yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

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第429話 優しさは全てにあふれ出る
-【建築の世界に革命をもたらしたレジェンド篇】アルヴァ・アアルト-

[2023.11.18]

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©Alamy/amanaimages


フィンランドが生んだ、建築家のレジェンドがいます。
アルヴァ・アアルト。
彼の名前は知らなくても、彼がデザインした、北欧食器の有名ブランド、イッタラのフラワーベースやキャンドルスタンドは見たことがあるかもしれません。
流れるような曲線は、フィンランドの森の中の湖、かすかな波、あるいは、白樺の切り口をイメージしたもの、と言われています。
また、発売90周年を迎えるスツール界の王様、アルテックの「スツール60」も、アアルトのデザインです。
誰もがどんなシチュエーションでも使えるシンプルで普遍的な椅子は、今も世界中のひとに愛されています。
そのデザインが、優しく、温かみに満ちているように、彼が手掛けた建築も、自然との融和をイチバンに考えた、環境にも暮らしぶりにも優しい設計が、最大の特徴です。
生誕125年の今年、彼のドキュメンタリー映画が公開されました。
その名も『アアルト』。
彼と同じく建築家だった妻、アイノとの創作の歴史が描かれています。
同じく映画になった建築家のレジェンド「ル・コルビュジエ」との最大の違いは、女性とのスタンスの取り方かもしれません。
男性社会の建築家の象徴、コルビュジエに対し、アアルトは、妻への深い尊敬と愛情で、共作を続けました。
創作のスタイルも、画家にたとえれば、コルビュジエはエネルギッシュで活動的なパブロ・ピカソ。
アアルトは、ひとつのモチーフに優しく向き合い続けるアンリ・マティスと言えるかもしれません。
そこには、彼の故郷がフィンランドであることも大きく起因していると思われます。
彼が生まれた1898年という年は、フィンランドがロシア帝国から独立するために紛糾していた過渡期でした。
シベリウスは、名曲『フィンランディア』を、その翌年に作曲しています。
緊張と移り行く時代の中に生まれたアアルトには、激しさや暴力こそ、最も嫌悪すべきものであり、融和、調和、平和こそが、彼の祈りにも似た願い、だったのです。
建築に優しさを刻印した世界的な巨匠、アルヴァ・アアルトが人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

北欧のモダニズム建築の大家、アルヴァ・アアルトは、1898年2月3日、フィンランド大公国クオルタネで生まれた。
父は測量士。代々、フィンランドの林業に携わる家系だった。
深い森。突然、現れる美しい湖。
幼いアアルトは、冒険が好きな、夢見る少年だった。
ある日、夕方になっても家に帰ってこないのを心配して、母親が探しに出かける。
やがて、湖のほとりでしゃがみこみ、湖面を見つめる我が子を見つけた。
「なにを見ているの?」
「うん、お母さん、湖にね、波ができるんだ。
風でね、波がゆらめくんだ。
ほら見て、あそこ。綺麗でしょ。
色もね、変わるんだよ、さっきと全然違うんだ。色がね」
母親は、少し心配になった。
こんなに繊細で、この子は大人になって苦労するのではないかと。
優しい父に、母性愛あふれる母。
あたたかい家庭ですくすくと育ったアアルトだったが、時代は不穏な風が吹き荒れていた。
専制君主制のロシア帝国に対し、立憲君主制、民主主義を重んじるフィンランド大公国。
独立の機運が高まっていたが、それを恐れたロシアが鎮圧。
独立運動に身を捧げる芸術家、活動家は捕らえられ、追放あるいは拷問を受けた。
幼いながらに緊張の空気を感じたアアルト少年は、夢の世界に逃げるようになった。

フィンランドのレジェンド、アルヴァ・アアルトは、繊細な心を失うことなく、大学に進んだ。
ヘルシンキ工科大学。
アルマス・リンドグレンのもとで建築を学ぶ。
アアルトは、リンドグレンが設計した、ヘルシンキ、ウニオン通りの建物が好きだった。
壮麗な、アイボリーにも似た白い外壁。
品があって、美しかった。
リンドグレンは、アアルトに語る。
「私は、ドイツ、フランス、イギリスで美術や文化を学んだ。
異国の芸術に触れることで、よりフィンランドがわかった。
アアルト君、我が国は素晴らしい。
何か迷ったら、自分が今いる場所を見つめなさい。
子どもの頃、見た風景を思い出しなさい」
アアルトは、学生時代に両親の家を設計する。
初めての設計は、楽しかった。
まるで、森の中に妖精を産み出すような気持になった。
「もしかしたら、これは一生の仕事になるかもしれない」
そう思った。
大学後、建築事務所を開設。
しかし、折からの不景気。
世界的な大恐慌だった。
仕事はない。
将来への不安はあったが、アアルトは、あるだけのお金を握りしめ、旅に出た。
ヨーロッパの文化に触れてみようと思う。
仕事がないときこそ、自分を引き上げる大切な時間だと考えた。
やがて彼は、コンペで大きな仕事を勝ち取る。

アルヴァ・アアルトがコンペで勝ち取った設計。
それは、結核患者の隔離病棟だった。
ヘルシンキから西に135キロ離れた町パイミオのサナトリウム。
当時、結核は不治の病。
患者たちは、深い絶望を抱え、サナトリウムに隔離された。
アアルトは、衛生的で機能的でありながら、いかにして、患者の気持ちに寄り添うことができるかを、大切に思った。
深い深い森の中のサナトリウム。
交通も不便。
患者たちは、家族も世間にも見放されたと思うに違いない。
アアルトは、真っ白な外壁に、オレンジと緑色の屋根をつけた。
オレンジも緑も、ひとを元気づけ、癒す色。
随所に、まるで湖にできるさざ波のような優しい曲線がほどこされる。
階段には、縦長の窓を大きくつくり、太陽の光をふんだんに取り入れるようにした。
この建築は、世界的に評判を呼び、アアルトの名を一気に広めた。
でも、彼は自分の名誉欲のために創造したわけではない。
そこに暮らすひと、実際に生きるひとの思いを、優しく、繊細に想像しただけだった。
このサナトリウムは、今もひとびとの心を癒し続けている。

「確かな理由がない限り、ことさら手を加えるべきではない。
余計なものはすべて、時間とともに醜くなる」
アルヴァ・アアルト

©Alamy/amanaimages

【ON AIR LIST】
交響詩「フィンランディア」 / シベリウス(作曲)、ユッカ=ペッカ・サラステ(指揮)、フィンランド放送交響楽団
PILKOITETTU / Kardemimmit
OUR HOUSE / Crosby, Stills, Nash & Young
ALL THE WORLD LOVES LOVERS / Prefab Sprout

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