2026.03.10
福島から社会をよりよく
ONE MORNING「The Starters」
火曜日のこの時間は社会に風穴を開けようと取り組む若き起業家をお迎えして
そのアイデアの根っこにあるものや未来へ向けたビジョンを伺います。
今週のゲストは先週に引き続き、株式会社LIFE AI 代表の川端瞭英さんです。川端瞭英さんは東京都の出身。開成高校を経て琉球大学へ進学。西表島での研究生活を経た後、コンサルティング会社やベンチャー企業などでの経験を経て2024年に「LIFE AI(ライフエーアイ)」を設立されています。
先週は主な事業内容をうかがいました。LIFE AI(ライフエーアイ)は、福島県双葉郡大熊町に本社を構え、「バイオデータとAIの力で人に寄り添った社会を作る」ことをビジョンに掲げAIとバイオデータを活用した新規事業開発支援や食事改善サービス「食トレAI」の開発を行っています。
今週は会社を立ち上げる前後のお話をうかがいます。まず、東京出身でどうして沖縄の琉球大学へ進学されたんですか?
「自然が好きなんです。琉球大学のオープンキャンパスに行った時に、なんと大学の中にジャングルがあったんですね。キャンパスの中のジャングルがあって、川が流れていて、そこに橋が架かっているという訳の分からない大学で、「これは何だ!?」、「ちょっとジャングル面白いぞ」と思って、琉球大学に進学を決めました。というのも、私自身元々熱帯の植物に興味があり、農学部で植物などの研究をしていて、結局そこから発展して遺伝子の研究に進みました。加えて、そういったことがやりたかったのもそうなんですが、ずっと思っているんですけども、東京は好きなんですがちょっと人多すぎだなと思っていて、 田舎でのんびりしたキャンパスライフもいいんじゃないかなということも琉球大学に決めたきっかけです。」
東京出身で開成高校に通われて、そこからそのままずっと東京にいることも選択肢にあったとは思うんですが、自然に触れたいという思いから沖縄の大学に進学されたんですね。琉球大学へ進学した後は、西表島での研究生活ということで、西表島では何を研究されていたんですか?
「ちょっとマニアックにはなるんですけれども、植物の根っこに共生している根粒菌と言われる微生物がいるんですね。これは植物に必要な窒素分の栄養素を供給している微生物なんですけれども、特殊な西表島などの島嶼環境などの特殊な環境にいると、全然違う種類なのに遺伝子を交換しているという現象があるんです。これはすごい面白い現象だなと思って、それを “ショットガン・メタゲノミクス”という、微生物の遺伝子を網羅的に調べる技術を使って何が起きているのかを解析するという研究をしておりました。」
めちゃくちゃマニアックな話ですね…!
そして、コンサルティング会社やベンチャー企業などを経て、2024年にLIFE AIを設立。この辺の経緯、改めてぜひ教えてください。
「私自身正直東京でかなり消耗していて、一回コンサル会社で働いていたんですが、めちゃめちゃ生活リズム乱れるし、遅くまで働くし、体もどんどん犠牲になっていました。基本的に社会人って自己管理なので、サポートしてくれる人っていないんですよね。だけどサポートしようとするとすごいお金かかってしまうというのがあって、そういったものを解決できるサービスが自分でもあったらいいなというのが最初のきっかけでした。そういった中で、たまたまご縁があって、福島で起業支援プログラムに参加させていただいたんです。OICCC(大熊インキュベーションセンター・クリーンテック・チャレンジ)っていうものにご縁があってお誘いいただいたのがきっかけで、自分のやりたいことや、こんなことできるんじゃないかというのを言語化し始めて、それが今、起業につながっているっていう形ですね。」
初めて関わった時の福島の現状ってどうだったか覚えていますか?
「「真っ暗」というのがイメージでした。私が行った大熊町はまだ当時帰宅困難の地域が多かったんですね。除染が済んでいないといった理由で入ろうと思っても入れない状況で一部避難指示解除から少しずつ復帰しているような状況でした。今、大熊町の主要な地域はほとんど入れるようになって、どんどん新しい建物が建って、街の明かりが灯ってきて、当時とは違う、ようやく復興し始めたという雰囲気なんですが、当時は本当に真っ暗で街灯すらもないところだったのはすごく印象的でした。」
東日本大震災の時はおいくつだったんですか?
「17歳だったと思います。その後、私自身が遺伝子などの分野に興味を持つきっかけにもなったと思うんですけれども、いろいろな報道がされる中で、差別や放射能汚染といった様々な問題を報道で知りました。その頃まだ高校生だったので社会問題なんて考えたこともなかったんですけれども、それで初めて社会の課題って何なんだろうというところに関心を持ちました。」
ご縁があって、大熊町、実際住んでみてどんな場所だなと感じていますか?
「とても楽しい場所です。歴史やずっと住んでいらっしゃる方の文化が一度なくなってしまって、それを今から復元するっていうのは本当に難しいことなんですね。だから頑張ってそれを復元もするんだけれども、新しく作ろうという風潮がやっぱりあります。移住者の方が大勢いらっしゃっていて、そういった方たちが新しく何かを生み出そうっていう動きが活発な町だなというのを感じていて、新しく何かが生まれてくるという、そういった雰囲気がある場所なのかなというふうに思っています。」
経済的な部分での課題で、実際に住んでみて感じる部分ってあったりしますか?
「まず田舎なので「仕事がなかなか見つからない」、「賃金が低い」といった課題は当然あります。他には移動面も大きな課題で、やはり東京まで移動するのに片道のガソリン代、高速代を考えると、普通に1万5000円〜2万円ぐらいかかってきてしまうので、そういった移動のハードルはありますね。」
福島に住んで東京で仕事するみたいことは、距離的にも難しいのかなと思ったのですが、福島に住むんだったら、福島県内で何か仕事を見つけた方がいいんでしょうか?
「そこは僕は福島だけじゃなくて、東京でもぜひ活躍していただきたいと思っています。実は福島は東京からすごく近いので、来ようと思ったらやっぱり3時間くらいで来れちゃうわけですね。そして家賃も安いと。今オンラインでの仕事もできますし、東京の家賃を差し引いて、移動費などもろもろを考えても、そんなに悪くないんじゃないかなと思います。」
今自然が多いところにずっと住んでらっしゃって、たまに都会がいいなと思ったりはしないですか?
「もう福島が好きすぎて思わないですね。ずっと住みたいです。」
ずっと住みたいと思える魅力があるんですね!
人の良さといったところもあるんでしょうね。
先週はビジネスについて、今週は人となりについて深くお話を聞くことができました。
最後にこれからの夢を教えてください。
「サービスをしっかり形にして、どんどん広げていきたいっていうことと、それでちょっとでも社会が良くなったり、今結構行き詰まりつつある社会を、逆に僕たちの考え方で、何か新しい価値観を一つ社会に残すことができたら、とても意義があることなんじゃないかなというふうに思いながら頑張っていこうと思います。」






20代~30代の若手起業家をゲストに迎え、





