25.10.14
最高裁の「違憲」判決を受け、引き下げやり直し議論へ。生活保護費の引き下げ問題とセーフティーネットのあり方について

ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルが、注目のニュースを読み解きます。
今日は、ダイヤモンド・ライフ編集長の神庭亮介さんにお話を伺いました。
神庭さんが注目した話題はこちらです。
【最高裁の「違憲」判決を受け、引き下げやり直し議論へ。生活保護費の引き下げ問題とセーフティーネットのあり方について】
吉田:国が2013年から2015年に、生活保護費を引き下げたことを最高裁が「違法」と判断したことを受け、厚生労働省は10月2日、専門委員会を開き対応を議論しています。神庭さん、まずこのニュースの背景から教えて下さい。
神庭さん:生活保護は憲法で規定された「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度です。生活苦の人を支える最後のセーフティーネットと言われてもいます。このうち食費や光熱費などの生活費にあてる「生活扶助費」について、国は第2次安倍政権下の2013〜2015年の3年間で平均6.5%、最大で10%引き下げました。戦後最大の減額で、約670億円の保護費が削減されました。背景としては、リーマンショックで保護費が急増したことがあります。そこに芸能人の方の家族の生活保護受給をめぐるバッシングが重なり、当時、自民党が生活保護の10%引き下げを選挙公約に掲げていたことも、大きかったとみられています。
ユージ:最高裁はどういう理由で「違法」と判断したのでしょうか?
神庭さん:減額の根拠としては2つあります。1つが「デフレ調整」というものです。世の中がデフレで物価が下がっているんだから、保護費も減らしていいですよね、というものです。日経新聞などによると、厚労省は独自に算出した2008年〜2011年の物価下落率を元に、給付基準を一律で4.78%カットしました。そしてもう1つが「ゆがみ調整」。生活保護を受けていない低所得世帯とのバランスをとるために減額するというものでした。最高裁はこの2つのうち、「ゆがみ調整」の方は最高裁も問題視しなかったですが、「デフレ調整」の方について「物価変動率のみを直接の指標として用いたことに、専門的知見との整合性を欠くところがあり、厚生労働大臣の判断の過程及び手続には過誤、欠落があった」と指摘。減額処分の取り消しを命じました。
吉田:生活保護の減額を違法とした判決について、神庭さんはどうみていますか?
神庭さん:物価変動に伴う上げ下げ自体は必要なことで、デフレなら支給額は下げるべきですし、インフレなら上げるべきだと思います。物価高対策として10月からは生活保護費が1人あたり1,500円加算されています。デフレの時に下げるのがダメであれば、インフレ時のこうした引き上げも同じようにNGにしないと整合性が取れません。専門家の意見を聞かずに削減ありきで突っ走ったことや、物価変動率「だけ」を見て判断したという手続きの問題であって、逆にいうと専門家の意見をキチンと聞いて分析したうえで、説得力のある指標に基づいで決めるのであれば、保護費の減額自体をタブー視する必要はないのかなと思います。経済状況に応じて柔軟に判断すればいいのかなと思います。
ユージ:そうした中で、現在の生活保護制度の課題は何でしょうか?
神庭さん:「生活保護を受けるのは恥だ」といったような間違った考え、根強い偏見があります。生活保護が「スティグマ」といって負の烙印のようになってしまうと、支援が必要なのに申請をためらう人が出てきてしまいます。となると、いっそ名称を変えるのも選択肢かもしれません。自治体の水際作戦もひどいです。申請しようとする人をいかに窓口で食い止めるかばかり考えている自治体もあります。過去には、生活保護を辞退させられた男性が「オニギリ食いたい」と書き残して餓死したケースや、3回も窓口を訪れたのに生活保護を受けられず姉妹が孤立死するという悲しい事例も起きています。
吉田:他にはどんな課題があるでしょうか?
神庭さん:不正受給の問題もあります。これは、保護費全体の0.3%ほどで決して多くはないですが、額が小さいからいいやではなく、制度の信頼性を考えればゼロに近づけていく努力が不可欠です。SNSでは「生活保護世帯の3分の1が外国人だ」というデマが喧伝されているが、実際は外国人世帯は2.9%にとどまります。ただ、今後移民として日本にやってくる人が増えれば比率が上がっていく可能性もあります。2010年には、来日間もない外国人46人が生活保護を申請し、そのうち26人に支給されるという事案もありました。なので、日本で生計を立てられるアテがあるのか、生活保護目的の入国ではないかという点を入管が厳しくチェックしないといけないかなと思います。
ユージ:そういった不公平感をなくすためにも、必要な対策は何でしょうか?
神庭さん:「貧困の罠」といって、生活保護を脱すると税金や社会保険料を払わないといけなくなります。働き損になるなら生活保護をもらった方がマシだとなると、いつまでも貧困から抜け出せません。自民党の高市総裁や立憲民主党が提案する「給付付き税額控除」や、総裁選で林芳正氏が主張したユニバーサル・クレジット制度などは貧困の罠を脱する一つのヒントになるかなと思います。医療費に関しても完全無料だとモラル・ハザードを招くかなと思います。過去には、薬の不正転売などの問題も起きています。3%でも5%でもご負担いただくことで受給者の方々も誇りを持てますし、医療費の抑制にもつながるんじゃないかなと思います。無年金・低年金の氷河期世代が高齢者になる前に、生活保護や年金も含めた一体改革を進めてないと、日本社会全体が大変なことになってしまうんじゃないかなというころが懸念されます。