さて今週もこの方。東京スリバチ学会・皆川会長のスリバチトーク・続きです。
「スリバチ地形」をはじめとした地形のでこぼこ。そこに目を向けると、実はその土地の歴史・文化、人々の営みまでが見えてくる・・・。
ということできょうは東京に限らず、日本のいろんな場所の地形にまで、話題を広げたいと思います。皆川会長が、あなたを二度と抜け出せないスリバチの奥底へひきずり込むことでしょう。

〜先日阿蘇のカルデラを取材してきたんですが、スリバチで考えるとあそこも超巨大なスリバチですよね。
そうですね。スリバチ状ですよね。水が確かに集まりやすいし、広大なスリバチですね。陥没をしたああいう地形になるんですけれども、ああいう場所って非常に地下水が豊富でもあるんですね。スリバチ状の場所って雨が降ると集まりますよね。ですから降った雨が地下に溜まって、地下水になる。ですので熊本の街って水道がなくても地下水で生活ができるというの聞いたことがあるんですけれども、それほど地下水が豊かな場所なんですね。これは全国的な話で言うと、実は古くから栄えている街って地下水が豊かな場所が多いんですよ。ですから地形的には山に囲まれた窪地状、盆地状のところが多いです。代表的なのが京都です。京都が1200年以上も栄えられたというのは、まさに水であり、窪地、盆地だから。京都の街って、2メートル3メートル掘ると非常にきれいな水が得られる。それが街が永続的に発展できたポイントでもあるんですね。海沿いの町が発展するようになったというのはいわゆる近世、江戸時代以降なんですけれども、それ以前の街というのは、やはり盆地とか川の流れる谷間、水が豊かで、稲作も盛んでというところに村とか町ができたんですね。東京もあちこちに湧水があって、その湧水が昔は使われていたんですね。今は都会になっちゃってなかなか生活用水として使うというのはちょっと難しいんですけれども、先週ご紹介した神田川の源流の井の頭池、あれは湧水ですけれども、あの湧水を使った水道が神田上水なんですね。それぐらいきれいな水が湧いていたという事なんですよ。日本の文化ってやっぱり水がないと成り立たないんですけれども、やっぱりきれいな水が沸くようなところに文化が営まれてきたということなんでしょうね。

阿蘇山 草千里

〜例えば阿蘇で言うと、火山とか地球の活動によって生まれた地形で、こういった地形もいろいろあると思うんですが、東京とか首都圏でも地球の活動で生まれた場所みたいなのはありますか。
本当に大きな意味で言うとその通り、地球の全体的な活動の中で生まれた地形なんですよ。関東と九州って割と同じような地形をしている。何かというと火山が多いですね。西日本、大阪とか京都ってあんまり火山がないんですね。だからあちらの方、西日本は火山灰の地形というよりも御影石が風化してできた土壌の土地。真砂土という地質の名前なんですけれども、西日本の真砂土の地下水というのは細かい花崗岩が磨いた水なのでお酒に適していると言われているんですね。灘のお酒とかってやっぱり美味しそうじゃないですか。その分布を調べると、花崗岩の場所の湧水を使っているとかですね、そういうことがわかってきたりするんですね。東日本の湧水も悪くは無いんですよ。決して悪くはないんだけど、やはり西日本の湧水と多分おそらくちょっと違うんではないかという感じはしますね。それでスリバチ状の地形というのは火山灰ならではの地形なんですけれども、そういう意味では西日本って意外と少ないんですね。東日本の方がスリバチ状の地形は多い。これは火山灰が積もってできたところにできる特徴的な地形なので東日本の方が多いんですよ。大体富士山よりも東側に日本の場合は火山が多いんですが、そういった火山灰が積もったところにスリバチ状の場所がたくさんある。
それで今までの地図ってやはり、地形の凹凸をあまり表現していなかったのが多いんですけれども、実は昨年ですね、なかなかコロナで出かけられなかったということもあって、誰もがそういう東京のでこぼこ地形がわかるような地図帳を作ろうということで『東京23区凸凹地図』という地図帳をつくりました。昭文社というもともとマップルという地図で有名な会社なんですけれども、そのマップルの地図に、地形の高低差を書き加えています。そうすると、例えばこの神社はやっぱり高台だったんだなとか、ここはくぼんでいるけれども川があったのかなというと、ちゃんとその答えが地図上に描かれている。23区すべて書かれています。


〜自分のご自宅の近くも見られるので面白いですね!
この地図の目的はまさにその通りで、実は自分の住んでいる街にも必ず地形があるし、その凹凸地形に着目するとその街がより魅力的に見えてくる。あるいは色々と発見する手がかりが得られるんですね。歴史的な痕跡であったり、あるいは川の跡だったり神社であったり。

〜ぜひ皆さんで凸凹を意識していただければと思います。楽しいお話ありがとうございました。


皆川さんのお話、いかがだったでしょうか。ポッドキャストでも詳しくご紹介しています。こちらもぜひお聞きください!
皆川さんの本
「東京23区凸凹地図」
「東京スリバチの達人 分水嶺東京北部編」
「東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編」
いずれも昭文社から出ていますのでぜひチェックを。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Overjoyed / Stevie Wonder
・明日の風 / 山崎まさよし
今回は東京スリバチ学会という、不思議な団体の代表の皆川典久さんにお話を伺います。日本、特に東京には「スリバチ」と呼ばれるものがたくさんあるそうで、そのスリバチをこよなく愛する方です。
今週は、日本の森、自然について、またまたちょっと変わったアプローチで考えます。


〜お越しいただいたのは、東京スリバチ学会・代表の皆川典久さんです。皆川さんは、ブラタモリ、タモリ倶楽部なんかでもお見掛けする方。タモリさんが大好きな「地形」をめぐるお散歩のプロフェッショナルでいらっしゃいます。そしてそんな皆川さんが、長年 ウォッチし続けているのが「スリバチ」。まずは「スリバチ」って何ですか?
スリバチ状の凹地のことなんです。東京は坂が多いことで有名ですが、東京の山手は非常にでこぼこ地形でして、たくさんのスリバチ状のくぼ地があるんです。山あり谷ありではなく、平らな台地とスリバチ状の窪地なんですね。ですからなかなか気がつかない。例えば地名で言うと四谷とか市ヶ谷、千駄ヶ谷、幡ヶ谷など、東京では谷のつく地名が多い。という事は、そういったところには必ず谷間があって、谷間の集落が今の街につながっている。まさに東京は谷に着目すると、いろいろ歴史とか、個性が見えてくるんですね。また、「窪」もですね、例えば大久保という地名がありますけど、あれはもともと凹地のくぼ。その他にも荻窪とか、水に関係する地名も意外多いですよね。下北沢とか池袋とか。そういう風に、実は東京の地形は非常に面白いんですけれども、特にスリバチ状のくぼ地がたくさんあるんです。

〜なんで東京はくぼ地が多いんですか?
これはですね、実ははっきりとわかっていないんですけれども、湧き出る水が作った地形なんですよ。ですから凹地のそこに行くと、今でも水の湧いている場所もあります。枯れちゃったところも多いんですけれども、もともとは、湧水が作ったスリバチ状の地形なんですね。例えば、東京の池のある公園、広尾の有栖川宮公園、六本木ヒルズの中にある毛利庭園、それらはもともと水が湧いて作ったスリバチ状の窪地をうまく生かした公園なんです。

六本木毛利庭園

〜昔は平らだったけど、水が湧いて凹んだんですか?
10万年前とか6万年前、湧き出る水があちこちにあったというイメージを持ってください。そこに火山灰が降ってきたんですね。火山灰はどこから来たかというと富士山や箱根の火山から飛んできたんですけれども、水の湧いているところは火山灰が積もらずに流されますよね。そうすることによって水の湧いているところに火山灰は積もらない。それ以外のところは火山灰が積もるということで、湧水ポイントとか川のところがだんだん谷間に、窪地になって、スリバチ状の地形ができたのがおそらく理由だろうと思います。誰もわからないんですが、湧水のところに火山灰が流されてできた地形というのが、正しいのかなと思いますね。

〜そう聞くと、東京の風景、ちょっと違って見えますね?
と思いますよね。例えば渋谷川の源流、北へ上っていくとどこにたどり着くかというと新宿御苑なんです。新宿御苑には池がいくつかあるじゃないですか。あれらが渋谷川の水源のひとつです。もうちょっと正確に言うと、新宿御苑よりも西側にある天龍寺というお寺、新宿駅の南口の前にお寺があるんですけれども、そこの池が渋谷川の源流だったというのが一応記録はちゃんとされているんですね。そういうふうに見ると東京の武蔵野台地、山手を流れている川って、大体あちこちに源流、水源があるんですよ。それは今でも地上の窪地になっています。神田川ご存知ですよね。神田川の源流は井の頭公園です。井の頭公園って階段を降りて池にたどり着くと周りが緑に覆われているじゃないですか。あれがまさに地形的にはスリバチ状になっていて、スリバチ状の底なんですよ。あの形が湧水が作った地形。井の頭池っていまは湧水が結構枯れちゃっているんですけれども、もともとあちこちで水が湧いて、あれが神田川の源流になっている。スリバチ状の湧水が作った池なんですね。

井の頭公園

〜他にも東京の代表的なスリバチはありますか?
私が好きなのは新宿区四谷荒木町です。ご存知ですか。飲み屋さんがいっぱいある所ですね。

〜あそこには確か池みたいなのありましたよね。
あれがまさにスリバチ状の底にあったと思うんですよ。酔っ払っていてもとにかく坂を下りていけばたどり着けるところですよね。小さな池があって、その傍に祠があって。あそこはもともと大名屋敷だったところですね。それが今のような飲食街になりましたけれども、大名屋敷にあった池は、やはりスリバチ状の場所だし、湧水が作った池。実は荒木町って4方向を囲まれたスリバチ状の場所なんです。自然が作った流れる水が作った谷ですから必ず出口があるはずなんですよ。自然地形ですからね。でも荒木町で出口がないスリバチ。正真正銘の「一級スリバチ」と言っているんですけどね。なんで4方向囲まれちゃったかというと、もともとは谷の出口があったんですけれども、谷の出口におそらく江戸時代にダムを作って、湧き出る水をせき止めて大きな池を作ったんですね。今の池ってかなり小さいんですけれども、もともとはかなり大きな池だったわけですよ。ですから、荒木町の池を下りて、上ったら、実は江戸時代のダムを登って降りたことになっているはずです。そう考えると東京の街の凹凸っていろいろ歴史とか、文化とかを紐解くヒントになるんじゃないのかなと思うんです。ちょっと興味がわいてくる、自然の地形の面白さだけじゃなくて、実はそこに歴史のロマンも潜んでいるというのがスリバチの魅力なんでしょうね。

今週は、東京スリバチ学会・代表の皆川典久さんに、東京のいたるところに存在するスリバチ、スリバチ状の地形をめぐるお話を伺いました。
皆川さん本を出されたばかり。
「東京23区凸凹地図」
「東京スリバチの達人 分水嶺東京北部編」
「東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編」
いずれも昭文社から出ていますのでぜひチェックを。

【今週の番組内でのオンエア曲】
・日曜の夜に鳴く鶏 feat.高田漣 / 大橋トリオ
・我が心のピンボール / 大瀧詠一
さて、日本の馬・在来馬を追いかけ続けるフリーランスカメラマン高草操さんのお話、いろいろ伺ってきましたが今週でラストとなります。
実は、森を守る役割を持っているという北海道の道産子コをはじめ、地元の方がテーマパークを作って守り続ける愛媛県の野間馬、森から切り出した木材を運ぶ馬搬の文化を繋ぐ、岩手県遠野市のお話。。。
日本にはまだ、こうした馬と人とのつながりが、各地にあるんだですね。
その一方、日本には人とのつながりをほとんど持たない馬も存在します。どういうことなのか。高草さんに教えていただきました。


〜日本にも野生の馬がいるんですか?
在来種の1つで御崎馬といいます。宮崎県の都井岬というところに野生状態で暮らしている馬が100頭近くいます。

〜野生の馬というのはどういうことなんでしょうか。)
生まれるのも死ぬのも人が手をかさない。全部そのまま、野生のままなんです。ただ日本に限らないんですけれども、本当の野生馬っていないというと語弊があるんですが、シマウマは馬じゃないんですけれども、本当の野生はシマウマだけなんですね。それ以外はみんな再野生化されたか、野生状態でも人がちゃんとどこかで手を貸している部分が多い。都井岬の御崎馬もそういう馬たちなんです。でも一応野生で生きているということで、天然記念物にもなっているし、在来種として認められています。監視の人が必ず見守っていて、でもその見回っているのは数をチェックしていると聞きました。例えばそこで怪我をしている馬を見つけても手は出せないし、見守っているしかない。手を加えてはいけないんです。だけれども、例えば年に一回その年に生まれた子馬を判定するために1カ所に集めて、一応駆虫剤を打ったりとか、そういう事はするんです。寄生虫が入らないようにとかそういう作業のために、1年に1度、駒追いというのがあるんですけれども、そういうのはやっているようですし、あと野焼きをして草の状態を保つ、そういう事はしているみたいです。だけど私が御崎馬で思ったのは、彼らが野生でいるための条件をちゃんと作っているのは人間なんだなということなんです。彼らは彼らなりに人と関わって生きているんだろうなというのは思いました。

〜御崎馬の特徴は?
特徴はそんなに大きくもなく小さくもなく、昔の高鍋藩の軍馬だったんですが、そこが放牧中心でほったらかしの飼い方の仕方をしていて、その馬がそのまま残ってたらしいんです。だけど明治になってそれが藩のものじゃなくなったときに、地元の住民が集まってきて、その馬たちを土地と一緒に面倒を見るというふうになった。でも放牧中心の飼い方だったから、そのままその馬たちが野生状態で残り、御崎馬になったと言われてます。

〜じゃぁ競馬の馬よりは小さいんですね。
ずっと小さいです。他の在来馬に比べて一番スマートかもしれません。ちょっとサラブレッドを小型にしたような。走ったら速いですね。

〜厩舎なんかに放牧されている馬は、人に興味を持って近づいてきたりするけどここの馬はどうですか。
人に興味を持って近づいてくる事はあんまりないかな。近くに行くことはできます。ただ季節的に子供を育てている時期とか、繁殖の季節なんかはオス同士の争いもあるので、そういう時は気をつけた方が良いと思うんですけど、御崎は多分普通に馬を見ることができます。でも都井岬は駒止めの門というのが崎に入る入り口にあって、そこから向こうは馬の生息地なので、人家は民宿ぐらいしかないです。人の暮らしと密接につながっているかというと、それは多分ないと思います。ぜひ行ってみてください。都井岬はすごく楽しいと思います。朝日や夕日も綺麗ですし。

〜いつ行っても馬に会えますか。
確実に会えます。特に夏は。冬場は寒さを防ぐために森の中に入ってしまうんですが、ビジターセンターとかもちゃんと岬の中にあるので、馬のことも勉強できると思うので楽しいと思います。

〜撫でたりできるんですか。
撫でたりはちょっと無理だと思います。餌をあげたりとかそういうのは厳禁です。車で入っていて、馬たちのいるところに近づくのももちろんいけます。

〜いろいろ日本の在来馬のお話聞いてきましたが、ぜひこの馬を見に行って欲しいという場所はどこかありますか?
馬の社会を見たいと思うんだったらと御崎馬がいいかもしれません。馬だけが暮らしている、馬だけの時間があるということも、実感できるんじゃないかと思います。前は海に囲まれていて、ほとんど丘みたいなところがあるんですけど、そこにハーレムがいくつかあって、オスを中心とした馬の集団がいくつかあるんですね。そういうところで馬がどういう風に暮らしているのかというのは、生態系として分かりやすいかなって思います。台風の土砂降りの中でも馬たちは普通に草を食んで、厳しい生活をしていると思います。だけれども、こういう馬たちの社会があるんだというのは、ちょっと実感できますね。山なんかでも線が山の斜面にずっとあるんですけど、それが馬が通る道なんです。馬道というんです。馬の世界にも人間としてずかずか入っていかない、馬は馬の社会をちゃんと持って生きているというのを、人間は知った方が良いかなと思います。


今週は、日本に古くからいる馬・在来馬を追いかけるフリーランスカメラマンの高草操さんのお話でした。
高草さんの本「人と共に生きる日本の馬」は JRA賞・馬事文化賞受賞した評価の高い本です。里文出版から出ています。是非チェックしてみてください!

『人と共に生きる日本の馬』高草操著 里文出版

今週の番組内でのオンエア曲
・ビューティフル・サンデー / Daniel Boone
・ファンタジア adding 原田郁子 (from クラムボン) / livetune
今週も引き続き、日本の森・里山、そして私たち人間の営みにずっと昔からかかわってきた動物・馬をめぐるお話です。
フリーランスカメラマン・高草操さんが、長年追いかけ続ける、日本各地の「在来馬」。
あらゆるものが機械化される中、その役割はどう変化していったのか。きょうはそんなお話です。


〜日本には新しい人と馬の関わり方が生まれているそうですが、これはどういったものがあるんですか?
例えばお祭りなんかもそうのひとつです。昔からご神事で馬を使っているお祭りも多いですが、お祭りのためだけに馬を飼ってらっしゃるような方も中にはいます。相馬ですとか鹿児島、昔からの馬産地、馬と関わりの深いところは今も祭りのために馬を飼っている方も多いと思うんですね。

〜相馬野馬追は馬が関わっていますし、流鏑馬も全国で見たりしますね。
そうですね。例えば昔のお祭りをわざわざ復活されたところもあって、これは例えば長崎県対馬の初午祭。2頭の馬を子どもの無病息災のために五月の節句の代わりに馬とばせという、馬に子どもを乗せて競走させたという風習がある地区にあったそうなんですね。それは途絶えていたんですが、馬飛ばせというお祭りをもう一回再開して、20回近くになったんじゃないでしょうか。毎年1回秋にそのお祭りを開催して、対馬馬の競馬とか、だいぶ盛大なお祭りが行われているようです。

〜時代とともに馬との関わりも変わってくるのかなという感じもしますね。
そうですね。なかなか昔のように、どう馬を活用していくかというのは、例えば競技馬や乗用馬はそれなりに乗るといこととか使い道があると思うんですが、在来馬に至っては使い道をいろいろ地元が模索しているというのが現状だと思います。

〜子どもたちのアイドルみたいな馬もいると伺ったんですが。
例えば愛媛県の野間馬という在来馬は、昔はみかんを運んでいたので各農家に必ずいたんですけれども、全部機械化されているので、農家で飼っている野間馬は1つもないんです。ただ土地の人たちが馬を大切にしたいということで、大きな野間馬ハイランドというテーマパークを作ったんです。野間馬も在来種の一種なんですが、野間馬ハイランドというのを住宅地の中に作ったんです。そこは観光用というか、地元の小学生や幼稚園の子供たちが遊びに来たり研究材料にしたり、地元の人たちに親しまれているテーマパーク、ホースパークなんです。それは一番成功しているようなところじゃないかなとも思っています。

〜野間馬はポニーみたいですね。
小さいです。ポニーなみに小さいんです。昔、お殿様に命じられて、各農家で馬を生産していたんですが、大きい馬はお殿様に献上して、小さい馬だけは農家で残された。それをみかんの運搬とかに使っていて、そういう掛け合わせが進んで小さい馬になったらしいんです。

〜これはかわいいですね。乗ったりできるんですか?
乗っていますね。幼稚園の子供たちや保育園の子が引率されてきてみんな順番に体験乗馬をしています。

〜子どもたちからしたら、自分たちの地元が昔は農家で馬を飼っていたというのを知らないかもしれないけど、こうやって触れ合うことで歴史というのをみんなちゃんと知ることができますね。
そうですね。あと木曽でも馬を飼っていた人たちが高齢化して手放しているので、1カ所の大きな施設で木曽馬の里というところに今を全部集めて、そこでいろんな活動をされています。木曽馬も新しい活用法をどんどん見つけているんだと思います。

〜例えば東京にはそういう文化がないじゃないですか。でも東京には馬事公苑のようなところで馬のイベントがあるとものすごく人が集まります。私たち人間にとって馬ってすごく魅力的なんですよね。
東京でも馬がいたところがあって、本の中でも1つ物流を支えた馬という項で取材したんですけど、昔江東区や荒川区のほうは馬力運送がすごく盛んで、今のトラックの運送会社の社長さん達は、昔はトラックじゃなくて昔は馬がやっていました。例えば関東大震災とか、第二次大戦のあととか、まだトラックも何も使えない時に馬が運送に貢献したということも、あまり資料が残っていないんですけれども、あります。今は全部トラックになっちゃいましたけど、トラック同盟の方々というのは、戦争の火の海でいろんなものがなくなり、犠牲になった馬たちもたくさんいたので、その遺骨を集めて江東区東陽町に大きな馬頭観音があって、そこに馬たちの遺骨を集めて今でも例大祭をやっているんですね。その幹事をされているのが東京トラック同盟の方々なんです。なぜトラックなのかというと、トラックで仕事をしている方々は昔は、馬で全部仕事をしていた方なんです。だから江東区の辺りは、当時は馬喰さんとか装蹄師さんとか、そういう馬に関係する方がものすごく全国から集まってきてすごい賑わいだったということを、いろいろお話しくださいました。それは非常に感動的な取材でしたが、そういう方々もどんどん高齢化しています。実際に馬を扱っている方、馬のことを生活として知っている方はどんどん減っていて、そういう方々の話をとにかく聞いて、残しておく。写真で残すこともできたところもあるんですけれども、例えばそういった人たちの話をいろいろ聞いて、資料に載っていない馬と人の関わりや、生活の匂いといいますか、そういうのはやっぱり残しておかなきゃいけないなと思います。

フリーランスカメラマンの高草操さんのお話、いかがだったでしょうか。
高草さんの本「人と共に生きる日本の馬」は JRA賞・馬事文化賞受賞した評価の高い本です。里文出版から出ています。是非チェックしてみてください!

『人と共に生きる日本の馬』高草操著 里文出版

今週の番組内でのオンエア曲
・カントリーロード / ジョン・デンバー
・かつて..。 / EGO-WRAPPIN'
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高橋万里恵
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