2019/3/24
東京では、開花宣言がなされましたね。
いよいよ春本番!ウキウキする季節がやってきました。
「世の中には“許せない!”“信じられない!”ということがたくさんある。現代社会の中でそれをどう処理すればいいのか。同じ土俵に乗らない。それには自分自身がいつも幸せであるようにしなければいけません。同じ事柄でも寛大に対処できる時と、キリキリと思ってしまう時とがありますよね」という江原さん。
今日は『許せない!信じられない!』というお便りをご紹介しました。

今夜お届けしたナンバー
◇Please Forgive Me / ブライアン・アダムス
◇桜の精 / 江原啓之



「私は人がズルする事に異常に腹が立ってしまいます。先日、スーパーマーケットで菓子パンに付いているシール(某パンメーカーの○○パン祭のアレ!)だけを剥がし、パンは買わずに棚に戻しているお婆さんを見つけました。私はどうしても許せず、直接お婆さんに“パンを買わずにシールだけ盗っちゃ駄目ですよ”と注意しました。するとお婆さんは“分かっとる!買うわ!”とキレ気味にカゴに入れ、そのまま早足で雑貨コーナーへ行ってしまいました。私は“この婆さん、絶対パンを雑貨コーナーの棚に置いて逃げるだろうな…”と思い、婆さんの後を追いました。婆さんも追われているのに気付き、婆さん逃げる!私追う!結局、店内を3周もしました。そして私が根負けし諦め、レジ係の人にチクりました。お店の人は“ありがとうございます。監視カメラで確認してみますね”と言っていましたが、私は、どうせ婆さんが“しめしめ”と、笑みを浮かべているかと思うとハンカチの隅を“キーーー!”と噛みたくなる気持ちでした。帰宅後、主人に出来事を話すと、主人は“本人に直接言ったのー?”と驚いていました。こんな私はおかしいのでしょうか…。江原さんなら“おてんとう様は見てござる。その婆さんには天罰が…”と言うのかなぁ…と思ったりもしますが。江原さん、どう思います?私は変ですか?」というメールをいただきました。

江原さん
「私は“天罰が…”とは絶対に言いません。天は見てござるですが、自分自身に返ってくる・天に唾を吐くようなもの・因果の法則というのは同じこと。だから“罰が当たっている”というのとは違う。けれどこういう人、いますよね。私の書籍にも“付録”が付いていたりするが、それだけを盗っていく人もいるんです。そういう人は書籍の中身が全然分かっていない。“レジ係の人にチクる”というのが一番良い方法。そして“蒔いた種は自分に返ってくるんだから”ということで良いと思うんです。ただ、こういう人を見て異常に“ズルい!”と思うということは、実は自分自身の映し出し。ご自身がズルい出来事で酷い被害にあったなどということが、過去にあったのかもしれませんね。人はそういうところで“自己憐憫”が出る。“自分自身はそういった時にすごく損をした”という経験を、このお婆さんにオーバーラップさせて見てしまう。正義感もあるけれど、そういうところも隠されているのではないか。そういうのがない人の方が寛大に“いけませんよ”と言って、レジ係の人に“一応ご報告を…”と言う。後はスーパーが決めること。あなたは悪いことはしていない。けれどそこまで感情的になるということに意味がある。そこをご自身の学びに変えていかれたら良いかなと思います」


「昨年1月に伯父が亡くなりました。伯父には娘が2人いて、それぞれ結婚後は、ほとんど話す事もなく過ごしていましたが、いとことは葬儀をきっかけに、今では月に一度は出かけて長々話し、楽しい時間を過ごしています。先日話をしていると、下のいとこが、伯父が亡くなる少し前に手を握り“お父さん”と呼びかけると、手を払いのけられたと言うのです。彼女はとてもショックだったようで、話し出すと泣いてしまうほどです。私は看護師をしていることもあり“亡くなる前だし、きっとしんどくて仕方なくて、もう放っておいて欲しいほどしんどかったんだと思う。あなたの事を拒絶したわけではない”と言いました。彼女はこの話を誰にもできず、話せるまでに9ヶ月かかり、そしてこの話をする時には必ず泣いてしまいます。伯父の手を払いのけた行為について、江原さんのご意見をお聞かせいただければ幸いです」というメールをいただきました。

江原さん
「私がいつも言っている不幸の三大要素。“自己憐憫”“責任転嫁”“依存心”。この3つがこのいとこの方の話に入っている。払いのけられたことが悲しい“自己憐憫”。お父さん、なぜそんなことをしたのかという思いは甘えなのです。ここには“お父さん”のことがどこにも入っていない。自分自身がしたことに対し、お父さんから優しい何かをして欲しい、握り返して欲しいという気持ちは分からなくはない。しかし深刻な話をすると、私も末期のがん患者さんなどと相対してきましたが、共通して言えることは、治療は自分の為ではなく、みんな家族の為に頑張っているんです。“もう私ダメだから…”などと言うと“そんなこと言わないの!”“必ず治すの!”と言われてしまう。そうすると本人も弱音が吐けなくなってしまう。最期まで頑張る自分を演じなくてはいけない。私は、これは案外残酷だなと思いました。私の記憶の中で一番鮮明に覚えているのは、ある末期の女性のこと。お母さんもいて、娘である自分が先に逝ってしまう。彼女は最後に私のところに来てこう言ったんです。“もう頑張れない…”と。だから私は“頑張らなくていい。自分が好きなことをして、好きな時に天国に行きなさい”と言いました。するとすごく明るい顔になって、一緒にゴハンも食べました。“全然食べられなかったのに、今日は食べられた。楽しかった”と言ってくれ、送り届けましたが、これが最期になりました。そういう背景を見ると、多くの人は家族の為に頑張るのです。私は“死ぬ時くらい、自分の好きなように死ねないだろか”と思うんです。苦しいのかもしれないし、メソメソされるのが嫌なのかもしれない。自分自身が逝く時なのに、私自身でも振り払うと思う。だから、あなたがアドバイスをするとしたら“自分のことばかりではなく、お父さん(伯父さん)のことをもう少し考えてあげようよ。お父さんがそれで幸せなら良かったなどと、お父さんの為を思ってあげようよ。自己憐憫・責任転嫁・依存心は一番問題だよ”ということかな。お気持ちは分かるけれど、人というのは自分が正しいと思い込むんです。きっと“自分はなんて良い娘だ”と思っている。それで自己憐憫で泣いている人が多い。それは、相手のことを想っていないということなのです」


「昨年夫を白血病で亡くした者です。水泳の池江選手が白血病を発表されてから報道のされ方・世間様の反応に違和感を覚えています。夫も“頑張れ”“きっと良くなる”の言葉のシャワーをたっぷり浴びせていただき、私も“無理しないで”“たまには休んだら”などの言葉をいただきました。ハッキリ言って“あなたは大変ね。私は違うけど”と言われているだけにすぎず、かえって傷つきました。“私が見ています。その間休んで”と言ってくれる人はゼロでした。人は、自分は良い人間と思われたいだけなのです。寄せ書き・千羽鶴も正直言って白血病患者には迷惑です。咳をしているのに見舞いに来たり、生ロールケーキ一本を平然と持参する理解に苦しむ方もいます。本当に白血病を心配してくださるなら興味を持って知識を得て欲しいです。そんな中、男子フィギュアの宇野選手は、自分は無知だからとして発言を控えたとのこと。お若いのに本当に心のある想像力のある方だと感服致しました。白血病との闘いは死闘です。治療を始めたばかりの池江選手が激励の言葉に対して素直に感謝しておられる事に胸がいっぱいになります。世間様にはそっとしておいてあげて欲しいと切に願います。江原さん、白血病に色めきたっている異常な世の中に、冷たい水をかけて目を覚まさせてください。偽善ほど役に立たないものはありません」というメールをいただきました。

江原さん
「おっしゃる通り。けれど“冷たい水をかけて”というあなたのお気持ちも分かるけれど、人というのは、誰でも病気に関わらず、自分自身が経験していないことは分からないのです。経験と感動が大事だと私はいつも言っていますが、風邪ひとつひいたことがない人は、ちょっと風邪をひいた人に“心がけが悪い”などと平気で言ってしまう。自分が経験し、そこで感動(喜怒哀楽)というものがあると気持ちが分かる。だから“あぁ、まだ分からないんだな。気の毒に”という視点も忘れてはいけない。ロールケーキを贈るにしても、悪気はない人もいる。“良い人間だと思われたいだけ”というのも分かる。分かるけれど、みんな分かっていないんです。私も、他の人が入院している時もそうですが、見ていると、お見舞い面会でスケジュールがハードなんです。入院している側は、自分が受けなければならない検査などがメインなのに、そちらを“ちょっと待っていてください…”というように慌ただしくなってしまう。だから私はそれ以降“入院をする時などは、絶対に人に知らせない”と考えています。そんなに会えるなら元気ということですからね。またマスコミ・報道の仕方についてもあなたのおっしゃる通り。私は本人が見ていたらどう思うだろうと思うのです。“この病気は○○%がどうで、ああで”とか、その病気の特集をしたりする。本当に気の毒。想像力がないですよね」


●江原啓之 今夜の格言
「赦せない心は、自分自身も赦せなくなってしまいます」
「赦せば、新しい幸せの未来の扉が拓けます」

番組ではあなたからの感想・メッセージを募集しています
◇ 江原さんに聞きたい事
◇ ネガティヴなお便り
◇ HAPPYメール
◇ 厄払いのお便り
◇ 不思議な体験・エンジェルさん目撃談
◇ 演じるさんのコーナー
(私はこう演じました。そしたらこんなに変わりました!エピソードのお便り)
◇ あなたが感動した言葉
◇ 若者からのお便り、みなさん、一緒に考えていきましょう!
◇ 『お笑い』エピソードのお便り
◇ リクエスト
◇ 3月・4月お誕生日の方
◇ Dr.Recella城嶋さんへの質問コーナー
メッセージの応募はこちらから
2019/3/17
春の便りが聞こえてくる季節になりましたね。
夫婦の関係は千差万別。
今日は『夫婦の在り方』をテーマに番組をお届けしました。

今夜お届けしたナンバー
◇Honey,Honey / アバ
◇やからみち / 江原啓之



「夜、3歳の息子を寝かせる時に必ずと言っていい程、邪魔をしに来る主人に“邪魔せんといて。起きとる時に遊んで”と何度も言っていました。しかしある日、ついに堪忍袋の緒が切れて“この子が寝たら仕事から帰ってきて”と言ってしまいました。主人は“ひどいなぁ”と言い、怒ってその日は本当に帰ってきませんでした。翌日、主人は私に“お前が寝るまで帰ってくるな言うたけん待ちよったのに、子どもが寝たら電話ぐらいしてこいや”と言われたので、それに対して言い返し、また主人を怒らせてしまい、寝室を別にされてしまいました。主人は怒ると怖いので話しかけられず、業務連絡ぐらいしか会話がなくなり、2ヶ月が経ってやっとの思いで謝ったのですが“もう遅い”と言われてしまいました。その後も何度か謝ったのですが許してくれず、家庭内別居状態が続いています。これから先もこの生活が続くのかと思うと精神的に辛く、いっそのこと離婚した方がいいのではと考えてしまいます。離婚はしたくないのが本心ですが、非常に辛く、一日中そのことを考えてしまいます。家庭内別居が3ヶ月も続いて、主人にも今のままの生活でいいと言われ、私はどうすることがいいのでしょうか?離婚はしたくありませんが、このままの生活が続くのであれば、離婚した方がいいのでしょうか?」というメールをいただきました。

江原さん
「夫婦は難しい。旦那さんは、子どもが可愛くて好きだから、ちょっかい出しちゃうのでしょうね。奥さんの“せっかく寝かしつけているのに…”という気持ちもわかる。奥さんは毎日子育てをしていて、夫は帰ってきた時だけ可愛がって…と思うのでしょう。わかるけれど、言い方しだい。夫婦になると、余裕がなくなってしまうのかもしれない。旦那さんも“邪魔せんといて”と言われてカチンときた。でも“電話でもしてこいや”と言うということは、子どもが寝るのを待っていたのでしょう。そう考えると切ない。私はこのご主人と似たタイプだから、ご主人の気持ちもわかる。色々と我慢をするけれど、シャッターが下りたら最後なんです。もう二度と開かない。シャッターが下りる前になんとかしてちょうだいよ…と思うところがある。そう思う人もいるんです。けれどこの件は、お互い様ですよね。お互い様のどうでも良いところでこじれて離婚になってしまうこともある。旦那さんも旦那さんで良くないけれど、あなたもダメだなと思うところは“このままの生活が続くのであれば、離婚した方がいいのでしょうか”という根性の弱さ。旦那さんのことを愛しているのかどうなのか。自分が優位でなくなったら、面倒くさいから離婚した方がいいのかと逃げに入ってしまう。離婚したくないのであれば、今のうちになんとか修正しないと。旦那さんもまだ“離婚”とは言っていない。あなたの気持ちも分かるけれど、あなたの一番いけないところは、すぐに何とかしようとするインスタントな考え方。ここまでこじれるということは、旦那さんも何度も家に帰るのを遠慮したんだと思うんです。予定があってだといいけれど、予定もなく、子どもが寝るのを外で待っていると“オレって何の為に働いているんだろう…”と、みじめな気持ちになる。世の中の奥さん、絶対にしてはいけないことがあります。奥さんは、お子さんと一緒の時間が長い。旦那さんとちょっとケンカになると、子どもを自分の方に引っ張っていくことはいけません。“ホラホラ、行こう向こうへ”などと、多勢に無勢で、お父さんを孤独にさせる奥さんが結構多いんです。旦那さんを別の女の人のところに行かせてしまいますよ。お母さんもいつも子どもと一緒にいて大変なのは分かるし、悪気がないかもしれないけれど、そういった夫婦の揉め事に子どもを使わないこと。もう少し気持ちを伝えたら、旦那さんも気持ちが変わるかもしれない。それで変わらないのであれば、旦那さんも旦那さんだと思った方がいいですね」


「私はただ今、離婚調停中です。夫とは30年、暮らしを共にしました。子どもは3人、どの子も順調に育ち、大変幸せでした。破綻したのは、夫の仕事が重役の為、忙しかったことと、私の習い事などですれ違いの時間が多くなり、夫側の不満が溜まってしまったことによります。2人で話し合って買ったマンションには、一緒に一年過ごしたまま、夫が家を出て別居状態になりました。何度も私からやり直そうとメッセージは送り続けましたが、聞き入れてもらえず2年が経過、厳しい財産分与を提示してみても、条件は飲むから離婚したいの一点張り。とうとう近いうちに決着することになりました。子どもたちは成人しているので、養育費の問題はないけれど、一度、破綻したらもう元には戻れないものでしょうか。専業主婦でしたが、今は働きながら、将来どうしていこうか思案しています。もう相手の気持ちが変わらないようなので、思い切って別れた方がよいのでは、と思いながら、あまりにも急な展開に自分でも驚いています。ここは流れに逆らわず、別れることを選んだ方が良いでしょうか?」というメールをいただきました。

江原さん
「別れた方がいいでしょうね。子どもが巣立ってしまったので、留まるものはなくなってしまった。一旦、お互いが自由になった方が、友達になれるかもしれない。旦那さんも離婚して自由を満喫したいのかもしれない。仕事もやるだけやったし、経済面もみんなみているし。別れた方が“どうなの?体調は?”などと、一番良い距離の持ち方でいられるかもしれない。一番良い道を選択できるかもしれないですからね。結婚というのは、婚姻だけの問題。人間の心の学びなのです」


「私は9つ上の夫と5歳の息子、もうすぐ1歳の娘の4人家族で、幸せにくらしています。じゃあ相談なんてないんじゃないの?と思われると思いますが、聞いてみたいことがあり、江原さんならどんなふうに回答してくださるかなー?と興味もあります。それはお金と御縁が薄いように感じていることです。家のお財布事情は夫が管理しています。“稼いだお金は頑張って稼いだ人のもの”という感覚が私にあり、家族を養う為に夫に稼いできてもらっているのだから、夫から“これ今月の生活費ね”と頂戴するのが筋ではないかと思っているのです。ですがお出かけの際のお会計でよくカードを使っているのが気になって、何ヶ月か家計簿をつけてみたところ、なんと我が家はギリギリのところで赤字運営だったのです。今年のうちに娘を保育園に預けて、私も今より多く働くから少しは家計も良くなると思いますが、特に豪遊した覚えもないし、夫もお酒も飲めなければ、付き合いより家族の方が好きという人で、贅沢なことは何もしていないと思うのです。でも貯めるまでのお金はない…子ども達にもいくらか残してあげたいのですが。何か金運につながる良いアドバイスなどお願い致します」というメールをいただきました。

江原さん
「“金運につながる”と言っていることが、まずダメ。ファジーなんです。ファジーだからお金に縁がない。あなたの言っていることは、良い様にも聞こえるけれど“自己憐憫”“責任転嫁”“依存心”です。知恵を使っていない。旦那さんにぶら下がって生きているだけ。あなたも働いているので、本当の依存心ではないけれど“金運につながる”という甘いことではダメ。子どもを育てるのと同じで“心を鬼にして”という言葉がある。あなたのメールは、古風な人のように聞こえるけれど、私はそうは思わない。古風であるならば、例えば“もう少し余剰のお金をください”と夫に言って、お金をもらって貯めるんです。ヘソクリも自分の為ではなく、いざという時の為のヘソクリは、大我な愛だなと思うんです。“ただ夫に任せる”というのが“大我”ではない。あなたも一緒に一生懸命働いているから良い人だとは思いますが、心を鬼にして、家族の為にやってみた方がいい。甘えた“金運”なんてありません。“金運”には知恵がいるのです」


●江原啓之 今夜の格言
「甘え合うことが夫婦ではありません」
「理解し合う学びこそが、夫婦の学びなのです」

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◇ 江原さんに聞きたい事
◇ ネガティヴなお便り
◇ HAPPYメール
◇ 厄払いのお便り
◇ 不思議な体験・エンジェルさん目撃談
◇ 演じるさんのコーナー
(私はこう演じました。そしたらこんなに変わりました!エピソードのお便り)
◇ あなたが感動した言葉
◇ 若者からのお便り、みなさん、一緒に考えていきましょう!
◇ 『お笑い』エピソードのお便り
◇ リクエスト
◇ 3月・4月お誕生日の方
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2019/3/10
『おと語り』ではよく“大我”“小我”という言葉が出てきます。
「言葉では理解していても、実際には“小我な自分をどうすればよいか”と悩む人も多いようですね。大事なのは“動機”。その時に自分がどう思ったのかということ。その動機の分析というのも同時にしないと“大我”か“小我”か分からないのです。この世の既成概念というのはあまり役に立たない。これが“良いこと”“悪いこと”というのと“大我”“小我”とは別なのです」という江原さん。
今日は『大我・小我』をテーマに番組をお届けしました。

今夜お届けしたナンバー
◇Layla(Unplugged) / エリック・クラプトン
◇ひとが生まれるとき / 江原啓之



「私は、母一人で頑張っている父の介護の手伝いができればと、この春に同居することにしました。大好きな主人とは別居となり、離れて暮らすのは淋しいですが、両親を助けたいという純粋な気持ちで決めたことです。子どもの進学などで私達はまだ身動きできないので、とりあえず来てもらい、4月の引っ越しまで一緒に住むことにしました。父の介護も手分けし、孫との生活で母は元気を取り戻し、生活も慣れてきた頃だなと思っていた矢先、自分の家に帰りたいと言われました。娘の家で気を遣っているのはわかっていました。でも帰りたいと言われると、私たちの思いは空回りだったのか、有難迷惑だったのかと本当に残念でした。けれど両親の気持ちを最優先に、春まで別々に暮らすことにしました。実際20年ぶりに一緒に暮らす両親とは、生活スタイルもペースも価値観も全然違いました。それも覚悟の上でしたが、両親にとっては息苦しかったようです。“帰りたい”と言われた時、一瞬“助けたいという私の思いは心に響かなかったのか…”と思いました。年老いた両親はいつまでもいないから後悔しないようにと、自分の為もあって助けようと思っていましたが、江原さんの言う“小我”というものではないか…と、気持ちが揺さぶられました。こんな気持ちでどこまで母と上手くやって行けるか不安です」というメールをいただきました。

江原さん
「あなたは分析できている。がっかりするという出来事というのは、みんな誰もが“小我”なのです。この世では、あなたのしていることはとても“善”なこと。だから気の毒にとも思うけれど、そうは実はうまくいかないんです。冒頭の話のように、常識と“大我”“小我”とは違う。この世の中の常識としては、大変素晴らしいこと。けれど、がっかりする思いがあるというのは“良く思われたい”という気持ちもあったのではないか。有難迷惑だとはご両親も思っていないと思うが、自分の環境を変えられるのは、若くても年寄りでも戸惑うのは一緒。あなたは優しい娘だけれど、あなたたち夫婦と子どものことが一番大事。そこが崩れて親の面倒を見ても、本末転倒。優先順位で、自分の責任の一番重いところはどこなのかと考えたら、まず夫と子どもですよね。親の面倒をみることはもちろん素晴らしいこと。けれど、寝たきりの年寄りなら分かるけれど、まだ元気なうちは“夫婦”の単位で、責任主体でいくべき。万が一、事故が遭った時に子どもとして切ないから…というのは“小我”。親の方から“お願い。助けて”と言われたのであれば、話は違う。細かいことを言えば、家族の同居にはたくさん考えることがあるんです。例えばみなさん、年寄りの立場で考えたことはありますか?“お母さん、ちょっとお醤油買ってきて”と言われた時、年金の自分のお金から払うべきか、お金を請求していいかどうかなど、身内でも様々なところで遠慮もあるんです。また、孫へのお小遣いもあげていいのか悪いのかなど、特に金銭がらみで色んなことがある。それに“お母さんたちも、年金から生活費、これくらい入れて”と言われても、常に子どもに合わせた食事を我慢して食べなければいけないなど。けれど、そんな細かいことは言いたくないんです。そんなことを言ったらがっかりさせてしまうとか、みみっちい親だと思われてしまうとか思ってしまうんです。そうであれば、元気なうちは離れていた方がいいなとも思う。お父さんが介護を受けている方なので、お母さんは助かったと思うんですよね。お母さんがお父さんに対して“大変だから、みる者の立場になって”と両親で話し合うのであれば、それを傍観すればいいし、お母さんも“お父さんの為に別に住むわ”というのであればそれもいい。しょっちゅう泊まりに来るとか、それぞれの家のルールを作ればいい。そこでも“大我”“小我”という考え方はすごく役に立つと思うんです。“年老いた両親はいつまでもいないから後悔しないように”というのも“自分”ですから“小我”。“大我”で生きるというのは、相手の自由な選択を尊重することでもあるのです。子育てとも似ている。ある程度は突き放さなければいけないし、いざという時は助けなければいけない。その狭間の中で“どこまでが良いことかな?いけないことかな?”と思うもの。親も同じなのです」


「私の1番の悩みは、どこの職場に行っても誰かと誰かの板挟みに合うことです。どっちにもいい顔をしているつもりもなく、ただ人当たりがよく私ならなんでも聞いてもらえそうだと思われるようです。その為、色んな人から多くの人の愚痴を聞かされます。仕事中も退勤後も連絡が来て、疲弊してしまっています。徐々に距離を置いたりしているのですが、そうすると体調悪いの?など心配されてしまいます。誰かの敵になるよりは、今の中間役の方がマシなのでしょうが、どこの会社でも同じ役割になってしまい、私はどうしたらいいのだろうと思っています。学生時代、辛いいじめにあっていたこともあり、人の顔色を読み過ぎてしまったり、嫌われることを恐れていますが、いつもニコニコして物分かりのいい子でいるのも疲れてしまいました。でもツンとしたとっつきにくい感じでいることもできず…。こんな私にアドバイスをいただけたら嬉しいです」というメールをいただきました。

江原さん
「過去の学生時代の出来事というのが、すごく影響しているのでしょうね。この部分がなければ、自分だけ悦に入っちゃって、自慢話かな?と思ってしまう。“みんなから言われちゃって、聞き役になって辛いんです”という自己憐憫かな、と。けれど過去のことを聞くと、自分が強くなれないんだろうなと思う。もう一段先にいけば、疲れることは大事なんです。疲れてこそ、責任主体・自律に向かう。“ツンとしてとっつきにくい感じでいることもできず…”というのは極端。愛想良く誰にでもへつらうことと、ツンとするという二つではない。自然体で“私、わからない”と言うことも大事だし“それで嫌われても仕方がない”という気持ちも大事。私が書いた『幸せに生きるひとりの法則(幻冬舎)』という本があるので、ぜひ読んでいただきたい。孤高こそ大事。孤立でも孤独でもない。孤高な生き方というのは、一番“大我”で強いのです」


「見返りについてお聞きしたいのです。最初は、善意で行なっているのですが、心30%は見返りを期待している自分がいます。イライラが募り、爆発してパートを辞める羽目になりました。自業自得だと分かっていますが、見返りを期待しないボランティア精神は、どこで培われるのでしょうか?自分の仕事以外はしないようにドライに生きて行った方が、利口なのかもしれません。自律と依存。江原さん以外の哲学の本にも同じ思想がありますが、実戦としては難しく思います。ご意見よろしくお願いします」というメールをいただきました。

江原さん
「そんな難しいことかしら?考え方の整理ができていないだけかもしれませんね。仕事の範疇にボランティア精神はいらない。仕事として手伝う必要があれば手伝えばいいし、手伝えないのであれば“ごめんね!”と言えばいい。できる人と遅い人、仕事には色んな人がいる。『スピリチュアルワーキング・ブック(王様文庫)』という本があるのでぜひ読んでみてください。私の本は、宣伝ではありませんが“処方箋”なのです。自己憐憫になるのは、自分自身をちゃんと分析できていないからなのです」


●江原啓之 今夜の格言
「小我は利己主義な自己愛ということです」
「大我とは利他愛であり、幸せと平和の道なのです」

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◇ あなたが感動した言葉
◇ 若者からのお便り、みなさん、一緒に考えていきましょう!
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◇ 3月お誕生日の方
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