川島明 そもそもの話

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23 Feb 2026

【#116】ゲストは"日常がコントになる等身大の女王" ニッチェのお2人!【2026.1.31 OA】

0131 そもそも ニッチェ 1
『川島明 そもそもの話』1月31日放送のゲストは、ニッチェ江上敬子さん、近藤くみこさん!
昨年末、川島さんも審査員を務めた『THE W 2025』で見事チャンピオンに輝いたお2人を迎えて、たっぷりお話を伺いました!

◆江上婚◆
ニッチェのお2人について「本人たちは覚えているかわからないけれど、結婚するときにめちゃめちゃ背中を押してくれた」と話す川島さん。ご本人たちはすっかり覚えておらず、その自覚がないようでしたが…川島さんいわく、江上さんが川島さんの結婚の背中を押したことで、結婚が半年ほど早まったのだとか!
というのは、スピードワゴン主催のお笑いライブ「東京センターマイク」で、麒麟とニッチェが共演した時のこと。みんなで行った打ち上げで、目の前の席に座った江上さんから「いつ結婚するのか?」と詰問されたと川島さんは言います。「まあ、もうちょっと自分の立場が上がったら…」と答えたところ、「そんなのは男の都合」「ずっと待ってるよ!お前のエゴだろ!結婚して売れろよ!」ともはやタメ口になってまで言われたとか。川島さんが「奥さんは何も結婚のこと言ってない」と話すと、「そりゃ言わないよ、言えないよ女から!!」と江上さんは言い放ち…川島さんはすっかり酔いがさめてしまったそう。ただ、のちの奥様となった彼女は、当時、結婚について親に急かされていたものの、なかなか切り出せない状況だったそうで…江上さんの強い後押しのおかげで、その数日後に川島さんからプロポーズをして、めでたく結婚することになったのだとか!
相方の近藤さんも、実は似たようなきっかけで結婚までたどり着いたそうで…もしかすると、”江上婚”のカップルは他にもいるのでは?という話になっていました!

◆日本映画学校◆
そもそも、お笑い芸人になるつもりは全くなかったと言うニッチェのお2人。その出会いは、ともに俳優を目指して入った専門学校「日本映画学校」でのことでした。創設者の今村昌平さんの"漫才とお芝居は似ている"という考えから、そのカリキュラムの中に2人1組になって漫才のネタを作り、発表するという「漫才実習」があり、お2人はそこでコンビを組んだことで出会ったと言います。それまでお笑いに興味のなかった江上さんですが、二丁拳銃さんの単独ライブや「爆笑オンエアバトル」など、お笑いのビデオをレンタルして、面白かったネタをノートに文字起こしすることで、ネタを分析。"面白いことを4行に1回くらいは言っている""文章に書き起こしづらいネタが漫才コントなんだ!"など、色々な発見があったと言います。周りのコンビはそこまでの熱量で取り組んではいなかったかもしれないとも言いますが、真剣に漫才実習に取り組んだ結果、図らずも漫才師として成長してしまったお2人。卒業時の進路相談で1人ずつ先生に呼ばれる中、ナゼかお2人だけは2人セットで呼ばれ「お前らは、芸人になりなさい」と言われたのだとか。先生には20年後、役者として少しだけご飯が食べられるのと、10年後、芸人としてめちゃくちゃご飯を食べているの、どっちがいいんだ」と問われ、「そりゃあ、めっちゃご飯を食べられている方が…」と答えたところ、「ホントに役者やりたいヤツは、それでも役者選ぶんだよ!」と返され…まさかの"ひっかけ問題"にかかってしまったこともあって、マセキ芸能社に入り、2005年にコンビ名を「ニッチェ」へと変更します。

◆ふくらむスクラム!!◆
結成から3年後の2008年には、フジテレビのお笑い芸人発掘番組『新しい波16』への出演を経て、ユニットコント番組『ふくらむスクラム!!』のレギュラーメンバーに選ばれます。ニッチェの他には、かまいたち、しゃもじ、ヒカリゴケ、オレンジサンセット、少年少女といったコンビが出演。『1ばんスクラム!!』にリニューアルしてからは、AKB48前田敦子さんや小森純さんなども加わりました。
この番組は『めちゃ×2イケてるッ!』『はねるのトびら』などの系譜に連なるお笑い番組ということで、江上さんはこのレギュラーが決まったその日に電話でバイトを辞めたそう。ただ、『めちゃイケ』のオアシズ、『はねトび』の北陽とは違って、『ふくらむスクラム!!』には女性コンビが2組いて、もう1組の少年少女の方が当時は知名度があったためにニッチェはあまりコントの出番をもらえず…番組自体も周りからの期待とは裏腹に上手く軌道に乗らず、1年で終了。江上さんも番組が始まってしばらくした頃にはバイト先に出戻り、「もう一度、やらせてください」と懇願したのだとか…。

◆ネタ作り◆
『ふくらむスクラム!!』が1年で打ち切られてしまったことが、むしろ悪い印象を生んでしまい、仕事が減ってしまったニッチェ。起死回生を図るべく、冬の大磯ロングビーチで缶詰になってネタ作りを行う”ネタ合宿”を行ったことも。”逆ピーク”とも言うべき環境の冬の大磯ロングビーチは、2~3泊しても1人あたり1万5000円程度で泊まることができたそうで、そこで作った4本のネタで『NHK新人演芸大賞』を受賞することができたとか!
時にはネタ作りに行き詰まることもあったと言います。ネタが浮かばずピリピリしたある時、江上さんが「私はこんなことをしたかったんじゃなかったんだよ!!」と悪酔いすると、近藤さんが「いい加減にしてくれ」と愛のビンタ!「相方がこんな苦しんでる姿見たくないわ」「解散しよう」と切り出した近藤さんのぐうの音も出ない正論に、江上さんは土下座し、誰かのせいにしていた自分を見つめ直すことができたと言います。
こうした成果が実り、再び少しずつテレビ出演の機会が増えていったニッチェ。2017年10月からはTBS『王様のブランチ』のレギュラーメンバーに!この番組のニッチェは「お茶の間にフィットしている」と川島さんも言いますが、ご自身でも無理にテレビに合わせようとしなくても、自然とテレビを楽しめるようになったと言います。江上さんは「天職だと思う」ともおっしゃっていました!
そんなお2人ですが、結婚してからネタ作りにも変化があり、最近ではお互いに通話しながらネタを作っていることもあるそう。昨年の『THE W』では見事チャンピオンの座に輝きましたが、江上さんいわく「今回はオーガニックな2本目のネタを見せることができた」とか。1本目が座っているネタだったため、2本目は立とう…というふうに、冷静に2本目のネタを選ぶことができたと言います。最後に川島さんから「急に500万円を手に入れた主婦のコント、やったらいいんじゃない?」と思わぬ提案があると、「ホントにやっていいですか?!」「このあとネタ合わせする?」とお2人は乗り気に!近いうちにニッチェの新ネタとして、実現する日が来るかも!?

♪オンエア・リスト♪
M1. GRRRLISM / あっこゴリラ
M2. 恋の罠しかけましょ / FUNK THE PEANUTS
M3. ブルーウォーター / 森川美穂
M4. iiwake / ニッチェ

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20 Feb 2026

【#115】ゲストは"ベッキーという職業を楽しみ切るプロ" ベッキーさん!【2026.1.24 OA】

0124 そもそも ベッキー 1
『川島明 そもそもの話』1月24日放送のゲストは、ベッキーさん!
芸歴的にほぼ同期ではあるものの、プライベートではあまり話したことが無いと言う2人が、1対1でたっぷりお話を!

◆おはスタ◆
テレビ東京で長年続く、朝の子ども向け番組『おはスタ』で芸能界デビューを果たしたベッキーさん。と言っても、おなじみの「おはガール」としてのデビューではなく、「ポケモンイングリッシュ」のコーナー担当のお姉さんとしての出演でした。そのオーディションは英語力を試される内容でしたが、ベッキーさんはそこまで英語力が高かったわけではなかったと言い、”テレビには出たいけれど、英語を教えるほどの技術力はない"という状況のため、オーディションを受けて落としてもらおうと思っていたそうなのですが、予想に反してまさかの合格!最初は戸惑いつつも、物心ついたころから興味のあった「タレント」としての第一歩を踏み出したのです。ちなみに、タレントを目指したきっかけはフジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげです』の渡辺満里奈さんの姿に憧れを抱いたことだったとか!

◆笑う犬◆
2001年からは、フジテレビのコント番組『笑う犬』に参加!様々な女優やグラビアアイドルがオーディションを受けていた中、ベッキーさんが見事その座を射止めました!ちなみに、オーディションの日は17歳の誕生日当日だったそうで、「絶対受かる!」と強く意気込んで臨んだとか。日曜20時のフジテレビのコント番組への憧れも強かったこともあり、決まった時は本当に嬉しかったと言います。
この番組をきっかけにベッキーさんの名前はお茶の間にも広く浸透していき、英会話教室「NOVA」のパロディコント「OVA」からは、今でもおなじみの「Don’t Touch Me!!」と怒鳴るくだりが生まれました。このくだりは、本番前に出演者が雑談しているスペース(通称:溜まり)で生まれたものだったそう。

◆バラエティ女王◆
と、ここまでトントン拍子で芸能界を駆け上がっていったベッキーさん。大学に通いながらレギュラー7~8本を抱えていた時期も。多忙を極めた中でも大学に通った理由について伺うと、"ずっとこの環境にいたら、私はダメ人間になってしまう"と感じていたからだとか。大学に行って社会の縮図みたいなところにいないとダメ人間になると思ったので通ったとおっしゃっていました。CMクイーンになったこともありましたが、その頃はプライベートの時間がなかったと言います。プライベートの時間を削らないと、ナンバーワンにはなれないと思っていたとも。
出演番組のオンエアは2回見ていたと言い、1回目は普通に視聴者目線で観て、2回目は自分だけにフォーカスして観ていたとか。ベッキーさんいわく、意外と芸能界はダメ出ししてくれる人がいないそうで、オンエアを研究することで、ディレクターの編集からダメ出しを感じ取っていたのだと言います。

◆アンケート◆
売れっ子タレントが日々悩まされるのが「番組のアンケート地獄」。そんな中、ベッキーさんはアンケートの1つの質問に対して3つ以上の回答を必ず挙げるようにしていたり、Wordファイルの「ありがとうございました。」という言葉に「こちらこそ。」と書き加えたり…と、かなり熱のこもったアンケートを返していたと言います。ベッキーさんいわく「アンケート大好き」「むしろ書きたい」とも。
実はこの『そもそもの話』のアンケートも、川島さんいわく「令和には珍しいくらいアンケートの量が多い」のです。そんな大量の質問項目が書かれた当番組のアンケートを、今回、3時間後に提出していただかなくてはならなかったのですが、ベッキーさんは2時間で書き上げ、しかもびっしりとたくさんの回答で埋めてくださいました!ベッキーさん、その節は本当にすみませんでした…そして、本当にありがとうございました!!

◆カムバック◆
いろいろなことがあって、「おうちの中におれ!」みたいな時期を経験されたベッキーさん。それでも、芸能界での活動を諦めることは無かったと言います。”絶対に戻りたい!"という思いで、これからの夢をいっぱい書いたり、自分を見つめ直したりして、その時期を過ごしていたと言います。
そんな中で、ハリセンボンの近藤春菜さんが頻繁に会ってくれて、バラエティの第一線で活躍する春菜さんとやりとりをする中で、バラエティのリハビリをすることができたのだとか。また、笑福亭鶴瓶さんは、仕事がゼロになった時に何回も電話をくれて、「お前は絶対立ち上がれる」「落ちた人ほど落ちた高さを見上げられるから、絶対負けるな」「これからは丁寧に生きて、家族を悲しませるな」と、叱咤激励の言葉をかけてくれたとか。また、当時同じ事務所のカンニング竹山さんもお叱りの言葉をかけつつ、「何があっても仲間だから」「俺は助けるよ」と励ましてくれたそうで、「本当に救われた」とおっしゃっていました!

♪オンエア・リスト♪
M1. ビンテージ / Official髭男dism
M2. そらとぶポケモンキッズ / ベッキー
M3. ヴィーナス〔KH-Rリミックス〕 / ショッキング・ブルー
M4. YAMABIKO / NakamuraEmi
M5. Keep Tryin' / 宇多田ヒカル

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20 Feb 2026

【#114】ゲストは"お笑い界を変える静かなる野心家" 蛙亭 イワクラさん!【2026.1.17 OA】

0117 そもそも 蛙亭イワクラ 1
『川島明 そもそもの話』1月17日放送のゲストは、蛙亭 イワクラさん!
川島さんと同じく漫画好きで、時には楽屋に来ておすすめの漫画を教えてくれると言うイワクラさんと、1対1でじっくりお話を!

◆Snow Man◆
イワクラさんと川島さんの共通の趣味、それは「Snow Man」。イワクラさんは「川島さん、聞いてください。」と何やら話したいことがある様子。なんと、コンサートのチケットは落選が当たり前だった中、日産スタジアムでのライブに当選!そのことをいろんな方に伝えたところ、賞レースで決勝に行ったくらいの「おめでとう!」とのLINEが届いたとか。コンサート当日は、柵持てるくらいの前の方の席で、相方・中野さんの奥さまとライブを鑑賞。"Snow Manってホントにいるんだ…"と感動したと熱量たっぷりに話していました。
一方、川島さんの奥さまは"舘様"こと宮舘涼太さん推しなのですが、昨年12月24日に行われたSnow Manのコンサートに見事、当選!うちわにどんなメッセージを込めるか迷った結果、「舘様 健やかに」と書かれたオリジナルのうちわを持ってコンサートに参戦したのだとか…!

◆宮崎時代◆
宮崎出身のイワクラさん。地元には民放テレビ局が2局しかなく、お笑い番組もなかなか見られない環境でしたが、家族に連れて行ってもらった大阪のなんばグランド花月で見た「吉本新喜劇」に衝撃を受け、お笑いを志したとか。
そんな中、地元にいた頃に影響を大きく受けた存在が『世紀末リーダー伝たけし』の主人公・たけし。「たけしから友情も愛情も学んだ」「たけしのような人になろうと思っていた」と言います。周りの女子はあまり読んでいなかった作品でしたが、親友のメグちゃんだけは読んでいて、いつしか意気投合。漫画だけでなく、お笑いでもお互いの好きなものを共有し合い、TIMの「炎」、オリエンタルラジオの「武勇伝」などのネタを完コピしたりしていたのだとか。

◆コンビ結成◆
その後、高校の進路相談で「芸人になりたい」と打ち明けたところ「オーラが無いから諦めなさい」とバッサリ言われてしまいますが…イワクラさんはフル無視して、アルバイトを2年してお金貯めて、2012年、NSC大阪校へ入ります。
さや香、ミキの亜生さん、コットン、オズワルド、空気階段、ファイヤーサンダーなどの同期がいる中で、イワクラさんはコンビを組みたかったものの、なかなか相方が見つからない状況に陥ります。「声が小さすぎて話にならないので…」と言われる中でも、1人でやっていく勇気はなく…困っていたところにやって来たのが、現在の相方・中野周平さん。岡山弁で「イワクラさんじゃけ?大喜利面白かったのお」と話しかけてきたそう。初めて話しかけてもらえたことと、「面白い」と言ってもらえたことで心が動き…2人は「蛙亭」としてコンビ活動を始めます。

◆ネタ作り◆
蛙亭としてコンビ活動が始まってすぐの頃は、主にコントをしていたそう。ただ、NSCの先生に「漫才やってみたら?」って言われてやってみたところ、劇場の出番を獲得できるようになったそう。ネタ作りは主にイワクラさんが担当。ある日、中野さんが"これを機に俺が舵を切っていく"というような雰囲気で持ってきたネタがシュールすぎて”厳しい…”となったため、イワクラさんがコンビ活動の舵を取るようになったのだとか。こうして漫才を披露する機会が増えていった蛙亭ですが、NSCの願書に「キングオブコントで影響を受けたので、コントがやりたい」と書いていたように、そもそもはコントを志望していました。そのため、いつしか”漫才もするけど、コントメイン”のスタイルに。イワクラさんいわく「コントだったらツッコミがいなくても成立する」そうで、中野さん演じる"ヤバいキャラ"にイワクラさんがボソッと「ヤバっ」とつぶやく、というおなじみのスタイルが生まれていきました。この話を聞いていた川島さんも「蛙亭って、ツッコミ不在っちゃ不在」と納得の様子でした!

◆有吉さん◆
今回、イワクラさんが"仕事における恩人"として挙げたのが有吉弘行さん!2021年に放送されたテレビ朝日『アメトーーク!』の「芸人ドラフト会議」の中で、共演したい人として名前を出してくれたのだとか。なぜ挙げてくれたのか、その理由が気になるものの、まだ直接聞けていないそう。いつかもっと結果を出してから聞いてみたいとおっしゃっていました!
そんなイワクラさんは、有吉さんとのご縁が繋がり、この度なんと映画に主演することに!日本テレビ『有吉の壁』の「アドリブ大河」の企画から生まれた映画『有吉の壁 劇場版アドリブ大河 面白城の18人』で、アドリブバトルを勝ち上がり、"Mr.壁"とも呼ばれるとにかく明るい安村さんとともに主演を務めています。詳しくは公式サイトをチェック!ぜひ、ご覧になってみてくださいね◎

♪オンエア・リスト♪
M1. ちょ / B-DASH
M2. Os-宇宙人 / エリオをかまってちゃん
M3. 深夜高速 / フラワーカンパニーズ
M4. KANPAI Year!! / Snow Man

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09 Feb 2026

【#113】ゲストは"戦いの中で呼吸を整えた叩き上げの声優" 下野紘さん!【2026.1.10 OA】

そもそもの話 0110 下野紘様 1
『川島明 そもそもの話』1月10日放送のゲストは、声優 下野紘さん!
川島さんとは芸能界デビューの時期が近く、いわば”ほぼ同期”のような関係性!そんな2人が55分間、1対1でじっくりとお話を。

◆声優になるまで◆
中学生の頃に声優を目指し始めたと言う下野さん。そのきっかけとなった作品が1993年にテレビ東京で放送されたアニメ『無責任艦長タイラー』でした。当時、女の子と初めて付き合ったものの、2ヶ月で振られてしまい…その傷心を癒やしたかったこともあってか、この作品にドハマりしていったと言います。声優がパーソナリティを務めるラジオを聴いて、声優のお仕事の幅広さを知り、次第に興味を持ち始めました。
こうして中学を卒業してすぐに声優の養成所に入ろうとした下野さんでしたが、お母さんに「頼む、高校だけは…!」と泣きつかれてしまい…高校卒業後に養成所へと入ります。川島さんいわく、お笑いの養成所はピリッとした雰囲気だったそうですが、それに対して、下野さんが通っていた養成所は人見知りの生徒が多かったとか。ただ、下野さんは「養成所で、ある誤算があった」と言います。それは"人前で何かを発表することを全く考えていなかった"ということ。人前で何かするのが苦手な下野さんでしたが、養成所では生徒たちの前で発表をすることが多々あり…しばしば、話すテンションのチューニングが合っていない状態になってしまったそう。

◆ラーゼフォン◆
養成所を経て、下野さんは2000年に現在の声優事務所に所属。すると、2002年にはTVアニメの主役に抜擢されます!トントン拍子でキャリアを重ねていくように見えた下野さんですが、描いていた人生設計よりもかなり早い段階で夢が実現するのは、「これはこれで大変だった」と言います。
下野さんが主役を務めたこの作品は、フジテレビで放送された『ラーゼフォン』というアニメ作品。当時、様々な声優がこの作品のオーディションを受けていたそうなのですが、主人公役だけがなかなか決まらず、当時ド新人だった下野さんが6次オーディションでこの役を見事射止めました!
ただ、当時の下野さんは周りの声優に比べて圧倒的にスキルが足りておらず、収録が押しまくって、結局下野さんだけ居残りになり、別で収録をしたり、事務所でリハーサルビデオを見ながらマネージャーにダメ出しを受けたり…と、修業の日々が続きます。また、この作品でいろんな人に名前を知られたと言う下野さんですが、いろんな先輩声優に言われた「ああ、君が下野くんか!」には”お前が俺の役かっさらった下野か…”というようなニュアンスも含まれていたりして、時にはしんどい思いをしたこともあったようです。また、当時は緊張してすぐ噛んでしまう癖があり…あまりに下手すぎて、「この子、このスタジオ出禁ね」と言われてしまったこともあったとも明かしてくださいました。
こうした状況の中で”一回、声優の仕事に集中しよう!”と決意し、アルバイトを辞めたものの、次第に声優の仕事は減ってきてしまい、数年後にもう一度バイトをし始めたことも。この時の経験が半ばトラウマのように残っていて、現在でもちょっと仕事落ち着くと、”なんか仕事入れてください!”と思ってしまう習性があるともおっしゃっていました。

◆うたの☆プリンスさまっ♪◆
キャリアにおける大きな出来事として下野さんが挙げた作品が、来栖翔役を務める『うたの☆プリンスさまっ♪』。今でこそアイドルコンテンツでは振付をつけてもらえますが、この作品が立ち上がった当時はヘアメイク以外、すべて自前で用意しなければならず、慣れない仕事に戸惑うことも多かったと言います。ただ、この作品に向き合い続ける中で、次第にファンの食いつき方、応援の仕方が他の作品とは違う盛り上がりを見せ始めていったと言います。それに応えるべく、下野さん自身も”次のライブはこうしようかな”などと考えるようになり、いつしか"このコンテンツ頑張らないと…"という気持ちが芽生え始めます。この作品のおかげで人前に出ることへの苦手意識もできたと言い、「キャラクターが自分を引っ張ってくれた」ともおっしゃっていました!

◆鬼滅の刃◆
もう1つ、下野さんがキャリアにおける大きな出来事として挙げた作品が2019年からアニメ化されている『鬼滅の刃』。下野さんは我妻善逸役を演じていますが、オーディションの時点で善逸役のみで受けていたとか。下野さんいわく「汚い高音が一番汚かったので選ばれました」とおっしゃいますが、高い声を出すときに、喉を飛ばさないためのテクニックがあるのだと言います。
『鬼滅の刃』について下野さんは「一般の人にも声優という仕事を本当の意味で知ってもらった作品」なのだと話し、思い入れの深さがうかがえますが、新人声優時代の"やだ!戦いたくない!"の時期のご自身ともリンクする部分も感じているともお話ししてくださいました。

◆ゲーム◆
お2人が大好きな「ゲーム」のお話もじっくりと!下野さんは”ゲームに明け暮れたいけれど、明け暮れるとしたら老後”と考えており、最近はちょこちょこプレイするスタイルなのだとか。お2人とも最近プレイしているのが、結局「ドラゴンクエスト」。"人生で何回目?となるくらい遊んでいる""内容知ってるのに、結局遊んでしまう""大人になったらゲームやめると思っていたけど、やめられなかった。よりやっている"などなど…お2人のゲーム愛に溢れたお話は、尽きることなく盛り上がるのでした。

♪オンエア・リスト♪
M1. 残酷な夜に輝け - Shine in the Cruel Night / LiSA
M2. ヘミソフィア / 坂本真綾
M3. 男気全開Go! Fight!! / 来栖 翔(CV.下野 紘)
M4. 序曲 / すぎやまこういち指揮 東京都交響楽団
M5. 邂逅地点 / 下野 紘

今回の放送をradikoタイムフリーで聴く方はこちらから!
「タイムフリー30」なら2/10(火)朝5時まで聴けます。

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09 Feb 2026

【#112】ゲストは"センターマイクでつながるくされ縁" マユリカのお2人!【2026.1.3 OA】

0103 そもそも マユリカ 1
『川島明 そもそもの話』1月3日放送のゲストは、マユリカの中谷さん、阪本さん!
お正月を大事に捉えていて、新年一発目のゲストは特に気合を入れているこの番組。過去にはハリウッドザコシショウさんチャンス大城さんといった正統派(!?)の方々にお越しいただきましたが、今年も非常に品のいい(!?)後輩芸人が登場!お正月らしい、まとまったオンエアを心掛けつつ、55分間にぎやかにお送りしました。

◆学生時代◆
マユリカのお2人が幼少期に住んでいたニュータウンは、お2人が3歳の時に街開きされた場所。お2人はいわば"街の1期生"として出会いました。小学4年生の時のお楽しみ会では、のちに東大に進学するワダくんとトリオを組んで、「タチバナ先生」というコントを披露!当時は『笑う犬の冒険』が流行っていて、テレビコントに影響を受けていたのだとか。ちなみに、このネタは主に中谷さんが作ったそうで、その時阪本さんは”よくできてるなぁ!”と感心したそうですが、数年後にテレビで浅越ゴエさんが全く同じネタをしていて、丸パクりだったことが発覚したそう…。
中学生になると、お2人は別々の学校に進学。この頃、中谷さんは漫画にハマり、『少年サンデー』に自作の漫画を投稿するように。この頃は漫画家を目指していたとも。阪本さんは中谷さん作の漫画を何作も読まされたそうなのですが、「話が全然面白くなかった」と言います。当時はまだ、パソコンが学校に行かないと無かったような時代でしたが、中谷さんは漫画賞で獲得した賞金で自分のパソコンを買っていて、オンラインチャットに入り浸り、時には漫画家が集まるオフ会に参加したこともあったとか。
一方、この頃の阪本さんは人生の中でもモテていた時期。バレンタインにはチョコを2個もらったそうで、そのうちの1人はのちにグラビアアイドルになったとか。このように中学生の頃は人気者だった阪本さんですが、高校時代はヤンキーやギャル男に揉まれていたとも。

◆お笑いの道へ◆
大学時代、イケイケグループに属していた中谷さんですが、その中にお笑い好きが1人いて、お笑いをよく観るように。一方、阪本さんは、当時クラスメイトだった元へべれけの澤下さんにお笑いのDVDを貸してもらうなどしてお笑いを観ていたと言います。こうして、この頃久々に会ったお2人は、お笑いの話で盛り上がり…いつしか大学よりもお笑いに力を注ぐように。
こうしてお2人は大学を中退し、NSC大阪校の33期生としてお笑いの道へと進み始めます。同期にはコロコロチキチキペッパーズ、ビスケットブラザーズ、男性ブランコ、ニッポンの社長・ケツさん、紅しょうが・稲田さん、ZAZYさん、滝音・秋定さん、kento fukayaさん、今井らいぱちさんなど、今や大活躍の面々が数多くいました。その中でマユリカの評価は「Bクラス」。悪くはないけれど頭抜けてもない…といったような状況だったとか。

◆遅刻◆
川島さんにとって、マユリカの最初のイメージは「遅刻」。「すっごい遅刻するやつがいる」という評判が川島さんの耳にまで届いていたと言います。というのも、2018年頃、お2人は遅刻によって謹慎処分を受けてしまったのです。ある仕事で中谷さんが5分程度の遅刻が度重なり、そのことで注意を受けた次の日、あろうことか中谷さんは、梅酒で深酒してしまったことが原因で6時間の大遅刻をしてしまったのだと言います。言い訳が見つからなかった中谷さんはその日は休み、翌朝いつものテンションで普通にやってきて、その流れで阪本さんも含めて謹慎処分になってしまいました。
そんな謹慎期間中、中谷さんはなんと喉の手術をしていたとか!ちょうど高音が出にくくなってしまっていたこともあり、”ちょうどいいや…”と手術を受けたものの、手術がまさかの失敗!ヒアルロン酸を入れられすぎてしまい、高い声しか出ない身体になってしまったのだそう。当時は坊主頭にしていたこともあり、ほぼクロちゃんのような状況で謹慎期間を過ごされていたのだとか。

◆うなげろりん!!◆
川島さんがマユリカに関して、次に耳にした情報が「水着写真集」。2021年にラジオ関西で始まったPodcast『マユリカのうなげろりん!!』は今や大人気を誇る番組になりましたが、まだ始まったばかりだった当時、阪本さんがノリで言った一言から企画が立ち上がり、マユリカのお2人の水着写真集を制作することに!当時はPodcastというもの自体がまだあまり世間に浸透していなかった時代でしたが、今やPodcast界を牽引する番組に!時に中谷さんがVRビデオの素晴らしさを30分熱弁したり…と、ご自身でも「とにかく不潔な番組」だとおっしゃいますが、ナゼか次第に女性人気を獲得していきます。お2人自身も、コンビの今後について「ラジオを軸に、ちょっとずつやれることの幅を広げていければ…」と話すように、マユリカにとって活動のベースとなる場所となりました。

♪オンエア・リスト♪
M1. イケナイ太陽 / ORANGE RANGE
M2. タイミング 〜Timing〜 / ブラックビスケッツ
M3. スキスキ♡マイガール / L'luvia
M4. 新宝島 / サカナクション

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09 Feb 2026

【#111】2025年の総集編をお届け!【2025.12.27 OA】

1227 そもそも 総集編 スタジオ写真 Another
『川島明 そもそもの話』12月27日放送は、2025年の総集編をお届け!
永野さん、ASKAさん、小山田圭吾さん、浦沢直樹さん、福本伸行さんとの1対1トークをもう一度お送りしました。

♪オンエア・リスト♪
M1. Stay Blue / 川島明
M2. Lose Yourself / エミネム
M3. YAH YAH YAH / CHAGE and ASKA
M4. Happy Like a Honeybee / ピクニックには早すぎる / Flipper's Guitar
M5. 20th Century Boy / T・レックス
M6. 人生 GOES ON / フラワーカンパニーズ

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09 Feb 2026

【#110】ゲストは"音楽の力で世界を紡ぐギタリスト" 村治佳織さん!【2025.12.20 OA】

1220 そもそも 村治佳織 1
『川島明 そもそもの話』12月20日放送のゲストは、クラシックギタリスト 村治佳織さん!
川島さんとは同世代の村治さんをスタジオにお迎えして、時にはクラシックギターの生演奏も交えながら、じっくりお話を伺いました。

◆そもそも、クラシックギターとは◆
まずは、意外と知らない"そもそも、クラシックギターとはどういう楽器なのか?"というお話から。パッと見の形はフォークギターとほぼ同じような見た目のクラシックギターですが、フォークギターとは弦の素材や、コードを差す穴がなかったり、ピックを使わずに爪だけで弾いたり…と、様々な違いがあると言います。また、クラシックギターは「他に楽器がいらない、ピアノと同じような“1人で完結する楽器”」だとも。
こういったお話を聞いて、川島さんはハッと"あること"を思い出します。それは、10年ほど前の父の日に、川島さんがお父さんにギターをプレゼントしたときのこと。高いギターを用意して、プレゼントしたそうなのですが、しばらくしてお父さんに「難しすぎて弾かれねんけど…」と言われてしまったのだそう。なんでだろう…?と不思議に思っていた川島さんですが、今回の収録で”もしかしたら、フォークギターではなく、クラシックギターをプレゼントしていたのかも!?"と10年越しに気づいていました…!
そして今回、村治さんにはスタジオで「アルハンブラの想い出」「ゼルダの子守唄」の2曲を生演奏で披露していただきました!村治さんの奏でるやさしい音色に、スタジオの川島さんもうっとりと聞き入っていました!

◆ギタリストの道へ◆
赤ちゃんの頃からギターに触れていたと話す村治さん。お父さんの村治昇さんはギター講師で、ギター教室を開いていたこともあり、「ギターを弾かないという選択肢が出てこない」というような環境で育ったと言います。「ホントに違う職業を考えたこともない、なるものだと思っていた。」と話すように、中学3年生のときにギタリストとしてデビューを果たします。
お父さんが”自分だけで教えるのは限界があるから”と代わりにギターを教えるのを頼んだギタリストがCDを出していて、その方の紹介でレコード会社の担当者が村治さんのコンサートを聴きに来てくれて、デビューが決まったと言います。CDショップで自分のCDが売られている様子を観に行くのは緊張したと話す一方、コンサートホールでレコーディングをすることができたのは嬉しかったとも。デビューアルバム『エスプレッシーヴォ』は今でもたまに聴き返すそうで、若さや元気をもらったり、原点を思い返したりしているとお話ししてくださいました。

◆大きな出会い◆
村治さんにとって大きな出会いだったと言う方々が2組いらっしゃいます。
まずは、高校生の時に出会った吉永小百合さん。吉永さんも同じレコード会社からCDを出されていて、原爆にまつわる詩の朗読を1枚のアルバムとして発表する際、村治さんの曲を使いたいと連絡があったとか。そこから、吉永さんの朗読コンサートで村治さんの生演奏をしたり、2人で食事をしたり…と公私ともに交流が始まります。
24~25歳の頃にスペインへ2人旅に行ってからは、定期的に秋ごろに2人旅に出るようになったことも!村治さんは最初こそ"吉永さんのボディーガードをしないと…"と思っていたそうですが、吉永さんは意外とオーラを消すのが上手だそうで、しばらくすると”意外となじんでいるので大丈夫だな”と思うようになったとか。
もう1組、大きな出会いとして村治さんが挙げたのが、海外アーティストのColdplay。Coldplayの来日公演が行われた際、直前に「Coldplay側から招待したいとのことなのですが…」と突然連絡が来て、村治さんもかなり驚いたと言います。YOASOBIのオープニングアクトも観たいなあ…とも思っている中で、開演前に挨拶に向かうと、「You are Genius!」という言葉をかけられたそう。その15分後にはステージの上でパフォーマンスをしていた彼らについて、「Coldplayという宇宙船が私の人生に降りて来た。」とその出会いを振り返る村治さんでした。
ライブの数日後にはセッションをしたり、2024年のアルバム『Moon Music』では村治さんの演奏が10秒ほど使ってもらったり…と、彼らとの交流は今も続いています。同世代の彼らとはお互いに”中年パワー”で頑張っていきたいとおっしゃっていました!

◆村治さんからのお知らせ◆
村治佳織さんの最新アルバム『エターナル・ファンタジー』が現在発売中!村治さんの演奏によるゲーム音楽集となっており、村治さんいわく「寝ながら、ピラティスしながら…などなど、ながら聴きをしてもらいたい」1枚だとか。みなさんもぜひチェックしてみてください◎

♪オンエア・リスト♪
M1. マイ・フェイヴァリット・シングス / 村治佳織
M2. アルハンブラの想い出(生演奏) / 村治佳織
M3. ゼルダの子守唄(生演奏) / 村治佳織
M4. カプリス OP.1-24 / 村治佳織
M5. 🌈 / Coldplay
M6. 戦場のメリー・クリスマス / 村治佳織
M7. カカリコ村 / 村治佳織

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08 Feb 2026

【#109】ゲストは"人見知りだけどはっぴーすな努力家" 生見愛瑠さん!【2025.12.13 OA】

生見愛瑠様 そもそもの話 2 Re
『川島明 そもそもの話』12月13日放送のゲストは"めるる"こと生見愛瑠さん!
川島さんとはバラエティ番組で何度も共演されていますが、川島さんはめるるさんが焦っているところを見たことがなく、そのメンタルの強さはどこから来ているのか気になると話していました。今回は、そんなめるるさんのそもそもの話をじっくりと深掘り!

◆川島さんとの共通点◆
川島さんとめるるさんは、一時期同じ美容室に通っていたそう!めるるさんいわく「男性が行くような美容室じゃない」そうで、”なんであそこに通っているんだ…?”と気になっていたと言いますが、それに対して川島さんは「アナタが原因ですからね!」と返します。
実は、川島さんがフジテレビ『トークィーンズ』に出演した際、めるるさんに「川島さん、髪がパサパサで見てられない」と言われてしまったそうで、”じゃあ、めるると同じ美容院に行ったら文句言われないんじゃないか”ということで、髪に潤いを保つべく、同じ美容室に通うようになったのだとか。

◆Popteen専属モデル◆
そもそも、芸能をやりたいとは思っていなかったと言うめるるさん。お母さんの意向で地元・名古屋のダンススクールに通うようになったところ、偶然見に来ていた東京校のスタッフにスカウトされ、芸能活動を始めることになりました。
中学生の頃からは、雑誌『Popteen』の専属モデルとしても活動。当時の『Popteen』では毎月、バトルイベントがあり、すっぴんでフナ釣りをしたり、全身タイツで竹下通りを歩いたり…と、独自の対決で体を張っていたとか。"みちょぱ"こと池田美優さん、藤田ニコルさんといったレジェンドがいる一方で、めるるさんはいつも最下位らへんに沈んでいて、編集長の面談では「オンリー1の価値がない」と言われてしまったこともあったとか。みちょぱさんについては「ずっとギャルを貫いている」、ニコルさんについては「ずっと流行りに一番に気づく」と、レジェンドのすごさを語ってくださいました。

◆バラエティ番組で活躍◆
ここで川島さんからは「何で急にバラエティ呼ばれるようになったの?」と質問が!めるるさんによると、「演技のオーディションには全く受かんないのに、ナゼか突然『さんま御殿』のオーディションに受かった」そうで、そこからバラエティ番組に呼ばれ始めたのだと言います。川島さんは、めるるさんがバラエティで緊張してるところを見たことないと言いますが、めるるさん自身でも「あまり緊張しない」とおっしゃっていました。人気のバラエティ番組には全部出てたのではないか…というほど、バラエティ番組に引っ張りだこになっていっためるるさんですが、収録の前にはマネージャーが言ってはいけないことや背景知識などを教えてくれたそうで、助けてもらったと言います。
日本テレビ『ヒルナンデス!』には、2020年のシーズンレギュラーを経てレギュラー出演されていますが、MCの南原清隆さんとは最近、2人でふぐを食べに行ったそう!その際、南原さんの健康の秘訣だと言う”呼吸法”について色々と教えてもらったそうなのですが…詳しくその内容を教えてもらおうとすると、「ちょっと長くて覚えてないんですけど…」とまさかのお返事!川島さんも「いいかげんにしろよ!」と笑いながらツッコんでいました!

◆最近の悩み◆
めるるさんの最近の悩みを伺ったところ、「本当に友達がいない事」というご回答が。友だちがマネージャーさんしかいないらしく、テレビ番組でめるるさんの友だちとして出てくる人が毎回同じスタッフになってしまっているのだとか…。最近は和菓子にハマっていて、特に「練り切り」がお気に入りだともおっしゃっていましたが、川島さんが「誰と練り切り、食べに行くの?」と伺うと、「そのスタッフ…」とお答えに。思わず「もうええて!!」とツッコむ川島さんでした。

◆めるるさんからのお知らせ◆
そんなめるるさん、2026年3月20日公開の映画『君が最後に遺した歌』にヒロイン役でご出演!この作品では、1年半の準備期間を設けて、めるるさんが歌とギターに挑戦!以前『そもそもの話』に来てくださった亀田誠治さんによるプロデュースだとか。”これ、できるのかな!?”と不安もありながら、準備を重ねて撮影に臨んだめるるさんの姿をぜひご覧になってください!
また、2025年10月からはTOKYO FMでレギュラーラジオ番組『生見愛瑠 soothing』がスタート!毎週日曜13時~13時30分に全国ネットで放送中です。めるるさんいわく、「ゆったりした、何も考えてない番組」!?ともおっしゃっていましたが…めるるさんの落ち着いた一人トークをぜひ楽しんでみてください◎

♪オンエア・リスト♪
M1. MEOW / MEOVV
M2. Baby Don't Cry / 安室奈美恵
M3. オレンジkiss / Snow Man
M4. 肩 have a good day -2018 ver.- / ヤバイTシャツ屋さん
M5. ケセラセラ / Mrs. GREEN APPLE

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08 Feb 2026

【#108】ゲストは"世界に羽ばたく熱いうちなーちゅ" INI 松田迅さん!【2025.12.6 OA】

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『川島明 そもそもの話』12月6日放送のゲストは、INI 松田迅さん!
先日には、川島さんがMCを務めるTBS『ラヴィット!』木曜メンバーの食事会に、福島からライブ終わりで駆け付けたという松田さん。
INIからは、前身番組『土曜日のエウレカ』の2022年12月17日放送に西洸人さん・尾崎匠海さんが出演してくれましたが、今回は松田さんお一人でのご出演!1対1でじっくりお話を伺いました。

◆アイドルになるまで◆
そもそも、子どもの頃は芸能の仕事には興味がなかったと言う松田さん。どちらかと言えば、勉強を頑張ってきたタイプ。そんな松田さんがボーイズグループをやりたい!と思ったきっかけが、高2の文化祭でダンスパフォーマンスをしたこと。それまで、TikTokやYouTubeの文化祭の様子を撮影した動画を見て、憧れていたそうなのですが…いざ松田さんがK-POPのダンスパフォーマンスをがやってみると、今まで感じたことの無かった歓声や達成感を浴び…”沖縄の田舎のヤツがこんな気持ちいい瞬間ってあるんだ!”と感動。その後、高3の夏に大学のパンフレットを見て、”このまま行っていいのかな?自分のやりたいことってこれなのかな?”と自問自答した末、パフォーマンスやりたい!と決意されたのだとか。

◆日プ2◆
オーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN SEASON2」を経て、INIのメンバーとなった松田さん。リモート審査や対面審査などを経て101人が選ばれ、そこからINIのメンバーとなる11人が選抜されました。ただ、この当時はコロナ禍で101人を集めることが難しく、宣材写真10枚、PR動画などでの投票による「オンタクト能力評価」を経て、60人に絞って、そこからスタートとなりました。
松田さんの最初の段階での順位は、この60人中で47位。かなり厳しい状況からのスタートとなりましたが、”上がるしかねえ!”という一心で折れずに頑張り続けた松田さん。次の段階(第1回順位発表式)では、25位まで順位を上げます。その後、グループバトルでセンターで踊って、見つけてもらえたこともあり、次の段階(第2回順位発表式)では14位までランクアップ!この段階で21位までに入っていないと、そこで不合格となってしまうシステムでしたが…なんとかギリギリで通過できました。ただ、最終的に選ばれるメンバーは11人。まだ順位を上げる必要がありましたが…最終結果は、7位!47位から40個ランクアップして、松田さんは見事チャンスを掴んだのでした。

◆INIの活動◆
結成から5ヶ月後の2021年11月、INIはシングル『A』でデビューを果たします。この短い期間でプロに追いつかないといけないため、松田さんいわく、この5ヶ月間はいろいろ切羽詰まっていたとか。6月13日にグループが結成され、その直後、6月下旬から9月末まで韓国で合宿が行われました。松田さんは内心”また合宿!?"とも感じていたそうですが…それこそ47位から這い上がる気持ちで、ダンスレッスンなどを乗り越えていきました。ちなみに、オーディション合宿の頃から、常に松田さんにとって癒しの時間だったのが「ご飯」だったとも!
と、ここまで楽しそうなお話があまり出てきていませんでしたが…川島さんからは「楽しい思い出も聞きたい!」という言葉が。松田さんは「ライブは楽しい」と言いますが、それに加えて「今となってはバラエティとか楽しい」とも!川島さんいわく「我々も迅くんくらいのときはカチコチに緊張していた」と言いますが、続けて「(松田さんは)初めから友だちみたいな感じで来るやん」とも。松田さんいわく、昔から社交的な性格を持っており、それを武器に頑張っているそう。『ラヴィット!』でシーズンレギュラーを務めていた頃には素の自分で挑むことができていたそうですが、川島さんは”酒飲んで来ている”と思っていたとも。ただ、その一方で川島さんは「INIのみなさんがイイ感じに自分を出せているのは迅くんのおかげ」と話していました。

◆漫画好き◆
松田さんは漫画好きということで、同じく漫画好きの川島さんと漫画トークもたっぷりと!
松田さんが一番好きな漫画は『SLUM DUNK』。親御さんがバスケをやっていたこともあって実家に置いてあり、小学2年生の頃に初めて読んでアツくなり、そこから漫画が好きになった思い出深い作品なのだとか!また、松田さんが古参ファンの作品だと言うのが、野球漫画の『忘却バッテリー』。出た当初から読んでいて、”これは売れる!俺が見つけた!“と思っていたところ、最近になってアニメ化!主題歌になったのはMrs.GREEN APPLEの大ヒット曲『ライラック』。作品も人気になっていき、松田さんは親のような気持ちで作品を愛しているのだとか。
一方、川島さんが以前から好きだと言う作品は、真造圭伍先生の『ひらやすみ』。阿佐ヶ谷に暮らす人々の日常を描いた、ホッとするけどたまに心がキュッとする作品。また、真造圭伍先生の奥さまの谷口菜津子先生による漫画『じゃあ、あんたが作ってみろよ』も連載当時から愛読していると言います。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は最近ドラマ化され、社会現象に!『ひらやすみ』もドラマ化されて、大反響を呼んでいます。「この夫婦を僕が食わせている」と川島さんが冗談めいて話したところ、松田さんは「言い過ぎですよ!!」と楽しそうに笑いながらツッコんでいました!

♪オンエア・リスト♪
M1. FANFARE / INI
M2. Rocketeer / INI
M3. BOMBARDA / INI
M4. Present / INI

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03 Feb 2026

【#107】ゲストは"2人のサカモトに育てられたニッチな優等生" 風間俊介さん!【2025.11.29 OA】

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『川島明 そもそもの話』11月29日放送のゲストは、風間俊介さん!
川島さんとは過去にフジテレビ『林修のニッポンドリル』で共演。「やっと来てくれた」「一言でいえば親友」と話すほどの待望のゲストと、1対1で時間いっぱいまでたっぷりお話を!

◆アイドルを目指したことは無い◆
そもそも、「アイドルになりたいと思ったことはなかった」と話す風間さん。たまたま履歴書を送ったところ、“草野球のつもりが強豪校”のような状況になったと言います。ディズニー好きということもあり、元々の夢は「ディズニーパークか本社で働きたい」というものでしたが、中学2年生の頃に芸能界デビュー。TOKIOやV6、KinKiKidsのバックダンサーを務めますが、そんな当時は「部活みたいな感覚」だったと言い、前に行くぞ!という気持ちはそこまで強くなかったとか。しばらくすると、生田斗真さん、山下智久さん、長谷川純さんといった面々とのユニット活動が始まりますが、これも"おさまりがいいところで集まったんだな"と感じていたとか。
当時、嵐の二宮和也さん、相葉雅紀さんとは”総武線仲間”の間柄で、帰りにラーメンや立ち食いそばを食べたり、休みの日に遊んだりと交流を深めていたとか。二宮さんと風間さんは錦糸町で集合するのが都合が良かったそうなのですが、相葉さんが千葉方面のため、当時は二宮さんと風間さんは納得してなかったけれど、津田沼で集合していた…という思い出も明かしてくださいました。

◆3年B組金八先生◆
1999年にはTBSドラマ『3年B組金八先生』に兼末健次郎役で出演。優等生を演じながら悪事を働く生徒の役柄でしたが…これは福澤克雄監督に全て仕込んでもらったとか。放送当時には、世間も夢中になってドラマのなりゆきを見守っていたこともあって、ドラマ視聴者からの手のひら返しがすごかったとも。
また、当時は周りの仕事関係者から「あまりにもセンセーショナルな役だから、これからの仕事に影響が出る」「(この役のイメージを)早く忘れさせろ」と言われることもあったとか。”印象的なドラマになったらいいなあ”という思いで頑張ったのに、”「忘れてもらいなさい」って…?”と内心葛藤していた中、渥美清さんの本を読んだところ、その中に「役名で呼んでもらえる役者がこの世に何人いるか」という言葉が。それを読んで、”別にいいや、忘れさせなくて…”と思い、前を向くことができたのだそう。

◆それでも、生きてゆく◆
思い出深い作品として、2011年にフジテレビで放送されたドラマ『それでも、生きてゆく』を挙げた風間さん。ある事件の被害者家族と加害者家族を描いた、ヘビーな雰囲気のドラマです。このドラマについて「このドラマが無かったら俳優続けていなかったかも」と話すほど、風間さんにとってこの作品との出会いは大きいものでした。当時、風間さんは、少しずつ仕事が減っていった時期を経験していたこともあって、大抜擢してもらい、様々な方に褒めてもらえたことで俳優としての今があるとか。ご自身では”スタート地点が『金八先生』で、ターニングポイントが『それでも、生きてゆく』”と振り返っていました!
『それでも、生きてゆく』の脚本を務めたのは、坂元裕二さん!風間さんいわく、坂元さんの脚本には「何気ない日常の中にすごく大切な台詞があったりする」のだとか。今でも風間さんはふと「坂本さんの目にはこの世にはどう映っているんだろう…」と思うことがあると言います。”坂本金八”と”坂元裕二”…2人のサカモトに育てられた風間さんと川島さんのトークは尽きること無く盛り上がるのでした。

♪オンエア・リスト♪
M1. 愛し愛されて生きるのさ / 小沢健二
M2. ナイスな心意気 / 嵐
M3. 新しい人へ / 海援隊
M4. 東京の空 / 小田和正
M5. Any / Mr.Children

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03 Feb 2026

【#106】ゲストは"ラップでエンタメを彩り続ける楽園おじさん" RIP SLYME RYO-Zさん!【2025.11.22 OA】

1122 そもそも RYO Z 1
『川島明 そもそもの話』11月22日放送のゲストは、RIP SLYME RYO-Zさん!
ほとばしる色気でやって来た、カッコいいお兄さん…そんなイメージのRYO-Zさんと、1対1でたっぷりお話を。

◆HIP HOP黎明期◆
そもそも、HIP HOPとの出会いは、高校生の頃に観ていた「ダンス甲子園」がきっかけだったと言うRYO-Zさん。当時から「今夜はブギー・バック」「DA.YO.NE」などのヒット曲はありましたが、とはいえまだまだ曲単位でのヒット。そんな日本のHIP HOPの黎明期にCDレンタルで海外のHIP HOPを聴くようになり…そんなHIP HOP好きな仲間がなんとなく集まって、1994年の夏ごろにはRIP SLYMEが結成されます。DJ FUMIYAさんやPESさんは当時から音楽で食べていきたいと思っていたようですが、それとは対照的に、RYO-Zさんは”遊べればOK””川崎のCLUB CITTA'に1回でも立てたらいいな”くらいの軽い気持ちだったとか。
ちなみに、RYO-ZさんはRIP SLYMEとして活動する前に一度就職したことがあるそう。その就職先は渋谷の三千里薬局。就職してみたものの、“全然HIP HOPと関係ねえなあ…”と思って、1日で辞めてしまったのだとか…。

◆RIP SLYMEの活動◆
RIP SLYMEが結成された1994年の年末には、レコード会社主催のコンテストで優勝!RYO-Zさんいわく、当時は「すげー天狗でした」とのこと。しかし、1995年にインディーズでリリースしたEP盤『LIP’s Rhyme』はご自身的には「非常に納得のいかない出来」だったとか。”自分たちの実力的に全然間に合ってない感じ”の仕上がりになってしまったそうで、レコーディングの1週間前にはファミレスにみんなで集まり、「リリースをやめないか」と話し合ったこともあったとか。ちなみに、このリリースに際した打ち上げでは、RHYMESTERの宇多丸さんが「こいつらがレコーディングできるくらい、日本のレコーディング技術は進歩してます!乾杯っ!」を音頭をとり、Mummy-Dさんに「これからスタートだな」と慰められた…という”アメとムチ”を感じられるエピソードも明かしてくださいました。
そんな時期を経て、2001年には現体制でメジャーデビュー!そのきっかけは、1999年に出演したDragon Ash主催のイベント「TMC」に、のちに契約するマネジメントの方が見に来ていたことだったとか。
ここで川島さんからは、「印象的な、あの”オレンジのつなぎ”は最初から決まっていたのか?」という質問が。その真相は…アメリカで行われた、ビースティーボーイズのアダム・ヤウク主催のコンサートで、紺のつなぎで出てたアーティストを目にして、「カッコよくね!?マネしたら、これ楽じゃね!?」とメンバー内で話題になったことで、つなぎのスタイルが生まれたのだとか!ちなみに、最初は紺のつなぎを着ていたそうなのですが、夏に回ることも想定してオレンジに色を変更したのだとか。
その後、作品をリリースする度にヒットチャートを駆け上がっていき、2002年リリースの2ndアルバム「TOKYO CLASSIC」ではとうとう1位を獲得!ただ、その一方で、ゆるく自分たちのペースで活動していたインディーズ時代に比べると、音楽活動の忙しさはすさまじかったと言います。

◆HALCALI◆
そんな時期に、RYO-ZさんはRIP SLYMEの活動と並行して、HALCALIやテリヤキボーイズの音楽制作にも携わっていました。ご本人曰く「まさにギリギリサーフライダー」な状況だったそうですが…そんなHALCALIは今、TikTokを中心に楽曲がバズっており、再注目されています。ちなみに川島さんは、HALCALIのお2人にお会いした際、今、特に改めて評価されている楽曲の『おつかれSUMMER』が好きです」と伝えたところ、ご本人は「どんな曲でしたっけ?」とまさかのリアクションだったそう…!

♪オンエア・リスト♪
M1. 楽園ベイベー / RIP SLYME
M2. STEPPER'S DELIGHT / RIP SLYME
M3. おつかれSUMMER / HALCALI
M4. BLUE BE-BOP / RIP SLYME
M5. どON / RIP SLYME
M6. One (GREATEST FIVE ver.) / RIP SLYME

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