26.05.25
民事裁判「デジタル化」で何がどう変わる?

ネットニュースの内側にいるプロフェッショナルがニュースを読み解きます。
ダイヤモンド・ライフ編集長の神庭亮介さんにお話を伺います。
神庭さんに取り上げていただく話題はこちら!
『民事裁判「デジタル化」で何がどう変わる?』
吉田:民事裁判の手続きが先週、21日から全面的にデジタル化されました。IT化で何が変わり、どう便利になるのか。メリットや課題を神庭さんに解説してもらいます。まずは、具体的な変更点を教えてください。
神庭さん:日経新聞などのまとめによると、裁判を起こす際、これまでは紙の訴状を裁判所に持参するか郵送する必要がありましたが、オンラインで申し立てできるようになりました。そして、訴訟記録を閲覧・コピーする時も裁判所に出向かないといけなかったのが、手持ちのパソコンなどで閲覧・ダウンロードできるようになったと。さらに、判決も紙の判決書の郵送・手渡しから、オンラインでの閲覧・ダウンロードが可能に。加えて、証人尋問も、当事者や裁判所がOKならオンラインでできるようになったということなんですね。
ユージ:今回のデジタル化の狙いはなんでしょうか?
神庭さん:とにかく『効率を上げること』です。日本の裁判システムは非効率で海外に比べてもデジタル化が遅れてきたんですね。手続きが面倒で時間がかかるということで、海外企業にも敬遠されてきました。こういった状況を打破するため、2020年に争点整理手続きにウェブ会議を導入し、2022年には一部書面のオンライン提出もスタート。2023年から2024年にかけて、弁論準備や口頭弁論もウェブ会議でできるようにするなど、段階的に改革に取り組んできました。今回がその総仕上げで、民事裁判に関してはデジタル化が完結することになります。
吉田:全面的にデジタル化ということですが、パソコン操作やデジタルが苦手な人は大丈夫でしょうか?
神庭さん:そこが心配な部分ですが、弁護士をつけないで自分で手続きする『本人訴訟』の場合は、これまで通り紙の書面で提出できるので、その点は心配いりません。単に選択肢が増えるということですね。ただし、弁護士さんに関していうと、オンライン提出が義務付けられるので、デジタルに疎い人や高齢の弁護士先生のなかには対応に苦慮する方もいるかもしれないですね。
ユージ:刑事裁判についてもデジタル化していくのでしょうか?
神庭さん:刑事手続のほうも、来年3月末までのデジタル化を予定しています。読売新聞によれば、今は逮捕状を取る時も警察官が裁判所に紙の書類を持って行って、裁判官が内容を確認したうえで発付している。これがデジタル化すると警察官がタブレットで電子令状を表示して執行することができるようになる。さらに、捜査機関が収集した証拠はデジタル化され、弁護人が証拠を閲覧・コピーする際もオンラインでできるようになる。また、被告人が病気や障害で出廷が困難な場合、オンラインで出廷できるようになるということなんですね。
吉田:かなり作業が少なくなるイメージがありますが、やはり、この一連のデジタル化のメリットはそのへんにあるんでしょうか?
神庭さん:まさにそうですね。日本全国で生じていた膨大なムダをなくすことができるのが最大のメリットだと思います。地方では最寄りの裁判所まで車で数時間かかるということもザラにあります。弁護士さんや警察の方が、わざわざ手続きのために裁判所に出向かないといけないということ自体がものすごく非効率だったと思います。こうした現場の負担が軽減されることが期待されています。オンラインでできることは、どんどんオンラインでやればいいと思うんですよね。あとは、例えば、DV絡みの離婚訴訟など、同じ建物にいるだけで怖いというケースもあると思います。実際、2019年には家庭裁判所で離婚調停中の妻が夫に刺され殺害されるという痛ましい事件も起きています。オンラインであれば、そういうリスクを多少とも軽減できるかもしれません。
吉田:他にも期待されることはありますか?
神庭さん:まずは、『書類の保存面』です。過去には、神戸連続児童殺傷事件などの重大事件の裁判記録を廃棄したことが大問題になり、最高裁が謝罪しているんですね。裁判資料は後世に残すべき国民の共有財産です。デジタルならスペースを気にせず保管することができますよね。もうひとつは、『デジタル化した資料の有効活用』ですね。AIに読ませれば、量刑や損害賠償額の算定、類似ケースの検討などに役立つのではないかなと思います。
ユージ:そうなると課題はなんでしょうか?
神庭さん:ひとつは『セキュリティー』ですね。ミュトスのようなAIも出てきていますから、非公開のオンラインのやりとりが流出してしまったり、ハッキングされたりしないように万全を期す必要があります。手厚く保護しないといけない証人について、例えば、ウェブ会議の際の音声や背景から居場所が特定されてしまうみたいなことは絶対に避けなければいけないですよね。
ユージ:他にはどんな課題がありますか?
神庭さん:裁判のハードルが下がる裏返しで、『スラップ訴訟』が乱発されるリスクがあります。スラップ訴訟というのは、嫌がらせ目的の恫喝訴訟のことです。これまでは資金力のある企業や組織が個人やメディアなどを狙い撃ちする事例が多かったんですけれども、最近はAIに法律文書を書かせて本人訴訟を起こし、気に入らない言論を片っ端から封じようとするようなケースも出てきているんですね。厄介なのは、裁判に勝つことではなく、相手の時間とお金を奪うことが目的なんです。スラップ訴訟が繰り返されると、「こういうことを言うと訴えられるんだ」という認識が社会全体に広がる。『チリング・エフェクト』といって、言論空間が萎縮してしまうんですね。ですから、国民の裁判を受ける権利を守りつつ、行き過ぎたスラップ訴訟は防ぐようなバランスの取れた仕組みが求められていると思います。