「シャンパン作りにかける情熱」
グラスの底から金色に泡立つシャンパンほど、ロマンチックな飲み物はない。ポンパドール夫人をして、飲むほどに女性を美しくするのはシャンパンだけといわしめたというが、眠たげな瞳でフリュート形した華奢なグラスを見つめる彼女は、なるほどいつもよりセクシーに見えるにちがいない。シャンパンといえども白ワインだから、原料はブドウ。発泡性の白ワインならば、イタリアやドイツ、フランスにもたくさんある。ところが実際にシャンパンという名称がゆるされるのは、パリの東に位置するシャンパーニュ地方でできる発泡性のワインだけである。
今では諸説あるものの、この世にシャンパンという飲み物が誕生したのはドン・ペリニョン神父のおかげということになっている。ルイ14より一年あとに生まれ、同じ年に没したペリニョン神父は、日夜オーヴィレール修道院でシャンパン製造のために研鑽を積み1680年前後についにシャンパンの製法に到達。小さいけれども優良メゾンの誉れ高いタルランさんの創業も1687年。大手によるグループ化が加速するシャンパン業界にあって、創業以来の製法と家族経営をかたくなに守る数少ない優等生である。ブドウ栽培からシャンパンの製造・販売まで一手にこなしながらタルランさんは、地域や組合のまとめ役として東奔西走。タルランさんの全身からにじみ出る、三百年の歴史に裏付けられた余裕こそ、農業国フランスの宝物にちがいない。
(完)