第105回 10月19日「飛行機」前編
2025.10.19

ジェットエンジンなどの推進装置の力で進み、
その時に生じる空気の流れを翼で揚力に変えて空中を飛ぶ飛行機。
人類が古から見ていたであろう空を飛ぶ夢が、現実になったのは20世紀に入ってすぐ。
石油を燃料とする、小型で軽量なエンジンが開発され、動力飛行が可能になったのです。
人類初の動力飛行に成功したのは、アメリカ人のライト兄弟。
1903年、ライトフライヤー号に乗って4回飛行を行い、
最高記録は4回目の時間59秒、距離260mでした。
実は、その12年前に、カラスを見て空を飛ぶ法則を考え、
ゴムを動力に模型飛行機を飛ばした日本人がいました。
愛媛県八幡浜市出身の軍人 二宮忠八です。
二宮は人間が乗れる機体も考案。
実現すれば役に立つと軍に開発を提案しますが、却下。
そこで、軍人を辞め、資金をためて、いざ飛行機の開発!
という時に入ってきたのが、ライト兄弟のニュースでした。
二宮は悔し涙を流し、自分が開発しても二番煎じと、製作を断念したとされていますが、
現在、彼は「日本の飛行機の父」と呼ばれています。
そして、ライト兄弟の偉業は素晴らしいものでしたが、
彼らの飛行機は操縦が難しかったため、すぐに航空技術発展の舞台はヨーロッパに移ります。
程なく、今とほぼ同様の操縦桿が開発され、1910年代には金属製航空機が誕生しました。
日本人が初めて動力飛行機で飛行したのは1910年。
陸軍軍人の徳川好敏と日野熊蔵が、それぞれフランス製、ドイツ製の飛行機で、空を飛びました。
その時に生じる空気の流れを翼で揚力に変えて空中を飛ぶ飛行機。
人類が古から見ていたであろう空を飛ぶ夢が、現実になったのは20世紀に入ってすぐ。
石油を燃料とする、小型で軽量なエンジンが開発され、動力飛行が可能になったのです。
人類初の動力飛行に成功したのは、アメリカ人のライト兄弟。
1903年、ライトフライヤー号に乗って4回飛行を行い、
最高記録は4回目の時間59秒、距離260mでした。
実は、その12年前に、カラスを見て空を飛ぶ法則を考え、
ゴムを動力に模型飛行機を飛ばした日本人がいました。
愛媛県八幡浜市出身の軍人 二宮忠八です。
二宮は人間が乗れる機体も考案。
実現すれば役に立つと軍に開発を提案しますが、却下。
そこで、軍人を辞め、資金をためて、いざ飛行機の開発!
という時に入ってきたのが、ライト兄弟のニュースでした。
二宮は悔し涙を流し、自分が開発しても二番煎じと、製作を断念したとされていますが、
現在、彼は「日本の飛行機の父」と呼ばれています。
そして、ライト兄弟の偉業は素晴らしいものでしたが、
彼らの飛行機は操縦が難しかったため、すぐに航空技術発展の舞台はヨーロッパに移ります。
程なく、今とほぼ同様の操縦桿が開発され、1910年代には金属製航空機が誕生しました。
日本人が初めて動力飛行機で飛行したのは1910年。
陸軍軍人の徳川好敏と日野熊蔵が、それぞれフランス製、ドイツ製の飛行機で、空を飛びました。



