25.10.27
高市政権の「働きたい改革」で残業規制はどうなる?

ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルが、注目のニュースを読み解きます。
今日は、ダイヤモンド・ライフ編集長の神庭亮介さんにお話を伺いました。
神庭さんが注目した話題はこちらです。
【高市政権の「働きたい改革」で残業規制はどうなる?】
吉田:高市早苗総理は上野賢一郎・厚生労働大臣に対して、労働時間の規制を緩和するように指示しました。そこで、神庭さんに「働きたい改革」の背景や課題について解説してもらいます。まずは、高市総理の指示した内容から、教えてください。
神庭さん:共同通信によると、高市氏の指示書には、兼業・副業を促進する、最低賃金を引き上げる、といった内容に加えて「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討を行う」と記載されていたということです。そもそも、自民党は石破政権時代から「働き方改革」ならぬ「働きたい改革」を進めると言っていました。7月の参院選の公約には《働く人が安心して挑戦でき、個人の意欲と能力を最大限活かせる社会を実現するため、「働きたい改革」を推進。人手不足の解消にも努めます》と記載されています。要は働きたい人には、もっと働けるようにしましょうという話です。
ユージ:現在の法律上だとどれくらい働けることになっていますか?
神庭さん:労働基準法では、休憩時間を除いて1日8時間、1週間に40時間以上、労働者を働かせてはいけないと定められています。会社と労働組合が労働基準法の36条に基づいて協定を結ぶと、原則・月45時間までという条件付きで残業OKになります。「決算業務や突発のクレーム対応で忙しい」みたいな特別な事情がある時は例外的にオーバーしても許されますが、その場合でも年間6回まで、月平均80時間以内でかつ月100時間未満に収めないといけません。
ユージ:かなり厳しくルールが決められているんですね。高市総理の指示に対しては、どんな意見が出ていますか?
神庭さん:SNS上の声のうち、肯定的な意見としては「大賛成!残業して稼ぎたい人は周りにもたくさんいる」「希望者のみに適用されるなら賛成。私の職場、残業規制が厳しくて回らない」「これで副業しやすくなる」「労働力の供給が増えてインフレ抑制に役立つ」など、収入増や人手不足の解消に期待する意見が目立ちました。
吉田:一方で、反対意見はどんなものがありますか?
神庭さん:反対意見としては、「無賃労働や名ばかり管理職が絶滅してない中での緩和は労働者に不利すぎる」「長時間働けない人へのバッシングが起こり、低収入は長時間働かない自己責任にされる」といった懸念の声が出ています。過労死遺族も反発しています。FNNによると、過労自殺した電通社員、高橋まつりさんの母・幸美さんは「大切な子どもたちが本当に危険にさらされるような職場をつくらないで欲しい。上司や会社から『君はやれるか?』と聞かれたときに『やれません』とは言えない」と話しています。
ユージ:賛否両論あるということですね。
神庭さん:この問題はミクロとマクロの両面から考える必要があると思います。まずミクロ、労働者目線で言うと「もっと働きたい人」が実際どれくらいいるのか?ということです。日経新聞が報じた厚労省の調査によれば、「就業時間を増やしたい」人は働く人全体の6.4%しかいませんでした。「変えたくない」(74.9%)、「減らしたい」(17.6%)を合わせて9割超が労働時間を増やすことに否定的な回答でした。
ユージ:もっと働きたい人は結構少ないんですね。
神庭さん:そうなんです。もう1つ大事なのがマクロの視点。関山健さんの鹿島平和研究所編著『「稼ぐ小国」の戦略』という本によると、1980年代の貿易摩擦を受けて、欧米から「日本人の働きすぎ」が問題視され、政府は労働時間の削減目標を策定しました。そこから週休2日制が定着し、週40時間の労働時間規制も導入するなど、着々と労働時間を減らしてきたわけです。そして、「仮に日本における労働者1人あたりの平均労働時間が1990年と変わらなかったら、2019年における1人あたり実質GDPの順位はどうなっていたか?」を推計したところ、日本はアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどを抑えて1位だったそうです。働き方の観点ではいいことだったのですが、国力・経済力の面ではマイナスな部分もあったという悩ましい結果です。
ユージ:働きたい改革、神庭さんはどう考えますか?
神庭さん:「静かな退職」「残業キャンセル界隈」と言われますよね。必要最低限しか働きたくないという人もいれば、「職場がホワイトすぎて成長できない」と嘆く若手の方もいます。労働に対するスタンスは人によって様々ですし、同じ人間の中でも20代はバリバリ働きたいけど、30代は子育てのために仕事をセーブしたい、という感じで年代ごとにワークとライフの比率が変化していきます。となると、法制度も多様なニーズに合わせて柔軟に対応できた方がいいのかなと思います。深刻な人手不足や副業の広がりを考えると、たとえ6.4%でも「もっと働きたい」という人がいるなら、自由に働けるようにしたらいいのかなと思います。一方で働きたくない人のお尻を無理やり叩くような「働かせ改革」にしてはいけないと思います。高市氏は「心身の健康維持と従業者の選択」が前提だと言っているので、そこは蔑ろにせず、ミクロとマクロのバランスを取りながら慎重に進めて欲しいなと思います。