あす10/1(土)GTFグリーンチャレンジデー 2016 in 新宿御苑にて、番組パーソナリティ高橋万里恵とモデルの鎌田安里紗さんによるトークショーを行います!

場所は新宿御苑内のイギリス風景式庭園近くの特設ステージにて12:30からです。
みなさまお誘い合わせのうえ、ぜひご来場ください!

GTFグリーンチャレンジデー 2016 in 新宿御苑の詳細についてはコチラ
さて今日は、ちょっとお話を聞くと、羨ましくなっちゃう、そんな方をスタジオにお招きします。
四角大輔さん。元々は大手レコード会社のプロデューサーをされていた方です。しかもミリオンヒット7回、オリコン1位を20回獲得している超売れっ子プロデューサーでした。その地位を捨て、いまはニュージーランドで半自給自足の「森の生活」を送っているという方。しかも年の半分は「旅人」としてバックパッカーのように世界をさまよっている方です。
「モバイルボヘミアン」で執筆家という不思議な肩書を持つ、四角さんにお話をうかがいました。

〜「モバイルボヘミアン」とはなんですか?
簡単に言うと、ただ移動しながら仕事をしているだけではなくて、仕事と遊びに境目がなくなった状態。それをモバイルボヘミアンと呼ぼうと、僕ともう一人、先輩と二人で造った言葉です。欧米ではこういう言葉が2、3年前から出始めていたんです。
僕は年の半分を森の中で暮らしていて、残りの半分は移動生活を送ってるんです。基本的にはニュージーランドの森が一つ拠点で、もう一つは東京です。それぞれの拠点を軸に移動生活を送っています。ただの旅人ではなくて、仕事をしながら移動そのもの、旅そのものが仕事になったりとか、ライフスタイルそのものが仕事になったりとかしています。例えば僕は釣りとか登山、アウトドアが大好きで、幼少期からずっとやってきたんですが、それが今仕事になっています。山を歩いたりとか、川をカヤックで下ったり、これは全部仕事になっていることですね。ライフワークバランスっていうキーワードがありましたけども、僕の場合は仕事と生活と遊び全てに垣根がない状態なのでバランスみたいな感覚がないですよね。


〜大手レコード会社のプロデューサーとして成功しているのに、そのお仕事を辞めてそういった生活に飛び込んだのは何かきっかけがあったのですか?
僕は最初の9年ソニーミュージックで働きまして、その後ワーナーミュージックで6年間、、そのうち後半の10年間はアーティストのプロデューサーをやっていたんですね。そして関わったアーティストたちがどんどんブレイクして、僕自身、地位、名声、年収みたいなものが上がっていったんですが、実はニュージーランドで半自給自足の生活をしたいっていう夢は学生時代にもう決めてたんですよ。社会人になって10年経ったらそういう生活にシフトしようって決めていたんです。結局色々あって15年かかったんですが。
よく年収とか安定とかを捨てたって言われるんですけども、捨てたというよりは、やっと本来の自分に変えられる。本来の自分の理想の生活をスタートできるっていう感覚が強かったので、捨てる恐怖感とかもったいないみたいな気持ちは本当に0だったですね。
夢ってみなさん抱かれると思うんですが、夢を諦めるのは僕ありだと思っているんです。それは自分の意思で決められるじゃないですか。でも夢を忘れるっていうのは僕にとっては絶対に嫌だったんですよ。いつの間にか忘れてて、気づいたらもう元に戻れないみたいなのが僕は一番怖くて。ですから、忘れない工夫をいっぱいしましたね。


〜その生活の場にニュージーランドを選んだのはなぜですか?
僕は湖がとにかく好きなんです。小さいときから水が好きで川、海いろんなところでアウトドアな遊びをしたんですけども、大学生の時に何より湖が好きだなってことに気づいたんです。釣りが好きだったんですよね。幼稚園のころからずっと釣りをやっていて、大学の時にフライフィッシングを始めたんですが、それは今もう仕事にもなっています。ライフワークって呼んでるんですが、フライフィッシングを湖でやるのが、何より一番気持ちよかったんです。
僕はちょっと変な人で、小学校くらいから「今生きてて一番気持ちいい瞬間は何なんだ」ってことをいつも自分に問いかけてたんですよ。その時々によって違うんですけど、ある時から湖でフライフィッシングをやってるときがいちばん自分らしくいれるし、いちばん気持ちいいしってことに気づいたんです。これを知ってしまった以上、人生って一回しかないじゃないですか。これを極めるしかないなと思って、学生の時に肉体労働をして、ボロボロのワンボックスカーを買って、自分でキャンピングカー仕様にして日本中の湖旅したんですよ。
それで「ここは最高!」っていうところを見つけたんですけど、ニュージーランドにはさらに美しくて、日本よりも大きなマスが釣れる湖があるっていうことを知って、どうせならもうベストを目指そうってことでニュージーランドに決めたんですよ。
フライフィッシングは川でも海でも湖でもどこでもやれるんですけど、例えばミミズなどの生きたエサを使えば魚って結構簡単に釣れちゃうんですよ。でもあえてそれをやらずに、例えば湖に暮す大きなニジマスが今の季節はこういう小魚を食べているとか、この時期は水面に落ちてくる昆虫を食べているみたいな、それを研究して、自分で鳥の羽とかを使って疑似餌を作るんですよ。ルアーっていうのはプラスティック製品のもので、鳥の羽とか糸などを巻き付けて作られたものをフライって呼ぶんですけども、わざわざそれを自分の手先使って、いろいろ工夫して作る。そしてそれを持って湖に通い詰めて、トライアンドエラーを繰り返して、「あ!この形が釣れるんだ」と。
ですから、芸術的な感性とか物を作るセンスみたいなものが必要ですし、フィールドに行ったら風向きとか天候とか気温とか、自然現象を読み取る能力も必要です。それにフライをなるべく遠い距離に投げるとか、なるべく深いところに送り届けるとか、正確に投げるみたいな肉体的な能力も要求されるわけです。総合的な芸術家センスと、アスリート並みの体力と、学者並みの知識が必要だって僕言うんですけども、難しくて奥深くて一生かけても多分完成に行きつかないだろうなっていう釣りがフライフィッシングです。これを知ってしまうと人生が完全に正しく狂います(笑)


四角さんのお話いかがだったでしょうか。来週も続きをお届けします。
どうぞお楽しみに。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・We Got It / Maia Hirasawa
・Baumkuchen(featuring ohashiTrio) / 大橋トリオ
  • 2016.09.18

小網代の森 3

今週も神奈川県・三浦半島にある小網代の森からのレポートです。

川の源流、湿地帯、干潟、海へと繋がる「流域」の生態系をまるごと保存した、全国的にも貴重な森。最後は、この素晴しい場所と「人」との関係についてお伝えしたいと思います。
小網代の森の広さはおよそ70ヘクタール。東京ドーム15個分くらい・・・というと広そうですが、森の面積としては、けして「広い」とは言えない面積なのだそうです。
でも、その小さな森は、「川の流域」の要素を全て備えていて、本当に多様性に溢れています。
さて、小網代の森の、谷沿いに整備された木道をずーっと下って行きますと、地面はいつしかなだらかな平地に。木漏れ日の差す森は終わり、目の前がパッと明るく開けました。

◆人が管理する自然
ここは谷がひとつ右側に隠れていて、そこと合流するんです。ここが第4合流点です。世界がまたパッと変わって、ここから先は一面の湿原になってきます。5月くらいに来ると尾瀬のような状態です。3月くらいになるとアシとかオギの新芽が20センチくらいに育ったころなんかはすごくきれいですよ。
この湿原は3ヘクタールくらいあるんですけど、この下の干潟が丁度同じ面積。3ヘクタールくらい。海水の湿地帯と淡水の湿地帯が十数ヘクタール繋がってるんですね。こういうのも極めて珍しい。
ここは基本的には笹原だったんです。それを笹を切って、あちこちに水路を誘導して水浸しにして笹を抑えてるんですよ。だからこれは「創出」された湿原。「復元」じゃないんですね。
湿らせておけば笹が生えず、管理はしやすいので、どうやって水を増やすかっていうのが長期的な課題です。放置して乾燥するとまた笹原に戻っちゃうんです。笹になっちゃうと笹の中に灌木が入ってきて、つる草が入ってきて、真っ暗になっていって、トンボもい蛍もいなくなる。魚も川に上がってこない谷になるというのはほぼ確実なんです。
手を入れない自然が好きだったらそうすればいい。あと100年も放っておけばそうなります。本来この辺りの自然って人が手を入れなけでばそれが基本形です。
それが嫌であれば、ひとつの選択肢として、湿原環境を人間の力で維持して、そこにその湿原環境を基本とした生態系をつくりましょうっていう提案があっていいでしょ?我々はそれを提案していて、実践しています。
都市の中で自然を上手く保護するにはどうしたらいいのかっていうのは、本当にみんなの知恵で考えなきゃいけない。そういう意味では、ここ小網代がその手本みたいなもので、今は理論的にもこういうやり方が妥当だと思っていますね。
昔、水田を耕作して雑木林を管理していったときには、それで100年、200年、500年、1000年同じ形が維持されている。それが里山っていう自然で、あたかもそれが手を放しでもそのままであるかのように錯覚を持ってるけど、放置すれば数十年でとんでもない荒れた自然になっちゃって、山火事だって起こっちゃう。
ここの水循環は水田だったときの名残を基本的には引き継いでる。そただしそこに生きる生き物は稲ではなくて、水田耕作時代を稲と一緒に生き延びてきたカエルとかトンボとか、その他の植物を全部戻してあげますよっていうのをやっています。
そこにオレンジ色の花あるでしょ?あれはハマカンソウっていう、ニッコウキスゲの仲間です。海岸線に群落があったんですけど、3月11日の津波で生息地の多くが失われてしまった。これは今、企業と連携して人工的にここに戻している。予定ではあと5年くらい経てば、この辺りは全部花が咲く。一面尾瀬のニッコウキスゲみたいなところにしちゃうんです。これも「創出」ですね。



ガイドして下さったのはNPO法人小網代野外活動 調整会議の代表で、慶應大学名誉教授の岸由二さん。
小網代の森の湿地帯は、「人が手を入れて」、森を伝う川の水をしっかり流してあげることで保たれている・・・というのは印象的でした。
また、岸さんは「この森は、まだまだ全く手を付けられていないところがたくさんあって、森を育てる・創出する仕事はずっと続くし、自分の代では終わらない」ということもおっしゃっていました。

◆国際的なブランディングをしていくべき森
こういう風に流域、生態系が完璧な形で繋がってるっていうのは、関東ではここだけです。「ここは生態系の構造上極めて重要」っていうアピールを僕らがして、国交省が「わかりました」っていうことになったんです。珍しい生き物がいるからっていうのがの理由じゃないんです。
ただ、まだ海のほうは保全されていないんです。ラムサール条約で保全しようとすると、基本的には基準は全部クリアしてるんだけど、賛成してくれない人もいるから時間がかかります。でもいずれここはちゃんと保全して、国際的なブランディングをしていくべきとこなので、時間がかかってもそうなるとは思ってます。


今回のお話いかがだったでしょうか。
小網代の森では、毎月第3日曜日に「ボランティアウォーク」を実施しています。
自然観察をしながらゴミ拾いなどの体験ボランティアをするもの。詳しくは、小網代野外活動調整会議のサイトをご覧ください。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・La / Old Man River
・ロングバケーション / RIP SLYME
  • 2016.09.11

小網代の森 2

今週も先週に引き続き、神奈川県・三浦半島 小網代の森からのレポートです。

川の源流、湿地帯、干潟、海へと繋がる「流域」の生態系をまるごと保存した、首都圏はもちろん全国的にも貴重なこの森。距離にして2キロ弱の散策なんですが・・・そんな短さを感じさせないほど、オドロキと発見、まだまだいっぱいあるんです!
この森には、実に2000種以上の生きものが確認されており、絶滅危惧種も多数生息していると言います。
さらに、この森のアイドルとでもいえそうな、こんな生き物もいます。NPO法人小網代野外活動 調整会議の代表で、慶應大学名誉教授の岸由二さんのお話です。

◆小網代の森の象徴 アカテガニ
ここにアカテガニという生き物が住んでいて、いまはお産の時期なので、かなりの個体が海辺に行っているんです。運が良ければ山の中をオスが歩いているのに出会えると思います。アカテガニは森で暮らしていて、赤ちゃんを産みに放すときには干潟にいくんです。人が音を立てて歩くと逃げてしまうのでなかなか見られないですが、注意して歩けば見つかります。生まれた赤ちゃんは湾で一ヶ月くらい育って、また干潟に帰ってきて、森と干潟と海と全部使って暮らしています。ですので、小網代の保全の象徴的な生き物になっています。



このアカテガニ、真っ赤で体長10センチくらいのカニ。散策路の横の土手にいっぱい穴が開いていて、これがカニのアパートと呼ばれ、そこをねぐらに森全体に暮らしています。
小網代の森は、三浦半島の尾根筋から、海へ向って下るように広がる森で、山から滲み出て、森を伝い、海へと注ぐ小さな川が作った谷沿いに木道の散策路が作られています。

◆川が合流すると生態系が一変する
いま降りてきた川の流れは、あの谷に降った雨の水が搾り出されてきたものです。本流はその左で、この下が合流点です。川が合流すると、そこで生態系の様相が変わります。二本の川が合わさると、両方の川からの泥が合わさります。だから合流すると世界が変わるんです。ここは海まで5ヶ所合流点があって、ここが第一合流点です。ここで水が増えて、泥が増えるから、川辺がすこし土が厚くなって、シダがもっと元気になって、次の合流点までシダがいっぱいあるんです。春先になると、イノシシの手みたいな、不思議な形の芽を出して、イノデっていうシダなんですが、1m50cmくらいになります。
この穴は全部アカテガニの穴です。ちょっと気をつければ出会えると思います。こういう穴が山のてっぺんまで森中にあります。そろそろ大潮なので、みんな海に行っているんですね。大潮の時はメスがお産にいくので、オスはお産が終わったメスと交尾するために海に行っちゃうんです。いま残っているのは自信のないオスですね。海に行くと大きなオスとの争奪戦ですからね。

ここで急に明るく開けた景色になりましたが、こんなに明るくなるのは理由があって、向こうから3番目の川が合流してるんです。そうすると、合流したところからしたは泥が増えます。土砂が厚いから、真っ直ぐ育つ木は倒れちゃんです。そうすると、倒れるのが好きな木が残るんです。あの木は倒れて困ってないんです。ここに生えている大きな木は柳なんです。倒れた部分に小枝がいっぱい出ていますよね。あれは倒木更新といって、自ら倒れて子どもを増やすという方式なんです。これは蛇柳という柳です。こういう習性があるんです。

春先はここは自然の植物がたくさんあるので、野うさぎがいっぱいいます。タイワンリスと野うさぎとタヌキとキツネ、アライグマもいます。
この辺は5月の後半から6月の上旬までホタルがたくさんいます。今年は1000匹くらいいました。だから、その時期の夕方はスターマインみたいな光景です。その時期は2週間くらい、夜間入場許可の期間が当て、我々た安全対応をしていて、誰でも見ることができます。谷中がホタルですよ。ゲンジボタルとヘイケボタルが両方います。


森を進んでいくと、川の合流地点の度に景色がだんだん開けていくのが分かります。ちなみに飛んでいるトンボも、最初は黄色いサラサヤンマという希少なトンボが目立ったのに、景色が開けて湿地に近づくと青い色のシオカラトンボにがらりと変わります。

ちなみに小網代の森では、毎月第3日曜日に「ボランティアウォーク」を実施しています。自然観察をしながらゴミ拾いなどの体験ボランティアをするもの。また、9月18日(日)には、こどもボランティアクリーンアップというお子さん向けのイベントもあるそうです。
詳しくは、小網代野外活動調整会議のサイトを御覧ください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・イン・ア・トゥリー / Priscilla Ahn
・琥珀色の街、上海蟹の朝 / くるり
  • 2016.09.04

小網代の森 1

今週は東京から電車でたった1時間半の場所にある、とっても豊かな森からのレポートをお届けします。
その森の名前は「小網代の森」。

首都圏にありながら、多様性あふれた森として大変注目されている場所なんです。場所は神奈川県・三浦半島。県道が走る、三浦半島の丘陵地帯、尾根からぐーっと、相模湾へ向けて西へ下っていくように 豊かな自然が続いています。
県道26号の「引橋」というバス停そば、西に延びる細い道を入ると、そこが森の入り口。この先は、夏の名残のセミしぐれ、ビックリするくらい涼しい自然のクーラー、そしてあふれる生きものたちの世界が広がっていました。
今回は、この森の保全を続けている、NPO法人小網代野外活動 調整会議の代表で、慶応大学名誉教授の岸由二さんが、ガイドして下さいました!

◆小網代の森
「小網代の森」といわれているこの場所は70ha、明治神宮の森くらいの広さです。でも実際にはデコボコしていますので、植物の生えている面積で言うと100ha以上あるかもしれません。これから谷を縦断してボードウォークを歩いていきますが、周りはずっと湿地帯なんです。だから、森だけじゃなくて、尾瀬のような広い湿地帯があって、森と湿地と川が流れていて、辺りには広い干潟があります。「流域」といいますが、雨の水が1200mくらいの小さな川に注ぐ、窪地から森から海までまるごと保全したんです。

こういう保全のいしかたは日本では極めて珍しく、関東地方でこういう地形が自然のまま残っているのはここだけです。2005年に国土交通省が守ったんです。その場所を神奈川県と三浦市が都市計画で特別保護地区に指定して、神奈川県が70億くらいの予算を投入してこの場所を買い上げ、散策路を整備して、2010年7月にオープンして、いまはどなたでも散策できます。1400mくらいあるんですが、源流の森から湿原をたどって、海までいけます。たとえば多摩川の源流から海まで行こうと思ったら3〜4日かかりますが、ここは川の始まりから海まで、早足なら30分、ゆっくり歩いても1時間から1時間半で自然の移り変わりがわかります。そこにたくさんいきものが集まっていて、支流が合流すると、生態系が変わって、また支流が合流するとまた変わって…景色が変わるのが手に取るように分かる。もちろん生物多様性のサンクチュアリみたいなところでもあります。
大きい蝶が飛んでいますが、あれは日本で一番大きいクラスのモンキアゲハです。ここには大型の蝶がいっぱいいるんです。ここにタマムシがいますね。この羽を集めて「玉虫の厨子」というのがつくられていますね。なかなか会えるものではありませんね。



小網代の森は2014年に 一般の人が散策できる森としてオープンしました。尾根から下り、相模湾まで続く道は、ウッドデッキのような木道が整備されていて、足元を気にせず森をめいっぱい感じられます。
それにしてもなぜ、こんな豊かな森が観光地・三浦半島に残っているのでしょう。森の散策の中で、岸先生はその謎も教えて下さいました。

◆森を創出する
そこにコナラという木が倒れています。小網代の森の管理はこういう大きな木が倒れても放っておくんです。この辺りは基本的には岩山なので、大きな木が根を伸ばせません。だからひっくり返るときに、「根返り」といって、一緒に土が巻き上げられます。そして雨でその土が流れます。その土と一緒に色んな栄養分が森から海へ行くわけです。それで干潟が支えられて、湿原が支えられます。だから、それが生態系の循環の一環になっているわけです。それにああいう大きな木が倒れると周りが明るくなって、そして次の世代が育ちます。
僕が小網代に入り始めて32年ですが、32年前はこの辺りは全部砂利で、笹が生えていて木なんかありませんでした。元々ここは1000年に渡って雑木林は薪をとるため、谷底は水田と畑だったと思います。そこを大開発するということで、1960年代に農家が土地を手放して企業が買いました。それから50年間ずっと放置されていたんです。それでどんどん笹が伸びて、谷底は全部笹になり、乾燥してホタルもいなくなり、蝶もいなくなり、トンボもいなくなり、川には魚もいない状態になってしまったんです。それをいまから10年くらい前に保全されて、土地も収用されて、県から我々が依頼されて、生き物がたくさん気持ちよく暮らせるように、こういう場所にしたんです。だから、これは原生林ではないし、昔の状態を復元したものでもありません。ここの生き物が持っていた潜在的な力をうまく使って、たくさんの生きもものがにぎやかに暮らしていて、なおかつ安全で魅力的な場所をつくっているんです。あと全体を整備するのに20年くらいかかりますが、文句無しに日本列島の都市周辺ではいちばんすごい自然になります。どういう植物を増やして、どういう植物を抑えるのが正しいのかということについては客観的な基準はありません。それは生態学者としての私のセンスを信頼してもらうということです。なるべく多様な動物や植物が暮らせるように環境を整えるということですね。


小網代は、かつてリゾート計画が立ち上がり、ゴルフ場など一大リゾート地にしようという計画があったそうで、そのため民家が建たず放置されることになったんだそうです。そうなふうに放置され、笹だらけになった土地の笹を刈り、森を育てた。つまりこの森は原生林ではなく、人の手で作りだした森ということなんですね。
岸先生によれば、小網代で保全の手が入っているのはまだ全体の10分の1程度。あと5年〜10年かけて、人の手によって、森をより豊かに育てていくのだそうです。

今回の散策の様子はポッドキャストでも詳しくお届けしていますので、こちらもぜひお聞きください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Island In The Sun / Weezer
・Hello ! / YUKI
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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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