森永乳業 presents 平原綾香のヒーリング・ヴィーナス

平原綾香

ON AIR REPORT 毎週ゲストをお招きして、その方ならではのパーソナルな“音楽の世界”を辿ります。

03/063月のヴィーナス・ラウンジのゲストはさかいゆうさん

2016/3/6 update
平原綾香さん・さかいゆうさん

平原さんはミャンマーから帰国したばかり!2月28日にジャパン・ミャンマープエドー2016という文化交流イベントに参加してきました。プエドーというのは、お祭りという意味。若者もおじいちゃんも大盛り上がりで、なんと『JOYFUL,JOYFUL』を歌った時に、ダイブしていた人もいたそう。ニーニーキンゾーさんという、ミャンマーの女性歌手の方とKiroroの『未来へ』を歌いました。平原さんはミャンマー語で、ニーニさんは日本語で歌って、感動的なシーンになったと話していました。日本では3月26日の朝6時から、NHK BSプレミアムで放送されますので、ぜひチェックしてください。

さて、先週お知らせした4月27日にリリースする平原綾香さんのニューアルバム『LOVE』の中から、今日は『マスカット』(玉置浩二さん作詞・作曲)を宇宙初オンエアしました。曲を聴いた感想お待ちしています!

ヴィーナス・ラウンジのゲストはさかいゆうさん
3月のヴィーナス・ラウンジのゲストはさかいゆうさんです。『水曜歌謡祭』で共演して仲良くなりました。そのきっかけがまた面白いんです。平原さん曰く、「2人の出会いは…なんと言ったらいいんだろう…。最低?(笑)」今週から4週にわたってお話を伺います。

『水曜歌謡祭』ではじめましてって感じだったんだけど、その時に”平原さん、ヒット曲あるの?”って聞かれたんだよね。
「それね、話が大きくなってる!」

『Jupiter』って曲が有名かなって答えたら”へえー、どんな曲?”ってい言うので、”♪Everyday〜”って歌ったんですよ。そしたら、”歌、上手いじゃん!”って言われて。それが2人の出会いです!
「話がね、8割増くらいになってるよ!その時、一緒にいた武部さんのピアノで、1番の手前くらいまで歌ってくれたんだよね。あの時、武部さんが面白がって、さかいが”君ヒット曲あるの?”って聞いたんだよってみんなに言いふらしたの。」

先日、およそ2年振りとなるニューアルバム『4YU』をリリースしました。どんな感じで作っていったんですか?
「いつもどおりコンセプト決めずに、好きなことをやろうって。ラジオとかで、セールスポイントをちゃんと言わなきゃいけないじゃないですか。”これは泣けるアルバムだよ!”とか、”とにかく僕の思いを聴いてください”とか。でも、いろんな側面があって、自分のアルバムなんだけど説明しづらいなと思って。聴いてもらうしかないんだけど。」

このアルバムは一番やっぱり声。声がこのアルバムの最大の売りだと思う。
「ありがとうございます。自分で言うと野暮だね。”とにかく俺の声を聴いてください”って。そんな奴のアルバム聴きたくないね(笑)」

フォーは「4」で、ユーは「YOU」ではなくて、さかいゆうの「YU」で。これはやっぱりファンのみんなとか?
「そうです。自分って最初のファンだなって思うんですよね。どんな悲観的な歌詞を書こうが歌を歌ってる時点で、もう自分のこと好きなんですよ。それを表現して、最初に自分の耳に入るわけじゃないですか。やっぱり自分のこと好きだし、それをどこまで言うかだから。人によっては、”俺、自分大好き”って言って面白い人もいれば、それが絵にならない人もいたり。僕は「4YU」は自分のために、自分を元気にさせるためにいつも音楽やってるから。最初の救済者というか、救われる人は自分だから。」

音楽に目覚めたのは、高校卒業後18歳の時だそうですね。何がきっかけで目覚めたんですか?
「真面目な話になるんですけど、高校の時、ミュージシャンを目指していた親友がいて。彼が交通事故で亡くなって、通夜までの3日間ぐらい、彼が聴いていた音楽とかを聴いていたの。彼はロックとかブルースが好きで、自分でも歌ってたりしてて。
今思っても、すごく才能ある人だったんだ。Mr.Bigとか、エリック・クラプトンとか聴いてたんだけど、その中で、エリック・クラプトンの『アンプラグド』のビデオを観て、セッションしてる感じがものすごく楽しそうだった。それで決まったよね。

彼の夢を自分が叶えるという感じに思われそうだけど、人の夢は叶えられないから。でも、彼の死は僕と音楽を合わせたきっかけではあった。クラプトンのビデオを観て、こんな楽しそうな大人見たことないなと思って。みんなすごい真剣な顔をしながらも、独特の空気なんだよね。みんなでそれを10回くらい観て、それでまた泣き出すやつがいたり。それで彼の通夜をしに、みんなでいつも歩いてた道をずっと歩いてたの。学校は土佐塾高校っていうところで、山の上にあるんだけど、いつも行ってる道じゃない方に曲がる時に、”俺、何しに行くんだこれ?”ってすごく変な気持ちになったの。今でも思い出しながら、鳥肌が立つんだけど、”おまえ、ちょっと音楽やれよ”って誰のかわかんない声が聞こえたということにしている。あまり記憶にないんだけど、この話をしている時の鳥肌って、斎場を曲がって、”これからあいつに本当にバイバイ言いに行くんだよ”っていう時の鳥肌の種類と一緒なんだよね。どうやってミュージシャンになっていいかわかんないから、とりあえず上京するために1年間働いて、20の時に東京行って、その後もうアメリカだから。」

歌も前から歌ってたわけじゃないんですね?
「全然歌えないよ。ピアノもアメリカ行ってからだから、22からだね。とにかく楽しそうだからやろうって。みんなからはさかいがおかしくなったって言われた。さかい大丈夫か?!って。うちの両親もほんとに心配してくれて。子供のころから、俺が歌が上手いとかの兆しもないからね。うちの父は親切な人だから、普通に心配するわけじゃん。ものすごく怒られた。自分の子供が急に思い立って、友達が死んだからって、そいつの夢を叶えようと芸能界入りみたいな感じなわけじゃん。それはどうかしてるって思うに決まってるし。俺も子供ができたら、たぶんそう感じると思う。そこで、母がすごいのは、”よくわかんないけど、やってみりゃいいんじゃないの?駄目だったら帰ってくればいいし”っていう余裕があった。マッキーさん(槇原敬之さん)の『遠く遠く』っていう曲の中で、いつでも帰ってくればいいよって、公衆電話で言われたおかげでやってこれたよっていうのが内容の歌詞があるんだけど、まさにそれで。親父は論理的な優しさだけど、母は論理的じゃない優しさだよね。父親とは27〜28歳までしゃべれなかった。」

でも、今はご両親喜んでらっしゃるでしょ?
「めちゃくちゃ喜んでるでしょ。”俺が全部育てたから”って言ってる!」

LAに渡ったってことだけど、かなりストイックに頑張ったんだよね?
「かなりね。やることなかったから。22で始めて、もしそこそこお金持ちで、そこそこ友達が多くて、日本にいたら、ピアノ上手くなってないと思う。人に”どういう風に上手くなったの?”って言われてもわかんないもん。」

そこがみんな、一番知りたいと思う。22の頃に本格的に楽器とか歌を触り始めたって言ってたけど、ちょっとでも自分で歌で行けるかもと思わないとのめりこめないよね。
「そこが僕の変態たる所以だと思う。あまり周りの評価とか、実利性を求めてないっていうか。まあ今でもそういうところあるんだけど。」

耳がよかったのでは?
「それはやっぱり才能だったと思う。耳の部分だけ!他は才能あると思わないもん。」

譜面はちゃんと読めるの?
「譜面は読めない。 譜面読めないミュージシャンってたまにいるけど、本当困っちゃうんだけどね(笑)」

本能的に弾いてるっていうのがわかるよ。自分が弾いてるコードも何のコードかっていうのも自分の気持ちで弾いてるっていう感じなんだね。22から音楽を始めて、いけるなって思ったのはいつ頃?
「今でもいけるなとは思ってないよ。頑張ってる感じ。まあでも、1000万枚くらい売れたいけどね(笑)みんなミリオンっていうじゃん。みんな言うからつまんない。だから、10ミリオンだよ!」

22歳からピアノを始めて、プロのミュージシャンになるなんて、並大抵のストイックさではないと思うのですが、そんなことを感じさせないほど、気さくでお話もとても面白い方でした。来週もお楽しみに!
さかいゆうさんのニューアルバム『4YU』絶賛発売中です。このアルバムをひっさげ、全国ツアーをスタートします。詳しくはさかいゆうさんのオフィシャルサイトをご覧ください。


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