きょうは、日本全国スギダラケ倶楽部 という、日本全国に活動を広げ続ける、ちょっと変わった団体をご紹介します。
名前を聴いただけではなんのことやら分からない「日本全国スギダラケ倶楽部」、実は日本全国に1800人のメンバーがいて日々、なにやら活動を続けているらしいんです・・・

というわけでお話を伺ったのは、日本全国スギダラケ倶楽部の中心人物、若杉浩一さん。
若杉さんは、オフィス家具などで知られる株式会社内田洋行の、関連会社のデザイナー。オフィスのIT関連など様々なデザインを手掛ける方です。
ですから元々、杉を使った家具とは、あまり関係ないお仕事をしています。それが、どうして杉に興味を持ち、スギダラケ倶楽部なんて不思議な団体を立ち上げたんでしょうか。

◆日本全国スギダラケ倶楽部をはじめたきっかけ
僕は熊本県の天草の出身なんですが、故郷には山があって杉があって、僕の親父もそうですが、その山の恵みで将来はなんとか生活ができるんじゃないかと、夢と希望を持って植林したり手入れしたりしていたんです。
僕は東京に出てきてプロダクトデザインの仕事をするようになったわけですが、企業が生きるためのデザインはあるんですが、地域のためのデザインとか地方のためのデザイン、特に林業のためのデザインなんてこれぽっちもなくて、自分の故郷はどんどん廃れていくっていう現象がありました。つまり物を売るためのデザインが進化すればするほど、我が故郷は衰退していくと感じたんです。
故郷には杉が植林されていたわけですが、林業がどんどん廃れていって国産材が使われなくなってるっていう現状を知ったときに、それがこの日本の今の産業の状況とか、社会の状況とか地域の状況を代表している1つじゃないかって気がしました。
そこで、色んな地域の山にたくさんあるこの杉という財産を厄介者にするか、未来の資源にするかは僕たちの手にかかっているのだから、なんとか社会で使えるものにするデザインができるんじゃないかっていうようなことを思い立って、僕の仲間のデザイナーと居酒屋で突然「やろうじゃないか」「おー!」なんて思ってしまったっていうのが始まりなんですよ。



かつては、木材需要の高まりを受けて杉の植林が盛んに行われていましたが、その後杉に代わる建築材や、安い輸入材が登場。植えられた杉のほうがコストがかかるようになり、日本の杉は使われなくなったんですね。
そんな中、若杉さんとデザイナー仲間の方々が最初は「居酒屋で思いついた」という、日本全国スギダラケ倶楽部、ずいぶん軽いノリで立ち上がったこの団体は設立から10年を経て、今や全国16支部・会員数1800人! さらにその勢力を広げています。
どうして、こんなに人が集まるのでしょう。

◆日本全国スギダラケ倶楽部の活動の広がり
国産の杉材って高いんじゃないの?って言われてますけども、実はすごく安いんですよ。例えば1.5mくらいの角材は1本2000円もしない。だからなんか計算してみると野菜より安いんじゃないかって思うくらいの安さですよ。1本育てるのに50年くらいかかりますからね。大根だったら1年もかからないでしょ?だから50年もかかって2000円いかないなんて、これ大根以下ですよね。
そのくらいの値段なのになぜか高いと言われているということを考えたときに、その1本の角材が、例えばデザインによって素敵な椅子に変わったとしたら、なにか新しい価値が生まれるんじゃないかと思って、たくさん家具をデザインしてみたんですよ。それがなかなか評判が良くて結構売れたんですよね。展示会で売ったりしたんですけど。
ところが買ってくれる人は素敵っていってくれるんですけども、これを企業に持って行って製品にしようとすると、クレームになるので製品にならないということなんですよね。木は色も違いますし、やわらかいので傷が入ったりもするし、ときどき割れたりする。それでこれは商品にならないっていうことなんですよ。工業製品は割れたり、色が違ったりしませんよね。それが大原則じゃないですか。だから売れない、製品にならないっていう矛盾があることわかりました。
だったらそういうものを売れるように、色んな地域に行って仲間を作っていこうじゃないかっていうのがスギダラクラブの人が増えていった始まりなのかもしれませんね。
とにかくまずは日本中のスギの産地回ろうと考え、秋田に行ったり、吉野に行ったり宮崎に行ったり、とにかく行こうっていうことでみんなで何人かで行くわけです。そうすると、日本全国スギダラケクラブって意味不明な、なんかあやしい名前じゃないですか。だから最初はむこうもちょっと引いた感じなんですけれども、一緒にお酒を飲んだり、懇親会をやって、場合によっては荒れた山の整備なんかをお手伝いしたりとかということから始まって、だんだん仲良くなっていきました。そうすると色々なお願いごと困りごとが地域にはあるもんですから、じゃあ町づくりのお手伝いしようかとか、その地域が困っていることを僕たちがお手伝いするっていうことから活動が広がっていきました。


こういう活動、若杉さんは「仕事として」やっているわけではありません。週末を利用して、手弁当で、いわば「部活動」の感覚で続けているそうなんです。
そして、こうした活動が実を結んだ一つの例があります。それが、宮崎県北方町上崎地区。この小さな集落で、2006年に作られた「上崎橋」という橋にまつわるエピソードです。

◆自分たちが作ったものを愛していくという物語
例えばある村に念願だった橋が掛かるとします。だけどそれが土木工事として突然出来上がるのもおもしろくない。そこで、その地域の人たちと行政と一緒になって、その橋が作られていくっていうプロセスを作ろうじゃないかっていうようなことで、自分たちの地元の山の木をみんなで切って、村の人たちと県の人たちとスギダラケクラブのメンバーと三つ巴になって橋の手すりを、木を使って取りつけてみんなでお祝いするみたいなことをします。やっぱり自分たちが作って、愛すべき素材の中に杉があって、小学生の子供たちからおじいちゃんまで一緒になって取りつけたんだよっていう物語をつくるんです。それによってこの上崎橋の下に住民たちが花を植えて、春には菜の花、秋にはコスモスが咲くようになり、そこが観光地になってきたんですよ。
何もなかった村が、自分たちがまちづくりに参加することによって、今度は人を呼ぼうとコスモスを植えたり菜の花を植えたり、そこでイベントを組み立てていく。それを楽しみにまた色んな人が集って来ると。
自分たちが作った杉の手すりは毎年自分たちでメンテナンスするということで、自分たちの物作り、自分たちが作った地域、自分たちが作ったものを愛していくという物語が出来上がってきたということなんですよね。
つまりそれはどういうことかというと、地域の風景とか地域のことを、杉を使って再生させていくっていう物語ですよね。それは簡単で便利で安い物作りではなくて、地域にある素材を自分たちの日常の生活の中へどう呼び戻していくかっていうことの始まりのような気がするんですよね。



日本全国スギダラケ倶楽部では、杉を使った家具や、お家で、杉がいっぱいあることを「スギダラ」とか「スギダラな」と言うそうですが、次回も引き続き、そんな「スギダラ」な活動についてご紹介します。

【番組内でのオンエア曲】
•MY COLOR / Perfume
•炎と森のカーニバル / SEKAI NO OWARI
今週も東京 港区・増上寺で開催されたシンポジウム『木で、未来をつくろう2014』のなかから、建築家・坂 茂さんとのトークセッションの模様をお届けします。

自然素材としての森林資源の魅力を見つめなおし、木材の未来や可能性を考えるシンポジウムということで、坂さんには、いまご自身が手掛ける木材を使った建築のお話、そして、じつは日本より進んでいるという世界の木造建築について興味深いお話をいろいろうかがいました。


「フランス国立近代美術館ポンピドゥー・センターというのがパリにあるんですが、これはその分館です。パリの東のメスという街につくったポンピドゥー・センターの分館、美術館ですね。屋根に木を使っています。
これは中国とかアジアの伝統的な竹を編んだ帽子ですが、これを随分昔に見つけたときに、すごく建築的だなと思ったんです。

六角形のパターンで竹を編んだ構造の上に油紙をひいて防水にしているわけです。そして裏をひっくり返すと、乾燥した葉っぱが詰まっていて、これが断熱材になっています。つまり、建築の屋根構造と同じように断熱材があって、屋根の構造があって、防水がある。ですから、これはまさに建築の屋根と同じだなと思ったんです。それ以来いろんな形で、木で編んだような構造の木造建築の研究をしていまして、そのひとつの集大成としてこのポンピドゥー・センターができたんです。

木はコンクリートや鉄に比べたらまだまだ未開発で、いろんなことが新たに考えられる材料だと思います。
たとえばこれはスイスのチューリッヒにつくった、タメディアという会社の本社ビルなんです。ヨーロッパでも初めてなんですが、7階建ての木造建築です。

日本の伝統的な木造建築も釘を使わずにつくっていると聞くと思うんですが、普通これくらいのものになると、ジョイントには鉄を使います。でも鉄を使ったら木である意味がなくなってしまうので、このジョイントは柱を2枚の梁ではさんで、そこに楕円形の断面の梁を差し込んでいるんです。」




とても美しい建物ですが、7階建ての木造は日本にはありません。それはやっぱり日本は遅れているということなのでしょうか。

「木造建築はこれからどんどん振興するべきですけれども、日本は、特にヨーロッパから比べると圧倒的に遅れています。そのひとつは新しい木材の開発です。たとえば集成材といって、いくつもの木を接着してひとつの木材にしたものがありますが、こういう集成材の開発が遅れています。それから、木造建築の設計をする設計者も不足しています。木造専門に構造設計ができる人があまりいません。さらには、木造の加工機械、加工技術が日本は全く遅れています。
人材的にも技術的にも日本はずっと遅れている上に、さらに日本だけの、あまり意味のない法規制があります。
たとえば、建物を建てるときは耐火建築にしないといけませんが、木造で耐火建築にする場合、柱や梁の木に余分な厚みを増すと、それが耐火被覆になります。建築上、階数によって耐火時間が決まっているんですが、それを木の厚みを増すことによって、実験上それが可能になるということが世界中で実証されているんです。
ところが日本だけはそれにさらに厳しいルールをかぶせています。”燃え止まり”とよばれているんですが、芯に燃え移らないように、間にプラスターボードとか、燃えない材料をはさまないといけないんです。そんな基準、世界中どこにもないです。日本だけがそういうルールをつくっていて、僕はこれを”日本の木造のガラパゴス化”ってよんでいるんですが、世界には通用しない技術を日本では開発しているんです。それは大変な技術ですが、必要のない技術なんです。
そういう法規制が日本の木造建築の開発を妨げています。そういう意味で、日本はヨーロッパに比べてまだまだ遅れていて、こういう木造の高層建築が日本では残念ながらできないんです。”燃えしろ設計”っていうんですが、木自体で耐火被覆にする技術を使ったり、木自体に不燃材を注入して燃えないようにする技術もありますし、木はいろんなことが可能なんです。ですから、法改正も必要だと思います。そうしないとヨーロッパには追いつけないですね。」



世界最古の木造建築、奈良・法隆寺や京都の清水寺など、日本には優れた木造建築があるじゃないという風に思う方もいるかもしれませんが、「世界のトレンド、世界の最先端」から見ると、いまの日本の木材の使い方、考え方は遅れているということなんですね。
そんな日本でも、木材を上手に、しっかり使っていこうという流れはあります。そんな流れを受け、坂さんが国内で手掛けた木材による建築がまもなくオープンするんです。


「来年の四月に大分県立美術館が正式オープンします。なるべく大分県の木を使って欲しいということだったんですが、法規上この規模になると全部木造ではできません。ですから鉄骨なんかも使っているんですが、木をできる限り構造に使いたかったんです。また、大分には竹のかごをつくる人間国宝の工芸作家がたくさんいらっしゃるんですが、そういうものをパターンとして、建築で使えないかと思ったんです。これは地元の杉も使っていて、筋交いは大分、垂直のものは長野のものなんです。

なぜ長野かというと、このなかに鉄が入っていまして、鉄を木で囲むことによって、鉄の耐火被覆になっているんです。これは随分前に僕が大臣認定をとった技術なんですけれども、鉄も燃えるので耐火被覆が必要なんですね。普通それは吹付け材でやるんですが、それに木を使うという考え方なんです。そういう新しい技術でつくっている材料メーカーが長野にあるんです。この天井は全部大分の杉の木を貼っています。」



とてもきれいですね!木の建物はすごく温もりがあって、憧れますね。
そして、いま言われているのが、50年前に植林された木材が使い頃になってきているということです。そんななかで、坂さんが考える木の優れているところはどんなところなんでしょうか

「もともと木の匂いとか肌触りは好きなんですが、それだけではありません。たとえば僕が紙の建築を開発した80年代はまだリサイクルとかエコロジーとか、そういう環境の話というのは世の中ではまだ全然語られていませんでした。しかし90年代前後にいわゆる”パラダイムシフト”といって、いままで価値がなかったものが突然注目を浴びるということが起きました。環境というものが、世界中で次の世紀に重要だということになって、急に脚光を浴びるようになったんです。それを狙って紙の建築の開発をしたわけではないんですが、そういうパラダイムシフトが起こったわけです。

じつは木造で超高層建築を造る意味はあまりありません。それくらいの規模になると鉄骨とかコンクリートのほうが向いています。でも将来また大きなパラダイムシフトが起こる可能性があるんです。やはり鉄もコンクリートも限りある資源を使っているわけで、もしかしたらそのうち枯渇するかもしれない。そのときに構造材で唯一リニューアブル(再生可能)なものは木しかないんですよ。ですから、もし次のパラダイムシフトが起きたときには、木造でしか建築が造れなくなる時代が来るかもしれません。
一時期は森林伐採はいけないといわれていました。実際計画的ではない森林伐採は環境によくありませんが、植林したものはちゃんと間伐をして、切って使わなければ森はダメになってしまうんです。いまヨーロッパでも、日本でも成長している木と消費されている木のバランスは悪い。だからまだまだ使う余地がある材料なんですね。
それに木を使うことは環境にもいいんです。チューリッヒのある大学の先生が発表した論文によると、木を切って木造建築に使う工程と、鉄のための鉱山を開発したり、輸送、加工して建設する全工程でのCO2平均的排出量を計算すると、木造は鉄骨の1/3、鉄筋コンクリートの1/2の量だったんですね。しかも木は切るまでに随分CO2を吸っていますので、環境問題にもとても有利な材料なんです。そういういろいろな意味で木というのはもっともっと使っていったほうがいい材料だと思います。」


3回にわたってお届けした建築家・坂 茂さんとのトークセッションいかがだったでしょうか。
持続可能な社会のためには、再生可能な資源である木材を使うということが必要不可欠なんですね。そういったことを、私たち一般の消費者はもっと知らないといけませんね。
とても勉強になったシンポジウムでした。

先週に引き続き、「木で、未来をつくろう2014」から、坂 茂さんとのトークセッションの模様をお届けします。

テーマは『木材の可能性を考える〜被災地支援から美術館まで』
お話しは「紙」による被災地支援から木材のお話しへとつながっていきます。


「これは岩手県の大槌高校の体育館なのですが、神戸の震災直後の避難所といわれても全く区別がつかないと思うんです。
神戸のときから非常に大きな問題になったんですが、避難所で家族ごとのプライバシーがない。みなさん精神的にも大きな苦痛を持たれています。神戸のときにそのことが問題になって、その後上越地震でも、福岡の西方沖地震でもそうなんですが、毎回同じ問題を繰り返していて、政府は全くそれを改善しようとしません。だったら我々の手でやるしかないと思ったんです。僕は中越地震のときから同じ活動をしているんですけれども、こういう紙管を持って行って穴を空け、フレームをつくってカーテンを吊り、間仕切りにするんです。


避難所を管理する行政の人は「あまり固定的なものは困る」と言いますし、開けたり閉めたりできる必要があります。それに家族は2人だったり6人だったり、まちまちなので、大きさを自由に調整できなければなりません。しかも簡単に安く、誰にでもつくれて、使い終わった後もゴミにならず、リサイクルできるものということで、試作を地震ごとに4回繰り返してやっとここまで到達したんです。


東日本大震災では50ヶ所以上の避難所で、1800ユニットつくってまわりました。避難生活が長引いて夏になってしまった避難所もあるんですが、そういうときはカーテンの替わりに蚊帳をつりにいきました。断られる避難所も随分あったんですが、諦めずにずっと東北中まわってつくったんです。ひどい避難所になると更衣室もないんですよ。
やっぱりプライバシーは人間の基本的な人権だと思うんです。避難所をまわっていてびっくりしたんですが、そこを取り仕切る役人の方が、「間仕切りをつくって、影で酒でも飲まれたら困る」とかって言うんですよ。自分たちは夜、家に帰ってお酒を飲んでるくせに!
でもみなさん、精神的にも大変苦労されているので、最低限これくらいはあたりまえだと思うんです。」


坂さんはこういった活動をするなかで、女川町に仮設住宅をつくりました。

「もちろん予算は限られています。でも精神的にもダメージを負った人たちだからこそ、綺麗で住み心地もいいところに住んでもらうべきだと思うんです。最近もニュースになっていますが、政府が用意した従来の仮設住宅は結露したり、断熱性もないし、隣の家の音も聞こえてくる。しかもいまはもう基礎が腐ってきています。この仮設住宅は3年も4年ももたないんです。それに収納もないので、家の中が雑然としてきます。ですから、これを改善しなきゃいけない、住み心地もよくしなければいけないと思いました。

それに、500kmの海岸線が津波の被害を受けているので平地が少ないんです。だから、政府がつくっている平屋の仮設住宅だと十分に戸数がとれません。それはもう4月の時点で予想していたので、こういう、20フィートのコンテナでできた3階建ての仮設住宅模型をつくって、避難所に間仕切りをつくりにまわる度に町長さんとか市長さんにお会いして、もし土地が十分になければこういう複層のものができますよっていうことを説いてまわりました。

そのときにたまたま女川の町長さんに「うちの街はあと190世帯分必要なんだけど、つくる場所がない。もう残っているのは野球場しかない」と言われたんです。でもそこには政府の仮設住宅だと50世帯くらいしかつくれない。じゃあやりましょう、ということで、コンテナを使った3階建ての仮設住宅の建設がはじまったんです。

コンテナを市松模様に積んでいますが、その市松模様のコンテナが入っていないところに大きな窓をつけ、光がたくさん入って、風通しもいいようにしました。全部我々のボランティアチームがつくってくれたんですけれども、収納家具も作り付けで入れて、それで引き渡しました。


この仮設住宅は、他の一般的な政府がつくっている仮設住宅と同じ予算で、広さも同じです。予算と広さを合わせないと県のお金がおりませんから。ですから、基準的には政府でつくっているものと全く変わりません。だけれども、これだけ綺麗になっているのは、やはり愛情をこめて設計しているおかげだと思うんです。
3階建てにすることによって土地の有効利用もはかれるし、3階の住人たちはみんな景色が良くてすごくいいって喜んでくれています。みんな家賃を払ってでもここに住み続けたいって言ってくださるんです。
やっぱり政府にいくら訴えかけても、実証しなければだめだと思うんです。いずれ地震は絶対またあるわけですから、そのときには避難所は最低限間仕切りがあり、仮設住宅は最低限これくらいのクオリティのものをつくらなければだめですよ、ということを実践してみせたかったんです。実際、同じ予算でもこれだけのものができるのですから。
政府は最初2年と言いましたが、それが4年になり、復興はどんどん遅れています。残念ながら、長く仮設住宅にいていただかないといけないのが現実です。だったらやっぱり住み心地のいいところじゃないといけませんよね。」



そして女川といえば、来年の春に全線復旧するJR石巻線女川駅の駅舎も坂さんが手がけています。

「津波の被害を受けた場所に全体的に土を盛っているんですが、その上につくっている、女川の復興でできる最初の建物になるんです。屋根は木造で、ゆるやかな曲面を描いた天井になっています。そしてなかには温泉施設があって、温泉の上を見ると、木で編んだような屋根から自然光が入るような設計になっています。


石巻線は乗客数が少ないので、駅と街の温泉施設を合体してつくろうということで、こういう形になりました。ですから、駅についたらすぐに温泉に入れますし、そして海も見える。終着駅で海が見える場所は日本には2ヶ所しかないそうですよ。」


女川駅の駅舎はちょうど海が見渡せてとても素敵なところです。その2階にある温泉施設は「女川温泉ゆぽっぽ」というそうで、地元の方も完成をとても楽しみにしていました。
来年春に完成予定だそうです。

坂さんのお話しは来週も続きます。
どうぞお楽しみに!

【番組内でのオンエア曲】
・Brose&Butter / くるり
・THIS LOVE / TAYLOR SWIFT
先日、東京港区にある増上寺にて「木で、未来をつくろう2014」というシンポジウムが開催されました。
会場には全国各地のさまざまな木製品が展示され、なかにはとてもユニークな製品もありました。会場は木のとても良い香りに包まれ、たくさんの人がその魅力に感じ入っていました。



シンポジウムはまず、林野庁長官 今井敏氏のお話しからスタートしました。

今井長官は、戦後の復興期に植林し、現在では木材として本格的に利用できる時期になった国産材の有効活用が国としても重要な課題であること、木は植え続けていけば永遠に活用できる資源であり、山林の活性化は地方創生の有効な手法であるということを聴衆に訴えていました。

続いて「いのちの森 voice of forest」のパーソナリティ高橋万里恵さんと世界的建築家である坂 茂さんのトークセッションが行われました。

坂さんは東京とパリ、ニューヨークに事務所があり、いつも世界中を飛び回っていますが、好きなことをしているので疲れたりしないんだそうです。そんな坂さんに、まず紙を使った建築についてうかがいました。
「最初に使ったのは1986年ですね。まだ世の中でエコロジーとかリサイクルとか全く言われていない時代、木の替わりに紙管、昔はよくFAXの芯とか、我々建築家が使うトレーシングペーパーの芯に使われていた再生紙の筒を活かして展覧会場の天井や壁に使いました。これが思った以上に強かったので、それをきっかけに強度試験をはじめたんです。早稲田大学の松井源吾先生に手伝っていただいて、この紙を建築の構造として使う開発を1986年くらいからはじめたんですね。90年に小田原仮設ホールを設計し、330本の長さ8mの紙管を使いました。まだこのときは構造として使う建設大臣の認定がとれていなかったので、二次的な材料なんですけどね。太い紙管があって、直径120cmあるんです。なかはトイレになっていまして、いざトイレットペーパーがなくなったら、内壁の紙をむしって使えるようになってるんです(笑)」


坂さんはなぜ木材ではなく、紙を使って建築物を造ろうと思ったんでしょうか。
「構造の開発ってより強いものをつくろうというのが世間一般なんですが、コンクリートの建物でも地震で簡単に壊れます。だけど、木の建物でも地震に強いものや、紙でつくっても地震で壊れないものはつくれるんですね。そう考えてみると、建築の強度とか耐久性というのは材料自体の強度とは関係ないということがわかるわけです。木よりさらに弱い紙を使ったって、構造計算をちゃんとすれば安全な建築はできるということは、理論上はわかっていたので、それを実践して、建設省(今の国交省)の許可をとって実証しているわけですね。ですから、そういう意味で、より弱い、あるいは身の回りにある材料を使っても安全な建築をつくれるという信念のもとに開発をはじめたんです。」


また、坂さんにルワンダでの支援活動についてうかがいました。
「国連がルワンダの難民に支給していたシェルターはとても貧弱で、これは何とか改善しなければいけないと考え、ジュネーブにある国連難民高等弁務官事務所に手紙を送りました。

しかし返事がなかったので、思い切ってアポなしで訪ねて行ったんです。それでたまたま運良く、責任者のドイツの建築家とお会いできて、紙でシェルターをつくる提案をしたんです。
国連ではプラスチックシートだけを与えていたので、難民が自分で木をを切ってフレームをつくらなければいけなかった。ところが200万人もの人が木を切ったものですから、大変な森林伐採が起こり、環境問題が発生したんです。そこで国連としてはそれを抑制するためにアルミのパイプを支給したんですが、アルミはこの地域では高価な材料なものですから、難民の人たちはお金のために売ってしまって、また木を切った。そういうことで、アルミのパイプを支給すること自体が森林伐採を抑制することにならなかったんです。そんなことで、そのドイツの担当者が困っている時に、偶然僕が再生紙の紙管を難民キャンプのシェルターに使うアイデアを持っていったものですから、これはいけそうだということで、再生紙を使った最小限のシェルターを開発するということが95年からはじまりました。」


坂さんは阪神淡路大震災でも支援活動をされています。
「あれだけの大変な災害があって、なにかお手伝いをしたいと思ったんですが、どこへいって何をしていいかわからなかったんですね。それで、そのときにたまたま新聞でベトナムの難民の人たちの帰還センターが神戸にあることを知ったんです。その人たちはみんなキリスト教の人が多いものですから、地元の長田区にある教会に集まっていました。日本人の一般の被災者も大変な思いをしているけれども、いわゆるマイノリティの、元難民の人たちはもっと大変な思いをしているだろうと思って、それで長田区にあるたかとり教会に行きました
そこではもう全部建物が燃えたり壊れたりして、焚き火を囲んで屋外でミサを開いていたんですね。それで、神父さんに紙で教会を建て直しましょうといったら、火事があった後に何を言うんだと言われ、全く信用してもらえなくて、まずは難民の人たちの支援をはじめて、それで信用を得ました。そして神父さんが、自分でお金集めをするんだったら聖堂をつくってもいいよって言ってくださいまして、それでお金集めと学生集めをして、僕等の手で教会をつくりはじめたんです。

まあ2〜3年使えればいいよと言われたんですが、あまりにも出来が良くて、信者さんもすごく気に入ってくれたもんですから、10年間使われました。

ちょうどそのころに台湾で地震があって、これを寄付して欲しいという依頼がありましたので、解体して現地で再建しました。これはパーマネントな教会兼コミュニティセンターとしていまだに使われているんです。ですから、神戸に建ってからもう20年使われているのですよ。20年たってもいまだにみんなに愛されているんです。
そこで考えたのは、何が仮設で、何がパーマネントなのかなということです。コンクリートでつくっても、地震で壊れます。あるいは金儲けのためにつくった商業建築はコンクリートでつくっても仮設なんです。だけど、紙でつくってもみんなが愛しさえすれば、これはパーマネントなものになりうるんです。何が仮設か、何がパーマネントかというのは、コンクリートでできているか、紙でできているかということではなくて、建築が人に愛されるかどうか、それで建築が長く残るか、短期間で壊されてしまうかの違いなんです。」

このトークセッションの続きは次週お届けします。坂さんのお話しは紙の建築から木材の建築へと移ります。
どうぞお楽しみに。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・季節が笑う / 秦基博
・The A Team / Ed Sheeran
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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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