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棚橋弘至さんが、ブーイングが歓声に変わった一戦を振り返る  (2020/04/25 放送)

先週に引き続き、今週もプロレスラーの棚橋 弘至さんをお迎えしました。

今週のオープニングでは、棚橋さんと奥様のエピソードを聞くことができました。

「嫁さんに怒られてばっかりなんですよ。プロテインを作った後、プロテインがこぼれてると。もうここ10年ぐらいずっと言われてますね(笑)。最近うけたのがですね。電話がかかってきて、こぼれてるよ!って怒られることもあるんですけど、そのこぼしたプロテインの写メだけが送られてきましたね(笑)」

「僕、中学校の時に一目惚れをした女性がいてですね。2回告白したんですけど、2回ふられてしまって。チャレンジしたんですけどね…でも、それが今の奥さんです。初恋の女性をゲットしまして」「3回目でOKでしたね。それはもう社会人になってからでしたけど」

「中学の時にホントに大好きで。で、社会人になって1回岐阜に帰省した時にバッて出会ってしまって…ロマンチックな話でしょ?」


『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』という本も出している棚橋さん。1999年に入門して以降、新日本プロレスがあまりいい状況ではなかった時代も経験してきています。

「姫路の大会の後、治療院のマッサージのおばさんに言われた言葉があって。当時強がってたんで、俺のいいところ前向きなんですよ!みたいな話をしたら、あなた前向きは危険よって言われて」

「そのおばさんが言うには、前向きっていうのは現実を見ていないと。現実を解決せずに次に進んでることがある、そうじゃなくてポジティブシンキングの前にまず目の前で起きていることをしっかり受け止めなさいと。そしたら次やるべきことが見えてくるわよって言われて」

「プロレスっていうのは技を喰らっても立ち上がると。現実問題、起きていることをしっかり受け止めて次に進んでいくことの方が大切っていうこと。だからポジティブシンキングの上位概念にすべてを受け止めるってことがあるって言われましたね」

「新日本プロレスが良くない状況でも、とにかく明るく前向きにっていう情報を発信し続けることが僕にとっての役目だと思ってたんですね。けど、そうやっておばさんに言われたことで、新日本プロレスの現状を見て何をやらないといけないかって」


新日本プロレスを変えるために棚橋さんが力を入れたのはプロモーションだったとか。

「良い時っていうのは、選手自身があちこちに行って大会の宣伝をするってことはやらなくてもよかったんですね。でも、試合のある土地に前もって入っていろんな媒体に出て、大会があります!来てください!っていうのをずうっとやり続けたんですね」

「僕は“3年後理論”って呼んでます。もちろん次の大会のためなんですけども、プロモーション…棚橋っていう名前を知ってもらって、新日本プロレスを知ってもらって、いろいろあってよし行こう!って会場に行くまで3年のディレイがあるんですね。だからプロモーション活動、宣伝活動っていうのは常に続けていかないといけないっていうふうに思ってますね」

また、以前この番組に来てくれたオカダ・カズチカさんの登場も新日本プロレスにとっては転機だったようです。

「僕は“太陽の天才児”って言われてて、太陽的なイメージだったんですけど、オカダ・カズチカが金の雨を降らせる“レインメーカー”っていうキャッチコピーで。太陽と雨でそこから新日本は一気に加速していったんですね。種まいて雨降って太陽照らして…上手いこと繋がったなぁと思ってね」


ただ、新日本プロレスを変えようとする棚橋さんのチャレンジは、それまでの新日本プロレスらしさにこだわるファンからはあまりよく思われなかったとか。

「僕は初めてチャンピオンになったのが2006年で。で、このままではダメだと。ビジネスも下がり続けていたので。なので、いろいろとリング上でアピールしたり、(お客さんに向かって)“愛してます!”って言ったり、新日本の伝統から外れた、というか、新日本らしくない…ま、楽しんで欲しかったのでやってたんですけど、非常に厳しいブーイングが待ってましたね」

「2006年から2010年ぐらいまでは忌み嫌われてましたね(笑)。特に男性ファンに」

「けど、現状でビジネスが下がってるんだったら、それを続けていっても上がるはずがないんですね。何か変えないと、っていうことで僕はトライ&エラーを繰り返していったんですけど…」

「ただ、僕は間違ったことはしていないっていう強い信念があったので、ブーイングも全然聞こえなかったですね。僕がブーイングを喰らうっていうことは対戦相手に声援が行くんですよ。結果的に試合が盛り上がる、ファンが喜んでくれる、っていうことが積み重なっていって、新日本プロレスが今面白いらしいよっていう流れになっていったんですね」

「姫路のおばちゃん理論ですよ。ブーイングすらも受け止めたんですよ。なので、よりチャラくなったんですね。よりブーイングを煽るような試合スタイルにしたんですよ。髪の毛も伸ばしてメッシュも入れて、男性が嫌うような…リング上でのアピールも」

「もちろん声援されるのがいいんですけど…」「大会自体が面白くなれば一番いいっていうことですね」


昨年、プロレス界の大きなタイトル“IWGPヘビー級”で史上最多となる8回目の王座につき、2018年にはプロレス大賞のMVPも受賞している棚橋さん。長年のブーイングが声援に変わった時のことをこう振り返ってくれました。

「ずっとブーイングだったんですけども、ブーイングが一気に声援に変わったんですね。2009年、10年以降ぐらいですかね」「なんでなんですかね」

「2009年の6月に中西(学)選手と大阪でタイトルマッチをやったんですね。中西さんがチャンピオンで、試合開始前から大・中西コールだったんですけども、試合中に中西さんの攻撃を受けて耐え続けて、それでも立ち上がって、最後勝った瞬間に、会場が大・棚橋コールだったんですよ。試合前と試合後で空気が変わった試合っていうのはその1試合で、そこからずっと応援していただけるようになって」

「ま、プロレスが好きなんだっていう思いが伝わったのかなと思って」

「今思い出してもあんな経験はなかったですね」「ブーイングされてんのに試合が終わった瞬間に拍手って」


現在は新型コロナウイルスの影響で新日本プロレスも興行ができない状況になっていますが、棚橋さんは今できることについてこう語ってくれました。

「プロレスを忘れてほしくないので、プロレス以外でも何かしら発信し続けること。プロレス貯金」「みなさんがプロレスを見たい気持ちを貯めていただいて、僕たちもプロレスをやりたい気持ちを貯めて、プロレスが再開された時、その気持ちを会場に持ち寄って…もう想像しただけで物凄く盛り上がりそうじゃないですか?それだけで頑張れますかね」

そして最後に棚橋さんはご自身にとっての挑戦についてこう話してくれました。

「僕にとっての挑戦はルーティーンですね」「1日1挑戦。(アントニオ)猪木さんの凄く有名な言葉に、人は挑戦をやめた時に年老いていくのだと思います、って。まさにそうだなと。常に挑戦し続けること。日常のどこかに挑戦を組み込んでいくことが、若く、生き生きした人生を送らせてくれてるんじゃないかなと思います」

「アンチエイジングらしいですよ。挑戦っていうのは」

番組では、そんな棚橋さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらを1名様にプレゼントします。このホームページのメッセージフォームから「棚橋弘至さんの色紙希望」と書いてご応募ください!
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