「『混沌』というルール 1」
12年前のニューヨーク。マンハッタンのど真ん中。すえたニオイのするタクシーの中で思ったこと。「どうして、そんなにクラクションを鳴らすの?」。10年前の上海。ミシミシ音、ギシギシ音、キーキー音が氾濫するタクシーの中で思ったこと。「いやっ、そんなに飛ばさなくても…クルマが分解しちゃうよ」。7年前の1996年、約25年ぶりに訪れたローマ。フィウミンチーノ空港からテルミニ駅近くのホテルに向かうタクシーの中で、僕の思考回路はショートした。 僕を乗せたタクシーは、高速道路を逃走犯よろしく3車線を使って爆走。邪魔するクルマにはクラクションとパッシングと罵声を容赦なく浴びせる。
かと思えば、運転しながら後席に振り返り、早口のイタリア語で話しかける。きっと面白いことを言っていたのだろうが、その頃の僕に理解できたの「ジャポネーゼ(日本人)」と「アリガト(ありがとう)」と「サヨナラ(さようなら)」だけ。交差点では、信号が赤から青に変わる0.5秒前にクラクションを鳴らし、前が少しでも空けば素早くシフトダウンしてフルスロットル。割り込み、無理な追い越し、急な車線変更と、危険行為のオンパレード。当然、周囲のドライバーは非難のクラクション、悪意のジェスチャー、ストレートな怒声で反撃してくる。こちらのドライバーも負けじと応酬。ニューヨークや上海のタクシードライバーたちもスゴイと思ったが、このイタリア人はかなりキレていた。 数年後、僕が初めてイタリアでドライブしたとき、このタクシーのことを思い出すことになる。そう、ある種の開眼とともに。(続く)