゃいますけど、逆に、「心得」っていうUruさんの作品を自分がやったらどうなのかな、と思って。「カバーしてもいいですか?」っていうお話をさせてもらって、UruさんからOKをいただいて、自分のアルバムに入れたんですけど。

小日向:おお〜。

木村:あそこで、あのYouTubeを「観て観て」って言ってくれて、今の現状っていうのは、何か不思議ですよ。こひさんのああいうアンテナはどこにあるんですか? 全部YouTube?

小日向:全部YouTube。YouTubeはとにかく、音楽から映像も全部見れるじゃない。

木村:確かに。だって、映像配信コンテンツですからね。

小日向:そうだよね。あと、色んな政治的な座談会とかも観れるしさ。俺は今もう全部そこから情報を得てますから。

木村:あ、情報はそこからなんですか?

小日向:そう。あとはYahoo!ニュースぐらいだね。でも俺はYouTubeがものすごい。もう「明日撮影あってセリフ入れなきゃいけないのに、YouTube見る時間が必要だ!」っていう感じでさ。

木村:(笑)。いやね、こひさんがそのYouTubeから仕入れた情報を、本番の2秒前まで喋るんですよ。

小日向:(笑)。

木村:でも、僕からすると、愛おしくてしょうがないです。すごいですからね。もう完璧になるまで、台本に描かれている、能勢さんなら能勢さん、四方田さんなら四方田さん、「Believe」だったら磯田社長の、「一時一句、句読点すら、僕は変えたくないんだよ」って言って、ご自身で書かれたやつだったりとか、あとは切り取ったやつを必ず懐に入れて、もう最後の最後まで確認をして、それで「よし、よし」って言って、本番に挑まれるんですけど。
もうそれを見るたびに、俺はその紙を取りたくてしょうがなくなって…(笑)。

小日向:取るんですよ、それを(笑)。人のポケットから。「教場」で、生徒の前で取るんですよ、この人。

木村:(笑)。

小日向:「ちょっと、それ返してよ〜!」ってさ(笑)。それを生徒たちは、「この校長、何なんだ」って(笑)。

木村:(笑)。
そうか、ごめん。まだ一切Flowしてなかったね。この番組って、ゲストの方がどう人生をFlowしてきたか、っていうトークをしていくんですけど。こひさんの、皆が知らない部分ってあると思うんですよ。例えば、北海道出身だったり。

小日向:知ってるでしょ? Wikipediaで調べればすぐ出てくるよ。

木村:これ、俺知らなかったんです。18歳の時に、スキー事故で重症を負って、2年間で8回の手術を経験している。これ、何やったんですか?

小日向:そうそう。僕は18で高校卒業して、上京して、御茶ノ水のデザインの専門学校に入ったわけ。ほら、高校時代、勉強はできないけど油絵はずっと描いてたからさ、絵の方だから楽しくてしょうがなかったの。グラフィックデザインをやってたのね。
それでその冬休みに、同居してたうちの姉貴が「よし、明日から冬休み」って言って、「バスツアーで、群馬県の尾瀬スキー場に予約したからね」、「お〜、いいね!」って。ほら、北海道出身だから、毎年冬になったらスキーをするのが当たり前だったから。

木村:こひさんにとって、スキーに乗るっていうのは…。

小日向:当たり前。

木村:じゃあもう、その群馬のスキー場に行っても余裕だなっていう感じで。

小日向:ああ、余裕。ところが、やっぱりデザイン学校では課題に追われて、睡眠不足で、風邪もひいてたわけ。それでも群馬県に深夜バスで行って、風邪ひいてたんだけど朝も起こされて、スキー場に行って。で、リフトはうわーって並んでんの。
俺は兄貴に借りたメタルスキーっていうのを履いてたの。元々は、僕ら子供は皆、合板の板なの。ところが、メタルスキーっていうのは、ピヨヨヨンってなるようなぐらいに薄くて。それを兄貴に借りて、初めてメタルスキーを履いて、それでようやっとリフト乗って、「よし、行くぞ」って言って。
もうほら、子供の頃から滑り慣れてるから、すぐにさーっと降りて、ザー、ザー、ってやったんだけど、ガッツリアイスバーンだったの。で、メタルスキーのエッジを効かしてギャッてやった瞬間に、ザッ、って転んだの。その時に、足元をすくわれて、左手を体の下にして倒れたの。それが尋常な痛さじゃなかったから「うっ!」っと触ったら、肘から下のここが“くの字”になってたわけ。

木村:嘘でしょ? じゃあ、肘が2か所ある感じ?

小日向:そうそう。ここが折れたの。うちの姉貴が笑いながら、「文世、これから1日楽しむのに、何転んでんの〜〜(笑)」って言ったから、俺が「折れた〜」って言ったら、姉貴が「ええ〜〜!?(せっかくこれから楽しもうと思ってるのに)」っていう。
それから救助隊が来て、降ろされてさ。

木村:慣れてるからこその怪我、っていう感じがしますよね。

小日向:またね、兄貴に借りたスキーが滑りやすくて。ザー、ザー、ってエッジ効いてさ。アイスバーンだったからスバーッて滑って。

木村:北海道は、あんなアイスバーンはないですもんね。

小日向:もうパウダースノーだから。ふわーって。転んだって痛くないんだもん。それが、ガッチガチの氷の上に転んだ感じ。

木村:分かります。コンクリートみたいですもんね。

小日向:そう。それから僕の人生は狂ったんですよ。それで結局デザイン学校を休んで。話せば長くなるから端折るけど、そこから2年間の間に病院を3ヶ所転々としたの。やり直し、やり直し、で。

木村:え、やり直し?

小日向:そう。最初の手術が失敗して。で、最終的に3つ目の病院が、骨盤移植。

木村:嘘でしょ?

小日向:本当。だから俺、ここの骨盤へこんでんだから。あと、大腿部の筋を移植。

木村:嘘でしょ?

小日向:本当だよ。

木村:すごいっすね…。もう全然、そういうイメージないです。

小日向:だから俺は最後に「もうあなたは、肉体労働は無理です」って言われたの。結局その後に、写真学校に入ったんだけどね。それで写真学校卒業してから、芝居に目覚めて劇団に入って芝居に行ったんだけど。そこでもう転んだり色んなことやってたわけ。
だから、転んでなかったら、俺は多分今ここにいない。後で思うと、「お前の進む道は違うよ」って、転ばされた感じ。
で、22歳で文学座を受けて、簡単に落っこちたの。それで、「来年また受けりゃいいよな」と思ってアルバイトしてた時に、バイト先の社員の人が「小日向くんさ、文学座を受けて落っこちただろう?」って。「はい」って言ったら、「中村雅俊さんのコンサートを俺の知り合いが企画してやってるんだけど、そこのスタッフでやらないかな?」って。

木村:スタッフで?

小日向:うん、スタッフで。そしたら「中村雅俊さんのスタッフやってれば、来年、コネで文学座に入れるかもしれないぞ」って言われて、「あ、それいいですね! やります!」って言って。で、バイトを辞めて、中村雅俊さんのコンサートの企画をする会社に入って、そこでスタッフやったの。俺はね、コンサートではシャボン玉とドライアイス係なの(笑)。あとは中村さんの楽屋を自分が作って、終わった後、タクシーに乗せて出す、っていう係。

木村:そして、その後に劇団に入団をしたりとか、そこでお知り合いになった今の奥様とご結婚されたりとか。なのに、劇団が解散してしまったりとか。

小日向:そうそう。だから中村雅俊さんのスタッフをやった後に劇団に入って、そこに19年いて。で、劇団が解散して、ようやっと映像の仕事を始めた、と。その映像の仕事を始めたのが42歳です。

木村:その映像っていうのが?

小日向:今の事務所に入って、そこでテレビや映画の仕事を始めた。なかなか仕事はないですよ。子供ができたりしたけど。もう借金生活ですよ。
それが、47歳の時に、「HERO」ですよ。

木村:2001年。

小日向:そうです。それまでは全然食えないです。もう暇な時がいっぱいあったので、事務所に電話して、「何か仕事入ってないですかね?」なんていうことはいっぱいあったもん。

木村:へぇ〜。あの時、47歳だったんですね。その時、俺は28歳ですって!

小日向:だから、木村くんとは19歳違いか。

木村:そうですね。でも、唯一かもしれないです。こんな先輩で、緊張しないの(笑)。

小日向:(笑)。

[OA曲]
M.Can You Keep A Secret?/宇多田ヒカル

2025年12月14日Flow 第三百八十五回目「拓哉キャプテン × 小日向文世」Part1

今月のマンスリーゲストは、これまで数々のドラマ、映画で共演させていただている、俳優の小日向文世さん!
どんなトークセッションになるのか!? お楽しみに!


小日向さんに関しては、こんなメッセージを頂きました!

【山口県 ポンポンプリン 34歳 女性】
キャプテンこんにちは。初めてメッセージをします!
今日はこのFlowにゲストとして来ていただきたい方がいるのでメッセージしました。
昨年7月のマンスリーゲストでした、天海祐希さん主演の「緊急取調室」シリーズが、12月の映画をもってFINALとなります。
私はこのシリーズが好きで連続ドラマを欠かさず観ています。
そこで、このシリーズにレギュラーとしてずっと出演されとおり、キャプテンとも親交深い小日向文世さんを是非Flowのマンスリーゲストとして招待していただきたいです!
以前からキャプテンのお話を聞いていて、キャプテンと小日向さんとの掛け合いを聴きたかったのでメッセージをするなら今だと思いました。
よろしくお願いします。


木村:っていうメールを頂いてます。

小日向:この間、木村くんね…。

木村:はい。自分が「徹子の部屋」の番組収録にお邪魔して、スタジオに行ったら、「今日は天海さんとか、こひさんとか、皆『キントリ(緊急取調室)』の撮影でいらっしゃいますよ」って言われて、「じゃあ、後で行ってみよう」っていう話になって。それで、お邪魔したんですよ。
そしたら、前室に…スタジオの前のスペースにこひさんとか出演者の皆さんがいらっしゃって。それでこひさんと会えたから、もう僕はかなりリラックスモードになり。それで「天海さんって今…」って言ったら、「あ、今スタジオだよ」って言って教えてくれて。
でも一応、今から撮るシーンがちょっとメンタル重めだったりとか、ちょっとナーバスなシーンだったら嫌だな、と思って、こひさんに確認したら…(笑)、「このシーンは大丈夫だよ」って言って(笑)。

小日向:(笑)。

木村:そしたら「行こう、行こう」って言って、こひさんがセットの中に誘ってくれて。で、全「キントリ」のスタッフ…技術スタッフから何からもう本当に全スタッフがセットの中にいらっしゃって、カメラ前に天海さんが座ってらっしゃって…。あれ、空気的には結構緊迫してましたよね?

小日向:でもね、あの日、あそこは、「キントリ」のスタジオもあれば、「徹子の部屋」のスタジオもあるじゃない? それで、その日に来るゲストの名前が書いてあって、「え、今日は木村くん来るんだ!」って思って。
僕らの方が先に入って撮影してたから、「いつ来るの? いつ来るの?」って、「木村くんが来たら、絶対こっちに呼ぼう」って話してたの。だから、もうすごい待ってたの。天海ちゃんもすごい楽しみにしてたし。

木村:え、本当ですか?

小日向:うん。それでほら、あの時もさ、中に入ってったら、スタッフが全員「Believe」の時のスタッフだったでしょ?

木村:そうそう。

小日向:プロデューサー陣も皆「Believe」の時のプロデューサー陣だし。だから、「木村くんが『キントリ』の現場に来た!」って言うよりも、「また久しぶりにこっちのチームに来た」っていう感じだったよね。

木村:でも僕からすると、やっぱり出演者の方々も皆さん「うわ…」って言う。田中(哲司)さんが喫煙室からふって出て来られたりとか。

小日向:田中てっちゃんだって「Believe」で一緒だったもんね。

木村:そうそう、一緒でした。

木村:でも、セットに入っていって「さすがだな」って思ったことがあって。天海さんが「やっぱすげえ頭の回転だな」と思ったんですけど、その場で「久しぶり!」とか、「今日はあの番組の撮影でしょう?」とか、立ち話が始まるのではなく、「せっかくだったら、ちょっとあっちに行って貰っていいかしら?」って言って、カメラとかスタッフが一切いなかった取り調べ室の方に僕を誘導してくれて。
俺も「ここが、いつも取り調べで被疑者の人が座っている、窓を背にした“窓バック”のところか。皆そこに座ってんだな」、と思って、自分からそこに座ったら、天海さんが対面の椅子に座って。いきなり、即興の…(取り調べの芝居が始まった)。

小日向:いや、俺、木村くんもさすがだと思ったよ。だって普通に始まったじゃん。

木村:いや、「始まったじゃん」って、天海さんが始めるんですもん。

小日向:だから、それに合わせるのがすごいな、と思った。俺が逆の立場だったら、「いやいやいや! もういい!」って言って逃げたくなるもん。

木村:急に、「あなたは、仕事をいきなりタクシー運転手に変えて、それでアリバイが成立すると思ってるんですか?」っていうのがいきなり始まって。

小日向:すごいよね。

木村:「は? 別に逃げてるつもりじゃないですし、仕事してただけです」みたいな感じで始めたら、「はあ」ってため息つかれて。しばらくずっとやってましたね。そしたら、カメラマンさんとか技術のチーフの方が、簡易的なデジカメを持ってきて急に回し出したから、「それ、何に使うんですか?」って言って。
それで、しばらくわちゃわちゃ楽しい時間を過ごさせてもらった後に、なぜか知らないけど、僕が「キントリ」の出演者の皆さんと「集合写真撮らせてください」って言われて、「あ、はい…」ってなって、「お邪魔しました」って言って。
いやでも、すごい貴重な一瞬でした。

小日向:とってもいい時間だった。現場が中断されるっていう、「なんだ、今まで集中してやってたのに」とか、そんなの全くなくて、現場がとってもいい感じの空気感になって。

木村:そう言ってもらえて…。

小日向:穏やかな木村くんもね。やっぱり撮影がないからか何か知らないけど、すごいリラックスしてたしさ。

木村:いやでも、リラックスしてたっぽく見えるかもしれないですけど、やっぱり「徹子の部屋」さんの後はクタクタでしたよ。

小日向:だって、山田洋次さんも一緒だったんでしょ?

木村:はい、一緒でした。タイトルは「徹子の部屋」っていう番組タイトルですけど、久々にお邪魔してわかりました。あれは「テストの部屋」です(笑)。「合格か否か」っていう。

小日向:すげえ(笑)。

木村:「本当に頭の中には飴が入ってるんですか?」って聞いたら、「入ってますよ。でも、心の綺麗な人にしかあげませんけど」って言われて「はい、わかりました」って言って。「じゃあ、今いただけないってことは、アレっすよね?」って言ったら、「いや、まだわからないですからね」って言われて。で、最終的には…。

小日向:本当にここから出したの?

木村:耳後ろぐらいからスポッと出して、「はい。あなたは心が綺麗だからあげます」って仰って、ひと粒頂きました。

小日向:うわ、ちょっとそれ欲しいな。

木村:いや〜、心が綺麗な人しか貰えないらしいですからね。どうですかね?

小日向:(笑)。魔法の飴みたいだね。後ろから突然出すの?

木村:本当に。黒柳さんはずっといつもの定位置にお座りになられたままだったので、誰かが来て仕込むとか、1回はけて「ちょっと入れてもらえる?」みたいなタイミングとかは1回もないんですよ。

小日向:じゃあ入ってるんだ。

木村:俺も本当にびっくりして。もちろん、食べれないですよ。

小日向:とってある?

木村:ありますよ、この中に。

小日向:おお〜。でもそれは大事にした方がいい。御守りに。

木村:そうですね。
あの、話が脱線しまくりなんですけど。オープニングで軽く触れさせて頂いたんですが、もう本当に小日向さんとは色んな作品で共演させて頂いております。
2001年…24年前か。「HERO」のテレビドラマで初めてご一緒させて頂いて、2007年の劇場版だったり、2014年の第2期の「HERO」だったりとか、そのあとの2015年、また劇場版の「HERO」でご一緒して。2019年「マスカレード・ホテル」、2021年「マスカレード・ナイト」。そして2020年に「教場」、2021年「教場II」、2023年、「風間公親−教場0−」っていう。
そして2024年に…、これはまたちょっと今までのこひさんとの役の設定がガラッと変わりました。「Believe−君にかける橋−」というテレビ朝日さんのドラマで。もう、あの時のこひさんはきつかったですね。磯田社長。

小日向:木村さんとご一緒するやつって、大抵シリーズ化するって言うかさ。だから、「HERO」の最初から24年経つんだけど、種類的には、「HERO」、「マスカレード」、「教場」でしょ? この3種類なの。ただそれぞれが結構長きに渡って…。

木村:そうですね。本数も多いですもんね。

小日向:そうなの。だから「Believe」が、そういう意味では初めて木村くんと違う感じで共演できたな、っていう感じで、あれはすごい新鮮だった。ちょっと対立するじゃん。

木村:いやいや、「対立」どころじゃなかったですよ。本当にもう、すげーえげつない社長の役やってましたからね。

小日向:(笑)。最後の面会室の、あそこのシーンもすごい。

木村:逆だったんですよね。

小日向:そうそう。木村くんが留置されてるのかと思ったら、実は俺だった、っていうね。

木村:狩山陸の方が面会に来てるっていう。

小日向:木村くんとああいうふうにお芝居できたのはすごい新鮮だった。

木村:でも、割とワードの量が…「マスカレード」も多いんですよね。こひさんの役の能勢さん。能勢さんのセリフ量も結構あって。

小日向:あれも新鮮だったね。やっぱり「HERO」の木村くんの役が久利生で、俺の役が…末次ね。だからさ、そういう関係でずっとやってたから、「マスカレード」の能勢って役はすごい新鮮だった。ちょっと年上の刑事でね。あれは面白かったな。

木村:先輩風を吹かせないんだけど、「わかりますよね?」っていう、常にトスバッティングのトスを上げてくれる先輩刑事、っていう感じでやってくれてましたね。

小日向:例えが上手いな〜(笑)。

木村:そして今回もご一緒させて頂いております。2026年に2部作として公開になります、「教場」。前編が「Reunion」。そして、後編が「Requiem」。

小日向:これね、誰だったっけな? 試写室で前編を観た人が…。

木村:「Reunion」をもう観たの?

小日向:まだ編集段階でざっと繋げたやつだと思うんだけど、「すごい良かった」って言ってたよ。

木村:へえ〜。

小日向:それで、あんまりこれを言うとアレだけど、“あそこ”が効いてるらしいのよ。

木村:あそこ、効いてたんですか。

小日向:あれが効いてるらしい。今、予告出てるでしょ?

木村:予告は流れましたね。ティザー映像みたいなやつ。

小日向:すごいいいよね。教場の生徒たちの、バッ! やっぱりあれは決まってるね。

木村:だって、あれができるまでやりますから(笑)。

小日向:そうでしょ。やっぱりあれにこだわる感じが予告編に出てる。すごい! あれ、実際の教場では、あそこまで揃わないよね、きっと。

木村:自分も1作目、2020年の「教場」をやらせて頂く際に、実は見に行ったんですよ。

小日向:それは、木村くんが来てるってことは内緒にして?

木村:はい。学校長にはアポイントを取らせて頂いて。

小日向:それでどうやって見たの?

木村:実際に授業中の感じを廊下からこっそり。あと、銃剣道の授業、逮捕術だったりとか、あと点検だったりとか。

小日向:どうだった?

木村:僕らが作らせていただいてる「教場」っていう、長岡さんが原作で作ってくださってるあの世界観って、それこそ35年前ぐらいの警察学校で。

小日向:それまでは続いてた感じ?

木村:作品の中でもワードで出てきますけど、「ふるいにかける場所」っていうことで、僕らは作らせてもらってるじゃないですか。なんですけど、現在の警察学校っていうのは、「ふるいにかける」というよりかは、「いかに皆が途中で諦めることなく、最後まで育成し世に送り出すか」っていう方針らしいので。

小日向:育てるって感じだ。なるほどね。

木村:その時お邪魔した際の学校長にも「僕もこの作品は読んでますけど、今現在は違いますよ」っていうことはちゃんと言われました。

小日向:じゃあ風間みたいな人はもういないんだね。

木村:あれはヤバいんじゃないですか?

小日向:ね。俺が風間公親っていう役を演じることは絶対にないと思うけど、俺だったら絶対駄目だろうね。

木村:何でですか(笑)。

小日向:いや、駄目だよ! 多分あんな空気は作れないもん(笑)。

木村:いやでも、北野監督の作品に出てくる、「先輩、勘弁してくださいよ」って言ってから、急におっかねえ刑事になるあの瞬間とか、相当怖いっすよ。

小日向:(笑)。ちょっとあれは特別だったね(笑)。

[OA曲]
なし

2025年12月07日Flow 第三百八十四回目

今週は、みなさんから頂いたメッセージをご紹介します!
まずは、先日公開された映画「TOKYOタクシー」を観て頂いた皆さんから感想のメールを沢山頂きました!


【埼玉県 みき 37歳 女性】
キャプテンこんばんバーーン!
完成披露試写会にご招待いただいたので、一足お先に「TOKYOタクシー」を拝見いたしました。
人として誰しもが感じ、背負うであろう事がたくさん散りばめられた作品に共感し、自然と笑顔や涙に変換されていました。
人間性の深い山田洋次監督を筆頭に皆様の細かい描写も素敵でした。
【生きてきた道と生きていく道を、ふたりで走る】という言葉で、今の私の人生にそっと寄り添い、最後は背中を押してくれているような気持ちになりました。
今も余韻に浸っています。幸せな時間をありがとうございました。
公開したら絶対にまた乗車しにいきます!


木村:嬉しいですね。

そしてもう1通!

【埼玉県 フミロック 47歳 男性】
キャプテン、こんにちは!
第38回東京国際映画祭センターピース作品として、『TOKYOタクシー』ひと足早く受け取りました。
東京の街並みを、キャプテンの運転で、倍賞さんと一緒に旅をしている気分になりました。
トークセッションでの「映画への愛情」、特に映画館に人が集まって、みんなで同じ時間を共有することへの喜びについて、山田監督のコメントが印象に残ってます。
沢山のスタッフとキャストが、ものすごい情熱を持って作った作品の受け取る場所が変わってきているなか、劇場で、おっきなスクリーンで、沢山の人たちで共有することが、ほんとに奇跡なんだなと感じました。
浩二とすみれさんのような巡り合わせのように、素敵な作品に引き合わせてくれて、ありがとうございました!
改めて公開されましたら、映画館にて、再乗車させていただきます!


木村:これまた嬉しいですね。
今回の「TOKYOタクシー」の公開前に、大阪に一緒にお邪魔させて頂いたり、東京国際映画祭の方でちょっとスクリーンの前に上がらせて頂いたりしたんですけど。
僕も、フミロックが言ってる山田監督のあの感じ、「僕たちは映画を作ってる時に、皆が大きなスクリーンで見てくれるものを作ろうと思ってるんだよ」っていう熱量って言うか、作り手側の「こういうふうに思って作ったらどうだろうか」っていう、監督としてのモチベーション。それを同じステージに上がらせて頂いて、監督の言葉を聞いた時に感じて、「おお…」っていう。

だから僕も言ったんですよ。今はいろんな配信コンテンツがあるし、自宅にいながらも、自分の好きなタイミングで好きなものを選んで観る、っていうことが可能な世の中なんだけど、あの特別な大きさのスクリーンで、あれだけの大音量で、しかも、自分とスクリーンっていう対峙ではなく、客席とスクリーンっていう、他者と共感・共有している瞬間の奇跡っていう、それ自体を監督は「奇跡」って言っちゃうんだ、っていう。まあ今の時代だからだろうなっていうのもあったんですけど。何か結構思う部分がいっぱいありましたね。
浩二のような、働いてらっしゃる方たちが少しでも報われるような世の中になってもらいたい、っていう、監督だからこそ言えることなのかな、とも思ったんですけど。
もちろん僕は役としてその立ち位置に立たせてもらってますけど、監督だからこそ言える視点なのかな、っていうふうに思いましたね。

是非、現在公開中ですので、「TOKYOタクシー」の方、受け取って欲しいと思います。よろしくお願いします。

続いてのメッセージはコチラ!

【宮城県 なっちゃん 46歳 女性】
キャプテンこんにちは!
10月5日の放送を聴いて、ご自身の声が好きではないというあかねさんにお伝えしたいことがありメッセージします。
私もずっと自分の声が嫌いでした。
しかし中学生の時から夢はアナウンサーで、高校時代は放送部に入り頑張っていましたが、いつも私が担当の日の朝礼後には副顧問のシスターがすぐ飛んできて「今日の担当誰?声も変だしイントネーションも下手すぎる!練習きちんとしなさいよ!」と言われていました。
当時は「すみませ〜ん!」と笑いながらも、内心はこの言葉が私を奮い立たせてくれて、実は今ラジオ番組のパーソナリティをしています。
ずっとラジオが好きで、とあるラジオ番組の常連になり、リスナー参加型の企画に参加してDJさんに「変な声じゃないよ!素敵だよ!」と言って頂き、自信がついたのも良い思い出です。
あかねさん、是非、ご自身の声を自分だけで嫌だと判断なさらないでください!!
きっと誰かは素敵だと思ってくれています!


木村:すごいっすね。このラジオが皆の掲示板みたいになってますね。これはいい掲示板だね。ちょっと似た悩みを乗り越えたリスナーから、こうやってあかねに対してメッセージが届いてますけど。
声があるから、きっと自分の色んな気持ちだったりとか(届けられるし)、また相手の気持ちも、思いも、感情も、届いてくるわけだし。

でもどっちかって言うと僕も、こうやって「本番!」っていう言葉でスイッチ入って色んなことを喋らせてもらったりしてますけど、正直、嫌いかも。好きではないかも。あと、第一者・二者だから、それこそソフトになった時に、一応という形で観たり、聴いたり、っていうことがあるんですけど、その時に「うわぁ、いいな〜」って一度も思ったことないですね(笑)。本気でないです。

だから、「こういうふうにしよう」って思って言ってるのはそんなにないかもな。その状況になって、その立ち位置に立ってみて、例えばこのラジオだったら、何も考えずに今思ってることをそのまま声にしてるだけだと思うんですけど。
レコーディングみたいな作業になったりとかすると、メロディーがあったり、テンポがあったりするので、やりながら、ピッチずれたなっていうのは自分で分かるじゃないですか。でもその時に、「すいません」って言いながら「もう一回お願いします」ってやってますが、かと言って、聴き返した時に、「いいな〜」とか、一度も思ったことないですね。

だからあかねとちょっと近しいかも知れないけど、それこそ、本当に皆さんが「耳触りがいい」とか、「キャプテンのラジオを聴きながら横になってると寝れます」とか(笑)。別に俺、環境音楽じゃないっていう(笑)。川のせせらぎみたいになっちゃってますけど、「落ち着く声してますね」とか言ってくれたのを逆に自分で確認させてもらって、「あ、そうなんだ」っていう、それだけかな。だから、声を作るっていうこともあんまり考えたことないし。

きっとこのTOKYO FMさんにお邪魔するようになってからは、「あいつ、若干鼻風邪くらってんじゃねーの?」みたいな時は、多分そのまま喋ってますし。全国38局ネットでやらせて頂いてると、コンディションもバレバレなのかなっていう感じはしますけども。
引き続き、こんな声でお届けさせて頂くので、以後、よろしくお願いします。

先月11月13日が誕生日だったということで、番組にもたくさんのHappy Birthdayメッセージが届きました!ありがとうございます!
1通コチラのメッセージをご紹介します。


【愛知県 ねこの耳 55歳 女性】
拓哉キャプテンお誕生日おめでとうございます!
そして、キャプテン表紙のan・anも発売されましたね!
初めて1995年に表紙を飾った時から30年。確実に歳を重ねているはずなのに、改めて見比べてみると全然変わらない姿で見えない努力を感じます。
キャプテンの歴史が詰まった表紙でとても素敵でした。
今回は53になった歳に53号目ということで、さらなる更新を楽しみにこれからもキャプテンの魅力を見守り続けたいと思います。


木村:嬉しいですね。こうやって温かく、ちょっと母性を感じるメールを頂きましたが。

この間、出来上がったのが移動車に置いてあったので、ちらっと見た程度ですけど(笑)。でも色んな機会を与えて頂いた、っていうことには、素直に感謝ですし、またその雑誌の風潮と言うか、その雑誌が今捉えてるものって何だろう?っていう、雑誌特有のアンテナの周波数ってあるじゃないですか。そこに自分が多く関われたっていうのは、単純に嬉しく思うし、胸張れるなとは思うんですけど。
ねこの耳さんが仰るように、更なる更新ができないと、きっとまたそこには関わることができないんだろうな、とも思いますし。
表紙目的でやるわけではないんですけども、以後、自分自身が少しでも更新できるように、「木村さ〜〜ん!」も含め、楽しんでいきたいなと思います(笑)。

本当にたくさんの祝福メッセージ、バースデーメッセージがこちらに届いております。本当にありがとうございました。
お互いに、元気にいったろうと思ってますし、皆さんもいったってください。
皆さんからの「サンテ」、本当にありがとうございました。

[OA曲]
M.Sante/山下達郎

2025年11月30日Flow 第三百八十三回目「拓哉キャプテン × 倍賞千恵子」Part4

今月のマンスリーゲストは、現在公開中の映画「TOKYOタクシー」で共演させていただいた、倍賞千恵子さんです。
倍賞さんとのトークも今週が最後! 倍賞さんにとっての「人生の1曲」も伺います!


木村:178本出演された中で70本が、山田監督作品。

倍賞:そうだね。

木村:すごいっすね。「男はつらいよ」っていうシリーズの、いつも大げさなことを言いまくってるお兄ちゃんに対して「お兄ちゃん!」って言うさくらさん。さくらさんがいなかったら、あのお話は成立してないですもんね。

倍賞:そうかな?

木村:誰もツッコミがいないですもんね。

倍賞:そうか。そうね、博さんがきちんと言ったりとか、おいちゃんは頭ごなしに「馬鹿なんだから!」って言ったりとか。

木村:でも他人じゃないですか。

倍賞:そうだね。でも、そうね、ツッコミはやっぱりさくらさんだったね。

木村:血の繋がったツッコミをされてたのってさくらさんだけかなって僕は思ってて。その人がいなかったら、たぶんお兄ちゃんも好き放題できないし、たぶんそのつど叱ってくれる妹がいてくれるから、一瞬、自分がやらかしたことに「あ〜!」って思うんだけど、「思いました。(まる)」で終わらない。だから、次の作品がどんどんできるんでしょうね。

倍賞:そうだね、きっと。

木村:で、綺麗な人見りゃ、すぐ好きなって(笑)。

倍賞:そうそう(笑)。いいよね(笑)。

木村:1970年の「家族」だったり、1972年の「故郷」、あと「遙かなる山の呼び声」、そして、「幸福の黄色いハンカチ」っていう。

倍賞:一時、「家族」とか「遥かなる…」もそうだったな。「男はつらいよ」を撮りながら、撮影してたのね。

木村:並行して?

倍賞:並行して。九州から北海道まで5人の家族が移動していく話だから、夏に行って、冬の雪の解け始めに間に合うように九州を出て、って言うから、ここで夏のシーンを撮って、こっちの雪解けに間に合うように、みたいな。そんなふうにして行ったり来たりしながら、その間に「男はつらいよ」を撮って、「あ、雪が解けるから、東北から行こう」なんて、そういうふうにして撮ってたな、あの頃。

木村:じゃあ、山田監督恒例の“順撮り”っていうのではなく?

倍賞:うん。一応順撮りだから、こっちから夏なんだけども、雪解けに合わせて行くとか。

木村:ゴールを、季節に合わせて。

倍賞:そう。

木村:すげえな。「雪解けに合わせて撮影を開始するよ」っていう。

倍賞:で、真ん中で「男はつらいよ」を撮って。よくやってたわね。

木村:雪解けにはドンピシャで嵌まったんですか?

倍賞:そうそう。嵌まりましたね。
この間の「TOKYOタクシー」は(車窓の景色は)スクリーンが動いてくれたけど、「家族」という映画は汽車の中が多かったの。で、私が子ども2人、乳飲み子と、それからもう1人ヨチヨチ歩きの男の子を抱えて。いつも抱っこしながら手を引っ張って、ずっとウロウロしていて。
それで、岡山か何かで停車が長いっていうんで、子どもたちがむずがったから、赤ちゃんを抱えて、その手を引いて、ホームに出てたの。ホームの端っこの方にいたら、突然山田さんに「帰れ! 戻れ!」って言われて、そしたら「ピー!」って、(山田監督が)もうドアが閉まりそうになったのを必死になって押さえていて。慌てて子どもの手を引いて、抱っこしながら走ってって。
今の話は、山田さんがドアを押さえてくれたから、赤ちゃんも子どもも無事にちゃんと乗れて、また撮影ができたんだけど。
そういうふうにやりながら撮っていったんだけど、汽車の中だから、いつも景色が動いてるわけ。

木村:確かに。

倍賞:その後、「向こう側に海が見えた時を撮りたい」っていうシーンがあって。見ていて、「あ、今だ」と思って、「さ、本番、本番! 行くよ、本番!」っていう時に、「あの船、邪魔だ! どかせ!」って言いながら(笑)。動いてる景色だから戻ってはくれないし、もうすぐに過ぎちゃうし、飛行機なんか飛んでると、「あれ邪魔だ!」って言ったり。
そういうふうにしながら、「TOKYOタクシー」と違って、天候とか、動く景色にも惑わされながら撮影してました。

木村:ある意味、完全なるロードムービーですよね。

倍賞:そう。「TOKYOタクシー」はさ、車の中がゆったりしてたじゃない。「家族」っていう映画は、ちょっと移動する機会があった時、とても小さい車でぎゅうぎゅう詰めに乗れるだけ乗って、カメラマンも乗って。運転手は本職の人がやって、私の肩だけなめて、それで肩なめで後ろに乗ってる前田吟ちゃんの手が入らなきゃいけなかったんです(笑)。
それでみんなぎゅうぎゅう詰めで、「本番行くよ!」って山田さんが言ってる中で、誰もその手を出せないから、山田さんの手が出演して。その“指差す手”っていうのは、山田さんの手が今でも映ってるの。

木村:そうなんですか!

倍賞:うん。景色はそのちっちゃい車のまま、私の肩なめで移動してくっていうの。

木村:今、「家族」っていう作品のお話が出ましたけど、「九州弁を徹底的にマスターして」って監督から言われて、日常会話も九州弁以外は全て禁止にしたんですか?

倍賞:そう。九州弁を教える人がいて。

木村:方言指導の?

倍賞:方言指導の人が常にいて。撮影が終わったから井川比佐志さんとちょっとお茶飲みに行こうかって言っても、いつも(方言指導の方が)いるから、普段でも喋ってると直されるのよ。こういうふうに今話してることでも、「そこのところはアクセントがこうです」って。
なんでそんなことしたか、って言ったら、「隠し撮りをしなきゃいけない時に、もし撮影中に人に話しかけられてしまったら、九州弁で応えてください」って(言われた)。だから普段からこうやってお茶を飲んでても、ここで直す方言指導の人がいるわけ。それで「今のとこ違います。こういうアクセントになります」、「よかったとじゃなかったとやろかね」って。これ一番最初に覚えたんだけど(笑)。
わかる? 「父ちゃん、よかったとじゃなかったとやろかね」っていう。

木村:要はメロディーですよね。

倍賞:これは「まあいいんじゃないの?」っていう意味だけどね。
結構長い期間、そういうふうに九州弁で喋ってたから、九州弁が抜けなくなっちゃったの。本当に、何でも話しかけられたら九州弁で喋ってたし。
ちょうど、前の(大阪)万博をやってたのね。その万博の一番人通りの多いところで、カメラマンは自分のジャンパーの中にカメラを隠して、照明さんもみんなそれぞれが全部隠して。「もし監督が台本を丸めて、上に上げたら、そこに集まって撮りますから」って言われて。

木村:それ、もう今ではあんまり現場では言わないですけど、“ゲリラ”ってやつですよ。

倍賞:そう。
笠智衆さんも自分の荷物を持って、私は赤ちゃんをおんぶして、荷物持って、子どもの手を引いて、井川さんもみんなバラバラのとこにいて。ただ監督が見えるところにだけはいて、それで監督が台本を上げたら、みんながバーって寄って行って、バッとカメラを出して、ワーッと撮って。そんなことやってた。

木村:嘘でしょ? すげえ…。

倍賞:「そういう時に話しかけられたら、九州弁で答えてください」って言われてたの。

木村:うわぁ。

倍賞:でも、九州弁は、私は割と好きだったな。
最後のセリフなんか好きで、何となく今でも覚えてて、話が出た時とか、コンサートでよく九州弁で喋ってみたりするんだけど、だいぶ薄れてきちゃったけどね。そのぐらい身に入っちゃって、なかなかその言葉も抜けていかなかったね。

木村:やっぱり倍賞さんには、方言と言うよりもメロディーが残ってるんでしょうね。音が。

倍賞:そうかもしれない。

木村:たぶん音大生だったら今のフレーズを全部音階で言えると思うんですけど、たぶんそれが入っちゃってるんじゃないかな、って。
だって倍賞さんって、鼻歌が1回も外れたことないんですよ。「TOKYOタクシー」の劇中でも一瞬ふって口ずさむようなシーンもあるんですけど、それこそプライベートでスタッフのおうちにお邪魔して「ちょっと歌う?」みたいな流れになって歌われた時とか。びっくりするぐらい、1回も外れないんですよ。

倍賞:そうかなぁ? そんなことないよ。大体外れてる女だから(笑)。

木村:いや! でも、お話させていただいた、NHKの「のど自慢」でスタートしたっていうところ。“のど自慢荒らし”っていうふうに呼ばれてたらしいんですけど、そこに全部答えがあるんだなって思いましたね。

倍賞:よく車に乗ってて、ふっと何かを見ると、すぐ歌になっちゃうの。北海道なんかに行くと、友達の家にご飯を食べに行った帰りに、北海道は特に空とかよく見るんだけども、月が満月だったり、三日月だったり、星がいっぱいで零れてきそうだったり、っていうと、星の歌が出てきたりとか(笑)。すぐ、何かの拍子に歌になって歌いたくなっちゃう。

木村:それは現存してる歌ですか?

倍賞:そう。自分が作るんじゃなくて。作っちゃう時もあるけど(笑)。

木村:(笑)。
それで、ちょっと表現方法は変化するんですけど、2004年に宮崎駿監督の「ハウルの動く城」でご一緒させていただいてるんですけども。
ソフィーを倍賞さんがやってくださって、ありがとうございました。

倍賞:いや、あの時はほら、ずっと1人でアフレコってやってたでしょ? 私も1人でつまんないなと思って、「なんで1人でやるんだろう?」って。「木村拓哉さんって素敵な人と、初めて仕事をするのに、一度も会わないでこんな1人でアフレコするの?」って(プロデューサーの)鈴木さんに言ったんですよ。それで「わかりました」って言って、1日、2人のシーンを作ってくださって、アフレコさせていただいたんですよね。
その時はどんなお気持ちでした?(笑)

木村:とんでもない気持ちでした。

倍賞:いや私も、ドキドキしてました。

木村:いや嘘ですよ。

倍賞:いや本当よ。「すごいいい声だな」ってすごい思った。

木村:それ、今まで聞いてないっすよ(笑)。

倍賞:(笑)。そうだっけ? 「うわー、すごいいい声」と思って。
「こういう声だったんだっけか」って思った。普段よ。普段何かを喋っている時に、そう思った。お芝居の時にどうの、っていうんじゃないんだけど、普段そうだったし、「わ、いい子だな」と思った。

木村:本当ですか?

倍賞:うん、早く言えばよかったね。

木村:そうですね(笑)。

倍賞:(笑)。

木村:今月は、マンスリーゲストに倍賞千恵子さんをお迎えしてお送りしてきました。山田洋次監督91作目の「TOKYOタクシー」には、 もちろん倍賞さん、そして蒼井優さん、迫田さん、優香ちゃんだったり、中島瑠菜さんだったり、イ・ジュニョンさんだったり(が出演)。
現在公開中ということで、ぜひ皆さんに受け取ってほしいと思います。

倍賞:はい。

木村:この番組、いつもゲストの方に「人生の1曲」っていうものを伺わせてもらってるんですけど、伺っていいですか? 倍賞千恵子さんにとっての「人生の1曲」って何になりますか?

倍賞:やっぱり「下町の太陽」かな。

木村:おお!

倍賞:私のこの、芸能界と言うか、歌ったり演じたりする仕事を決めてくれた、っていう歌なのかな。だから好きとか嫌いとかっていうよりも、やっぱり自分にとって1つの大切なもの、大切な歌なのかな。「これからも歌っていこうかな」とか「これから役者としてやっていこうかな」って思えるようなきっかけを与えてくれた。今まで自分の夢とか何か思わなかったんだけど、「下町の太陽」によって「そうだ、俳優さんってなってみようかな」とかね、そんなふうに思えたのが、この「下町の太陽」なのかな。

木村:なるほど。ありがとうございます。

[OA曲]
M.下町の太陽/倍賞千恵子

2025年11月23日Flow 第三百八十二回目「拓哉キャプテン × 倍賞千恵子」Part3

今月のマンスリーゲストは、11月21日に公開された映画「TOKYOタクシー」で共演させていただいた、倍賞千恵子さんです。
今週もどんなトークになるのか? お楽しみに!


木村:今回の「TOKYOタクシー」という作品で、山田洋次監督91作目の最新作になるんですけども。「パリタクシー」っていうフランス映画を山田監督がご覧になって、「もうこれを東京版としてやろう」っていうことになった、っていう。

倍賞:そうですよね。「パリタクシー」が、こういう東京の捉え方になってびっくりしたわね。

木村:自分も、リメイクをするよっていう情報を聞いた時に、まず「パリタクシー」を観てみようと思って拝見したんですけど、「これを東京で? どうやるんだろう?」って思ったんです。

倍賞:そう。それで、私の役の高野すみれさんが柴又に住んでいた、って言うんで、「あれ?」って言ったら、帝釈天の門前から撮影が始まってさ。私、あれもびっくりした。あそこから始まるっていうのが。

木村:自分もその現場にはいさせてもらったんですけど。

倍賞:そうだよね。門前の方でね、あそこが初めて一緒のシーンだったのね。

木村:今回、「TOKYOタクシー」における、ちょっと印象に残った山田監督の言葉とかありました?

倍賞:私より木村くんの方があるでしょう。ある?

木村:共演者の方が、それこそ倍賞さんもそうだったんですけど。「いや、もっとこうだろう!?」とか、「何でそうなるんだよ。違うよ!」とか、たまに監督の“山田洋次監督スイッチ”がポンッて入ったその瞬間っていうのがあるんですけど、自分はあんまりなかったんですよね。

倍賞:後で山田さんが言ってた。「いい俳優さんって、こっちから見てると、自分が思った通りに動いてくれてるんだ」って。「じゃあテストやってみましょうか。本番行きましょうか」って言った時に、何も言う前に、監督として自分の中にある思いが、…浩二なら浩二への思いがあると、ふっと通して動いてくれた時に、「浩二がちゃんと自分が思ったようにすっと動いてくれて、気持ちよかった」って言ってた。

木村:聞いてねーよ、それ!

倍賞:(笑)。

木村:東映のスタジオの、今このブースにあるテーブルぐらいの大きさで、周りがもっと真っ暗で、照明のつっちーさんが作ってくれたサービスライトだけの、もう取り調べ室みたいな中で、倍賞さんも以前ワンちゃんと一緒に生活してた、っていうお話をされて。「木村くんちにもいるんでしょう?」ってなって、「はい、います。今はこういうヤツがいます」って言ってスマホで見せたら、「うわー。今度会いたいわ」って言ってくれて。「いや、でもな、山田監督の現場だしな。これはちょっと厳しいかな」と思ったんですけど。

倍賞:あれは感動したな。

木村:ポスター撮影をするっていう日に映画の撮影もあったんですけど、ワンシーンだけだったんですよ。あとはポスターの撮影で。で、ロケで、スタジオは使わないし。「今日しかない!」と思って、それでうちの1人に付き合ってもらって、「倍賞さんに会いに行こうか」って言って。もう全然意味わかってないんですけど、すげえ「へっへっ」って、「あれ? 笑ってる?」みたいな感じ。「じゃあ、倍賞さんが隣の部屋にいるから、倍賞さんに会いに行こう」って言って…。

倍賞:私、会いに行ったんだもん。

木村:来てくれたんですよね。

倍賞:そうだよ。正直言って、まさか本当に実現してくれると思ってなかったんだよね。

木村:本当ですか?

倍賞:うん。でも、「ああ、約束ちゃんと守ってくれる人なんだ」って、その時にとっても感動したの。それで行ったのよ。でも、あんまりその話をしちゃいけないのか、ってずっと思ってたんです。あの時は本当に感動したの。どうもありがとう。

木村:いやいや。だから、実はポスターを撮ってくれている繰上さんの斜め後ろぐらいのところに、うちのアムっていうヤツが「まだ終わらないの?」みたいな感じでずーっと見てて。

倍賞:そうそう、「まだですか? もういいんじゃないですか?」って感じで(笑)、パタパタパタパタって。

木村:で、「以上です。ありがとうございました」って終わって。で、犬が来てくれたんで、自分が抱きかかえたやつを「倍賞さんとこ行く?」って言ったら、なんかしっぽブンブンだったんで、そのまま倍賞さんに「はい」って言って渡したら…。そのタイミングで、山田監督にバレたんですよ。

倍賞:そうだね(笑)。

木村:「どうしたんだい、このワンちゃんは? どこのワンちゃんだい?」みたいな感じになって。そしたら倍賞さんが「これね、木村くんちの『ハムちゃん』っていって…」、「いや、『ハム』じゃないですよ、倍賞さん。『アム』です。『アムール』です」って言ったら、「あ、『ハム』じゃないの? 私てっきり『ハム』だと思ってた」って言って。

倍賞:ごめんなさい(笑)。

木村:いや、全然いいですけど。そしたら倍賞さんが山田監督に、「監督、このアムちゃんのお尻がすごいんですよ」って説明をしたら、山田監督が「え?」って言ってお尻を触りに来て、触った瞬間に「おお〜〜」って言って(笑)。一瞬にして落ちてましたね(笑)。

倍賞:うん。可愛いよな〜(笑)。アムにまた会いたい。

木村:本当ですか? ぜひ、また会ってください。
今、スタッフの方から聞いてきましたけど、「倍賞さんが山田監督に怒られることってあったんですか?」って。“山田監督スイッチ”が入った時は、結構ロケ先でもエグかったですよね。

倍賞:うん。

木村:言問橋のふもととかでも、「えっ?」ていう。その間、「ずるいなぁ」と思ったんですけど、カメラマンの近森さんも、プロデューサーの皆も、松竹のスタッフも、「あ、今“監督スイッチ”入った」みたいな感じで、ちょっと違うとこ見てんの(笑)。皆、「早く収まんないかな〜」みたいな感じでいて。「違うよ! 本当にその時はもっと怖くて熱かったんだよ!」っていう感じで「そうじゃないよ! あのね、さくらはね…」、「いや、監督。さくらではなく、すみれです」って言うと、監督もばつが悪そうに「あ〜、だからそう、そうだよ」みたいな(笑)。

倍賞:ものすごく怒られたって記憶がある。

木村:でも、その時に倍賞さんが、「はい」って言って。パーソナルなお話をされる時は「監督」っていうふうには仰らず、普通にお話をされてた印象があったんですけど、お芝居上の、撮影現場での会話ってなった時は、「監督!」って倍賞さんも仰ってたし。で、「すみれさんね…」、「倍賞くんね、そこはね…」って監督が仰った時なんかは、「はい、わかりました」っていう感じで。
シートベルトをしちゃうと、なかなか運転席から出れないんで、運転席から、そのコミュニケーションをずっと耳にしてましたね。

倍賞:衣装合わせの時から、挑戦的な色とか、挑戦的なマニキュアとか、挑戦的な頭とか(笑)、っていう「挑戦的、挑戦的」ってずっと頭の中で自分に言い聞かせながらやってて。その「挑戦的」が、色とか何とかだったけども、でもそうでもない、っていうところにたどり着いたような気がするのね。

木村:でも、『高野すみれさん』っていう人の人生が、もうそのものですからね。

倍賞:それで、教会に行ったじゃん。あの時に、山田さんがアドリブで、「振り返りながら『なんまんだぶ』って言って」って(指示されて)、私、「そうですか?」って思わず吹いちゃってさ(笑)。それで「なるほどな。面白いな」と思って、「なんまんだぶ…、あ、 間違えちゃった」って(笑)。

木村:教会で、ですよ。一緒にいる方がヒヤヒヤするわ、っていうことを「ちょっとやってくれないか?」みたいな感じで、急に言い出すんですよ。

倍賞:そう(笑)。そういうアドリブが2〜3ヶ所あって、やってるうちにとってもそれが面白いなって思えて。私の中で、すみれさんがまた違った角度に調整されてきちゃってね(笑)。
観た方が、「そこに寅さんを見ました」っていう人がいて、面白い見方をするなって。で、「そういうセリフを言ったらどうなんだろう?」ってもう1回自分で見直してみて、「なるほどな。『寅さんいるような』って、そう言うよな」って(笑)。もっと意識してたら、今度はああいうのはやりすぎちゃうよねって。
(映画のシーンの)嘘をつくところで、「面白いっていうことは、自分たちが一生懸命やったことが面白いんだ」って(山田監督に)言われたじゃない。

木村:はい、言われましたね。
「あなた、今踏切の一時停止を無視したよね?」って警察官に止められるシーンがあるんですけど、今からそれを取り繕うシーンを撮影する、ってなった時に、ちょっと僕と倍賞さんの間で、「こうやったらどうですかね?」みたいな感じで勝手に作戦会議をして。
で、僕がやらせてもらった浩二は、何にも対応できなくて、「やっちまった。ゴールド免許これで終わりだ」みたいな感じだったんですけど、すみれさんが急遽助け舟を出してくれて、そこを難なく回避する、っていうシーンを撮るっていう前に、「俺が変なふりしちゃって、バリバリの方言で言ったりとかしたら、どうなるんですかね?」って。そしたら倍賞さん、すぐにそこでできちゃうから、「それやってみっか?」みたいな感じで。

倍賞:そう。「やっぱり2人でやったらまずいべ。やっぱし監督さ聞いて見ねえと」って、それで聞きにいったのね。

木村:そしたら監督が、斜め下を見たままずーっと黙ってて、「あ、これ駄目だな」と思ったら、直後に、「人っていうのはね。一生懸命やるから、それが伝わって面白いんだよね。そういう方がいいと思うんだな」って言われて、俺も倍賞さんも、2人でチーン…ってなって(笑)。

倍賞:そうそう(笑)。

木村:「なかったことにしましょう」みたいな感じで、そのままセットに入っていって。

倍賞:一生懸命やったの。あれ、もうちょっとやってもよかったのかな、なんて。「へ?」って聞いちゃったよ、私(笑)。

木村:監督が言ってたんですか?

倍賞:そう。だから「抑えて抑えて」って言うから、一生懸命「私は心臓が悪いがら、ここんとこさ、ステントが入ってんのよ!」って言ったのよ(笑)。

木村:で、「浩ちゃん!」っていうのも、本当に田舎っぽく…(笑)。「音が全然違うパターンでやってみませんか?」みたいな。
いや、でもあれは監督に怒られましたね。

倍賞:でも、一生懸命やりました。
あそこはやってて楽しかったけども。山田さんの基本の人の見方とか、表現したいものとか、そういうものが、やっぱりそういうことなんだよね、と思った。

木村:本当にカメラも何にも回ってない、カメラマンの近森さんが覗いてもいないような時に、「ご飯食べた?」とか、「何食べたの?」、「いや、俺は店屋物をとらせていただいて、それ食べました」とか、倍賞さんと普通のお話をして、「美味しかった?」、「うまかったですね」っていう、本当に普通のテンションでいる時の2人を、車の外から監督が見てて、「今のね、今のがいいね」って言って、「よ〜い…、よ〜い…」って、急にもう始まるんですか? っていう(笑)。

倍賞:そうそう(笑)。

木村:そういうのが多かったですもんね。いっぱいありました。どういう作品になっているかは、ぜひぜひ、皆さん受け取ってほしいと思います。

[OA曲]
なし

2025年11月16日Flow 第三百八十一回目「拓哉キャプテン × 倍賞千恵子」Part2

今月のマンスリーゲストは、11月21日に公開される映画「TOKYOタクシー」で共演させていただいた、倍賞千恵子さんです。
今週はどんなトークになるのか? お楽しみに!


木村:怖い情報が載ってるんですけど、映画デビューした1961年。1年に9本(映画を)撮ってるんですよ?

倍賞:13本の時もある。

木村:翌年の1962年が13本です。1年ですよ?

倍賞:そう。ものすごい忙しかった。

木村:1年って12ヶ月ですからね。なのに1年間に13本に出演されて、で、翌年の1963年も、1年で11本。

倍賞:そう。すごかったな〜。
なんかね、台本を3冊ぐらい持って、午前中に春子さんやって、午後に秋子さんやって、夜は冬子さん、みたいな。乱暴な言い方だけど、そういう感じで「いつ寝るの?」って思って、もう車に乗ったら寝る、っていう。それと、お弁当食べる。
朝なんか、母が作ってくれた味噌汁とおにぎり持って車に乗って、それを食べると寝て、気がついたら撮影所にいて。っていう時があったね。

木村:でも、そういう状況に追い込まれた時に、「もうあたし、嫌!」っていうような…。

倍賞:あった。

木村:あったんですか?

倍賞:うん。だって、楽しみなんて何もないし(笑)。初めて映画に入った時も、暗いスタジオの中に入って、「はい、そこに立ってください」って言われて、「はい、ここ見てね。ここ木村くんだからね。木村くんの目だと思ってセリフを言ってください」って言われて。で、セリフを言うと、「今度はこっち向いて」って言われて。最初はそれが嫌で嫌でたまらなかったもん。
3冊ぐらい台本持ってやってる時はそういうふうにもういっぱいになっちゃって、「私は誰なんだろう?」っていう感じで(笑)。

木村:でも、その3冊っていうのは、引き出しを替えて、ちゃんと入れてかれるんですよね。

倍賞:そうね。でも、私は「珍しい役者」って言われて松竹に入ったの。私が入った頃は、岡田茉莉子さんとか、久我美子さんとか、有馬稲子さんとか、大輪の花の女優さんがスターって言われるところに、突然コンクリートの間からぽっと出てきたすみれの花みたいな、ちょこっとしたのが、ぱっと撮影所に行ったから、ものすごく珍しがられて。
山田さんがいつか言ってたんだけど、「君は本当に珍しい形で撮影所に来たんだよ」って言われて(笑)。いろんな監督さんが使いたがってたんですって。私、全然そういうの知らないけどね。
それで、そういうふうに1日中違う役を何人もやっちゃって。1作目は大阪から家出してきた女の子だったんだけど、私は、そういう、何となく庶民とか、「何かこんなところからこういう女の子が出てきてスターになっちゃったよ」って言われるような状態だったみたい。

木村:ザッツ・シンデレラですよ。リアル・シンデレラ。

倍賞:そうそう。そんな感じ。
そんなふうに、全く今までいなかったタイプの子が芝居をしてるっていうんで、それで大体基本はそういう庶民の中にいる、民の中にいる役が多かったわね。

木村:でもだからこそ、きっと客席にいらっしゃる方たちも、どこか自分たちの空気感に一瞬「あれ? こういう人いるかも…」、「どこに行ったら会えるんだろう?」みたいな、そういう感覚だったのかもしれないですよね。だって他の方たちって、もう「あら、ごきげんよう」っていう。
僕が今倍賞さんのお話を伺った上で想像するのは、同じヤカンに入ってた麦茶とかを、一緒になって「美味しい」って飲んでいそうな存在感だったんじゃないかな。

倍賞:だから、そういう感じで珍しがられて入ってきた、っていう感じだったのかな。
それで2年目ぐらいに「下町の太陽」っていう歌を歌って。私が映画に入った頃って、「歌がヒットすると映画化される」っていう時代だったのね。

木村:歌を映画化する。

倍賞:私の歌った「下町の太陽」っていう歌が、レコード大賞の新人賞をいただいて、それがヒットして、松竹で映画化されるっていうことになった時に、山田さんがその脚本と監督をなさって。そこで初めて山田さんとお仕事したんだけど、その中でも、何となくその辺にいるような女の子が、チャキチャキパキパキものを言って、兄弟、おじいちゃんを抱えて、仕事をして働きながら生きてる女の子、みたいな、そういう役が多くて。
それが「下町の太陽」で、私自身も「ああ、俳優になったのかな」っていう気になった作品でもあったし、とても大事な私の作品って言うか、役者として「こういうところで生きてくんだな」っていうのがわかったような作品でもあったし。

木村:でも山田監督って、さっきお話されてた「はい、ここを見て。ここを誰かだと思って、行くよ」ってやってた撮影方法じゃなさそうですもんね。本当にその人をカメラ横でずっとご覧になって。
だから、きっと「私、俳優かもしれない」って思えるきっかけとして、山田監督の作り方も大きそうですね。

倍賞:うん。そう。

木村:山田監督は、今でも、当時からもそうなんですよね。きっとカメラ横で、ご自身の目で、本人を見て。

倍賞:そう。前正面にカメラがあると、必ずこっち側かこっち側に山田さんがいて、「男はつらいよ」の最初の頃、(カメラマンの)高羽哲夫さんイコール山田さん、って、こういう感じで、俳優さんから見るとそんなふうな感じで見えた。遠くにいないの。カメラのすぐ傍にいて。

木村:もう、おんぶされてんじゃねえかな、っていうぐらいの距離感で。

倍賞:うん。

木村:そうか。その時からずっとご一緒して、「男はつらいよ」が始まり。
いや、すごいな。(「TOKYOタクシー」で)舞台挨拶とか、何回かやらせていただいたじゃないですか。あと、プロデューサーのお宅にお邪魔して一緒にお食事したりとか。倍賞さんからしたら、ここに山田監督がいる、っていうことは、全然特別な感じはしないですよね。

倍賞:うん。

木村:その、「うん」って言う温度が、多分全ての答えだと思うんですけど(笑)。
ちょっと自分はいまだに、「山田監督がいらっしゃいました」とか、「こちらに山田監督がいらっしゃってます」みたいなことを伺うと、完全にどっちかに体重が乗ってた自分が、一瞬真ん中に戻るっていう感じがあるんですけど。

倍賞:いや、そういうのはあるけど。

木村:あります?

倍賞:そういうのはありますよ。ちょっとは思うけども、でも一緒にいて何かをするっていうのは全然違和感がなくて。山田さんは話をするのに自分たちの方に下がってきてくれるのかな? そして一緒の目線でいろんなものを見て、いろんな話をしてくれるから。

木村:なるほど。
いやでも、今冷静に自分で発言しながらふって思ったんですけど、松竹さんの映画ですけど、僕がクランクインしたのが世田谷の東宝スタジオだったんですよ。

倍賞:あ、そうだ。自宅から入ったもんね。

木村:はい、自宅のシーンで。で、本読みも東宝でやったじゃないですか。それで、「倍賞さんと一緒にタクシーの車内の撮影します」って言って東映に行くんですよ。皆は普通に聞こえると思うんですけど、すごい不思議なんですよ。“松竹さん”っていう車のメーカーさんが、“東宝さん”っていう工場にも行き、“東映さん”っていうところでもパーツを組み、「出来ました!」っていう時は“松竹さん”っていうところから車を出す、みたいな。だから山田監督じゃないと、多分それ成立しないと思うんですよ。

倍賞:そうだね。でも、ずいぶん前からそうだしね。松竹の撮影所がなくなっちゃったから。

木村:そっか…。
今回の「TOKYOタクシー」でも、すみれさんに初めてタクシーの車両に乗っていただいた場所が、柴又の帝釈天だったんですけど。それこそ「男はつらいよ」でもう何十回と通われてると思いますけど、倍賞さんにとって(柴又は)どんな町ですか?

倍賞:1年に一度は帰る、実家かな(笑)。必ず帰る実家。

木村:ホーム。

倍賞:うん。生まれたところであるような気もするし。私も28歳ぐらいの時だったから、その当時の祭りの時にまといを振ってた青年たちが、今、高木屋さんとか大和屋さんの、一家を支える親父さんになってるの。で、「あのさ、あちこち悪くなってさ」って、会うたびにそういう話をして(笑)。だから、同級生がいる、みたいなところもあるし。実家に帰るとそういう同級生に会える、みたいな感じがする。そういう町かな。

木村:あの町はやっぱりすごい不思議ですよね。特に山田組としてお邪魔させていただくと、もう本当に町全体が…、あれは何だろう?

倍賞:皆さん、手を広げて待っててくださってね。もうお昼なんか、いつも「これ絶対食べきれませんよ」って言うんだけども、本当にいろいろ作ってくださって。「まぁまぁまぁまぁ」って言って、ものすごい贅沢なお昼をご馳走になる、実家(笑)。

木村:(笑)。
今、“撮影”っていうカテゴリーで「ロケをしますよ」ってなると、都内って多分相当厳しくなったはずなんですよ。あの柴又・帝釈天っていう町に関しては、「は?」っていう逆の世界観って言うか、「どこの誰が断った? 何言ってんだよ」みたいな。「いいから、上がって草だんご食ってきな」っていう、何かそういう感じがすごいするんですよね。
だから僕も1作だけ監督とご一緒させていただいて、ちらっとお邪魔させていただくと、皆さん、「あら! 寄っていきなさいよ」みたいな(笑)。

倍賞:そうそう(笑)。「上がってきなさいよ」、「お茶飲みなさいよ」、「何、上がらないの?」みたいなね。

木村:だから、すごい不思議な感じで。今回も、皆さん温かく接してくださいましたね。

[OA曲]
なし

2025年11月09日Flow 第三百八十回目「拓哉キャプテン × 倍賞千恵子」Part1

今月のマンスリーゲストは、11月21日に公開される映画「TOKYOタクシー」で共演させていただいた、倍賞千恵子さんです。
どんなトークセッションになるのか? お楽しみに!


木村:いや〜、何か不思議。マイクを挟んでこうやってお話をするっていうこと自体、すごい変な感じがしますね。

倍賞:ね(笑)。映画の中で、正面で芝居することもなかったけど。

木村:はい。僕はずっと(隣で)前を向いてたんで。

倍賞:変な感じ〜。

木村:山田監督もいるわけではないですし。

倍賞:そうね。

木村:「東京タクシー」の、倍賞千恵子さんと木村っていう、あのポスターの並びを見てくださった方たちの中で、たくさんの方から「あ、リアルソフィーとハウルだ」みたいな感じのリアクションをいただきましたけども。「ハウルの動く城」の時は、1日だけ共同作業させていただいただけでしたけどね。
この間の東京国際映画祭で、山田監督が仰ってましたね。「実際に僕らがキャメラの前で何かを演じて、それを撮影する、っていうことを、“実写”っていうのは変だね」って。

倍賞:そうそう、言ってたね。「あれは“映画”だよね」って。

木村:「あれは普通に映画だろう? 何で、わざわざ実写って言われなきゃいけないんだ?」っていう。どうしても“アニメ”っていう作品のカテゴリーがそうさせるらしいんですけど。監督が「実写って言うのは何か変だろう。これは映画って普通に言えばいいんだよ」って仰ってましたよね。

倍賞:そう。

木村:倍賞千恵子さん、「山田監督作品が今回で70本目」と書いてありますけど。

倍賞:まるで人のことかな〜と思って聞いてたら、自分がそうだったのね。びっくりした。えー、そんなに出てたんだ。
でも数えてみたら、やっぱり「下町の太陽」からずっと出ていて、「男はつらいよ」が50本もあるから、そのぐらいになっちゃうよね。

木村:「男はつらいよ」が50作あるっていうこと自体が、どんなペースで撮影してたんだ、ってことですよね。

倍賞:最初、1作目をやって、当たって。皆それで終わると思ってたら、終わらないで、次から次へと作っていっちゃって。最初、1年で3本撮影していた期間が結構あったの。

木村:同じシリーズを? 年間3本撮影?

倍賞:そう。それから2本になって、後半は1本になった。

木村:へ〜。じゃあもう、完全に量産しなきゃいけないっていうことですよね。

倍賞:そうね。あの頃は大変だったね。

木村:“あの頃は”って(笑)。

倍賞:若かったからできたのかな(笑)。

木村:そんな倍賞さんなんですが、どう人生をFlowしてきたのか、ちょっとお伺いしたいと思うんですけども。
1941年6月29日、東京都巣鴨の方で(生まれた)。

倍賞:はい。

木村:戦時中は茨城の方に行かれてた、っていうことなんですけども。

倍賞:疎開をしてました。

木村:“倍賞千恵子”っていうお名前は、本名?

倍賞:本名。でもね、SKD(松竹歌劇団)時代に、1回だけ芸名つけたことがあるの。SKDって、団員になる前に3年間の学校生活があって、その学校生活を卒業する時に芸名をつけなきゃいけなくて。

木村:その学校って、松竹音楽舞踊学校。

倍賞:そう。

木村:ここを首席で出てますからね。

倍賞:たまたまね。

木村:いやいや。首席の人ってそう言うんだよな(笑)。「たまたまだよ」って。すげえ!

倍賞:そんなことない(笑)。本当にたまたま。

木村:首席で出て。で、その時に芸名をつけなきゃいけない、と。

倍賞:そう。それで、私、“牧千枝”って。タップダンスが好きで、そのタップの先生に相談したら、牧場の「牧」に、「千」に、「恵む」じゃなくて「枝」って。それで提出したのね。そしたら、上級生に“牧千歳”さんって方がいらして、「似たような名前だから駄目です」って却下されちゃって。それでもう提出から間に合わなくなっちゃって、どうしようと思ってるうちに、「いいや、本名で」って、そのまま出しちゃった。だからそれからそのまんま。

木村:じゃあ、その先輩との被りを気にして、「間に合わないから、これでいいや」っていう。

倍賞:先生から言われたの。「上級生に似たような方がいらっしゃるから、それじゃまずい」って言われて、それで諦めたの。それでまた考えてたんだけど、もう期限がどんどん過ぎていくし、間に合わないし、これでいいやと思ったの。

木村:で、“倍賞千恵子”って出して。

倍賞:それがそのまんまずっと。

木村:SKD、松竹歌劇団なんですけど…。

倍賞:松竹音楽舞踊学校っていうところを卒業したの。そして、それからSKD歌劇団に入ったの。

木村:13期生ということで。
この間、ちょうど僕らが東京国際映画祭でお邪魔した会場があったじゃないですか。そこが元々日劇(日本劇場)だったよ、っていう話をして。

倍賞:そう。日劇ダンシングチームっていうのがあったの。それで、帝国ホテルの並びに宝塚があったのね。

木村:日生劇場があって、その隣ですよね。

倍賞:その一環みたいな感じで、浅草に国際劇場っていうのがあって、卒業してそこに入ると、SKDの歌劇団の団員になれるっていう。

木村:そのSKDの毎日ってどんな毎日なんですか?

倍賞:SKDは、学校生活が3年間あったんだけど、毎年毎年1年ごとに試験があって、それで落ちてったり辞めてったりして。それで卒業して、その間に中間講演というのがあるのね。村田英雄さんとか、フランク永井さんとか、クレージーキャッツみたいな人たちが、その3年間の学校時代に、1週間ぐらい舞台実習としてそこに出るの。

木村:それはどういう形で出るんですか? 歌ですか? 踊りですか?

倍賞:踊りだったり。私は白虎隊で村田英雄さんの弟をやったり(笑)。

木村:お芝居をするんですか?

倍賞:お芝居もするの。あとは、キャーキャーって逃げたりする女の子たちとか。フランク永井さんのなんかはそうだったな。クレージーキャッツの人たちは、踊りをやってる子たちみたいなので出たりして、それが舞台実習。

木村:出演じゃなくて、実習なんですね。

倍賞:そう、実習。だから、村田英雄さんがワーッと歌ってて、後ずさりしながら戻ってきて、弟に「お前、何とか頑張れ頑張れ!」
って言った時に、村田さんは後ろ見えないからいつも頭をカーンって蹴っ飛ばされて(笑)。それで抱きかかえられて「死ぬなよ!」って言われるような、でも死んでいく役をやってた(笑)。

木村:小っちゃい頃、東京巣鴨に生まれ、なぜそっちの、歌・踊り・お芝居っていう方に行ったんですか?

倍賞:私が松竹音楽舞踊学校に入ったのも、歌を歌い出したのも、自分が好きでやったんじゃなくて、「歌ってごらんよ」って言われたりとかしたから。
疎開先で、おじいちゃんおばあちゃんが集まると、「千恵子ちゃん、ちょっとおいで」、「ほら、歌ってごらん」って言われて、教えてもらった「赤城の子守唄」を歌ったのが、それが初めて(「歌って」と言われた時)。
2番目は、疎開中に、茨城の小学校で学校放送ができた時があって。その時に、誰が試しにマイクの前で歌を歌うかを挙手で決められて、それで選ばれて、すごい小さなブースの中で歌を歌ったりしたのが、それが2番目に「歌いなさい」って言われた時。
それから、東京に出てきてからは童謡を歌ってて。それも、お姉ちゃんが歌が好きで、NHKの「のど自慢」に出るって言った時、1人は嫌だから私のはがきと一緒に出しちゃって。で、しょうがないからくっついて行って、それで歌った時に、お姉ちゃんが落っこちて、私は残って、それを聴いていたポリドールの会社の人が「娘さんを立たせてみませんか」っていうことになって。親に言われて、「はい、わかりました」って言って、童謡をやって…。

木村:NHKの「のど自慢」に、付き添い感覚で行ったら…。

倍賞:そう。それでレコード会社の人に見初められて、「入りませんか?」って言われて、入って、童謡歌手になっちゃって。
それで、童謡歌手をやっている頃、変声期になったりして、「さあ、どうしましょう?」なんて言ってる時に、両親がはがきを持ってきて、「あなた、ここを受けてごらんなさい」って言われたのが、松竹音楽舞踊学校。

木村:へえ〜。両親のそのパスがなかったら、絶対に行ってないですよね。

倍賞:そう。皆、「ちょっとやってごらんなさい」、「ちょっとやってごらんなさい」って、それを「はいはい」ってやってるうちに、何かそこまで行って。
で、SKDの歌劇団に入ってから、歌ったり踊ったりして、正式な団員になった年に、松竹の映画会社の方からスカウトマンが来て、スカウトされて、映画の方に行ったのね。

木村:だから、ご自身で、「私は絶対こうなるんだ!」とか、「私はこうなりたいのよ!」っていうことではなく、「あれ? 私、スズメだと思ってたんだけど、ひょっとしてカナリア?」っていうことですよね。で、カナリアだと思ってたら、「あれ? 私、クジャクじゃない?」みたいな(笑)。

倍賞:すごいわかりやすい(笑)。そういう綺麗な風に言ってくれたら、そうかもしれないな。

木村:いや、今のお話を聞く限りでは、かなりそういう感じでしたけどね。そうなんですね。

倍賞:だから、「若い時の夢はなんですか?」って言われると、「夢って何だったんだろう?」って思うの。気がつくと、自分の前に何かがあって、「はい、ここ」って言われて、「あれ? この道はずいぶん遠いな」って思いながら、その道に行って。その道に到達した頃に、「はい、今度はこの道」って言われて、「あら、今度のこの道は短いんだな」と思いながら、みたいな。

木村:へぇ〜。

倍賞:だから、いつも自分の前に誰かが道を作ってくれていたのかな?

木村:そうなんだよな。自分でコンパスを覗き込んだり、地図を広げたり、っていうことではなく、なぜかそのタイミングでナビゲーターがいらっしゃって、「次、こっちね」って言って、「え〜、遠くない?」って言いながら歩いてたら…、ってことですよね。

倍賞:そう。そういう感じ。

木村:すげーな。

倍賞:何だかわかんないけど、そんなふうに選ばれて。疎開先でも、「ピアノを習う人〜」って言ったら選ばれて、ピアノを習う人になって。

木村:自分でやりたいっていうことじゃないんですよね。

倍賞:うん、そうなの(笑)。そうすると、先生がうちまで送ってくれたりとかして。だから昔は「えこひいき」って言われたりしたこともあった。

木村:不思議だな〜。
女優さんとしては、1961年のSKDを退団された後に、松竹の映画「斑女」でデビュー。活躍を始める。ということなんですけど。

倍賞:そうですね。昭和36年か。

木村:へぇ〜。

[OA曲]
なし


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