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吉川美代子さん

【2017年6月ご出演】

1954年生まれ、神奈川県出身。学生時代のある体験からアナウンサーを志望。
300倍という難関を突破して、TBSにアナウンサーとして入社。
様々な番組を手がけ、当時、女性として珍しい報道の分野で活躍。ニュース番組の
メインキャスターなどを務め、2014年に定年退職。その間、アナウンススクールの指導者等も務め、
この6月からは大学で教鞭をとるなど、その優れた実績を生かし、後輩の指導にあたっている。

吉川美代子さん

吉川美代子 アナウンサー会社員

2017/06/17
吉川美代子 アナウンサー会社員さん

今週も、フリーアナウンサー・キャスターの吉川美代子さんを
お迎えしてお送りしました。

1954年生まれ、神奈川県出身。幼い頃からアナウンサーになることが夢だった
という吉川さんは、早稲田大学教育学部を卒業後、1977年、TBSに入社。
以降、多くの報道番組や情報番組を手がけるなど女性アナウンサーとして
幅広く第一線で活躍されまた在勤中にはアナウンス・スクールの校長も歴任。
最近では大学の客員教授にも就任されるなど、その優れた実績を生かし
後進の指導・育成にも力を入れていらっしゃいます。

そんな吉川さんがTBSを退社されたのは、2014年。勤務年数37年。定年退職。
そうです。吉川さんはアナウンサーであり会社員でもあったわけです。

今朝は、その”アナウンサーという会社員”としてのお仕事や思いについての
お話をうかがいました。


アナウンサーの仕事は、イベントや記者会見の司会、泊まり勤務もあり、実は
吉川さんも定年直前まで泊まり勤務をされてたそうです。
管理職としては、泊まりのシフト作りや報道の方針と伝達、班員の番組を見ての
注意を行うことも多く、自分のことだけではなく部下の事を受け止め、
もし、誰かアナウンサーが持ち番組が少なくて悩んでいても、
誰かが応援していることを伝える等、心の状態をきちんと思いやって、
悩みを聞くなどの心配りを大事にされてたそうです。

そして、何よりも貴重な体験だったのは、様々な一流の方に出会えたこと。
どの分野でも一流の人は努力を表に出さず、嘘偽りのない一言に重みがあり
心に入ってくる言葉、心を持っている。そんな体験から、何事も最終的には、
人間力だと思うようになったそうです。

ちなみに、フリーアナウンサーへの転身については、ニュースのメインキャスターを
やっていたのでフリーになることに全く興味がなかったそうです。
若い頃は自分しか見てなかったがものの、管理職になると班や部下、社員など
組織を見、育てるという経験は自分の人生でとてもプラスになったので
今は、やめなくてよかったと思われていろそうです。

何事もキャリアを全うするということは素晴らしいことですね。

吉川美代子 ニューキャスター志望

2017/06/10
吉川美代子 ニューキャスター志望さん

今週も元TBSアナウンサーの吉川美代子さんをお迎えしてお届けしました。

さあ、300倍の難関を突破してアナウンサーになった吉川美代子さんですが、
当時は女性局員が極端に少なかった報道部を志望されます。
自分が書いたニュース原稿を女性アナウンサーに読ませたくない!などの
差別や意見があった時代。自分がこの世界で失敗すると、後に続く女性の
働く道が閉ざされるという責任感で、必死で仕事に向き合われたそうです。

そのかいあって、ついにニュース番組のキャスターに抜擢されますが、
そこでも女性への偏見や差別は大きく、1回1回の放送にまさに、命がけで
臨まれていたそうです。

今ではニュース番組の女性キャスターは決して珍しくはありませんが、
まさに吉川さんたち先人のお陰と改めて強く感じました。

私も心してニュースや報道に向かわないと、、と新鮮な気持ちにさせてくれた
吉川さんのエピソードでした。

吉川美代子 アナウンサーへの憧れ

2017/06/03
吉川美代子 アナウンサーへの憧れさん

吉川さんは1954年生まれ、神奈川県出身。
幼い頃からアナウンサーになることが夢だったという吉川さんは、
早稲田大学教育学部を卒業後、1977年、TBSにアナウンサーとして入社。
実は、この年はTBSが9年ぶりに女性アナウンサーを採用するということで
なんと300倍の倍率を突破しての採用となりました。

以降、多くの報道番組や情報番組を手がけるなど女性アナウンサーとして幅広く第一線で
活躍。在勤中にはアナウンス・スクールの校長も務め後進の育成・指導にも当たって
こられています。そして、2014年に定年退職され、現在はキャスター、フリーアナウンサー、
コメンテーターとして活躍されるほか、大学で教鞭も取られるなど、
精力的に活動されていらっしゃいます。

今朝は、そんな吉川さんの生い立ち、アナウンサーに憧れたきっかけなどを中心にお話を
うかがいました。その吉川さんのアナウンサーへの憧れのきっかけを作ったのがラジオ。
幼い頃からラジオから流れるアナウンサーの声やおしゃべりに憧れ、放送部にも所属。
様々な学校の催しや校内放送などでアナウンスを担当。年を経るにつれて
アナウンサーへの憧れが強くなっていったそうです。

そして就職活動、放送局のアナウンサーは女性にとっても人気が高く狭き門ですが、
吉川さんの時も、およそ300倍という競争率。その高倍率を突破してアナウンサーという
夢を実現されています。

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