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May J.さんが歌手デビューするまでを振り返る!  (2019/06/29 放送)

今週は、May J.さんをお迎えしました。

“ギリギリ昭和”の昭和63年生まれで、平成の時代に育ったMay J.さん。ご本人は覚えていないそうですが、3才の頃から歌手になりたいと言っていた、とのことで、音楽を好きになったきっかけについてこう話してくれました。

「父親が凄く音楽が好きで、ピアノを弾いたりとか、バイオリン弾いたりとか…っていうのを家でずっとやっていたので。ホントに空気のような存在でしたね」

「で、そういう環境で育ったからなのか、自分も自然と音楽が好きになって。父が聞いていたマライア・キャリーのCDだったり、あとはホイットニー・ヒューストンとか、いわゆる“ディーヴァ系”っていうんですかね(笑)。歌姫のCDを凄くたくさん聞いていたので、自分もこんなふうに歌いたい!って思っていましたね」

「でも、全然上手くなかったです。ホントに」


そして、8才の頃に歌のレッスンも始めたそうですが、そのきっかけはミュージカルの『アニー』を観に行ったことだったとか。

「子役の子たちが多くて、自分と同い年ぐらいの子たちが凄く上手に発声をして歌っている姿を見て、もの凄く嫉妬したんですね(笑)。この子たちはどんな訓練してるんだろう?と思って調べたら、みんなオペラを学んでたんですね。で、じゃあ私もオペラやんなきゃ!って思って(笑)」

「ただ、それ(オペラ)が基礎になってはいたんですけど、1年、2年ぐらい経ってイタリア語のカンツォーネとかやりましょうってなった途端に、いや、私はそれをやりたくない…って(笑)。それは興味がなかった…って思ったんですね。やっぱり自分が歌いたかったのはJ-POPだったりポップス・ミュージックだと」

「その当時、宇多田ヒカルさんが大ヒットされていて…小学校5年生、10才か11才ぐらいですかね。『First Love』が大好きで歌ってました。で、学校の学芸会があったんですよ。先生が『メイ、歌いな!』って言ってくれて。『First Love』をカラオケで歌わせてもらったんですよ(笑)」

いきいきと歌っているイメージですが、実は小さい頃からずっとシャイだったというMay J.さん。人前で喋るのは苦手でも歌うとなると大丈夫だったそうです。

「むっちゃシャイだし…」「人見知りも凄くするし、自分を出すのが凄くへたくそですね」

ちなみに、May J.さんが歌う「First Love」は、今年4月にリリースされたアルバム『平成ラブソングカバーズ supported by DAM』にも収録。ご本人は今回のカバーアルバムの選曲についてこう説明してくれました。

「これ実は、カラオケのDAMさんの協力のもと、平成の間にカラオケで愛され続けてきたラブソングを選曲しているので。リアルにTOP 10に入っていた中から、私自身も思い入れがあったりとか自分の声に合いそうな曲、そして幅広い年代の方々に聞いて頂けるように考えましたね」


日本、イラン、ロシアなど幅広いバックグラウンドを持つMay J.さん。お父様は日本の方で、お母様はイラン出身なんだそうですが、お母様はもちろん、お父様もイランのペルシア語が喋れるんだとか。

「だから、たまに2人でベラベラ喋ってて、私は『何言ってるの?』みたいなことがありますね(笑)」「私はホントに挨拶とか基礎の部分しかわかんないんですけど、父が元々、関西の外語大学に通ってたので。そこでペルシア語を専攻してたんですよ。で、母がイランのテヘラン大学から留学してきて、大学で出会ったんですよ」

「(母は)英語の先生なので、私は家では頑張って英語を喋るようにしてましたね。学校は日本の学校だったので、学校では日本語、家に帰ったら英語で喋る、みたいな」

そんなMay J.さんは、小学校2〜3年生の頃に英語が一気に上達したそうです。

「文法をいろいろ学んでたんですけど、それを考えずに出るようになった瞬間があったんですね。これは過去形だとか考えてたのが、ある日突然スラスラ言えるようになったんですよ」「面白いですね。英語もちょっと音楽みたいで音で覚えられるものなんですよね」

「あと、シャイだったので、ちょっと間違えるのが怖かったりとかして。最初、グループレッスンとかに自分も入るんですよ、帰国子女の子たちがいる中で。みんなベラベラベラベラ喋るので、自分が一人で喋る時に間違えたらヤダな…って思ってたのが、ある日突然喋ってみたんですよ。そしたら、あ!こんなに気持ちいいんだ!みたいな(笑)。英語喋るってこんなに楽しんだ!みたいな」

May J.さんによると、日本語を喋る時と英語を喋る時で人格がちょっと変わるんだとか。

「なんか日本の時はちょっと声のトーンが下がるんですよ。英語だと少しテンションが上がるんです。で、テンポも上がるんです。ちょっと楽しそうな人になれる(笑)」


歌手を目指して様々なコンテストなどにも出場し、中学生の時には『アヴリル・ラヴィーン コンテスト』で優勝も果たしたMay J.さん。その頃のことをこう振り返ってくれました。

「これ14才の時だったので、もの凄くフラストレーションが溜まってた時期なんです。私は1日でも早くデビューしたい!誰でもいいから見て!っていう時期だったんですよ。運良く優勝したんですけど…」

当時通っていた学校では歌手活動が禁止されていたそうで、高校からはインターナショナル・スクールに転校。そして18才の時に念願の歌手デビューを果たします。

「まぁでも、いろいろ勘違いしてたから、かな…と思います(笑)。勘違いしてて…でもその勘違いの力が凄く大きかったせいで、いろんなチャンスを掴めたんじゃないかなと思いますね」


今年8月からは全国ツアー『May J. Tour 2019-New Creation』がスタート。8/3(土)の埼玉県・三郷市文化会館を皮切りに10/5(土) 大阪のZepp Nambaまで11公演が予定されています。

「“New Creation”って新しい想像力っていう…ま、令和になった、新しいMay J.になったっていう気持ちもあって、さきほど話したオペラとかも実は最近また曲でチャレンジさせてもらったりとか、ジャズの箱でジャズ・バンドでジャズ・ソングを歌うとか。そういったいろんなチャレンジをさせてもらった中で、それをいったん自分の中に吸収して令和で新たな表現として出していきたいっていう、そういった気持があります」


ディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』の日本語版エンドソング「Let It Go 〜ありのままで〜」でもおなじみのMay J.さん。小さい頃からディズニーのアニメ版『アラジン』のエンドソング「A Whole New World」が大好きだったそうで、「A Whole New World」が「ディズニーのエンドソングが歌える歌手になりたい!」と思ったきっかけの1曲だとおっしゃっていました。

来週も引き続き、May J.さんをお迎えします!
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