yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二百五十三話 おのれの価値を高める -【大分篇】作曲家 瀧廉太郎-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二百五十三話おのれの価値を高める

大分県を走るJR九州の豊肥本線に、豊後竹田駅があります。
この駅のホームに電車が入ってくると、あるメロディが流れます。
それは、『荒城の月』。
作曲したのは、瀧廉太郎(たき・れんたろう)です。
瀧は幼い頃、父の仕事の都合で各地を転々としますが、竹田で過ごした時間は、彼にとって創作の礎をつくりました。
大分県竹田市の岡城が『荒城の月』作曲の着想につながったと言われ、城址には、瀧の銅像があります。
12歳から14歳まで過ごした屋敷は、瀧廉太郎記念館として残り、今も街の偉人として愛され続けています。
瀧は23歳の若さでこの世を去りますが、日本の音楽史において、日本独自の唱歌や童謡を最初に世に出した先駆者、革命児なのです。
彼は幼い頃から、どんなにいじめられ、世間から見放されても、ある信念を抱き、実践することで耐え抜くことができました。
それは、自分の価値を高めるということ。
そのための努力を惜しまないということ。

たったひとつでも一番になれるものを持っておけば、必ず一目置かれるようになる。
それは彼が転校するたびに感じたことでした。
音楽学校を首席で卒業しても、ピアニストで一番でなければ世の中に出ていけない。
作曲家になっても、ひとがやっていない奏法で一番になれなくては生きていけない。
いつしか、その思いは強迫観念のように彼を追いつめていったのかもしれません。
でも、そのおかげで彼の名は今も残り、私たちは彼の歌を口ずさんでいます。
亡くなる4ヶ月前に作曲したピアノ曲のタイトルは、りっしんべんに感じると書く、漢字一文字で『憾(うらみ)』。
まさにこれからというときに、結核でこの世を去るのは、どんな思いだったのでしょうか…。
終生、音楽に向き合い続けた作曲家・瀧廉太郎が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

『荒城の月』の作曲家として知られる瀧廉太郎は、1879年8月24日、東京市芝区、現在の東京都港区西新橋に生まれた。
廉太郎の父は九州・日出藩の家老で、明治新政府では大久保利通に仕える上級官吏だった。
役人としてエリート街道を進む厳格な父。
しかし、後ろ盾だった大久保利通が暗殺され、状況は一変。
廉太郎が3歳のときには、内務省から異動。
出世コースをはずれ、各地を転々とする失意の日々を過ごすことになった。
ただ、この各地をめぐるということが幼い廉太郎の感受性を育て、世の中の無常と悲哀を知ることにより、芸術的な世界へといざなった。
横浜に引っ越したとき、初めてバイオリンの音色を聴いた。
横浜には、西洋の楽器が多く出回っていたのだ。
富山では、天下の難所「親不知」の断崖絶壁から、荒れ狂う日本海を見た。
泣いた。怖かった。
大きな波に飲み込まれてしまいそうで、体中が震えた。
大分の竹田に向かう列車では、トンネルをくぐるとき、不思議な思いがした。
まるで別世界に入って行くような感覚。
周りを岩山に囲まれている豊後竹田は、どこから街に入るにしても必ずトンネルの暗闇を通らなくてはならない。
目の前が開けた瞬間、ふわっと体が宙に浮くように感じた。
世界は、光り輝いて見えた。

明治時代の作曲家・瀧廉太郎は、幼い頃、いじめられた。
転校が多く、いつもよそもの。
当時は子どもでメガネをかけているものが少なく、丸いメガネをかけていたのも特異な印象を与えた。
彼はひとり、独楽で遊んだ。
やりだしたらとことんやる。
手のひらにのせて回す技をやりすぎて、血だらけになってもやめなかった。
やがて、同級生たちにその技を見せると、形勢が一気に変わる。
みんなが独楽の回し方を教えてくれとせがんだ。
横笛もそうだった。
岡城の石垣に座り、ひとりで練習しているうちに誰よりもうまくなり、みんなから尊敬された。
「そうか、どんなものでも一番になれば、みんながボクを認めてくれるんだ」
高等小学校4年生のとき、音楽室からオルガンの音色が聴こえた。
誰も弾けなかったオルガンを見事に弾く先生が現れた。
後藤由男先生。
廊下に立ちすくんでいる瀧に、先生は言った。
「弾きたいのか? そうか、こっちにおいで。一緒に弾こう」
毎日毎日、後藤先生はオルガンを教えてくれた。
瀧はその音に魅了され、自分で奏でる楽しさを知った。
夕闇迫る放課後の音楽室で、少年の夢が育まれていった。

瀧廉太郎はわずか15歳で、東京音楽学校、現在の東京藝術大学に合格。
日本一のピアニストになるという青雲の志を持って上京した。
ちょうどそのころ、日本人初のヨーロッパ音楽留学生、幸田延が帰国。
瀧は、延から西洋音楽の手ほどきを受ける機会に恵まれた。
延の指導は厳しかったが、耐えた。
やればやるほど、自分が高みにあがるような手ごたえがあった。
しかし…16歳のとき、衝撃的な出来事があった。
延の妹、幸田幸がウィーンから帰国。
そのピアノ演奏を聴いたとき、愕然とした。
「す、すごい…かなわない…なんだ、この演奏は…」
これでは、日本一のピアニストにはとてもなれない…。
そのころ瀧は、作曲でも評価されていた。
当時の唱歌は、西洋の音楽に無理やり日本語の歌詞をあてはめたものばかり。
日本独自の歌がつくれないものか…。
明治の唱歌や童謡は、ヨナ抜き音階が原則だった。
ドレミファソラシドのうち、ファとシを使わないことで日本的な音色を出していた。
でも瀧は、そこに疑問を持つ。
せっかくある音は、全部使いたい。
そうして出来上がった楽曲に、童謡の『花』がある。
今度は、作曲家で一番になってみせる…
結局、志半ばで…結核にかかってしまう。
寝床に身を横たえながらも、作曲の手を休めることはなかった。
享年23歳。
117年経った今も、彼の音楽は日本のどこかで鳴り響いている。

【ON AIR LIST】
憾 / 瀧廉太郎(作曲)、小川典子(ピアノ)
荒城の月 / 瀧廉太郎(作曲)、新垣勉
メヌエット / 瀧廉太郎(作曲)、小川典子(ピアノ)
秋の月 / 瀧廉太郎(作詞・作曲)、鮫島有美子(ソプラノ)
花 / 瀧廉太郎(作曲)、クロスロード・レディース・アンサンブル

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今週のRECIPE

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霜降りひらたけの塩麹炒め

今回は、大分県竹田市の特産野菜でもある、ピーマンを使った料理をご紹介します。

霜降りひらたけの塩麹炒め
カロリー
74kcal (1人分)
調理時間
10分
使用したきのこ
霜降りひらたけ
材料
【2人分】
  • 霜降りひらたけ
  • 1パック
  • 長ねぎ
  • 1/2本
  • ピーマン
  • 1個
  • サラダ油
  • 小さじ2
  • 【A】塩麹(市販)
  • 小さじ2/3
  • 【A】みりん
  • 小さじ1
  • 【A】酒
  • 大さじ1/2
作り方
  • 1.
  • 霜降りひらたけは食べやすくほぐす。
  • 2.
  • 長ねぎは斜めの薄切りにする。ピーマンはヘタを取り、千切りにする。
  • 3.
  • フライパンにサラダ油をあたため、(1)と(2)を炒め【A】で味をつける。
  • recipe LIST

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番組へのメッセージ

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、「ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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