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笹本恒子さん

【2017年10月ご出演】

1914年9月1日東京生まれ。日本初の女性報道写真家。日独伊三国同盟から60年安保闘争など、戦中・戦後の歴史の節目に立ち会い、徳富蘇峰、加藤シヅエ、三笠宮ご一家、浅沼稲次郎、力道山ら昭和史を彩る人々にもカメラを向けた。一時期、写真の世界から遠ざかるも71歳にして活動を再開。以後、明治生まれの女性たちを題材に撮影を続け、日本女性史を膨大な息吹あふれる写真として表現。宇野千代、壺井栄、杉村春子、沢村貞子ら「明治生まれの女性たち」シリーズは笹本の代表作となった。103歳の今も現役フォトジャーナリストとして活躍中。 2011年、吉川英治文化賞、日本写真協会賞功労賞、2014年ベストドレッサー賞特別賞を受賞。 2016年には自身の人生を追ったドキュメンタリー映画「笑う101歳X2」も製作されている。

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笹本恒子  写真との出会い

2017/10/14

今週も、報道写真家:笹本恒子さんのお話をお楽しみいただきました。

最近では、その生き方に迫ったドキュメンタリー映画も製作され
11月には、鎌倉芸術館にて写真展も開催される笹本恒子さん。

笹本さんは、日本初の女性報道写真家として日独伊三国同盟から60年安保闘争など、
戦中・戦後の歴史の節目に立ち会い、また昭和史を彩る数々の著名人にもカメラを向けてきました。
一時期、写真の世界から遠ざかるも71歳にして活動を再開。
103歳の今も現役フォトジャーナリストとして活躍中です。


今朝は報道写真家としてのキャリアについてうかがいました。

カメラマンとしての経験のスタートは、尾長鶏のコンクール。
撮影に行ったら新聞社の人たちが多く、カメラ専門の仕事に魅力を感じ
されこの道を歩まれたそうです。
そのなかで大きな武器になったのが、女学校で覚えた英語。
男性記者でも英語を話せる人はすくなく、この英語でコミュニケーションを
取れたことがお仕事の幅を広げていったそう。
昭和16年に結婚されますが、空襲で家を焼かれ、千葉に疎開。
しかし、旦那様の案で土地を売りライカを買って再びカメラマンの仕事を
始められたそうです。

その後、休刊していた地方新聞に就職、新部記者に。東京に出ると友人に雑誌社 
が募集していることを知り、進駐軍のファッション誌を頼まれたりと
撮影の仕事を広げ、展覧会なども開かれるようになります。


戦中・戦後という激動の時代をカメラ・写真と共に歩んでこられた笹本恒子さん。
そのキャリアはまさに歴史の証人です。

笹本恒子 報道写真に憧れて

2017/10/07

今週からは報道写真家、笹本恒子(ささもと・つねこ)さんのお話をお届けします。


笹本さんは1914年9月1日東京生まれ。日本初の女性報道写真家。
日独伊三国同盟から60年安保闘争など、戦中・戦後の歴史の節目に立ち会い、
徳富蘇峰、加藤シヅエ、三笠宮ご一家、浅沼稲次郎、力道山ら
昭和史を彩る人々にもカメラを向けた。一時期、写真の世界から遠ざかるも
71歳にして活動を再開。以後、明治生まれの女性たちを題材に撮影を続け、
日本女性史を膨大な息吹あふれる写真として表現。宇野千代、壺井栄、
杉村春子、沢村貞子ら「明治生まれの女性たち」シリーズは笹本の代表作となった。
103歳の今も現役フォトジャーナリストとして活躍中。 2011年、吉川英治文化賞、
日本写真協会賞功労賞、2014年ベストドレッサー賞特別賞を受賞。
2016年には自身の人生を追ったドキュメンタリー映画「笑う101歳X2」も製作されています。

笹本さんはもともと絵を志していたこともあり、構図やアングルの決め方には
知識があったということで、写真についても同じような感覚で
携わることが出来たそうです。また、当時、人の紹介で関わった写真団体で
本物の歴史を切り取ったような報道写真を見て、興味をもちます。
そこから写真の世界に深く関わって行かれます。

ただ、当時は女性がカメラマンとして働くのは珍しい時代、
家族の反対もありましたが、お母様の応援や励ましもあって続けることができたそうです。


さて、そんな笹本さんのお話と作品に触れることの出来るイベントが今日
開催されます。10月7日の午後藤沢市の鵠沼公民館で開催される
第41回鵠沼公民館まつり「103歳の報道写真家 笹本恒子さんの講演と写真展」です。
時間は午後1時30分~午後3時。

https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/manabi/event/kugenuma.html

くれぐれもお車でのご来場はお控えください。

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