第126回 3月15日「観葉植物」前編
2026.03.15

自然界に生育している植物。
人間はどうしてそれを育て観賞し始めたのか?
歴史を振り返ると「なるほど」という答えが見えてきます。
例えば、古代エジプト遺跡の貴族の墓で見つかっている庭園を描いた壁画。
青い睡蓮が浮かび、魚や水鳥がいる池の周囲には、
ヤグルマギクやヒナゲシなどの花々、ナツメヤシといった樹木。
その傍らには、墓の主に水や食物を与えるとされる女神がいます。
周囲のほとんどが砂漠の地。庭園は権力や富の象徴であると同時に
彼らの世界観を表わし、死後の再生を願う対象の1つだったのでしょう。
歴史上で最も早い観葉植物についての記載の 1 つは、
紀元前 600 年ごろの末期メソポタミア文明に見つかります。
首都のバビロンには有名な空中庭園が存在し、多くの観葉植物があったと記されています。
また、紀元前 300 年ごろの古代ローマでは、
すでに鉢植えの観葉植物を育てる文化が、貴族や富裕層の間に広まっていました。
ここには権力や富の象徴ではなく、植物で日々の生活を豊かにする、彩る目的が感じられます。
そんな観葉植物の文化も、ローマ帝国の滅亡後、ヨーロッパでは一度、廃れました。
理由としては、経済的な面で邸宅文化が維持できなくなったことや、
広く普及したキリスト教の“自然は神の創造物”という価値観にそぐわなかった事などが考えられます。
しかし、15世紀になると大航海時代が到来。
新たな大陸に足を踏み入れ、未知の植物と出会うと、人間の好奇心が駆り立てられたのでしょう
観葉植物の文化は、再び花開いていくことになります。
人間はどうしてそれを育て観賞し始めたのか?
歴史を振り返ると「なるほど」という答えが見えてきます。
例えば、古代エジプト遺跡の貴族の墓で見つかっている庭園を描いた壁画。
青い睡蓮が浮かび、魚や水鳥がいる池の周囲には、
ヤグルマギクやヒナゲシなどの花々、ナツメヤシといった樹木。
その傍らには、墓の主に水や食物を与えるとされる女神がいます。
周囲のほとんどが砂漠の地。庭園は権力や富の象徴であると同時に
彼らの世界観を表わし、死後の再生を願う対象の1つだったのでしょう。
歴史上で最も早い観葉植物についての記載の 1 つは、
紀元前 600 年ごろの末期メソポタミア文明に見つかります。
首都のバビロンには有名な空中庭園が存在し、多くの観葉植物があったと記されています。
また、紀元前 300 年ごろの古代ローマでは、
すでに鉢植えの観葉植物を育てる文化が、貴族や富裕層の間に広まっていました。
ここには権力や富の象徴ではなく、植物で日々の生活を豊かにする、彩る目的が感じられます。
そんな観葉植物の文化も、ローマ帝国の滅亡後、ヨーロッパでは一度、廃れました。
理由としては、経済的な面で邸宅文化が維持できなくなったことや、
広く普及したキリスト教の“自然は神の創造物”という価値観にそぐわなかった事などが考えられます。
しかし、15世紀になると大航海時代が到来。
新たな大陸に足を踏み入れ、未知の植物と出会うと、人間の好奇心が駆り立てられたのでしょう
観葉植物の文化は、再び花開いていくことになります。



